第百三十四話:何かの間違い
まずい……非常にまずい。
入学試験を終え、控室として宛がわれた教室で合否の発表を待っているのだが、自信は皆無だ。今の学力のまま、現代で名のある大学受験をした方がまだ合格する確率は高いと思える。
試験内容は筆記と実技と面接の三つだった。筆記は魔法の歴史だとか戦術だとか魔力の扱い方なんかを解答させられ……壊滅。
実技は自分が一番得意とする魔法で試験を実施してるそうなので、覚えたて且つ唯一行使できる魔法【サーチ】で臨んだ。発動地点から一定範囲内の地形と生体反応を感知する魔法なので、訓練場の様な広間で視界を封じられ、【サーチ】で感知した空間を図解させられた。絵心は無い。
ちなみに、【サーチ】は効果が効果だからか、属性による追加効果は得られない。
面接は面接官が二人で、酸素が固形化しているんじゃないかと錯覚するほど堅苦しい内容だった。魔法に対する志とか、魔法学校の理念についてどう感じたかなんて知ったこっちゃねぇよ。……まさかそのまま口に出す訳にもいかないので、当たり障りない程度の返答をしておいた。……つい現代人特有の常識ある返答をしてしまったが、異世界だし尖った答えをしても良かったんじゃないか? それが良いか悪いかは面接官が判断することだし。
何度思い返してもグズグズな内容であったとしか言えない。これで合格になったら、実質誰でも合格できる学校になるぞ。だけど、合格しないことには何も始まらないし……何かの間違いで合格しないかな……いや、合格しなくてもいきなり校舎が爆発して、騒動の中、偶然プリムラを見つけて……って、そんな都合良い展開あるわけないだろ。生徒数何百人……敷地とか校舎の数を考えると千越えていてもおかしくないんだぞ。
不合格だった場合、再試験って受けられるのだろうか? 受けられるとしたらどれくらい期間が空くんだ?
椅子に座ってもやもやと考えていると、教室の戸が開けられて男性教員が入って来た。
「お待たせした。入学試験の結果を発表する」
俺の正面に立った教員は鋭い目つきで俺を見下ろし、一拍置いた後に口を動かす。
「レイホ・シスイ。合格」
…………お?
「君の合格を以って、総合魔法科一学年第九組の定員に達した。翌週より入学、授業開始となる」
…………おお。
「この後の詳しい手続き等は別の者から説明する。その者が来るまで、この教室で待機していたまえ」
祝いの言葉も無く、機械的に告げるべきことのみを告げると、教員は足早に教室を出て行った。
……本当に、誰でも受かる学校なのか?
合格を喜ぶより先に疑問が湧いてくる。どう考えても受かる要素が無かったと思うのだが……実技の成績が思いのほか良かったとか? 他の入学希望者の癖が強すぎて、面接で当たり障りないことを言えたことが評価高かったとか? 筆記は……残念ながら本当に評価される所が思い当たらない。
程なくして教室に現れた女性教員は、さっきの男性教員から比べると人間らしく挨拶をしてくれ、事務的な説明から入った。懸念していた入学金が三千ゼース、授業料が千ゼース、制服や教材費や諸費で約千八百ゼース、合計約五千八百ゼースとなった。旅費も含めると、皆から預かった六千ゼースは殆ど無くなってしまった。分割払いも可能であると言ってくれ、一般入学者の半数以上が分割払いをしていることも教えてくれたが、払える時に払ってしまいたいので一括で支払うことにした。いつ居なくなるか分からないしな。学校辞めた後も督促されたり、支払いが完了するまで首都から出られなかったりしたら困る。
試験と学費、二つの大きな壁は突破できたことだし、一先ず安心。だけど、まだスタートラインに立っただけだ。ここからプリムラを探し、状況を確認し、必要があれば助ける。……一人の人間のために、なんでここまでしているんだろうか……。緊張が和らいで冷静になった途端にそもそもの疑問が浮かんできたが、教員の話に集中することで忘れる。
入学式は三日後の週明けとなるが、現代みたいに体育館に集まって、という感じではなく、教室内で学校長が挨拶をする程度の簡単なものらしい。常に新入生が入ってくるような体制だから、一々大きな場所とか時間を確保してられないよな。
三日で教材や制服を準備するのは中々忙しくなると思われたが、既に寮の方に準備されているらしい。俺の合格を決めてから手際が良すぎる……ってことではなく、ひと組分の定員が集まりそうだったので、準備に時間を掛けず速やかに入学できるよう、事前に学校側が準備していたそうだ。制服のサイズについては、特注が必要となる物でなければ寮に予備があるので、試着して決めてほしいとのことだった。
既に話に出ていたが魔法学校は全寮制で、一年の時は四人一部屋。寮生活は初めてだが、俺がここに来たのは勉学に励む為でも、交友を広げる為でもないので変な期待も不安もない。同室の三人が面倒な連中ではないことを祈る。
