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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第百十四話:銀煌の守護者

 太陽が曇天に隙間を見つけるのを止め始めた頃、微かな光すら入り込まぬよう、分厚い帳が張られた一室に本を閉じる音が鳴った。


「そろそろか」


 呟きに応じる者はおらず、瞬く間に闇の中へ溶けていく。

 声の主は椅子から立ち上がり、手にしていた本を置いて窓際に立ち、帳を微かに除けて片目だけで眼下に広がる農村を見渡した。いつも通り畑仕事に精を出していた村人も、一人、また一人と農具を片付けて自宅へと帰っていく。


「傀儡が用意したこの劇。どれ程の観衆を虜にできるか、楽しみだよ」


 言葉とは裏腹に、瞳には好奇も生気も宿らず漆黒だけが広がっており、怪しく歪められた目の輪郭だけが感情を表していた。



————―—— 


 クラースはいつまで待たせるのだろうか。時間帯的にはまだ夕方に差し掛かったくらいだが、曇り空なので直ぐに辺り一帯暗くなってしまう。状況説明をするなら直ぐにでもしないと、魔物が集まってきてしまうんじゃないか?

 ……まさか罠か? ダークエルフと一緒にいる俺たちを始末しようってんじゃないだろうな。


「っ!!」


 グールの群れが襲い掛かって来た!? いや、違う、これは現実じゃない。【死の恐怖】が見せる幻覚だ。


「レイホ?」


 急に震え出したことを不思議に思い、シオンが心配するが、間髪入れずにアクトが小屋の戸を蹴破った。


「アァァァァ……」


 生気の無い呻き声と共に突き出されたナイフはアクトの頬を掠めるだけで、擦れ違った腕を引き戻す間も無く、腰から抜刀された太刀に体を両断された。


「敵だ!」


「敵!? なんで村の中に!?」


「あの優男はどこいったのよ!?」


「知らないよ」


 シオンとコデマリは突然のグールの出現に慌てるが、普段と変わらぬ調子で伸びた髪を止めるアクトを見て直ぐに戦意を整えた。そのお陰で、斬られた上半身だけで動き出すグールにも直ぐに対処できた。


「なんで動けるの? 魔物なら、人間と同じ致命傷を与えれば死ぬ筈なのに!」


 頭部に刺したショートソードが引き抜かれると、グールは今度こそ本当に動かなくなった。


「魔界のやつと一緒ってことは……魔獣化?」


「オーバーフローが起きたってこと!?」


「あ、あたいに聞かれても……」


 予想外の状況が重なり動揺する声が飛び交う。

 落ち着け。誰も分からない事を聞き合ったって時間の無駄だ。

 脳裏でチラつくグールに噛みつかれながらも、俺自身の思考は働いており、よく目を凝らせばグールの影の向こうに三人の姿と倒されたグールの姿も見える。【死の恐怖】の影響が薄い? ……考えたって仕方ない。下唇をきつく噛み、壁を頼りにして震える体を立ち上がらせた。


「話し合ってる暇があるなら、状況を確認しに行くんだ」


「レイホ、立てるの!?」


 シオンが肩を貸してくれようとしたが、首を横に振って断る。状況が分からないのに荷物を抱えさせるわけにはいかない。


「なんとかな。……コデマリ、上空から村の様子を見れないか?」


「い、言われなくても…………ううん、わかったわ」


 飛んで行った……行ったな? くそっ、震えが強くなってきた……耐えろ。


「アクトとシオンは、倒したグールに、変わったところがないか調べて……魔石を抜いて処分してくれ」


「ん」


「わかった」


 二人の返事を聞いたところで限界が来た。幻覚として押し寄せるグールの群れに押し込まれるように蹲り、震える体を抱いた。


「これ、本当にグール? 体も着ている服も、まるで最近まで生きていた人みたい……」


「魔石見当たんないな」


「オォォォ……!」

「アァァァァッ」

「ォアァァァ!」


 草木を踏み鳴らしながら雑木林を突っ切ってくるグールは皆、手入れの行き届いた農具を手にしていた。


「おれがやるよ。シオンは周り見てて」


 太刀を納刀し、背中から大太刀を下ろして抜刀すると、三体のグール目掛けて走り込む。数で負けていようと、戦闘能力はアクトの方が勝っている。敵の間合いの外から大太刀を薙いで一体を両断すると、返す刀で残り二体を守りに構えた農具ごと斬り伏せた。

