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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第三章【学び舎の異世界生活】
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第百三十一話:必ず勝つ

 回復薬で怪我は治せても、肉体に蓄積された負荷や疲労といったものは残ってしまうようで……。

 東の魔窟で特訓を行った翌日は完全に身動きが取れず、どこの薬屋で調達して来たのか、信じられないほど苦くて臭い疲労回復を飲まされる羽目になった。

 翌々日は軋む体に鞭を打てば動けたのだが、パーティの皆から愛の鞭というのを貰い、またしても寝たきりで過ごしてしまった。もちろん例の疲労回復薬も飲まされた。

 その次の日、動作はゆっくりだが日常生活を熟せるぐらいに回復したので、特訓をしないという条件付きで自由に動く許可をいただけた。なので首都に行く準備でもしようかと思ったのだが……。


「あいつら……」


 今日冒険に出る前に四人——エイレスは個人で借りている宿屋に住んでいるので実際には三人——から渡された背嚢の中身を確認すると、旅に必要な雑貨やら保存食やら着替えやら何やらが一通り入っていた。

 寝床も居間も台所も一室にまとめられた内装の家だが、流石に開放的過ぎると思い、寝床には木の板で仕切りを作った。だから、ベッドで寝ていると居間で何かやっていても音しか聞こえない。

 思い返せば、三日前辺りから皆の帰りが遅かったり、家の中で少しゴタゴタしている雰囲気があったけど、まさかこれの準備を?


 中身をもう少し探ると、大きさの割りに重みのある革袋が出て来る。どうやら金物が入っているようだけど……まさか……。

 そのまさかで、革袋の中には口から覗いただけでは数え切れないほどの硬貨が詰まっていた。しかもその大半が小銀貨だ。

 流石に多すぎると思い、中身を出して数えると、大銀貨三枚、小銀貨三十一枚、大銅貨十枚、小銅貨五枚、合計六千二百五ゼースもの大金が入っていた。


 あいつら……自分たちの生活を何だと思ってるんだ。

 個人の所持金の詳細までは知らないが、生活費合わせた総資金は一万ゼース前後だったと思う。単純計算でも半分……いや、待てよ。アクトとシオンは最近武器を新調したから、それなりの出費があった筈だし、数百だが俺の所持金も引くと……。

 痛む体も忘れて跳ぶように寝室へ戻り、棚を開けてアクトの財布を開こうとして止めた。本人から管理を任されているとはいえ、他人の財布の中身を見ることに良心が痛んだのもあるけれど、最大の理由は別にある。財布は驚くほどに軽く、また、持ち上げた時に金属音が一つもしなかった。

 財布を棚に仕舞う。生活費にいくら残したのか気になることだが、一昨日に寝たきりとなった時にシオンへ管理を任せてそのままになっている。同じ屋根の下とは言え、勝手にシオンの寝室に入るわけにはいかないので、居間に戻って広げたままになっている硬貨や荷物を丁寧に背嚢へと戻した。


 本当に、あいつらの事は分からない。いや、アクトのことだから「特に必要な物ないし、飯代だけ生活費に残してくれれば、後はレイホに預けるよ」とか言ったんだろうとは思うけど……。何で俺にそこまでの価値を見出せるんだよ…………理由は前に聞いたけどさ……。

 これは受け取れない。受け取れないと言っても押し付けて来て結局受け取ることになるんだろうが、このまま素直に、というのは俺自身が許せない。

 いつぶりか分からない施しに胸や目頭が熱を持ち始めたが、歯を食いしばって耐える。

……あー、なんか埃っぽいな。掃除でもしよう。うん、そうしよう。






 日が暮れる前に帰って来た三人を迎え、夕飯の前に背嚢の件について話を切り出すと、俺が全てを言う前にコデマリが薄い胸を誇らしげに張った。


「ふふん、びっくりしたでしょ! あんた、スキルだ魔法だって周りが見えて無かったから、アタシたちで面倒見てやったのよ」


「それはありがたいんだが……」


「何か足りない物でもあった? 服もアクトに頼んで買ってきてもらったんだけど」


「あー……いや、それは大丈夫」


「ん。レイホなら着られればなんでもいいって言うと思って割りと適当に選んだけど、それなら良かった」


 ……あとで服のサイズとか柄は見直しておこう。


「何よ。何が不満なのよ。逆にアタシらはあんたが一人で首都に行くことが不満なんだけど?」


 お前らの不満は一先ず置いといて。


「金だよ。六千ゼースも入ってたけど、あれじゃお前たちが不便するだろ」


 俺の問いに三人とも、まるで心当たりがないかのように目をぱちぱちさせた。

 なんだ? まさか何かの財布と間違えたのか? それならそれでいいが……。


「にゃははー、大丈夫だよ。あたいらは装備を新しくしたばっかりだし、西の魔窟で魔物狩ってれば、お金は勝手に増えていくって」


「じゃあ、今残してる生活費はいくらあるんだ?」


「千ゼース」


 あっけらかんと答えてるけど、千ゼースって四人で十ゼースの食事を一日三食とってたら十日も持たない額だぞ。飯以外にも薬とか必要な物は出て来るだろうし……今月分の家賃は支払い済みで、各々の所持金もあるとは言え切り詰めすぎだろう。


