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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第百十一話:仲間

「どうして冒険者やってんスか?」


 エイレスにそう聞かれたのはクロッスの外壁が見えて来た頃だった。敵意の籠った眼差しから、質問が単純な興味によるものではなく、疑惑や不信といった感情が元になっていると伺える。


「異世界から来たって言うから、どんなふざけた能力を持っているかと思えば、隅っこでガタガタ震えて、なんの役にも立たないじゃないッスか」


 俺が能力を持っていると勘違いしたのはそっちの勝手なんだけど、こっちの世界じゃ異世界人と特殊能力はイコールで結ばれているんだろうから仕方ない。しっかし、よく冒険者をやってる理由を聞かれるけど、こんなもんなのか? エイレスの様子から、現代の職場で「なんでこの会社選んだの?」って聞かれるような、特別深い意味のない質問でもなさそうだし。俺はこんな性格だから、何かに夢中になったり、目標を持ったりすることもない。大体、行動の理由なんて、立派だろうが手頃なものだろうが、相手が気に入る理由以外は全て否定され嘲笑されるもんだろ。だったら理由なんて持つ必要も、話す必要もない。どうしても表に出さなくてはいけないのなら、それは万人を納得させる結果を出した後だ。

 言葉は優れた人間のみが意味を持たせられる。言葉そのものに意味なんてありはしない。仮に俺がここで、魔物に家族を殺された。自分のような目に遭う人を助けるために冒険者をやっている。という万人向けの答えを出したとしても、エイレスは反論して来るに違いない。俺に敵意を抱いているし、実際、魔物を前にして震えてるだけだった。


「人に話せる程の理由はありませんよ」


「なんスか、それ? 自分を慕ってくれる仲間が三人もいるのに、そんないい加減なんスか!?」


 べつに慕ってくれとも、仲間になってくれとも頼んだ覚えはないんだけどな。これ以上突っかかられても面倒だ。


「俺が異世界人だからなのか知りませんが、気に入らないなら関わるのやめませんか?」


「っ!」


 エイレスは俺の前に回り込み、胸倉を掴む。肩に乗ってたコデマリが慌て、後ろの二人が止めに入ろうと動き出す音が聞こえた。


「じゃあ、これだけ言わせてもらうッス! あんたが何に脅え、震えてるのか知らないッスけど、仲間がやられることより怖いことがあるんスか!! 仲間のためならどんな強敵にだって挑み、仲間と一緒だからどんな困難も乗り越えられるんじゃないんスか!! 仲間ってそういうもんなんじゃないんスか!!」


 一気に捲し立てると、エイレスは俺を解放してクロッスへ走って行く……が、途中で反転して戻って来る。


「魔窟では大変お世話になりました! お疲れっした!」


 礼儀正しく頭を下げると、今度こそクロッスへ走って行き、戻って来ることはなかった。


「なんか熱い奴ねぇ」


 町が近くなったからか、俺の肩から下りて人間体になったコデマリが呟く。

 仲間だとか、誰かのためにいつも以上の力を出せる。それは俺も知っているし、エイレスのような奴は嫌いじゃない。願わくば、どっかの誰かみたいに冷めることなく、あの馬鹿が付くほど真っ直ぐな性格のまま成長してもらいたいものだ。……その上で言わせてもらおう。


「俺に、仲間なんていない」


「ん? なんか言った?」


 思わず言葉が漏れ、コデマリに反応されてしまったが、ハッキリとは聞こえていないようだったので適当に誤魔化す。


「雨のにおいがしてきた。早く町に入って飯にしよう」






 静かな雨音が世界を打つのと、俺たちが食事を終えるのはほぼ同時期であった。バッグから雨具を取り出し、シオンとコデマリには先に帰るよう言い、アクトと共に冒険者ギルドへ依頼達成の報告へ向かう。シオンにも話を聞かないといけないが、今日の様子だとアクトの方を優先せざるを得なかった。

 依頼の報告に来ている冒険者たちで賑やかなギルドの隅に二人で座る。


「今日はなんの話?」


「最近、様子が変わったと思ってな。前にコデマリから冒険には支障がないって聞いていたけど、今日聞いた話だと結構な無茶をしたようだし、修練場に呼び出されたあの日、何があったんだ?」


 いつも真っ直ぐに見据えて来る瞳が、一瞬だけ揺らいだ気がした。


「……変な奴と戦った」


「変な奴?」


 前に聞いた時は言い淀んだけど、時間が経ったからなのか、やけに素直に話してくれたな。


「多分、人間の女。喋らないしサレットで顔を隠してたから誰かは分からないけど」


 実際に遭ったアクトにも素性は明かさず、ギルドで聞いても呼び出した相手や理由は教えてくれなかった。ギルド側でも隠したがっているということは…………どういうことだ?