 戦闘事態は呆気なく、想定通りに済んだが、シオンは驚かざるを得なかった。理性を失くしたグールは、何があろうと獲物を襲うことしかしない。アクトが振るった大太刀の軌道を読んで農具を守りに使うなど、これまでの常識では考えられない行動だ。アクトは気付いていないのか、無表情でグールの頭部にトドメを刺していた。


「大変、大変よ!」


 上空から慌てふためいた声が降って来る。どこに敵が潜んでいるかも分からないので大声は控えるべきだが、それよりもコデマリが掴んだ情報を聞く方が先決だ。


「どうだった?」


「村中グールが溢れかえって……っていうか、村人が全員グールになってる」


「嘘……」


 シオンは血の気が一気に引いて行くのを感じた。次に、頭の中では「どうして」「なにが起きた」といった問いが湧いては消えてを繰り返した。


「……グールなら、っちゃっても問題ないよね?」


 表情の無いアクトに、二人は答えることが出来なかった。けれど、アクトは気にしない。元より聞いた相手が違うのだ。アクトの目は扉の開いた小屋の奥で蹲るレイホだけを見ているが、答えは一向に返ってこない。脅えた小動物のように震えるレイホの姿に一瞬だけ悲し気な目をすると、大太刀を構えて背中を向けた。


「今日はレイホの傍に居ようと思ってたけど、やっぱり二人に任せるよ」


「ちょっと、あんたまた勝手する気!?」


「……仲間が酷い事されて、黙っていられるかよ」


 いつもの抑揚の無い声であったが、そこに籠められた確かな憤りにコデマリは圧倒されてしまい、一人で突っ走るアクトの背中を目で追うことしかできなかった。


「……~~っの、バカ! シオン、あいつの暴走を助けに行きなさい! レイホはアタシが見ておくから!」


「え……大丈夫なの?」


「知らないわよ! けど、村の中を駆け回るなんてアタシの体力じゃ無理だからシオンが行くしかないし、ここに居れば魔力薬はいくらでもあるから、アタシがレイホを護ってやるわよ!」


「なんかもう自棄になってない?」


「自棄にもなりたくなるわよ、こんな状況! 絶対に四人全員生き残るんだから……ほら、さっさと行った行った!」


 まるで邪魔者扱いするように手を払われても、シオンが心痛することは無く、寧ろ温かな鼓動を感じた。自分のせいで村人に顰蹙を買い、自分の我が儘で依頼を続行して不可解な状況に陥ったというのに、仲間として扱ってくれることが、何よりも嬉しかった。


「にゃっはは~! そこまで言われたらここはコデマリに任せるとしよう! アクトを連れて戻ってくるから、それまで辛抱してね」


 突然元気に走り出すシオンは、視界も足場も悪い雑木林を苦にすることなく進んで行き、彼女の姿は瞬く間に闇の中へ消えて行った。


「な、なんなのよ……」


 いきなり怒ったり元気になったりする仲間に唖然とさせられていたが、そんな余裕は近付いてくる複数の足音に踏み潰された。





————————


 グールへと変異した村人たちと相対していたのはペンタイリスだけではない。村のあちこちで戦闘が繰り広げられ、狂気に飲まれる冒険者パーティも出ていた。戦いに勝利したグールは戦利品を手に、新たな相手を求めて村を駆ける。


「くそがっ! なんだってんだよ、こいつら!」


 悪態を吐きつつも、大柄な体に似合わぬ軽い身のこなしで自分勝手に動き回る男がいた。


魔力無しジェニュイン! てめぇ、俺たちを嵌めやがったな!」


 怒り狂って金属製のロッドを振り回し、味方の少年を殴り飛ばす男がいた。


「うわぁぁぁぁぁぁ! もうおしまいだぁぁぁぁ!」


 ロングスピアを振り回しながら勝手に隅に追い詰められていく男がいた。


「勝手に動くな! 戦う相手を間違えるな! 後ろに下がるな! オレたちは生きている! そして、クラースも生きている! 生きて、オレたちは再会する! 夢追いし心友たちトワイライト・エコーは、今日、再開する!」


