第百二十八話:二人の新武器
魔窟を進んでエリアが変わると、見晴らしの良い草原の先に横並びに立っているスケルトンが見えた。距離があるし、よく見ると二、三列は並んでるから正確な数は把握できないが、十や二十よりも多い事は間違いなさそうだ。
「あぁ……ここか……」
気怠そうな声を漏らすコデマリはいつの間にか妖精体になっている。
「面倒なのか?」
「あんた抜きで魔窟に来た時、何回か遭遇したことがあんのよ。スケルトンは多いし、後ろにはブジンが待ち構えてるわ」
ブジンは次元の境穴で遭った鎧武者のことだ。あの時は魔獣だったのでかなり手こずった。というか俺とシオンは一回殺された。ここにいるのは魔物だし少し弱体化している事を期待したい。
「今回は二人も数が多いから問題ないと思うけど、囲まれたり不意打ちを食らわないように気を付けなさいよね」
「戦い方はどうするんだ? またシオンの魔法で一掃してもらうか?」
「そうね……スケルトンはそうしましょうか。ブジンの方は……アクト、あんたに任せるわ」
「おれ?」
コデマリがアクトを指名したことに驚いたのは俺だけでなくアクトもだった。確認するように自分を指差している。
「やれるでしょ? あんたの武器なら」
「……ん」
アクトがコデマリ相手に無視も憎まれ口も返さず素直に頷くは新鮮だな。
「じゃあ、アクトは大将の所に向かわせるとして、俺とエイレスでスケルトンを引き付ければいいんだな」
「そうなるけど、流石に二人で相手できる数じゃないでしょ。シオン、ブラストの射程まで近付いたら即発動して、その後は前衛に参加してちょうだい」
「りょーかい」
「射程まで近付いたらって、向こうだって弓兵がいるだろうし仕掛けてくるだろ。この平原じゃ身を隠すこともできないし」
「その辺はアタシに任せなさい。じゃあ、行くわよ」
言うが早いか、コデマリは飛翔して先導するように敵陣へ向かう。
任せなさいって……任せる内容を教えてほしいんだが……。
何度か戦ったことのある相手らしいし、コデマリを信じるしかないと自分に言い聞かせ、他の皆と共に走り出した。
走りながらコデマリの指示でシオンを先頭、その後ろを俺とエイレスが横に並び、最後尾がアクトになるように陣形を変えた頃、敵側も動きを見せた。後列に構えていた弓スケルトンが一斉に矢を番え、それが曲射されるより先にコデマリは進攻を止めて詠唱を始めた。
「マナよ、我が下に集いて迫る脅威を受け流せ。シェード!」
コデマリを中心に黄緑色の魔法陣が現れて俺たちを囲うと、飛来した矢を悉く後方へ受け流してくれた。
防御魔法である【シェード】は本来、対象一人に遠距離攻撃を受け流す障壁を付与する魔法だが、風属性で発動することで影響範囲を個人でなく、術者から一定範囲内に広げたのだ。
矢の第一波をやり過ごして更に接近すると、第二波となる曲射に続いて近接スケルトンも前進して来た。それと同時に、シオンが【ブラスト】の射程まで近付いたことで詠唱を開始する。
矢の方はまたコデマリが何とかするようだし、俺たちが前に出てシオンを守らないと……でもあんまり前に出過ぎると【シェード】の範囲から出てしまう。
迫り来るスケルトンの動きは緩慢だから、相手の刃がこちらに届く前にシオンの詠唱は終わりそうだな。
結果、俺とエイレスは【シェード】の範囲ギリギリの所で構え、攻勢の合図となる爆発を待つことにした。
「マナよ、我が下に集結し悪意を払う大いなる雷と転じよ。ライトニング・ブラスト!」
