第百三十二話:首都へ
霹靂の月 十六日 日前七時
薄明るく照らされ始めた大通りに活気はまだ無く、店先の掃除をしている店員ぐらいしか表には出ていない。ただ、例外もあって、正門近くには兵士や商人やら冒険者が集まっている。更に大小の荷車と、それを引く虫竜と呼ばれる、馬よりも一回りくらい大きい体長の竜に似た生物が何体かいる。竜に似た、と言ったが脚が六脚あったり、よくよく見ると外皮が鱗ではなく甲殻に覆われていたりと、昆虫類の特性に寄っている部分がある。
そんな人も動物も物も雑多としている場所に、俺たちペンタイリスは集結していた。見送りなんていらないと言ったが、聞く耳を持ってもらえず。俺が意固地になる必要もないので、ここまで付いて来させた。
「本日は晴天なり! 昨晩は雷が鳴っていて不安でしたが、これもアニキが日頃から徳を積んでいたからこそッスね!」
「そうか」
寝不足ではないが、朝っぱらからエイレスのテンションに付き合ってたら体が持たない。
「来週の便でも良かったんじゃないの? 魔力の扱いはそれなりに出来てきたけど、まだ魔法は一つも覚えてないじゃない」
「首都まで七日以上もかかるんだ。竜車の中で勉強するさ」
不満そうなコデマリに人差し指を見せ、指先から小さな氷を出現させる。
魔力の扱いについては三日前にコデマリから教わったが、いま出した氷程度ならば案外簡単に生成できるようになった。俺の数少ない長所として、なんとか理論だとか、かんとか法則だとか小難しい話のない、感覚的な操作というは割りと得意な傾向がある。ただ、それは始めだけで、直ぐに壁に直面してしまうことが大半なのだが……。
魔力をある程度自由に操作できるようになったら、後は魔法書を読んで、能力値でいう所の知力に魔法を覚え込ませれば実際に行使できるようになるそうだ。尤も、覚えるのに苦慮しないのは定型魔法と呼ばれる物だけであって、魔法を自作しようと思ったら一朝一夕とはいかない。
「気を付けて。無茶も無理もするんだろうけど……帰って来てね」
「ああ。約束する」
マントで隠しながら差し出された手をしっかりと握る。
二つ返事で約束なんてしたの、いつ以来だろうな。現代にいた時は、どんな事でも確実なことなんてなく、何かしらの懸念は付きまとうものだから、いつも「可能な限り」とか「何もなければ」とか断りを入れてたっけ。
「…………」
「…………」
アクトが口は閉ざしたまま瞳だけを真っ直ぐに向けて来るので、負けじと見返す。
「なーに見つめ合ってんのよ」
変な沈黙が続くかと思われたが、それはコデマリが許さなかった。
「男同士、多くは語らないってやつッスね! 渋いッス!」
「いや、何言ったらいいか分かんなかっただけ」
興奮気味だったエイレスの肩が落ちる。
何言ったらいいか、か……。俺もアクトに何を言えばいいか、ぱっと思い浮かばないな。何も言わなかったとしても何かが変わることはないと思うが……。
気付いたら俺はアクトの頭の上に手を乗せていた。
「頼んだぞ」
何がとは言わないし、言えない。俺自身、今の言動は不可解なものでしかないからだ。
「ん、頼まれた」
「けど、気負い過ぎるなよ」
アクトの頭から手をどけると、もう一度「ん」という返事が聞こえた。
「アニキ!!」
今日一の気合いの籠った声が清らかな朝の空気に熱を持たせた。
エイレスの方を見ると、固く握った拳を俺に向かって突き出している。その拳が何を意味するのか、理解すると同時に俺も握り拳を作ってエイレスに突き出す。二つの拳が小さく衝突すると、エイレスは満足そうに笑った。
「……アタシは、そういうのいらないわよ!」
何故か不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向かれる。
「そうか」
いらないと言うのなら強要しない。手を握ったり、頭に手を置いたり、拳をぶつけ合ったりといったのは、べつに俺がやりたかったわけじゃないし。
「え、あ、う……」
