第百十五話:黄昏が闇に覆われた日
その日、夢追いし心友たちはクロッスより南にある魔窟へ、魔物討伐の為にやって来ていた。
依頼内容はコカトリス三体の討伐。コカトリスとは討伐推奨等級銅等級星四の魔物で、成人男性の二倍以上の巨体を持つニワトリが大蛇の尾を持っている。魔法やスキルは使用してこず、攻撃は巨体を活かした殴打が主となるが、蛇の牙には触れた者を石化させる毒がある。ニワトリの方の視線には対象の精神力を徐々に低下させる効果があるが、クラースが持つ、二つ名と同名のアビリティ【銀煌の守護者】が有効になっている夢追いし心友たちの面々にとっては関係のないことだ。
「蛇はこっちで見る! エーギル、シモン、鳥の方をやっちまえ!」
ブルーノは荒野を素早い身のこなしと移動系スキルで駆け、コカトリスの背後に回り込むと蛇の睨みに臆することなく攻撃を捌く。蛇を切り落としてしまうのも一つの手ではあるが、蛇が標的を狙っている間、コカトリスは蛇の射程外に出てしまわないように移動を控える習性がある。その為、あえて蛇を切り落とさずに注意を引き続け、移動を制限させている間に集中攻撃するのも正しい攻略法である。
「任せろ! エーギル、俺が隙を作る。頭を狙え」
「おうよ! おめぇで倒しちまっても構わねぇぜ!」
二人は声を掛け合うと、それぞれの役目を果たすために動き出す。シモンはコカトリスへ正面から突っ込み、迎撃に振るわれた翼をロングスピアで捌きながら冷静に相手の動きを見極めていた。
「よし、エイレス、もういいぞ。さぁ行け!」
治癒者のテュコは負傷したエイレスの治療を終えると、能力強化の補助魔法を施して背中を押した。
「っし! 意表を突かれて不覚を取ったが、今度はそうはいかんぞ、とさか鳥! うぉぉぉぉぉ! 先輩方、不肖エイレス・クォールビット、ただいま戻りましたぁぁぁ!」
片手剣を抜かず、両手で鉄の盾を構えてコカトリスへと突っ込んでいく。
「エイレス、右だ」
「はいッス!」
指示通りにシモンの右でコカトリスの翼の殴打を防ぐ。腰はしっかりと据えられ、盾でしっかりと受け止めたにも関わらず、衝撃に耐えきれずにエイレスの体勢は大きく崩れる。
「くっ、まだまだ!」
「十分だ」
エイレスはでたらめに踏ん張って次の攻撃に備えるが、攻撃が来るより先にシモンが仕掛けた。ロングスピアの矛先で左翼を斬り裂き、更に石突で喉元を殴打した。
「エーギル!」
「もう撃ってるっての!」
シモンの合図と同時に、コカトリスの頭部は薄緑の光線によって貫かれた。
「こっちも、しまいだぁ!」
貫通した光線を見たブルーノは蛇の頭を掴み、ダガーで斬り落とした。力無く倒れていくコカトリスであったが、その巨体が地面に着く前に、少し離れた場所から重い転倒音が届いた。
「かーっ! タッチの差でクラースの方が早かったか!」
エーギルが大袈裟に悔しがりながら指を鳴らすが、その表情は明るい。
戦闘開始直後、コカトリスは一体だと思われたが、運悪く近くに居たコカトリスにも捕捉されてしまった。奇襲を受けた際エイレスが蹴り飛ばされたが、直ぐにクラースが一体を引き離して先の戦闘が繰り広げられたのである。
「やあ、こっちも終わったようだね。皆無事かい?」
戦闘後にも関わらず全速力で合流したクラースが仲間を気遣うが、仲間からは小さな笑い声が返ってくる。
「くっく……相変わらず心配性だな」
「戦闘終わってんのに全力疾走……へへ……」
「ん? どうしたんだい?」
緩んだ空気が流れ出した時だった。直ぐ近くの地面から黒い靄が噴き出したかと思うと、人影が三つ飛び出してきた。
「いたたたた……。あれぇ!? ちょっと、ここ魔窟の外じゃないじゃない!」
橙色のロングヘアーの少女は、打った尻を摩りながら起き上がると、一緒に飛び出て来た黒髪の少年を怒鳴り付けた。
「お、おかしいな。【再現】が上手くいかなかった? いや、【学習】が不十分だった?」
「どっちでもいいわよぉ! それよりどうやってここから出るのよぉぉぉ!」
少女は錯乱しており、首を捻る少年の胸倉を掴んで半泣きで縋りつく。
「おおお、落ち着いて。ここまで来ればあいつも追って来れな……」
「ウモォォォォォォォォォォ!!」
揺れる少年の声を掻き消し、咆哮と共に黒い靄から牛頭の巨人が現れた。
「わきゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
抱き合って叫び返す二人に、巨人の持つ大斧が振り下ろされる。しかし、その刃は割って入って来た半透明の障壁【イージス・フィールド】によって防がれる。
「僕が足止めする! 皆は三人を連れて魔窟を出ろ!」
クラースの指示に従い、夢追いし心友たちのメンバーは興奮状態の二人と、気絶している少女を連れて撤退する。
「絶対に戻って来るんで、それまでの辛抱ッス!」
「なら競争だ。僕がミノタウロスを倒して撤退するのが先か、皆が戻って来るのが先か」
