第百二十二話:寝ている間に
更新再開していきます。
あらすじ
ラビト村から来ていたグール討伐の救援依頼を受けたが、依頼主であるクラースは既に死んでいて村人共々、転生者であり【死霊術】の能力を持つエイトの傀儡となっていた。
現実で負傷した痛みにより、一時的に【死の恐怖】から解放されたレイホはどうにかエイトの元に辿り着くが、立ち塞がるヴァイオレットとの戦闘に苦戦を強いられる。だが、エイトの気まぐれにより戦闘は中断。エイトの目的を聞くことになる。
エイトの目的は、死後の生を与えることで生前に抱いていた死に対する恐怖から人々を解放すること、【死霊術】を現代に持ち帰って人々に生と死を再認識させること。それを聞いたエイレスは激昂し拳を叩きつけるが、エイトは生に執着する様に対して恍惚した様子で村人共々姿を消した。
どうにか生き残ったレイホだったが、戦闘終了後に意識を失ってしまう。
溟海の月 四十五日
例年よりも降水量が少ないように思われたが、月の最終日となるこの日の為に溜めておいたと言わんばかりに、朝から強い雨が降り注いでいた。
普段は冒険者が闊歩している街中も、今日ばかりは空からの雫に占領されており、商店も閉まったままの所が多い。
明日になれば霹靂の月ということもあり、夜になる頃には雨音に混じって人々の不安に駆り立てる雷鳴が轟き始めた。
天候的にも時間帯的にも、誰が好き好んで外出するだろうか。そんな中、上流区のとある屋敷を訪ねる男が居た。
男は例え雷雨が無くても人に聞こえるような音を発せず、誰にも歓迎されない場所から屋敷の中へ入ると、迷いの無い足取りで二階へ上がった。
屋敷の中には警備の兵士がいる筈だが、入念に準備して来た男にとって、巡回の隙を突く事はそれほど難しい事ではなかった。もし偶然があって今日だけ兵士の動きが変わっていたとしても、男が屋敷に入った時に異変に気付かなかった時点で、その可能性は潰えている。だが、目的の部屋を開けようとした時、異変は起きた。
扉が何の抵抗も無く開いたのである。
部屋の中にいる筈の男——ロニー・ヒンチクリフは用心深く、就寝時には内側から鍵を掛けた後、警備の兵士に施錠を確認させる事を欠かさない。
なんの手も加えずに扉が簡単に開いてしまった事は、男にとって幸運でも何でもない。罠だ。
脳内の警鐘に従って撤退する冷静さは失っていない。けれど、扉の向こうを目にした訳でも、足を踏み入れた訳でもない男の脳内に、撤退の選択肢は存在していなかった。
例え兵士長や金等級の冒険者が現れても、逃げるだけなら難しくはない。それだけの実力が男にはあったし、何より、手ぶらで帰るならば罠に嵌って死を選ぶのが、男の生きてきた世界に於いては常識だった。男が死ねば、今回の標的は男を殺す程度の力を有していると判断出来るからだ。
男は【気配察知】のアビリティで室内に居るのが一人である事を確認してから、当初の予定通り部屋へ侵入し、両腕の袖に隠していた白銀の爪を伸ばした。
部屋の扉が閉められると同時に、空を駆けた稲妻が窓を叩く雨粒と室内を照らし出す。
室内に居たのは標的であるヒンチクリフ家の当主ではなく、見覚えのある、けれど通常この場にいる筈のない女性だった。いつもの鍔の広い帽子や口元を覆うマスクは身に着けておらず、明るい黄色のロングヘアーや、気品のある、けれどどこか陰りのある顔立ちが露わになっている。
「やっと、あなたにお会いすることができました。街中でお会いするあなたではなく、本来のあなた……幽明界を異にする襲爪のカイルさん」