「シオンが言った通り、アタシらは依頼を達成したり魔物を倒したりすればお金を稼げるけど、レイホはそういう訳にはいかなくなるでしょ。入学金以外にも教材だとか制服だとか、必要な物は多いでしょうし、六千ゼースでも足りないくらいよ」


 異議を唱えようとしたら逆にコデマリに小言を言われてしまった。


「出発まで、まだ何日かあるんでしょ? それまで少しでも多く、おれたちが稼ぐよ」


 他人の為に金を稼ぐなんて、現代じゃ考えられない。相手が子供だとか、何らかの理由で働くことができない人とかじゃなく、自立している相手の為と言うのだから尚更だ。

 「危険だから」と気遣う振りをして止めたり、資金や俺の能力のことを出して諦めさせたりするものなんじゃないか?


「どうしてなんだ?」


 言葉が出て行くのを抑えられなかった。


「プリムラのことなんて、お前たちは知らないだろ」


 俺だってよく知らない。プリムラのことを考えても疑問しか出てこないくらいだ。


「俺が勝手に、お前らの知らない奴を助けに行くっていうのに、どうしてこんなに手を貸してくれるんだ?」


 手を貸してくれと言ったのは俺だが、三人が差し出してくれた手は俺の予想を遥かに超えたところまで届いている。

 三人が出してくる答えは分かっている。頭の中の誰かに「分かりきったことを聞くな」と叱責され、自分でもどうして聞いてしまったのか、どうしてもう少し考えることができなかったのか後悔する。


「レイホがやりたいことだから。レイホが目的を果たせるように、少しでも背中を押すのがおれのやりたいことだから」


 違う。


「求められた助けを無視なんてできないよね。それはあたいらも一緒。レイホが手を貸してくれって言ったなら、手だけじゃなくて体でも何でも貸すよ」


 違う。


「ふん。二人は随分と慕っているようだけど、アタシは違うからね。アタシの目的はあくまで自分の能力を成長させるためにレイホとパーティを組んでるだけなの。だったら、レイホがやる気を出したことに協力するのは当然でしょ」


 違う。

 誰も俺が分かっていた筈の答え、「仲間だから」と言わなかった。もし予想通りに軽々しく“仲間”という単語を口にしたなら全力で否定してやろうと思ったが……これじゃまるで、本当の…………。


「それってつまり、レイホのやりたいことの為なら何でも協力するってこと?」


「ち、違うわよ! レイホに付いて行けば、成長の糸口が見つかるかもしれないから協力するのよ! そうでなきゃ無茶ばっかする奴に協力なんてしないわよ!」


「本当は心配なんだ」


「う、うるさい! 余計なこと言うな、チビ!」


 会ってまだひと月、ふた月なんだぞ。それなのに、どうしてここまで他人を信用できる? 【死の恐怖】を克服して自由に動けるようになったことだし、金を騙し取ろうとしているんじゃないか、とか疑心を持たないのか?

 自分の中で溢れ出る疑問を口にしようとした時、玄関が勢いよく開けられた。


「出来たッス!!」


「騒がしいわね。近所迷惑になるから、もう少し静かにしなさいよ」


「はい! すいやせん! それはそうと、アニキ、首都に行く時はこいつを持って行ってくださいッス!」


 エイレスが突き出した手には、将棋の駒のような……というか、大きさが王将よりも一回り大きい以外は将棋の駒そのものが握られており、不器用な漢字で“必勝”と書かれていた。


「なんだこれ?」


「あ、あれ? 読めないッスか? 鍛冶屋の兄さんに習って、アニキの世界に縁のある物を作った筈なんスけど……」


 タツマの奴、なに教えてんだ? って、そこはどうでもいいとして……


「いや、物や字は分かるが……」


「なら良かったッス! オレたちはお供できないんで、せめてお守りだけでも持ってってくださいッス!」


 必勝の駒を胸に押し付けられ、思わず受け取ってしまう。嵩張る物ではないから、べつに持って行くのは構わないか。


「それ、なんて書いてあんの?」


 アクトが興味深そうに駒を覗き込んで来るので、手の平に乗せて文字を見せる。


「必勝。必ず勝つって意味だ」


「ひっしょー……。ねぇ、おれにもこれ作ってよ」


「あ! あたいも欲しい!」


「お任せくださいッス! 先生はいかがしまッス?」


「……ついでに作っといて」


「了解しやした! 若輩者ではありますが、精一杯作らせていただきまッス!」


 なんか、もうさっきの話題に戻せる雰囲気じゃないな……。

 賑やかに話す四人を視界に入れながらも、自分の意思を曲げたくなくて、脳裏に浮かび上がる言葉を否定したくて、手の平に乗った駒を強く握り込んだ。



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