学年は三つあるが、必ずしも一年経たないと進級できないという訳ではなく、定期的に任意で参加できる進級試験が実施され、そこで相応の能力があると判断されれば翌月から学年を上げて授業を受けることができる。
実力のある者はどんどん上に行く、俺には縁のない話しだ。
一年経っても進級する能力に足りないと判断されれば即退学……とまではいかず、一年と三か月後の進級試験が最終ラインとされている。逆に言えば、一年三か月経つまでは問題を起さない限り在学できるということだ。
三年後も学校に籍を置くことができるそうだが、そんな未来の話は耳を素通りしてもらう。
前までは一学年時は総合魔法科と生活魔法科があったらしいが、学校長が変わってからは総合魔法科のみになっていて、学年が上がるにつれて細分化していく。今のところ俺の頭の中で不審人物である学校長が出て来たし、一応覚えておくか。
魔法学校に在籍中は緊急時、もしくは魔物討伐時以外は敷地内からでる事ができない。その代わり、生活に必要な物は物は全て敷地内に設けられており、一般的な商店で購入するより格安である。
格安なのは良いが、どうにかして金は稼げないかと聞いてみると、魔物討伐だとか商店の手伝いだとかで稼げるそうだ。この辺りは冒険者とか一般人と変わらないんだな。
一人で生活する分にはまだ資金に余裕はあるけど、暇があったら魔物討伐でもしておくか。
その後も慣れた様子で長い説明をしてくれたが、俺にはあんまり関係がなさそうだったのと、単純な集中力切れであんまり覚えていない。
「長くなったけれど、質問はあるかしら?」
「いえ」
「そう。それじゃあ、守衛のところに行ってあなたの荷物を受け取ったら寮に案内するけれど、ご希望なら少し校内を案内するわよ?」
今案内されても覚えてられないので、丁重にお断りして守衛の所に向かう事にした。
試験や説明を受けている間に世界は夕焼け色に染まっていて、昼間とは違う姿の魔法学校が見えた気がした。
整地された地面に道を作るように並んでいる背の低い植木は、上空から見れば何かの形を模しているのかもしれないが、地を歩く俺にそれを確かめる術はない。
敷地内の他の建物よりも取り分けて巨大な建物で、特徴的な円形の建物から出て、真っ直ぐ正門へと向かう。途中にある広場に建てられた時計塔は日中の九時になろうかといったところだ。
守衛のところまで戻り、荷物を受け取って寮へ案内される途中で教員が口を開いた。
「そうそう。思い出したから言っておくわ。武器の類は校舎内に持ち込み禁止だから、寮の自室で管理しておくこと」
特に意外なことでもないので素直に返事しておく。帯剣して授業を受けるなんて、ただの危険人物でしかないしな。ただ、一つ気がかりな事がある。
「敷地内で素振りは禁止ですか?」
「当然よ。武器の携帯が許されるのは魔物討伐に行く時くらいだわ」
むむ……。魔法を学びに来る場所だから仕方ないのかもしれないが、暫く剣を振れないのは不便だな。剣を振るくらいなら勉強しろって話なんだけどさ……。
教員の後ろを歩いているのを良い事に、不満気に口を曲げていると、教員が急に立ち止まったので慌てて足を止めて口を戻す。
「着いたわ。ここが男子寮よ」
正門から見て左に真っ直ぐ進んだ所にそびえ立つレンガ造りの建物。縦は五……いや六階、横は短距離走が測れそうなくらいだが、全寮制であることを考えればこの規模にも納得だ。
扉を開けて中に入ると、待合室が付設された広い玄関の奥にガラス窓の付いた小部屋があり、小部屋の中にいた初老の男が俺たちの姿を見て椅子から立ち上がった。
「この方が寮長のコンラートさん。これから色々とお世話になるだろうから、よく言うことを聞くのよ」
寮長——コンラートさんが小部屋から出て来たタイミングで、教員が紹介してくれる。コンラートさんは穏やかそうな笑みを浮かべ「新しい子ですか?」と聞いて来る。
「はい。今日からお世話になります、レイホ・シスイと言います。よろしくお願いします」
軽く礼をすると、コンラートさんは「うんうん」と頷く。何年もお世話になる気はないが、一先ず陰気な人でなくて良かったと思う。
「もう直ぐ夕飯の時間だから、部屋で荷物を置いて食堂に来なさい。食堂はそこの通路を進んだ先にあるからね」
そうか、寮で食事が出るのか。飲食店を探す手間が省けて助かるな。それに、首都に来てから何も食べてなくて、入学できて緊張も緩んだから強い空腹を感じていた。
急に縮まった気のする胃を押さえたくなるのを我慢し、コンラートさんと教員それぞれに挨拶を済ませる。
宛がわれた部屋番号は三〇八。鍵は既に同室の者が開けていると聞き、荷物を抱え直してから向かうことにした。
次回投稿予定は3月5日の0時です。
 