連続的に走る稲妻は、侵入者であるカイルの姿も暴いていた。
普段の町民としての格好とはガラリと変わって、上等な革で出来た戦闘用のスーツに身を包んでいる。だが、彼の顔付きは服装よりも更に明確に変貌していた。店で見せる人懐っこい笑みは影も形もなく、降り頻る雨よりも冷たく、袖から伸びた白銀の爪よりも鋭い表情で、正面に立つタバサを見据えていた。
大の男でも目を合わせた途端に逃げたくなるような雰囲気を醸し出すカイルを相手に、タバサは普段と変わりない微笑みを浮かべている。
「どこに行ったかまでは申し上げられませんが、ヒンチクリフ卿なら、もうこの町にはおりませんよ」
「どこへ行こうが同じだ。俺でなくても別の誰かが始末する。奴はそれだけの不正を行った」
タバサは微笑みを返すだけだった。他人の命だからどうでもいい、と言うと聞こえは悪いが、今の彼女にとってヒンチクリフの命よりも重要な事柄があるのは事実だった。
「不正を行う者、組織に仇なす者に粛清を。汚れた救済の幹部ともなると、てっきり顔を合わせた瞬間に襲って来るかと思っていましたが、お話しする時間くらいはいただけるのですね」
「……見くびるなよ。俺の姿を見た以上、ここでお前が死ぬことは確定している」
「ええ。もちろんですとも。わたくしではあなたの相手など到底叶いません。ですから……どうかわたくしの復讐にお付き合いくださいな」
人の形をした死を前にして、タバサはこの上なく安らかな笑みを浮かべた。
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ラビト村から生還した俺は数日間眠り続け、目覚める頃には新しい月に変わっていた。
霹靂の月一日。
昨晩から降り注いでいたらしい大雨も今ではすっかり晴れ間に変わっており、高く上がった太陽がそこら中に出来た水溜りを煌めかせている。
起き上がった後、ネルソンさんの診察を受けていると、パーティメンバーの三人とエイレスが診察室にやって来た。そのまま診察室で話し込むのは邪魔になるので、待合室に場所を移す。
「アニキ、目覚めたようで何よりッス!」
アニキって……俺のことか? 柄じゃないし、何でそんな呼び方するんだ?
「ああ……エイレスも元気そうで何よりだけど、どうしてここに?」
俺の問いに答えるのはコデマリだ。町中では魔力の消費もほとんど無いので人間体でいる。
「今、アタシたちのパーティに仮加入してんのよ」
仮加入? また面倒臭いことになってんな。
思いを表情に出さないようにしてエイレスへ視線を向けると、ビシッと姿勢を正した。
「はい! このエイレス・クォールビット、非才な身なれど心身が擦り切れるまで皆さまの盾となる所存であります! 好きな鍛錬は走り込み、趣味は木工細工ッス! よろしくお願いしまッス!」
うわっ、すごい自己紹介らしい自己紹介をされてしまったぞ。だけど、自己紹介よりもパーティに仮加入している経緯を聞かせてほしかった。
「ええっと……どうして俺たちのパーティに?」
「それはもちろん、他に行く当てが無かったからッス。仲間は、もう冒険者は懲り懲りだって言って辞めちゃいましたんで」
パーティが解散しても無理はないか。恐らく屋敷で会った男たちとクラースがエイレスのパーティメンバーだったんだろうが、クラースは死んでいる上にエイトに操られて仲間に刃を向けたんだ。元々の結束とやらが強い程、精神的ダメージは大きいだろう。エイレスは精神的に傷を負っても、エイトに対する怒りの方が強いからまだ冒険者を続けている、といったところか?