強敵を前にして含み笑いを浮かべるクラースであったが、ミノタウロスの視線が自分よりも後ろに向けられていることを見逃さなかった。
「お前の相手はこっちだ!」
言葉にスキル【アテンション】を乗せ、ミノタウロスの標的を強制的に自分へ向けさせる。
「ウモォォッ!」
力強く振り下ろされた大斧を【イージス・フィールド】は再び防ぐが、弾き返すと共に砕け散った。
「二発か……」
現状、最も堅い防御スキルを砕かれてしまうが、クラースは息を深く吸い込んで心を落ち着かせた。コカトリスからの連戦となるが、ミノタウロス一体を相手にするだけの余力は残っている。ただ一つ懸念すべきことがあるとすれば……。クラースはミノタウロスが現れた黒い靄をちらりと見た。
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グールの呻き声が絶えない荒れ果てた畑で、夢追いし心友たちの面々は、瞳に映る銀の煌めきに意識を現実に引き戻されたかのような感覚を覚えた。
「クラース……本当にクラースなんだな!」
追いかけて来ていたグールを始末したブルーノがクラースへと掴みかかると、清んだ笑みを返されるが、一瞬にして真剣な眼差しを向けられることとなった。
「皆どうした? 僕がいない間に、随分と衰えたんじゃないか? 僕たちはこんなものじゃない筈だろう!」
クラースの言葉が鼓膜を揺らす度に体中の血流が湧き、活力が漲った。まるで今までと違う新しい自分に生まれ変わったかのような感覚に、一同は動揺を隠せない。
「……テュコはどうした?」
一人だけ見当たらぬ仲間の名を出すと、喜び掛けていた表情に陰りが差し始める。ただ一人を除いて。
「昨日、ゴーレムにやられたッス」
エイレスの瞳は曇らない。出しゃばる彼に、いつもなら暴力なり罵声なりを浴びせる三人も、彼の瞳が何を伝えたがっているのか理解できるようなってしまった今、黙り込む以外のことが出来ないでいた。
答えを受けたクラースは「そうか」と小さく呟いてから暗い空を見上げるが、直ぐに視線を目の前の仲間たちへと戻した。
「皆、今の事態に動揺も混乱もしているだろう。だが、今宵、今一度、僕に力を貸してほしい。村人を亡者へと変えた元凶を討つために! 本来ならば他の冒険者とも協力する予定だったが、この状況ではそうも言っていられない。けれど、僕らならやれる!」
「もちろんッスよ! やってやりましょう!」
「お、おぉ……」
「あぁ……」
「…………」
クラースの言葉に素直な賛同を示せたのはエイレスだけで、他の三人は互いに顔を見合わせて様子を伺っている。
「どうしたんスか先輩方? クラースが戻ってきたんスから、もっと気合い入れて行きまッスよ!」
あの日、クラースが姿を消す前と変わらぬ態度で笑いかけるエイレスに、三人は一様に驚愕した。自分たちがこれまでしてきたことを考えれば、口も利きたくない筈だ。一発や二発殴っても気は晴れない筈だ。笑いかけるなんて、絶対に不可能な筈だ。それなのに、エイレスは歩み寄ろうとしている。あの日に戻ろうとしている。
「くっ……」
ブルーノが慌てて目元を抑えたので、エイレスが「どうしたんスか?」と尋ねようとした時だった。咄嗟にエーギルが口を開いた。
「お、お前に言われんでもやってやるぜ! なぁ、シモン!」
「あ、あぁ……敵の居場所は分かっているのか?」
「ああ。相手はあの洋館の最上階で、この惨劇に享楽を感じていることだろう」
「わっかりやすい所にいらっしゃるようで何よりッス! そんじゃ、バリバリ行くッスよ!」
「ふっ。相変わらずの物怖じの無さだ。さぁ、行こう!」
走り出す二人の背と未だに目元を抑えているブルーノの姿を見て、エーギルとシモンは焦り始める。
「……二人とも、ちょっといいか」
手が退かれ、露わになった瞳にはいつぶりかの熱い闘志が灯っており、その灯火は続けられた言葉によって、エーギルとシモンへ揺れながらも伝わる事となった。
「先輩方、ダッシュ、ダッシュ!」
三人が付いて来ていない事に気付いたエイレスが、少し離れた所で大げさな足踏みを見せる。
「おら、あいつは何があっても変わらねぇ。折れねぇ。足を止めねぇ。だからよ……」
「そうだな。先輩のお節介として一押ししてやるのも悪くねぇな」
「俺たちは十分、夢を追えたからな」
荒くれていた三人は互いの胸に拳をぶつけ合うが、心の中ではこの場にもう一人立っていた。
「あ、ちょっと、円陣組むならオレたちも混ぜてほしいッス!」
「るっせー! もう行くぞオラァ!」
次回投稿予定は1月24日0時です。
設定補足
アビリティ:【銀煌の守護者】 自信を含む同パーティ全員の技巧と精神力を上昇させ、更に精神力低下に対し強力な耐性を付与する。ただし自身が戦闘不能になると同パーティ全員の全能力を低下させ、精神力を大幅に低下させる。




