第百九話:間一髪
期間が開いた上に時間遅れ申し訳ありません。
前回のあらすじ
アクトとシオンの様子がおかしく、【死の恐怖】にも慣れてきたので久しぶりに冒険に出たが、やっぱり役立たずのレイホ。
オーガ相手にアクトが暴走してピンチに陥った時、謎の轟音が鳴り響いた。
砦全体を揺るがす程の衝撃にオーガでさえ動揺を隠せず、アクトへの止めを刺せずにいた。
「なにが……っ!」
巻き上がる砂埃の中、シオンが一階を覗き込むと、崩れた壁の向こうから人影が走って来るのが見えた。
「ち、ちくしょぉぉぉぉぉ!!」
「なんだってんだよぉぉぉぉぉ!!」
「助けてくれぇっ!」
砂埃から現れたのは三人の男。全備とは言えないが粗末とも言えない、平凡な冒険者パーティであった。シオンは男たちに見覚えがあるような気がしたが、遅れて走ってきた四人目の少年を見て記憶を蘇らせた。
「なんで逃げんスか!? 相手は一体、こっちは四人、勝機は十分! 仲間の仇を討たないんスか!?」
簡素な革鎧に短剣といった、最低限の装備に大荷物を抱えた少年--エイレスが、一目散に逃げる男たちへ怒鳴る。
「うるせぇ!」
「勝手にやってろ!」
「てめぇは足止めでもしてろ!」
情けなく吠える男たちの内の誰かが、エイレスの足元へ魔弾を放って足止めをした。
「うわっ! どこ狙ってんだ!」
エイレスの怒声は男たちの背中に届いていただろうが、反応が返ってくることは無く、砦の外へ消えて行った。
「くっそぉ……こうなったらオレ一人ででも……」
「危ない!」
言葉よりも先にシオンは一階に飛び降り、エイレスを押し倒した。直後、先ほども響いた轟音が虚空を叩き割った。
衝撃で舞い上がった粉塵をマントで防ぎつつ立ち上がるシオンは、崩れた壁の向こう側にいる魔物に見当をつけ始めていた。上級攻撃魔法である【ブラスト】を使う魔物など、そう多くはない。
「君、何が出たか教えて」
大荷物の所為で起き上がるのに四苦八苦しているエイレスを助け起こす。
「うぉぉぉぉ……危うく死ぬとこだったッス! まさしく間一髪! 命の恩人にこの上ない感謝を! そして、オレたちを襲った魔物はゴーレムッス。土の」
土のゴーレムと聞いて、シオンが感じていた緊張は幾らか和らぐ。見当をつけていた魔物の中では最も好ましい相手だったからだ。
ゴーレム。属性や形容によって特性は様々であるが、冒険者ギルドが設定した討伐推奨等級は銅等級星四。魔界から帰還したことで銅等級星五に昇格したシオンであれば、危なげなく倒せる想定である。
当然だが、等級や能力値だけで戦いの結果が算出されるわけではない。戦法や装備、地形などの環境、果ては運といった様々な要素が絡み合わさり勝敗が決する。
「わかった。後はあたいに任せて、君も逃げな」
マントを脱ぎ捨て、パイルバンカーを構えるシオンの視線の先で、崩れた壁の瓦礫をものともせずに歩んでくるゴーレムが現れた。
「非才な身なれど冒険者の端くれ、助けられたまんま逃げるなんてできねぇッス!」
シオンが止めるよりも早く、エイレスは大荷物を投げ捨てて短剣を抜き払った。
全属性の中でも最も硬い土のゴーレム相手に、斬撃や刺突といった攻撃は非常に通り難い。重量のない短剣ならば尚更である。戦闘力としてエイレスは居ても居なくても変わらないぐらいだが、シオンは共に戦おうとする心意気を無下にはできなかった。「一緒に倒そう」そう言おうとしたが、二階から飛んで来た甲高い声に阻まれた。
「シオン! 戻って来て! アタシ一人じゃ無理!」
一階で起きた轟音と目の前に迫って来ているゴーレムに気を取られてしまったが、二階ではまだオーガとの戦闘が続いている。レイホは戦闘不可でアクトは倒れ、魔法使いのコデマリ一人にしておくわけにはいかない。しかし、ゴーレムを放置はできない。所構わず【ブラスト】を放たれて砦が崩壊したら助かる手立てはない。
「オレが行く! ゴーレムは頼みまッス!」
逡巡するシオンの代わりに動いたのはエイレスだ。
階段を二段飛ばしで駆け上がると、部屋の隅で倒れたアクトと蹲って震えるレイホの姿があったが、構っている暇はない。
「きゃぁっ!」
短い悲鳴はオーガの左手から発せられた。握られた左手には、一見何も掴まれていないように見えるが、エイレスは頭で考えるより先にオーガの群れへ突っ込んだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
