第十一話:明日の天気は
初めて来た世界の、初めて訪れた店の店員が俺の名前を知っている。その事実に俺は動揺していた。
この世界に来て四日目、まだ記憶は一日ごとに思い出せる。なので目の前にいる女性、タバサ・ハートフィールドさんとは間違いなく会った事がない。
「驚かせて申し訳ありません。少し、信じ難い話ではありますが、順を追って説明します」
「はい」
返事をするしかできない俺に笑いかけた後、タバサさんは説明を始めた。
「初めに、わたくしは少し先の未来を見通す力を持っています。わたくしは毎日、この店に訪れる方を見続けていました。未来を知ることに対して邪な考えを持たない方に、あるお願いをするためです」
それでさっき未来を見ることができたらどうするか聞いて来たのか。俺、変なこと答えてないよな。タバサさんが説明してくれているってことは、少なくとも邪な考えってのは持っていないと判断されているから大丈夫か。
相槌を返していると、タバサさんは話しを続ける。
「レイホさんのことも、事前に見ていました。失礼ですが、お名前の方は先にギルドで調べさせて頂きました。そして、実際にレイホさんは未来を見る力に欲や執着心を持たぬ方でしたので、是非お願いしたいことがあります」
タバサさんの目が続きを話しても良いか問い掛けてくる。綺麗な顔立ちの人に見つめられ、気恥ずかしくなって視線を泳がす。
「どういった内容ですか?」
視線を泳がせたことで、話を聞きたくないと捉えられてはいけないので、直ぐに言葉で聞く。
「冒険の途中でマナ結晶を採取した場合、わたくしにお譲り頂きたいのです。もちろん、相応の金額で買い取り致します」
「マナ結晶? 魔石とは違う物ですか?」
「はい。魔石は魔物の体内から採れる物ですが、マナ結晶は魔窟内部の地面や壁などから採れる、マナを保有した鉱石のことです。高い濃度のマナを含んでいますので、普段は使うことのできない魔法なども使えるようになります。わたくしの未来を見通す力を強化することも可能です」
タバサさんは自分の能力を強化したくてマナ結晶を欲していて、その採取を俺に頼みたいということか。理由とか報酬とか聞きたいことはあるけど、その前に確認することがある。
「ギルドで名前を調べたのなら知っていると思いますが、自分はまだ駆け出しで、魔窟に入ったことすらありません。ましてや別の世界から来た人間ですが、それでも良いのですか?」
頼みごとの内容について交渉する前に、俺に受ける資格があるとは思えない。
俺は未来を見る力を持っていたとしてもそれを自分の利益の為に使おうとも思わないし、そもそも小難しいことを考える頭脳もない。他人が未来を見る力を持っていたとしても、その力を使うのは個人の自由だと思っている。そういう性格的な面では適正があると思わなくもないが、実力が圧倒的に足りない。
「はい。急ぎではない、といえば嘘になりますが、レイホさんの冒険のペースに合わせて頂いて構いません。魔窟に入ることがあれば、片手間にマナ結晶を探してくだされば大丈夫です。マナ結晶は最低でも小銀貨一枚以上で買い取りますので、どうかお願いできませんでしょうか?」
率直に考えて断る理由がないが、逆に話がうますぎるとも思う。依頼ではなく「お願い」と言っているから深く考えなくても良い気はするが、念のため予防線を張っておくか。
「自分としては引き受けても構いませんが、あまり当てにはしないでもらえると助かります。魔窟に入るのもしばらく先だと思いますので」
「いえ、レイホさんのことは当てにしつつ、気長に待っています。あと、申し訳ありませんが、今回のお話は他言無用でお願いします」
わざわざ未来を見て人を選んだ上で頼んでいるのだから、未来を見る力を持っていることや、マナ結晶を集めていることを広く知られたくないのは予測できた。素直に頷くと、タバサさんは安心したように破顔して見せた。
「ありがとうございます!それではお礼と言ってはなんですが、わたくしの力でレイホさんのお役に立てればと思いますが、何かこれからのことで気になることはありませんか?」
未来のことを教えてくれるってことか。そう言われても急には思いつかないな。
「どれくらい先まで分かるんですか?」
「今のわたくしですと、一日と少し先程度ですので、明日の日後より少し前程度までです」
今日これからと、明日半日くらいか。依頼を達成できるかとか、危険な魔物に遭うかとかが無難かな。正直、未来を見て貰う必要ないんだけど、好意を断るのも悪いし。今日と明日……あ!
