第百二十五話:魔力開放
魔法屋。看板に書かれた文字を確認して店の中に入る。建物自体が小さいこともあり店内も広いとは言えないが、商売をするに不都合は無いのだろう。なぜなら店内には商品と呼ばれる物が陳列しておらず、店内には簡素な装飾品だとか新商品等を知らせる掲示板があるだけで、直ぐカウンター越しに店主と接せるようになっていた。
「いらっしゃい。今日はどんな用だい?」
店主は初老の女性で、魔法屋だからといって特別な恰好をしているわけではなく、店番をしていなければどこにでもいるおばあさんだ。
魔法を使えない俺が魔法屋を訪れる理由、それは一つしかない。
「魔力器官の開放をお願いします」
ブランクドの人間で生れつき魔力器官を持たぬ魔力無しと違い、俺のような異世界人は魔力器官とやらが閉じているから魔力を操作することも魔法を覚えることもできない。魔法の専門家に魔力器官を開けてもらえれば、個人差はあれどブランクドの人間と同様に魔法を使える。
プリムラがいるのは魔法学校。外部からの接触が難しいと言うのなら、内側に入るまでだ。
「見ない恰好をしているから、だろうとは思ったよ。料金は千ゼースの先払い。それで良ければ両手を出しな」
「お願いします」
言われるがまま、大銀貨一枚をカウンターに置き、手の平を上にした両手を差し出した。
「先に言っとくけど、適性は先天的なものだ。気にいらないからって文句言うんじゃないよ。誰が開放したって同じだからね」
「承知してます」
「それと、ごく稀に魔力を受け付けない体質ってのもいる。魔力器官が目覚めない時は諦めるんだね」
「それも承知してます」
答えると、魔法屋は俺の両手を握って意識を集中させた。何か呪文を口ずさんだと思うと、両手から肘、肩、首を通って脳に刺激が伝わった。電流が走ったとか血液の流れを感じたとか、そういうものじゃない。体の中にかなり細い管が一瞬だけ出現したかと思えば、頭に巻き取られていったかのような……正直言ってあまり気分の良い感覚じゃない。
腕や首に感じた異様な感覚が消える頃、魔法屋は俺の手を解放した。
「終わりだよ。気分はどうだい? これは何本に見える?」
「気分は……今は何でもありません。指は一本に見えます」
「正常だ。良かったね、魔力器官は問題なく開放できたよ。あとは魔力の扱い方と詠唱を覚えれば魔法を使えるよ」
両手を眺めたり握ったりしてみるが、特に変化は見当たらない。けれど一先ず、魔力は手に入れられた。異世界人なのに特別なスキルもアビリティも持っていないから、もしかしたら魔法も使えないんじゃないかと密かに不安だったけど、特に問題がないようで良かった。
「ほら、今度は右手だけ貸しな」
魔法屋の方を見ると、ギルドで能力値を測定する時に使用している装置と同様の物がカウンターに乗っていた。
「魔力量とか適性属性を調べるんだよ。安心しな、こいつは無料だ。それとあんたさん、冒険者かい? 手帳を持ってたら更新もしてやるよ」
装置で測定する必要があるのか。てっきり魔法関連の能力だけなら、魔法的な何かで調べられると思っていたから少し意外だ。後で冒険者ギルドに行って能力値を見てもらおうと思ったけど、手間が省けて良かった。
冒険者手帳を渡し、普段の測定と同じようにエクスペリエンス・オーブをレンズに向けて腕を置く。
装置が青白く発光し、徐々に動作音を大きくしながら能力値を測定していく。そして、時間にして一、二分で動作音が小さくなっていき、やがて発光と共に静まった。排出された冒険者手帳を魔法屋は簡単に確認した後、開いたままの状態で俺に渡して来た。
「魔力量は平均的。属性は一属性で氷。特に言うことはないね。氷属性魔法の特性については知っているかい?」