雄叫びを上げるエイレスの存在に気付いたオーガたちは棘付き棍棒を振り上げる。しかし、それらが振り下ろされるよりも早く、エイレスは左手を握ったオーガへ一直線に突撃し、気迫と体重を乗せたその身をぶち当てた。
「ガッ!?」
自身より一回りも二回りも小さい人間の体当たりでありながら、予想外の衝撃を受けたオーガは大きくよろけて左手から光の玉を手放した。その直後に一階で雷鳴が轟き、オーガたちは振り上げた棍棒を抱きかかえるように萎縮した。
「た、助かったわ……って、あんた!?」
「はーっはっは!! またしても間一髪! ツキはオレたちの味方だ! 残念だったな魔物ども!」
オーガに囲まれているというのに、大胆不敵にふんぞり返って高笑いを上げる。そんなエイレスの額に小さな足が飛んで来る。
「調子に乗ってる場合じゃないでしょ!」
「あ痛! あれ、君は……妖精?」
エイレスの顔の前には、背中に二対の羽を生やした十五センチ程度の人形がふわふわと浮かんでいた。大きさは違えど、声や容姿はコデマリそのままである。
「話しは後。あの二人を守るわよ」
コデマリが羽を羽搏かせて上昇した時だった。上階からやって来たオーガが、倒れているアクトに襲い掛かろうとしていた。【マジックショット】でも間に合わないタイミングだった。コデマリは己の体から血の気が引いて行くのをはっきりと感じた。
「ガァァッ!」
棘付きを大きく振り上げたところに、銀の刃が飛来した。
「させるわけ……」
階段を駆け上がった黒い風は、オーガの脇に刺さったショートソードに跳びつくと、それを軸にオーガを跳び越して背後に回り込んだ。そして、跳び越すと同時に抜き去ったショートソードをオーガの背中に突き立て、横に掻っ切った。
「ないって!」
「ガァァァァァッ!!」
背中から血を噴出させながらも、オーガの命はまだ絶えない。振り向き様、力任せに棘付き棍棒を薙ぎ払ったが、シオンはこれを後方転回して躱す。それから、捨て身の一撃で体勢を崩していたオーガの首元へショートソードを突き立てて命を刈り取る。
「オーガ増えすぎでしょ。二人とも無事!?」
二階にいたオーガは三体。その内二体はアクトが倒した筈なのに、今この階には六体ものオーガが出現していた。
「下が騒しいから、上の連中も降りて来たのよ!」
オーガの攻撃をヒラヒラと躱す人形からコデマリの声がしたことに驚くシオンであったが、ゆっくり話している場合ではない。向かって来るオーガがいないことを幸いと思い、すぐさま魔法の詠唱へと入った。
「申し訳ない! オレたちの不手際でっ! 大変、申し訳……ぐぇ!」
柱を使って三体のオーガから逃げ回っていたエイレスだったが、ついにその体を捉えられてしまう。突き出された棘付き棍棒に脇腹を打たれて倒れてしまう。痛みに耐えて起き上がるも、逃げる間も無くオーガが一斉に襲い掛かって来る。
やられる。そう思ったエイレスの目の前で、地面から紫電を纏った幾本もの槍が伸びてオーガを串刺しにした。シオンの詠唱していた【ライトニング・スクリープ】が間に合ったのだ。
「み、三度……三度、間一髪! これはもう運命といって差し支えないのでは!」
「あんた、そんな元気があるなら助けなさい! そろそろ……限界」
「はい! ただいま!」
フラフラと飛ぶコデマリと入れ替わりでオーガの注目を引き受けるエイレス。脇腹を突かれた痛みが消えた訳ではなく、単独でオーガを倒せる力も無い。けれど、自分がオーガの注意を引き付けることで何かが起きると……否、勝利を手にすることができると信じていた。だからこそ、オーガの腕に弾かれようと、蹴り飛ばされようと、直ぐに立ち上がって行く手を阻んだ。
「もう十分! 離れなさい!」
詠唱を終わり、マナが集結していく流れを感じ取ったコデマリが声を張った。魔力無しであり、マナの流れを感じることができないエイレスであったが、コデマリの声音で何が起きるか察して場を離れる。直後、シオンの放った【ライトニング・ブラスト】が三体のオークを爆ぜさせた。
「はぁ~……。とりあえず、乗り切ったかな?」
上階からオーガがやって来る気配が無いことを確認し、シオンは脱力して壁にもたれ掛かった。そこへエイレスと、彼の肩に乗ったコデマリがやって来る。
「しゃーっ! 勝利ッスね!」
「わっ! ちょっと、近くで大声出さないで!」
ボコボコにやられながらも元気に勝鬨を上げるエイエスに文句を言うコデマリであったが、その表情は緩んでおり、シオンもまた同様だった。
次回投稿予定は1月13日0時です。