「これからの天気を教えてくれませんか?」
「天気、ですか? 構いませんけど、そんなことでよろしいのですか?」
タバサさんの、これまで漂わせていた穏やかな調子が少しだけ乱れた。
昨日は雨に降られて大変な目に遭った。現実ではスマホでいつでも天気を確認することができたが、こっちの世界ではスマホどころかテレビもラジオもない。野外で活動する身として、天気は重要な情報だ。
「はい。天気を教えてください」
「本当に欲のない人ですね」
だから俺に自分の力のことを話したんだろう。と思ったが、タバサさんはどこか嬉しそうだったので言葉には出さないでおいた。
タバサさんは両手を組み、目を閉じて集中し始めたかと思えば、直ぐに目を開けた。
「これからの天気は晴れです。明日も見えた様子ですと一日中晴れ間が広がりますので、冒険日和でございますね」
「そうですか。ありがとうございます」
今日と明日は晴れということは、宿に泊まる必要はないということだ。依頼を熟しつつ余分に薬草を採取してタバサさんに買い取ってもらえれば、少しずつ稼ぎは増えていくだろう。雨が降った時でも町の外に出やすいように、傘じゃなくて雨合羽を買えば良かったと後悔するが、買ってしまった物は仕方ない。
折角なので傷薬を一つ、六ゼースで購入してタバサさんの店を後にした。
ギルドで依頼を受ける前に、間道通りに出ていた屋台で腹ごしらえをする。安くて量のあるものを、と思っていたが、ピグの串焼きと呼ばれる串焼きの匂いにつられて五ゼースで購入した。二本の長い串に三種類の食材が二つずつ刺さって良い感じの焦げ目が付いている。
ピグというのは食用動物の名前で、食感や味は豚肉によく似ていたので食べやすい。肉の他には緑色と赤色の野菜が刺さっており、緑色の野菜はジーピー、赤色の野菜はカーロットというそうだ。ジーピーは萎んだピーマンみたいな見た目で、苦味が少し強かった。カーロットは人参に似た食感で、野菜独特の甘味があった。
ジーピーの苦味が嫌いだという人は多そうだが、肉も野菜も好きな俺からすれば大変良い料理だった。食材も大きくて食べ応えがあるので十分な満腹感を得られた。
良い物を食べて満足気になりながらギルドに足を運ぶ。
しっかし、妙なことになったものだ。何の取り柄もない流れ者の俺に、未来を見ることができる超能力者から頼まれごとをされるなんて。銭貨通りの薬屋じゃなくて、タバサさんの薬屋に薬草を売りに行く事は決められていたことだったのだろうか。タバサさんは毎日未来を見ていると言っていたが、毎日見えた未来に従って行動をしているのだろうか。もしそうだとしたら、退屈な人生なのではないか。
目的については聞かなかったし、あまり興味もないが、自分の力を強化する必要があってマナ結晶の採取を冒険者に頼んでいる。いつ集まるか分からず一日千秋の思いで待ち続けるより、明日集まるか否か分かっていた方が気が楽なのかもしれない。
いずれにせよタバサさんの人生なのだがら、俺は何かを言う気も深入りする気もない。薬屋の店員と客であり、天気予報のお姉さんと冒険者。ただそれだけの関係だ。
考え事をしながら歩いていると、冒険者ギルドの赤レンガが見えて来る。
よし、今日も薬草刈りに出掛けるぞ。




