第百二十七話:準備期間
修練場に着く頃には既に今日の受付は終了していた。だが、元々今日からスキル習得に動くつもりはなかったので落胆はしない。習得できるスキルの一覧だけ確認して修練場を後にした。
スキルの習得には師範となる人物が付いて教えてくれるようで、受付をした後に元冒険者か現役の冒険者が空いていればそのまま修練開始。希望したスキルを教えられる師範がいなければ、修練場から冒険者ギルドに依頼を出して師範待ちとなる。
スキルの習得に魔法でいう所の知力のような制限はないので、極論覚えたいスキルは全て覚えられるのだが、そうするには当然時間も金も掛かる。
習得したいスキルにはいくつか目星を付けたが、問題は金だ。魔力開放や武器の新調で大体千六百ゼースは使ってしまったし、スキルや魔法を覚えて首都に行くまでの旅費に……魔法学校って入学金いくら必要になるんだ? なんにせよ、今の時点で俺が自由に使える金では到底足りない。疾斬を手に馴染ませる意味も含めて、明日からは魔物討伐に精を出すか。
直ぐにでも首都に向けて発ちたい気持ちを抑えて帰宅し、他の皆へ待たせたことを詫びて食事をしに出掛け、そこで俺の今後の目的について話した。
「アニキの運命の人を助けに行くんスね! 不肖エイレス・クォールビット、全力でお供させていただきまッス!」
分かってたことだけど、騒がしい奴だな。
「いや、首都や魔法学校には俺一人で行く」
というか他の奴らが首都に付いて来たとしても、魔法学校に入れそうなのは俺しかいない。アクトは退学になっているし、家出しているから首都にも行きたくはないだろう。シオンには悪いけど、どうしてもダークエルフというのが懸念となってしまう。コデマリは人間体であれば問題ないと思うが、妖精とバレた時、妖精粉の話は無視できない。エイレスは魔力無しが致命的過ぎる。
「なんでッスか!?」
「なんでって、あんた魔法使えないじゃない。首都に行って観光でもしてる気?」
机を叩かん勢いで詰め寄って来たエイレスの横から、コデマリの冷静な言葉が差し込まれた。
「むむむ……生徒では駄目でも、清掃員として潜入とかは駄目ッスか?」
俺に聞かれてもな……。
「やめといた方がいいと思うよ~」
今度はシオンがやんわりと却下してくれたので、エイレスは仕方なさそうに腰を落ち着けた。
「ぐぅ……アニキの一大事なのに指を銜えて見ているしかできないなんて不服ッス」
「そこは同意するわ。レイホ、どうせ無茶やりそうだし」
コデマリはどっちの味方なんだ……どっちでもいいか。
「余計なことしない方がいい」
「なによ、チビ」
「魔法学校は首都の中でも独自の権限を持ってる所だし、外部からの侵入や盗聴なんかは全部魔法で弾かれる。何か違反しようものなら、本人だけじゃなくて関係のある人間も処罰される。生活に必要な物は敷地内に揃っているから、生徒も余程の事がないと外出の許可が出ない」
冒険者ギルドと対立するくらいだから権力を持っていることは予想できたけど、そこまで外部との接触を拒むってことは単に生徒の安全の為って訳じゃなさそうだな。プリムラの様子を見て、場合によっては救出するのが目的だから、関係なければ魔法学校が何をしていようと興味ないけど。
「ふーん。じゃあ、中に入った人間に任せるしかないってことね」
つまらなそうに腕を組むコデマリだが、それ以上の意見を言うつもりは無いようだ。問題は……
「うーん……うーーん!」
眉間に皺を寄せて必死に考え込むエイレス。魔法について一番どうしようもない奴が一番不満そうにしている。
「レイホの方は大丈夫なの?」
「どうだろうな。アクトが言った通りの所なら、外からの情報収集は困難だし、中に入ってどうにかするしかないさ」
「ん、それもそうなんだけど、入学できるの? あそこの入学試験、結構厳しいらしいよ」
そんな気はしてたよ。志があれば誰でも歓迎って雰囲気の場所じゃないことは予想していた。今日魔力を開放したばかりの俺がすんなりと受かるとは思えない。魔法屋曰く魔力は平均的らしいからな。
「試験の難度も問題だけど、入学金は高いのか?」
「どうだろ。おれは家柄で特別入学だったし、子供のおれが金に関わること無かったから分かんない」
そうか、一般人と魔法使いの家系じゃ学校側の受け入れ体制も違って当たり前か。アクトに聞けば入学するまでの情報が得られると思っていたのは甘かった。
「お金なら全然余裕あるし、金貨とか要求されなければ大丈夫じゃないかな」
難しい顔だったり不満そうな顔だったりする俺たちの中で、シオンだけが緩く笑んだ。
パーティとしての金に余裕があってもな……まさか俺が使い込む訳にはいかないだろうに。
「……レイホ、金あるの?」