 そんなに良くない頭を悩ませるのは後にして、もっとアクトから話しを聞こう。


「戦ってどうだったんだ?」


 あの日の様子から結果は予想付くけど、アクトが何を感じたのかは本人に聞く他ない。


「負けたよ。特別なスキルとか、強力な魔法を使われたわけでもなく、簡単に倒されて気付いたら家で寝てた」


「そうか。それで、アクトは何を考えた?」


「強くなる。おれなりに色々と考えたけど、結局おれにはそれしかできない。おれが魔物を倒し尽くせば依頼を達成できる。おれたちは上に行ける」


 強くなろうと、魔物を倒そうと頑張り過ぎた結果が今日の失敗に繋がったわけか。負けた悔しさをバネにしたのはいいけど、跳び方を間違えた感じかなぁ。


「他の連中が戦力として信用できないから、一人で頑張ろうとしたのか?」


 さっきのアクトの言葉で、それはないと理解している。けど、視野を広げさせるためには必要な問いだ。

 アクトは目を何度かパチパチさせた後、呆けたように口を開いた。


「そんなこと考えたこともなかった。レイホにはそう見えた?」


「アクトがちゃんと仲間意識を持っているのは知っているよ。けど、今日の様子だと疑わざるを得ない。シオンもコデマリも同じことを感じたと思う」


「そっか……」


「強くなる。自分が魔物を倒す。自分で考えて出した答えなら、それが正しい目標だ。けど、一人で先に走って行きすぎると、周りは付いていけない。アクトが強くなりたいのは、自分のためだけか? それとも、他の誰かのためでもあるのか?」


「レイホのためだけど」


 ……そこはパーティの仲間とか、みんなとか言って欲しかったけど、文句言っても仕方ないか。


「だったら、俺とパーティを組んでいるシオンやコデマリと力を合わせるのも強さの一つだ」


「……それは分かってるけど……」


 あれ、珍しく言葉を濁すな。大したこと言えてないし、説得力が足りなかったか。


「どうした?」


 聞くと、アクトは一度口を閉じたが、深めの呼吸をすると共に開口した。


「レイホは良いの? どこの誰かも分からない奴に負けるおれなんかが、仲間に頼って戦うのは」


 ん? 質問の意味がよく分からないけど、仲間に頼るのに誰に負けたとか、俺の許可とかは関係ないよな。


「俺は一向に構わないぞ」


「ん、よかった……」


 目を伏せて肩の力を抜くアクトは、家で寝ている時よりも安らかな様子だった。


「何か不安だったのか?」


「ん……負けたことを言ったら……弱かったら、パーティを追い出されるんじゃないかと思ってた」


 アクトがそんなことを考えるなんて意外だな。


「俺がそんな厳しそうに見えるか?」


「いや。でも、おれがレイホに応えられるのは刀の強さだけだから……」


 刀で、戦いで負けたら何も残らないと思っているのか? それは自分を追い込みすぎだろう。


「前にも言ったけど、俺は強さとか偉さに固執しているわけじゃない。ゆっくり、のんびり、だらだら冒険者生活を満喫できればそれでいいんだ。だから、負けて悔しがるのはいいけど、思い詰めることはするな」


「……ん」


 頷くアクトの表情は、最近の中じゃ一番明るく見えた。とりあえず、憂いは晴れたって判断していいか。……次はシオンにも話を聞かないとな。


「レイホ」


 家に帰ろうと席を立った時、アクトに呼び止められた。


「だらだらは、よくないんじゃないかな」


「うっ……」


 まさかそこを突っ込まれるとは……。しかし、突っ込みをする余裕ができたとポジティブに考えよう。うん。






 大人しい雨の中を歩いて家に帰って来るが、俺は一息つく間も無くシオンを呼び出して夜の街を歩いた。濡れた雨具を着させるのも悪い気がしたので、一つの傘に二人で入っているけど、これはこれで変な緊張感があって失敗だったな。

 シオンは歩いたままでも良いと言ったが、弱くても雨が降っているので体が冷えたら大変だ。できるだけ人目が少なそうな茶店を見つけ、隅の席に座る。


「は、話ってなにかな?」


 フードを被ったままだが、妙に緊張した表情が見えた。


「修練場で何があったか、アクトから聞いた」


「あ、そうなんだ」


「あの日から少し様子が変わって見えたから、何か思い詰めてるんじゃないかと思って呼んだ」


 シオンは戦闘中も含めアクトほど変化は見られないようだけど、色々と悩みは多いだろうし、きっと隠したり耐えたりすることに慣れている。こうしてたまに突っついてやるのは必要だろう。