「エイレスはどうして冒険者を続けるんだ? エイトを探すのか?」
エイトの名前を出した瞬間、エイレスの瞳に怒りの火が点いたが、それは一瞬だけで直ぐに元の綺麗な黄色の瞳に戻った。
「もちろんそれもあるッス。けど、オレは魔力無し(ジェニュイン)でも名を上げられるってことを証明する為に……約束を果たす為に冒険者を続けるッス」
明確な目標に約束、か。目指すべき場所があって、向上心もあるなら俺と一緒にいない方がいいと思うんだけどな……。
「ただ、オレは魔力無しだから、一人じゃどうしても限界があるッス。だから、どうしても仲間がいるッス」
自分の及ばぬ所を認め、補う為に仲間を求める。うーん、ますます俺なんかと一緒にいていい人材じゃないな。
感心しているとコデマリが口を挟んで来る。
「ギルドで仲間を募集している所をアタシが見つけて、パーティに入れたのよ。アタシ的には継続パーティを組んでもいいと思ったけど、二人がレイホの許可がないと、っていうから即席パーティを組んでる状態なのよ」
「……実際に組んでみてどうだった?」
エイレス以外の三人に向けて聞いてみると、ちょっとだけ目配せする時間を設けた後でコデマリから答える。
「アタシは悪くないと思ったわよ。守備者にしては小柄だけど、どっかのおチビさんと違って後衛を守る動きをしてくれるから安心ね」
「あたいも、戦闘面では特に問題ないかな。人数は多い方が楽しいし、加入には賛成派。あ、でも最終的にはレイホの決定に従うよ」
「レイホに任せるよ」
賛成二に中立一。多数決上じゃ断る理由ないな。
「エイレスは良いのか? 俺とか……異世界人のことは良く思ってないんだろ」
べつに根に持っているわけじゃないけど、異世界人がなんだとか、仲間がどうとか怒鳴られたのを忘れてはいない。エイレスのパーティを滅茶苦茶にしたのも、俺と同郷の人間だし。
「いや、いやいや! お恥ずかしい限りッス! アニキが異世界人でも何の能力も持たないお方とは露知らず! ラビト村ではコデマリ先生の窮地に【死の恐怖】を乗り越え、グールの包囲網を突破したと聞いて体が震えました! この身を救ってくださった時の剣捌きは圧巻の一言! ええ、あの時、アニキはオレの浅はかな勘違いもバッサリ斬り捨てたッス!」
こんなに勢いよく否定されると思ってなかったけど、あっさり自分の意見を変えていいのか?
「そうか……。エイレスが気にしないならパーティに入れて問題ないだろう」
「はい! ありがとうございます!」
「随分とあっさり認めるのね。アタシの時とは大違い」
そうは言っても、冒険者として活動して来たエイレスと、着飾った少女のコデマリじゃ心象が違うのは仕方ない。それにさっきの話じゃ、エイレスは個人的にパーティを募集しても誰も集まらなかったようだし、その辺の事情もコデマリとは違いがある。仲間が集まらない理由は魔力無しであることや、まだ未成熟な所があるからだろう。こっちで育てると言うと偉そうだが、エイレスが力を付ければ魔力無しであろうと戦力として欲してくれる相手は現れるだろうし、エイレスの方から自立したいと言ってくるかもしれない。その時は快く旅立たせてやればいい。
「レイホの方は、もう体はいいの?」
アクトが聞いているのは診察の結果じゃなくて【死の恐怖】についてだろうな。
「さてな……。俺もどうなったかよく分からないんだ。この後ギルドに行って見てもらうよ」
現実的にグールに噛まれたり、自傷をすることで意識を保っていたが、あれが一時的なものだった可能性は否めない。何度も体験したいことじゃないので、願わくば【死の恐怖】を克服できていてほしい。
「だけどその前に、ラビト村はどうなった? アクトとシオンが無事でいることを当たり前のように感じてたけど、二人の方はどうだったんだ?」
エイトが消えた後からの記憶が無いことを添えると、四人がそれぞれ説明してくれた。
結果的にラビト村は無人の村となったそうだ。状況が状況なので、新しく定住を希望する者が現れるか怪しい所ではあるし、戦闘で畑も大分荒れてしまったので、このまま廃村とされる可能性が高いらしい。