飛来した矢が後方で落ちる中、シオンが魔法名を叫ぶと、落雷の如き轟音と共に【ブラスト】がスケルトンの群れの半数以上を蹴散らした。敵陣の後方に放ったお陰で、弓スケルトンはほぼ壊滅と言っていいだろう。
「っしゃぁ! 行くッスよ、アニキ!」
威勢の良いエイレスに続いて行こうとしたが、いち早く駆け出していたアクトが俺たちの間を通り過ぎて行く。
「おさき」
魔法発動後の硬直で少し出遅れた筈のシオンだが、持ち前の足の速さを活かしてあっという間に敵陣へ殴り込んで行った。
「しまった! 遅れを取ったッス! うおぉぉ!」
血気盛んにスケルトンへ斬り込むエイレスの後、俺は静かにスケルトンと刃を交えるのだった。
「アクト、背中は任せて」
「ん」
【ブラスト】で空けた敵陣の穴に深く入り込んだアクトとシオンは、行く手を阻むスケルトンだけを倒し、萌葱色の和風甲冑を着こんで泰然と待ち構えていたブジンの元に辿り着いた。
アクトは更に加速し、ブジンの胴を薙ぎ払おうとして……止めた。刃が届くより先にブジンの体が淡く発光したからだ。【カウンター】は次元の境穴で対峙した際も使われたスキルであり、西の魔窟に現れるブジンも同じスキルを使用して来ることは経験から知っていた。先の一撃が、本気で斬りに行ったものならば中断することは困難であったが、相手のスキルを知っていたからこそ中断することが出来た。
敵の背後に駆け抜けたアクトであったが直ぐに急停止、反転してブジンの動きを凝視する。
体の発光が止み、振り返ろうとした瞬間を狙って【ディスグレイス】を使い、更に背後を取る。ブジンは完全にアクトの姿を見失っており、無防備な背中を甲冑ごと斬り裂かれても、何が起きたか理解する事は出来なかった。
「ん、よく斬れる」
倒れて動かなくなったブジンは放置し、紫雲零式改が放つ美しい銀色の刃を一瞥した後、残るスケルトンの殲滅へ向かった。
「いてて……」
草原の魔物を全滅させた後、俺は魔石を回収する皆を見ながらコデマリに回復魔法を施してもらっていた。スケルトン一体なら倒せる。二体なら避けるだけはできる。三体になるとどこかを怪我する。今回は左腕の肘下から上腕まで斬られてしまったが、防刃服のお陰で傷は浅い。
「はい、治療完了」
「ありがとう。……やっぱり魔力があると便利だな」
腕を動かして痛みがないことを確認する。回復薬の場合はどうしても容器が嵩張ってしまうので、俺が魔法で回復できるようになった分、回復薬の持ち込みは減っている。
「便利だからって頼るんじゃないわよ」
「ああ、分かってる」
魔法だって無限に使えるわけじゃないし、魔力の動きか何かで発動後数秒は動けないデメリットがある。
魔石を回収し切った俺たちは更に魔窟の奥へと進む。討伐依頼で受けた魔物はオーク、オーガ、ゴーレムなのだが、中々遭遇しないな。魔窟は常に形を変えるから、今日中に討伐できなかったとしても罰則があるわけじゃないけど、報酬の為になるべくなら倒して帰りたい。
そんな思いで第三エリアに足を踏み入れると……
「ウガァァァァァ!」
広い洞窟内にトロールの雄叫びが響き渡り、トロール自身も直ぐ近くに立っていた。
いきなり全力で両腕を振り下ろされ、俺たちは誰の指示でもなく左右に散開する。
「フガ!」
「フガァッ!」
トロールのお供としてオークが現れる。数は……数えてる暇がない!
理由が必要なら一番近くにいたからだろう。オークが二体、剣を振り被って俺に斬り掛かって来た。体勢が悪い……避けれない!?