「アクトは……何て言ってた?」


「ん? 知らない女に負けたって言ってたぞ。特別なことをされたわけじゃないのに、簡単に負けたって」


「えっと、ごめん。そっちじゃなくて、何か思い詰めてたのかなーって……」


「ああ、そっちか」


 本人がいないのに悩みの内容を伝えて良いものか…………うん、許せ、アクト。


「自分が魔物を全て倒そうって考えになっていた。弱いと俺に捨てられると思ってたみたいだな」


「そっか。アクトらしい……のかな」


「かもしれないな。捨てないし、周りと協力するように言ったから、明日からは暴走しないと思うけど」


「うん」


 ……話しづらい。アクトの時は聞きたいことをそのまま言葉にすれば良かったけど、シオンには直球ばかり投げると反って口を閉ざされてしまいそうだな。普段みたいに「にゃはは」って陽気に笑ってくれていれば、こっちも気楽に質問できるんだが、町の中だからか、聴取されると分かっているからか、大人しくしている。


「今日の戦いじゃ大活躍だったみたいだな」


 聞いた話で想像するしかないが、シオンがいなかったら全滅する可能性も十分にあった。やっぱり、火力のある奴がいると多少の不利は返せるから心強い。


「状況的に、たまたまだよ」


 謙遜したいなら勝手にしてくれ。シオンが居たから全員が無事に帰って来られたことに変わりはないんだ。あれ、でもこれじゃ褒めて気分を良くしてもらおう作戦が続かないな。そもそも俺が褒めるの下手だし、できないことをやろうとしたって無駄か。


「どっちでもいいから手を出してくれるか」


 突然の申し出にシオンは戸惑いながらも右手を出してくれた。


「アームガードは……」


 横目で店内を見る。従業員と、カウンター席の客が二人ずつ。無理はさせない方がいいか。

 アームガードの上からシオンの手を握る。


「不安なことは沢山あるあろうけど、同じパーティにいる内はこうして手を握れるし、握った手を振り払うようなこともしない。だから……なんだ……これまで言えなかったこととか、抱えてる不安とかを……その……独り言の延長で構わないから話してくれると助かる」


 なんで途中から羞恥心に負けてしまったのだろうか。途中でぐだったから余計恥ずかしい。


「……くすっ」


 笑うな。俺の精神力はもう限界なんだ。


「相変わらず冷たい手してるね」


 アームガードを着けていると言っても、布地が薄いから熱を感じることはできるのか。雨降ってるから普段より冷たくなってるし、余計なことしたな。


「でも、こうして手を握ってくれると、とっても温かいよ。心の奥が」


 そうですか。ところで両手で掴まれたら離しようがないんですが……。


「あたいは大丈夫。こうして一緒に居てくれる人がいるだけで……」


「その考えは駄目だ」


「え?」


「生きているなら誰かが一緒にいるのは当然のことなんだ。当然を十分だと思い込んで、それ以上を諦めるのは誰のためにもならない。シオンにはもう帰って来る場所があるんだから、少しずつ冒険してもいいんじゃないか」


 何を……どの口が言ってんだ? でも、違うんだ。抱えているものがあるのに大丈夫と耐えて、共に居ることを許されているだけじゃ……いつか、何もかも滑り落ちてしまう。


「急にそんなこと言われても……」


 戸惑ったシオンは両手から力が抜け、俺は静かに手を離した。


「ごめん」


「ううん、ありがとう。あたいの方こそごめん。こんな風に話を聞かれるのあんまり経験ないから……」


 フードの奥で笑みを浮かべてはいるが、その眉根は落ちている。言葉には出さなかったけど、かなり困らせたみたいだな。


「話したいことがまとまったら、あたいから声をかけるからさ」


 それって暗に「そっちから聞いて来ないで」って言ってるよな。頷くのは簡単だし、頷いてしまいたいけど……。


「わかった。けど俺は臆病だからな。不安なことがあったら直ぐ聞くぞ」


「うん」


 困った笑顔は変わらないか……そりゃそうだよな。悩みを聞こうとしたのに、何やってんだ。

 お悩み相談ってほどじゃないけど、二人の話を聞くだけでも疲れたな。久しぶりに町の外にも出たし、今日はゆっくり休みたいが……どうせ今日もグールどもにうなされるんだろうなぁ。

 盛大に溜め息を吐いてしまいたいが、これ以上シオンに気を遣わせるわけにはいかないので、飲みやすい温度に下がったお茶を飲みほした。




次回投稿予定は1月16日0時です。

変更

次回投稿予定は1月17日0時です。

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