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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第百十二話:役に立たない男

 自分の気の持ちようだけでは【死の恐怖】を克服することが難しいと分かった。けれど、薬で治るものでもないし、エイレスに言われたように仲間のために自分の血を滾らせることもできない。そんなわけで、また暫くは町の中で過ごそうと思っていたのだが……。


「そこ!」


 コデマリが連発した火の【マジックショット】はキラービーを的確に撃ち落とした。


「今ので最後かな。レイホ、もう大丈夫だよ」


 シオンに呼ばれると同時に体の震えが止まったので、木の影から立ち上がって皆と合流する。


「……悪い」


 本日何度目かになる言葉を口にする。クロッスの南の森を抜けるまでに何度も魔物と遭遇し、その度に情けなく震え上がる俺を、三人は嫌な顔一つせずに護ってくれた。


「謝らなくていいって。あの丘を越えれば村に着くから、元気出して行こー!」


 町中とは打って変わって明るく言葉を発するシオンは、片腕を突き出して先頭を歩いて行く。森が開けた先には小高い丘が続いており、そこは俺がブランクドに来た時に立っていた場所だ。だが、今日の目的地は更に先にある。

 今朝、いつも通り三人と一緒にギルドに行って依頼を見繕おうとしたところ、エリンさんから「緊急性の高い依頼が来ている」と声を掛けられた。内容としては、クロッス南の丘陵地帯を越えた先にある村——ラビト村からの依頼で、アンデット系の魔物が多数出現しているので冒険者パーティをいくつか増援に寄越してほしい、というものだった。

 何か獲物を決めて依頼を受けているわけではないし、三人が問題なければ、と軽い気持ちで受けたのが間違いだった。

 自己責任で好き勝手暴れて問題ない魔窟での戦闘と違って、今回の戦場は村だ。当然、人が住んでいて、住居もある。そして、集団であれば代表となる者もいるので、勝手に村の回りを巡回して魔物を倒したらさようなら、というわけにもいかない。報酬はギルドを通して支払われるが、依頼を受けた以上、村に着いた時と去る時には挨拶ぐらいしておかねばならない。無作法にしたからと言って叩き出されるようなことは……よっぽどのことがなければ発生しないだろうが、村の中でトラブルが起きた時などに備えて、ある程度の歩み寄りは必要だ。

 俺だって礼儀正しく、愛想良く、誰とでも友好関係を築ける人間ではないが、他の三人に挨拶を任せるのもそれぞれで不安が残る。シオンやコデマリから、それとなく付いて来てほしそうなことも言われたので同行したけど、やっぱり依頼をキャンセルするべきだったか? 俺たちが受けなくても冒険者はいくらでもいるし、アンデット相手なら銅等級でも十分に対処できる筈だし……。


 後悔しつつ三人の後ろを歩いていると、いつの間にか丘を登り切ってしまっていた。丘を下れば村に着くが、その前にコデマリが休憩を求めた。

 窪んだ地形に残っている切り株に座って休憩するコデマリは愛飲している魔力薬を手にし、アクトは大太刀を背負った状態からの抜刀練習をしているが、時々引っかかったり納刀が上手くできないのでシオンに手伝ってもらっている。

三人の休憩の様子を眺めつつ、窪みの淵を歩いて雨季特有の湿った空気を肌で感じ、曇天に覆われた世界を見渡す。視界が悪いからか、初めて見た時よりも陰鬱した印象を受ける。

 あと二週間もすればまた月が替わる。ブランクドに来てから二か月……まだたったの二か月か……色々あり過ぎた割りに時間の経過が遅いな。一人で気楽に暮らせると思ったけど、そんな悠長にしてられる世界じゃなさそうだな。オーバーフローがある以上、どこに行っても魔獣に襲われる心配はあるだろうし……魔界の方で魔獣を根絶してくれないかな。でも魔獣と魔物がいなくなったら冒険者って何するんだ? 今は魔物の対処で手一杯だから人同士の戦争は起きてないけど、平和になったら戦争が起きるだろうから、出兵か?