完全な回避は諦め、可能な限り傷を浅く済ませようと……具体的に言えば一撃だけで済まそうと体を動かした瞬間、二つの金属音を鳴らして俺と剣の間に割って入った存在がいた。
「ふっはっはー! 残念だったな豚野郎! このエイレス・クォールビットがいる限り……って、ちょっ、殺意高すぎ!」
左手の盾と右手の剣で器用に攻撃を受けたエイレスであったが、名乗りが終わる前に二体のオークは次々と剣を振るった。狼狽えながらもエイレスは剣筋を見極めて攻撃を防ぐ。その間に他のオークもやって来る。
俺は体勢を整えると同時にスローイングダガーを二本取り出して連続投擲、後続のオークの目を狙って投げる。
「ブオッ!」
「フガッ!」
結果は頭頂部を掠めたのと、耳に突き刺さった。左手だったのと連続投擲なんて慣れないことをした、言い訳は思い浮かぶけど、実戦で言い訳なんてしていられない。剣を振り込むだけじゃなく、スローイングダガーの命中精度を上げる練習も多くしないとだな。
狙った成果を上げられなくとも、オークの足止めは出来た。疾斬を構え、エイレスが抑えていたオークの内、一体の脇腹を斬り裂いた。
「エイレス、続け!」
「はいッス!」
オークの攻撃を受け流して攻撃する時間を作り出すと、腹を押さえているオークの首目掛けて両刃剣を一閃。
俺は血飛沫を上げて倒れるオークを横目に小太刀を抜き、たった今、攻撃を受け流されて体勢を崩したオークの背中に向けて走り込んだ。入れ違うように、エイレスは先ほどスローイングダガーで負傷した二体のオークを引き受ける。
逆手に持った小太刀をオークの心臓部に突き刺し、押しこむと同時に手放し、後退ついでに疾斬で腰を薙ぐ。
「ブオォォォォ!」
致命傷の筈なのにオークは振り向き様、力の限り剣を振り回した。もし命中していたら首だろうが胴だろうが吹き飛んでいただろう。背中で冷たい汗が噴き出たが剣先は掠りもせず、腕の振りに耐えられずに倒れたオークはそのまま絶命した。
小太刀を抜く間も惜しんでエイレスの加勢に向かう途中、周囲の様子を確認すると、シオンがトロールの腹を吹き飛ばす瞬間だった。
出会い頭の一撃によってパーティはレイホ、エイレスとアクト、シオン、コデマリに別けられた。明らかに戦力差が出来てしまったが、トロールが三人側を狙ったのは不幸中の幸いであった。しかしながら、オークは二人側に偏ってしまった。誰か一人でも援護に向かいたいところだが、巨体であるトロールを避け、小賢しく攻撃して来るオークを無視することは難しい。なので、アクトがオークを、シオンとコデマリがトロールを相手取ることにした。
「アタシが上で注意を惹くから、シオン、後は任せたわよ!」
「うん、りょーかい!」
洞窟の天井付近まで飛び上がったコデマリが【マジックショット】を連発すると、トロールは鬱陶しそうに腕を振り、地団駄を踏む。
「こいつ、暴れ過ぎよ! アタシ余計なことしてんじゃないかしら!?」
妨害魔法を使おうにも、トロールの腕は天井まで届くかどうかといったところなので、詠唱に集中できない。シオンにどうにか隙を見計らってもらうしかない。その心の中の願いに応えるようにして、地上で黒い影が動いた。
シオンの体よりも太い脚の地団駄に臆することなく懐に潜り込み、上にしか意識のないトロールの腹に両腕の手甲に装着された杭を突き刺した。
「素早く動ければこんなもんだよっと!」
腹部の違和感に気付いたトロールが視線を下ろした時、既に杭を撃ちだす為の魔力と技力は充填されていた。
そこから鈍重なトロールが行えることと言えば精々叫び声を上げる事ぐらいだが、その声も杭を撃ち出す轟音によって掻き消されるのだった。
参考までに。
現在のアクトの能力値。()内は前回(第九十九話)の測定値。
体力:501(453)
魔力:98(91)
技力:87(73)
筋力:53(47)
敏捷:39(36)
技巧:35(32)
器用:40(38)
知力:32(32)
精神力:112(99)
アビリティ
健啖家、高速詠唱、属性耐性・土、攻勢の徒
 