アクトって突かれたくない所を突いてくるよな。……顔に出てたか? いや、入学金を気にした時点で感付かれたか。
「確かに、今日だけで結構な出費だったんじゃないの? 入学金が足りずに帰って来たなんて言ったら笑えないわよ」
「そうなれば……アニキ、オレの財布を使ってください!」
エイレスが差し出して来た、あまり重そうじゃない財布を押し返す。この状況で嘘言っても意味ないよな。
「気遣いはありがたいけど、金もどうにかするよ。明日から魔物を狩りまくるから、皆も手を貸してくれ」
俺の頼みに各々が快い返事をしてくれた。それは素直に喜ばしいことだったが、感情をそのまま表に出すことが出来なかったのは、焦りや不安を意識せざるを得ない状態だったからだろう。
翌朝。いつぶりか分からない安眠から目を覚まし、準備を整えて魔物討伐の依頼をいくつか受けて西の魔窟へと向かう……前に修練場に行ってスキル【インバリッド】の修練予約を入れておいた。受付の人が微妙な顔をしたのは気になるが、師範役が見つかり次第、冒険者ギルドに連携してくれると言っていたので待つしかない。
「キィィ!」
「キィ!」
西の魔窟に入ると、そこには少し開けた森が広がっており、人間の女性を模した根を持つ植物の魔物——アルラウネの群れと出会った。戦闘能力は高くないが、体力が多い上に個体によって特性の違う花粉を持っている。単体としての討伐推奨等級は銅星二だが、集団戦となると推奨等級以上に厄介な相手である。
今回受けた依頼の中にアルラウネは含まれていないが、魔石の買い取りはしてもらえるし、アルラウネの花粉は薬に使えるので是非採取したいところだ。薬屋で売るのは勿論、タバサさんが残してくれた薬品の調合レシピを参考に薬を作っても良い。
魔物の出現から真っ先に口を開いたのはコデマリだった。
「数は……六! シオン、ブラストの準備! 男共は上手く敵を密集させなさい!」
「了解ッス!」
流れるように指示に従ったのはエイレスとシオンだけで、この展開に慣れていない俺は少し遅れてアルラウネを牽制しに行こうとするが、隣からアクトの視線を感じる。心まで見透かさんとする真っ直ぐな瞳に、少しだけ懐かしさを感じる。
「コデマリの言う通りに動こう。アクトは距離のある奴を頼む」
「ん、わかった……倒しちゃ駄目なの?」
「……密集させる過程で倒してしまう分には問題ないだろ」
俺の応えにアクトはどこか安心したように「ん」と頷くと、背中から斬鉄型鋼鉄太刀・紫雲零式改を抜き駆け出した。修繕した際に長さを見直し、以前の大太刀よりも短くなって一般的な太刀と同程度の長さになっている。
アクトの背中ばかりを追ってる場合じゃない。俺も戦列に参加しないと……そう思って足に力を入れた時、背中に細長いものが添えられた。
「マナよ、彼の者の下に集いて力を与えん。ファストライズ」
添えられたワンドから熱いものが流れ込んで来る。【ファストライズ】対象の様々な能力値を僅かに上げる魔法だが、火属性のお陰で上昇値は他の属性よりも高くなっている。
「首都行く前に怪我したら困るだろうから、あんただけ特別よ!」
「助かる」
背中越しに会話をし、抜刀してアルラウネへ接近する。既にアクトとエイレスが交戦しているので、森のあちこちに花粉が舞っている。できるだけ花粉を吸い込まないように動き、二体のアルラウネの視界に入る。
倒す必要はない。密集させればシオンのブラストが待っている……けど、少し試すくらいはいいだろ。
「キィ!」
「キィィ!」
花を振って花粉を振り撒くが、十分に広がる前に一気に踏み込んで疾斬を薙ぐ。
「ん!?」
一撃離脱を考えていたが、予想以上に振りが速かった。体重移動や接近が不十分なまま剣を振り抜いてしまい、刃は避けてもいないアルラウネを掠めただけに終わった。
しまった。疾斬の効果だけじゃなくて、【ファストライズ】の分の効果も計算しないとだった!
花粉に突っ込みそうになる寸での所で踏ん張り、バックステップで距離を取る。コデマリの言う通り、こんな所で怪我なんてしてられない。幸いな事にアルラウネは二体とも俺を標的と認識してくれているようだし、エイレスと合流しよう。アクトは……多分自分で倒してしまうだろうな。
その後、エイレスと交戦していたアルラウネ二体と合流させ、シオンの【ライトニング・ブラスト】が炸裂してアルラウネ四体を葬った。
魔法の余波が治まる頃に帰って来たアクトはコデマリに叱られていたが、全く聞く耳を持たなかった。
【ライトニング・ブラスト】により粉々になったアルラウネからは魔石だけ、アクトが斬り殺したアルラウネからは魔石と花粉を採取して次のエリアへと向かうことにした。