グールが消えた後、俺はエイレスの手によって洋館を出たところで皆と合流。だが、三人もクラースとの戦闘でかなり消耗しており、特にアクトの傷が酷かったそうだが、体の方はもう何ともないらしい。折れた大太刀については現在エディソン鍛冶屋で修復中とのことだ。シオンも浅くない傷を負い、パイルバンカーが破損したので同じくエディソン鍛冶屋のお世話になっているという。コデマリは怪我自体は大したことがなかったけれど、魔力切れで気を失っており、魔力の自然回復で目を覚ました。
聞く限り、自力でラビト村からクロッスまで帰って来れるとは思えなかったが、そこは他の冒険者の協力で助けてもらった。話しを聞く限り、銅星の希望のお三方に助けてもらったようなので、今度会ったらお礼を言っておこう。……あの人たちも同じ依頼受けてたんだな。
時間は戻り、俺とコデマリが雑木林の小屋にいる間のアクトとシオンの行動。これはアクトが村長の家へ直行し、村長と付近にいたグールの首を刎ねた。アクトが言うに昼間の仕返しらしく、それを聞いたシオンは控え目だが嬉しそうに笑っていた。
相手はグールになっていたし、シオンが嬉しいと感じたのは仕返しをしたことよりも、アクトが自分のことを仲間と認識していてくれたことに対するものなんだとは思う。そうであってくれ。
無事に仕返しを完了したが、村長の家は村の中央付近にあったので、当然グールの群れに襲われた。けれど、そこは自力のある二人。他の冒険者とも協力しながらグール討伐に当たっていたという。
グールは僅かな知性を持っていたが、強さ自体は普段魔物として現れているグールと同等のものだった。が、やはり数の暴力には勝てず、負傷者多数、死者十五名という大きな被害が出た。冒険者ギルドへの報告はエイレスや皆の方で済ませてくれたが、依頼内容に大きな齟齬が発生したことを指摘されてギルド内は荒れていたらしい。
文句を言いたい気持ちは分かるけど、ギルドの方だって「そう言われても」って感じだろうな。出された依頼を一々現地確認していたらギルド職員がいくらいたって足りない。寧ろ、冒険者の方が不測の事態に犠牲者が出ることを覚悟しておくべきだ。…………もし目を覚ました時、目の前の誰かが欠けていたら、俺はどう感じただろうな。
記憶の補填も完了したので、更衣室で患者服から普段着に着替えて冒険者ギルドに行こうと思った矢先、ネルソンさんが一通の封筒を持って来た。
「忘れるところだった。薬屋からレイホ宛に手紙を預かっていたんだ」
薬屋……タバサさんか。なんでまた手紙を? 起きたらアヘッドに来てくれ、みたいに言付けてもらえれば出向くのに。
「昨日の……今ぐらいの時間に来てね、慈愛に満ちた様子で君の看病をしていたよ。ネルソンさんが思うに君たち、ただならぬ関係だね」
「ただの店員と客ですよ」
ニヤつくネルソンさんを軽く受け流す。こういうのは事実だけを言ってやるのがいいんだ。下手に否定すると逆にネタにされてしまう。我ながらつまらない性格だとは思うが……。
「そうかそうか。ま、なんにせよ早めに手紙を見てあげなさい。彼女、本当は君と話しがしたそうだったからね」
ヒラヒラと手を振って立ち去って行くネルソンさんを見送ってから封筒を開け、数枚入っていた便箋の一枚目へと目を通す。白い紙の上には細いが丁寧な文字でこう書かれていた。
『こんにちは。レイホさん。大変な怪我を負ってしまったということですが、お医者様から命に別状はないと聞いて一安心しております。
少しお話を、と思い訪ねさせていただきましたが、まだ傷が癒えないご様子でしたのでお手紙にて失礼いたします。
もし、目が覚めた後もまだお体の調子が優れないようでしたら、療養にお努めください。それから、もし時間に余裕がおありでしたら、わたくしのお話しにお付き合いいただければと思います』
一枚目はそれだけで、本題は二枚目から始まる。読むのに少し時間がかかりそうなので、皆には待機してもらうように言って改めて手紙を読み進める。
『突然のお手紙を失礼します。ですが、どうしても伝えておきたいことがございましたので、こうして文字にて残させていただきました。
さて、レイホさんがこの手紙をお読みくださっている頃、わたくしはもうこの世にはいないでしょう。』
二枚目の冒頭を読んだところで、俺は時が止まったかのような感覚に陥った。
 