組んだばかりの腕を解いて狼狽えるコデマリが可笑しくて、もう少し揺さぶっていたい気もしたが、そろそろ出発する頃合いのようだ。
竜車に乗るべく歩き出し、そわそわとしているコデマリの肩へ、擦れ違い様に手を置く。
「行ってくる」
「い……いってらっしゃい」
おや、癇癪を起されるかと思ったが、意外としおらしくなったな。
竜車に乗る前、四人に向かって手を上げた挨拶を最後に、俺は人間領首都ウィズダムへと向かった。
今回利用した竜車は毎週出ている首都への定期便であるが、人を運ぶ竜車の他に物資を乗せた竜車も同行していて、当然ながら護衛の兵士や冒険者を乗せた竜車も並走している。
個人から出ている行商の護衛の依頼を受ければ、運賃が実質タダどころか報酬がもらえる。しかし、首都まで行商に出られる竜車を所有しているとなると、それなりに大きい商店であり、そういった手合いは懇意にしている冒険者パーティなりユニオンなりに依頼を頼むことがほとんどである。更に、行商の日程にもよるが、片道分の護衛の場合は首都で帰りの護衛を探す手間があるので、商人からはあまり快く思われない。なんなら初めから依頼書に“往復分の護衛”と書かれていることだってある。
そんな訳で俺は冒険者でありながら、お客様として片道三百ゼースを支払って定期便に乗っている。
竜車の中は棚も机もなく、乗客は向かい合う様に設置された長椅子で大人しく座っているしかない。長椅子には片方七人座れるようなので、乗客の定員は一台当たり十四人。見知らぬ十三人と七日以上も同じ車内で過ごさねばならないのは、多かれ少なかれ精神的疲労が溜まるものだ。ただ、幸いなことに旅客用の竜車ということだけあって、長椅子はクッション性のある物なので、肉体的疲労は若干緩和される。……若干。
南の森に敷かれた街道を走っている筈だが、揺れる揺れる。座っているが、何かに掴まっていないと隣りの人とぶつかってしまいそうだ。
乗り物酔い未経験だった俺も、どこかで覚悟を強いられる時が来るかもしれない。なので一先ず、車内で魔法書を読むのは止めておく。目を瞑って精神を落ち着かせ、瞑想に耽る。
首都はクロッスより東に進んだ地域にあり、直線距離だけで考えれば徒歩で向かえなくもない距離だが、クロッスの東には山岳地帯が連なっており、旅の荷物に加えて山越えの準備まで必要になる。魔物を警戒しつつ大荷物を抱えて山越えなど現実的ではないので、南の森から迂回していくのが通常の行路となっている。
転移魔法とは言わないまでも、トンネルを掘れればかなり楽になると思うが、どうも山岳地帯にはガーゴイルだとかトロールだとか、厄介な魔物が棲みついている土地なので手を出せないでいる。十五年以上前、奴隷にトンネルを掘らせようと試みて不審死した富豪がいたそうだが、どうでもいいか。
沈黙に耐えかねた乗客同士で世間話が始まる。なにも俺たちは移送されている犯罪者でも、戦場に向かう兵隊でもないのだから私語厳禁というわけじゃない。一組から二組、二組から三組と、次第に車内は賑やかになっていく。俺は話さなくても生きていける人種なので、目を閉じたままじっとしている。
首都に着いたら、何よりも先に魔法学校を探さないとな。アクトから聞いた話じゃ、でかい建物だから首都に着けば分かるってことだったけど……首都って呼ばれるくらいだからクロッスよりも広いんだろうし、いくら魔法学校がでかいと言っても多少は探す必要があるだろうな。
魔法学校を見つけたら、どこかで入学試験の内容を調べないとだな。またしてもアクトから聞いた話じゃ、入学試験は通年行っていて、一クラス分の合格者が集まり次第、入学になるらしい。試験の難度によっては、一学年だけでとんでもないクラス数になってそうだけど……。
一般入学の他に招請入学と特別入学ってのもあるが、クラスは分けられない。これは一般入学者が見下される展開か? ええい、今は入学した後のことなんて考えるな。魔法書は読めなくとも、魔力を扱う事はできる。氷を出現させない程度に魔力を操作して、練度を上げておこう。
次回投稿予定は3月2日0時です。