 ロッドで殴られた頬の痛みをものともせず、右手に携えた両刃剣を高く掲げて吼えるのはエイレスだ。いつもの荷物持ち姿でなく、金属で補強された革の鎧と兜を装着し、左手には鉄製の盾が握られている。


 エイレスが所属するパーティ——夢追いし心友たちトワイライト・エコーは、今回の依頼に任意で参加した他の冒険者パーティと違って、唯一指名されたパーティであった。無論、勝手気ままに行動する彼らが、指名されたからといって大人しく引き受ける筈はない。けれど、彼らにとってどうしても無視できない名前が依頼書にはあった。

 依頼主 クラース・アーミテイジ

 その名をみた途端、四人は等しく時が止まった感覚に陥った。そして、最も早く時間を取り戻したのはエイレスであり、彼の独断で依頼を受注した。ある日・・・から魔力無しジェニュインと呼び、賤劣なる者として扱ってきたエイレスの勝手であるが、この時ばかりは誰もが言葉を飲み込み、握った拳を振り上げることはしなかった。


「うるせぇ! 指図すんじゃねぇ!」


 逃げ回りながら怒鳴るのは、遊撃者レンジャーのブルーノだ。パーティの中で最もエイレスを殴ってきた男。彼の気分次第では、理由も無くエイレスを殴る。そんなブルーノがエイレスの独断を見逃したのは、心の奥底で信じていたから。


「嘗めた口利きやがって! 魔法が使えねぇからって魔物の群れを使って俺たちに復讐しようってのか!? あいつの名前を使ってまで!」


 魔法使いマジシャンでありながら、杖を殴打するために振り被るのはエーギルだ。役割上、パーティの中で最もエイレスをいたぶってきた男である。事ある毎にエイレスを魔力無しジェニュインと呼び、魔法を見せつけ、魔法の的として扱ったことも少なくない。そんなエーギルがエイレスの言葉に意を唱えなかったのは、心の奥底で望んでいたから。


「なんで俺を狙うんだよぉぉぉぉ! 雑魚から狙えよぉぉぉぉぉぉ!」


 攻撃手アタッカーとしての膂力を見せつけんとばかりに振り回していたロングスピアを、今は頼りない杖替わりにして村の外壁に追い込まれているのはシモンだ。パーティの中では一番エイレスに対して無関心だと、周囲からは見られていただろう。しかし、直接的な暴力はせずとも、姑息な嫌がらせを毎日欠かさなかった男である。そんなシモンがエイレスの勝手を寛容したのは、心の奥底で期待していたから。


「クラーーーーースッッッ! オレたちはここにいるぞぉぉぉぉぉぉぉ!」


 魔力無しジェニュインと呼ばれ、人以下の扱いをされながらもパーティを抜けずに今日まで耐え、本来の役割である守備者ディフェンダーとしてラビト村に来たのは、夢の続きを追うためだ。


「おぉぉぉぉぉぉい! てめぇら、俺を助けろぉぉぉぉ!」


 農具や武器を持ったグールににじり寄られ、涙目になりながら蹲るシモンへ凶刃が振るわれる寸前、外壁から残像を引き連れた銀の月が上った。


「はあぁぁぁぁぁっ!」


 月が吼え、白く輝く刀身を振るうと、刀身の軌道をなぞった衝撃波が発生し、シモンに迫っていたグールを余さず粉砕した。


「お、お前は!!」


 衝撃波によって深く抉れた大地に着地した者をシモンは知っていた。否、夢追いし心友たちトワイライト・エコーの者ならば、彼を知らぬ者はいない。夢追いし心友たちトワイライト・エコーの絶対的リーダーにして銀煌の守護者グリム・ファルクラムの二つ名を持つ守備者ディフェンダー


「クラース!」


 シモンを助けに走って来たエイレスが歓喜の声を上げ、追って来たエーギルは目を見開き、握り締めていたロッドを手から滑り落とした。



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