今までゼロだった能力値に別の数字が刻まれたことに小さな感動を覚えながら、氷属性の特性を思い出す。確か、攻撃・妨害の時は魔力と技力を継続的に消耗させる、で、回復・補助の時は精神力上昇だったか。即効性は低く、長期戦向けの属性だな。風か雷が良かったけど、こればっかりはどうしようもないか。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そうかい。魔法書はどうする? 定型の魔法書なら在庫があるよ」
「あー……」
魔力器官を開放しただけでは戦闘で使えるような魔法を放つ事はできない。無詠唱で操れる範囲、例えば火属性なら種火を点ける。水ならコップ一杯分くらいの水を垂れ流す。氷属性なら摘まめる大きさの氷を生み出す。その程度なら扱えるようだが、魔力が生まれたての俺ではそれも難しい。
首都への道中で魔法書を読むのも悪くはないが、問題は覚えられる魔力には限りがある。これは個人の記憶力とは別で、能力値の知力に依存する。俺の知力はまだ六しかないから、下級以下の魔法を一つか二つしか覚えられない。それでも知力は魔法の経験を積むことで増えていくから、何かしら覚えないといけないんだけど……。
「今日のところは大丈夫です」
魔法はそう簡単に忘れられるものじゃない。もし必要のない魔法を覚えてしまった場合、魔法屋で忘却の処置をお願いする必要があるし、忘却した場合、忘れた魔法と同じ分だけの知力を失うことになる。失った知力はまた経験を積めば増えるけれど、何度も忘却すると知力が増えづらくなるとかならないとか……。
無難に初級の攻撃魔法と回復魔法でも覚えればいいかもしれないが、折角属性ごとに特性があるのなら、それを活かせるように吟味するのも悪くはない。
「そうかい。魔法紙っていう、使い切りの道具もあるから気になる魔法があったら試してみるといい」
魔法紙、そんなものもあるのか。掲示板を見るとおおよその値段が書いてあるが、初級魔法でも百ゼースする。バレット一発で小銀貨一枚……割に合わないな。
俺が買うか否かは別として、値段を改定した方が良いのではないかと思いながら魔法屋に礼を言って店を出た。
魔法屋の次に向かった先はエディソン鍛冶屋だ。葬式の後、家に帰って持ってきた翔剣について話があるのだが、今日は運悪く混んでいる。販売している武具の料金が割安で、質も良いのだから人気が出ない訳がないか。
翔剣を研ぎ直してもらうくらいなら他の客と同様に並んで依頼するのだが、そう簡単な話では済まない状況で……言ってしまえば折れているのだ。真ん中辺りからポッキリと。
俺の記憶じゃ折れていないのだが、ヴァイオレットとの戦闘を思い出せば折れていても不思議ではない。寧ろヴァイオレットを殴り飛ばした時に折れなかった事の方が驚きだ。
聞いたところでは、アクトとシオンが武器の修繕を依頼する時に一緒に持って行こうとした時には既に折れていて、修繕するのか他の武器に買い替えるのか判断が付かなかったそうだ。俺自身どうするか悩みどころなので、タツマとエディソンさんに相談したいのだが、少し時間が掛かりそうだな。
店内で武器を見て回っても良かったが、他の客の邪魔になると嫌だったので外で客が捌けるのを待つことにした。他に見ることもあるしな。
エディソン鍛冶屋を出て冒険者手帳を開く。魔法屋では話しかけられていたこともあって能力値と適性属性にしか目を通せなかったが、アビリティ欄も確認しなくてはいけない。
冒険者手帳の頁を捲ってアビリティを確認すると、思わず口角が上がった。そこには忌々しい【死の恐怖】の文字は消えており、代わりに【闘争本能】と【生存本能】の二つのアビリティが追加されていた。
字を見てなんとなくの予想は付くが、実際にどんな効果だ? 能力値上昇系だったら嬉しいが……多分そうなんじゃないかな。戦ってる時は必死だったから頭が回らなかったけど、今思えばヴァイオレットの動きに俺が付いて行けたのは謎でしかない。改めて能力値を見ると以前よりも上がってはいるけど、まだまだ弱い。
アビリティについてはギルドで聞くしかないか。…………ここで待ってるのも時間の無駄だし、先にギルドへ行こう。