 くだらないことを考えていると、コデマリに呼ばれる。どうやら休憩は十分のようで、俺たちは丘を下りて麓の村へと向かった。

 丘の頂上からだと、見方によっては死角になってしまうような場所にラビト村はあった。丘からの距離ではクロッスよりもかなり近いので、もし初めにこの村を見かけていたら、俺はクロッスに向かっていなかっただろう。

 魔物避けとなる外壁は木製で、二階建ての建物よりも少し高いくらいだが、金具での補強に粗慢な所は見当たらない。時間帯的に昼だからか、丘の上から見た時含めてアンデッドの気配は感じられない。


「冒険者か?」


 門番の兵士に止められ、各々等級証を見せたところで滞在期間と目的を聞かれる。思ったよりも厳重に確認するんだな。クロッスの兵士と違って敵意に近い視線も感じるし、排他的なのか冒険者が嫌いなのか……。


「目的は村の周囲に出没するアンデットの討伐です。滞在期間は目的が達成されるまでで、詳しくは依頼主と調整する予定です」


「……少し待て」


 眉を顰められた後、兵士は門の隣りにある小屋へ入って行くが、数分もしない内に戻って来た。


「村長のところへ案内する。付いて来い」


 ぶっきらぼうな物言いにコデマリは口をへの字にしていたが、一々怒っていても仕方ないと理解しているようで、不満を口にするでもなく兵士に付いて行く。

 開かれた門の先に広がる街並みは、クロッス程ではないが整然としており、通りも整備が行き届いている。住居は村の中心に寄っており、外側に広がっている畑は村の敷地の半分以上を占めていた。畑では村人たちが汗を流し、時折笑い声を交えていた。

 長閑な農村という印象だが、一つだけ異質な建造物が村の奥に佇んでいた。雑木林を挟んだ先に薄黒い洋館が建っており、四階建てくらいはあるだろうか、外壁を優に超えている。もしかしたらあの洋館が村長の家なのかもしれないと思った矢先、先導していた兵士が足を止めた。


「村長。冒険者を連れて来ました」


「冒険者? ……入れ」


 他の住居と変わり映えしない一軒家。ここが村長の家のようで、許可を得た兵士は玄関を開けて俺たちに中へ入るよう促し、最後尾に付いた。

 客間に通されると、どこにでもいそうな、けれど怪訝そうな表情を隠そうともしない初老の男が座っていた。めんどくさそうな爺さんだな。



「ようこそ冒険者の皆さん。と言いたいところだが、顔を隠したままの者を歓迎する気にはなれないな」


「失礼しました」


 抵抗はあるだろうが、シオンにはフードを取ってもらおう。そう思って声を掛ける前に、既に兵士がシオンのフードを乱暴に外した。コデマリは空かさず抗議しようと肩を怒らせたが、誰よりも早く声を発する者がいた。


「ダークエルフ! 厄災を呼ぶ者をこの村に入れてどうする気だ!」


 年を感じさせない張のある声で怒鳴り付ける村長に、俺は思わずたじろいだ。座ったままだというのに、今にもこちらに襲い掛かって来そうだ。


「申し訳ありません! おい、こっちに来い!」


「ちょっと、何すんのよ! アタシらはあんたを魔物から助けるために来たのよ!」


「黙れ小娘が! そんな恰好で魔物から助ける!? 笑止! 悪戯なら故郷の父母にでもしておれ!」


 思わず同意してしまいそうになったが、これ以上の爆発が起きる前に退散しよう。コデマリを抱きかかえ、アクトに目配せする。


「失礼しました!」


 挨拶役に来た筈が謝るだけで何の役にも立ちやしない。速やかに村長の家から撤退したが、まだまだ安心はできない。


「ダークエルフは出て行け!」

「厄災だ! 厄災が起きるぞ!」

「二度と村に近寄るな!」


 兵士に殴られるようにして先を促されるシオンへ、さっきまで農作業をしていた村民から激しい罵声が飛ばされていた。いや、飛ばされているのは罵声だけではない。

 フードを深く被り、身を強張らせているシオンは罵声と共に飛んで来る石も一身に浴びている。走り抜ければ一瞬なのに、わざとゆっくりと歩き、村民の標的となることを甘んじているようにも見える。


「走り抜けろ」


 それだけ言ってコデマリを下ろし、シオンのもとに全速力で駆ける。肩を抱いて無理やり走らせようとしたが、その前に飛来する石を翔剣とつるぎの鞘で弾く。


っ」


 そんなに上手くはいかない。鞘は石を掠めただけで、軌道が変わった石は俺の額に直撃した。


「なんだあいつは!」

「構わねぇ! ダークエルフの仲間なら追い出せ!」


 仲間じゃないってのに……否定したって仕方ないか。

 石だけでなく薪まで投げ出し始めようとしていたので、シオンの肩を抱く。


「村から出るぞ。走れ!」


 動揺しているシオンだったが、俺が走り出すと釣られて走り出す。

 走力の差で瞬く間に置いて行かれそうになった俺に、シオンは気を遣って走るペースを合わせてくれた。



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