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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第百八話:足りないきっかけ

「明日は俺も冒険に出るぞ」


 セフィーと死闘を繰り広げた日の夜。食事を摂りながら三人へ伝えた。死闘とは言っても、セフィーが一方的に服の素材やら性能やらを熱弁し、適度に相槌を打っていたたけだが……。


「大丈夫なの?」


 アクトの真っ直ぐな目が俺を捉えた。


「どこまで大丈夫かを試すんだ。基本的には荷物運びで、戦闘は三人に任せるつもりだ」


 相変わらず【死の恐怖】には毎晩悪夢を見せられているが、恐慌状態にはある程度の耐性がついて来た。問題は体の震えなのだが、ベッドの中だと自分がどれだけ震えているのか分かりにくいところがある。

 このままニートしていても治る可能性があるわけでもないし、やっぱりアクトとシオンの様子も気になるので、一度冒険に出ることにした。


「それなら、東の魔窟の依頼にした方がいいかな? ゴブリンとかスケルトンとか」


 シオンの気遣いに首を横に振って答える。


「普段通りでいいよ。頼れる未来の大魔法使いさんの戦いも見てみたいし」


「あら、いつになく機嫌が良いわね。一人だけ服を新調した影響かしら?」


 俺が現代で着ていた物を元に、セフィーが仕立てた異世界風洋服は、上が薄い灰色のパーカーに黒のジャケット、下が黒い細めのズボン。パッと見は元とあまり変わらないが、素材に魔物の毛や皮や鱗を使用しているので、耐久性や防御性能は比べ物にならないくらい上昇している。替わりに重量は上がったけど、金属鎧ほどじゃないし、最初に比べればいくらか筋力も上がっているので動作には支障なさそうだ。


「服が欲しいなら店を紹介するぞ」


 絶対に付き添わないけどな。あと、服を新調したのは俺だけじゃない。アクトは上着を、シオンはアームガードをそれぞれ新調している。形状や色は殆ど変わりないから、あんまり新しい感じはしないけど。


「結構よ。今は間に合ってるから」


「そうか。気が向いたら言ってくれ」


 コデマリを連れて行ったらセフィーはさぞかし喜ぶだろうな。シオンは……種族の問題があるし、話題を振るのは止めておこう。





 翌日。エリンさんに多大なる心配を掛けつつ、一応、役割を運搬者トランスポーターに変更し、俺たち……ペンタイリスの四人は西の魔窟へと向かった。

 腰巻きにしては大きなバッグと、右脚にポーチを巻き付けた、運搬者トランスポーターにしてはあり得ない軽装だが、元より大荷物を運ぶ予定も筋力も無い。


 空は鈍色の雲に覆われているが、タバサさんの天気予報によれば、日後まで雨は降らないそうだ。

 コデマリの体力の関係上、一度休憩を挟み、西の魔窟まで三時間程度。今回受けた依頼がオーガの群れの討伐なので、群れの規模にもよるが、そんなにてこずらなければ日中の内に帰れるだろう。


 岩に張り付いた黒い靄を抜けると、広大な丘陵地帯が現れた。雰囲気の悪かった空も、今は柔らかそうな雲がのんびりと漂う青空が広がっていた。


 カタカタカタ……。


 穏やかな景色にそぐわない、不安を煽る音を鳴らしながら、スケルトンの群れが丘を越えて来た。数は……十くらいか? 武器は剣と弓。剣は接近される前に魔法で蹴散らせるとして、弓は……っ!

 矢が番えられたところを見た途端、激しい動悸に襲われ、頭の中ではグールの蹂躙が始まった。


 来ると分かっていても防げない。

 見飽きたというのに脳は一向に覚えない。

 記憶だというのに新鮮に感じる。

 増え続ける黄ばんだ歯。

 重なる体重。

 耐えることない肉の咀嚼音。

 止め処ない流血。

 為す術なく怯える自分。

 ……ただか食い殺されるだけで怯える自分が腹立たしい。

 グールは腹を満たす為じゃなく、俺を殺すために食う。

 自身を殺す相手を殺すということならば、生きる為に殺すと言っていい。

 ごく自然なことだ。

 意思が関与する余地も無い程に自然なことだ。

 そう……奴らの行動に意思はない。

 生きる。

 殺す。

 ただそれだけ。

 他人の機嫌を伺い、他人の人生における普通を探り、他人の脳に載っている言葉を推測するような面倒はいらない。

 殺されるのが嫌なら殺せばいい。

 れよ。

 決して尽きない血肉があるんだろう。

 決して絶えない意識があるんだろう。

 決して食い潰されない命があるんだろう……っ!


「……ホ、レイホ!」


「……っは!」


 脳裏からグールが消え、体中に感覚が戻る。


「大丈夫?」


 俺の肩を揺らしていたアクトが顔を覗き込んで来た。伸ばしっぱなしの髪を、髪留めでまとめているのを見るのは久しぶりだ。


「ああ。大丈夫だ」


 数日前からグールの群れに穴を開けられそうな気はするんだけど、あと一押しが足りないんだよな。ただ、もし一時的に【死の恐怖】を打開できたとしても、時間が掛かり過ぎだ。

 少し前まで俺たちを襲おうとしていたスケルトンの群れは、今は緑の丘に散らばるただのゴミと化していた。


「誰かと一緒に帰ったら? その調子じゃ、いい的よ」


「……」


 コデマリの言う通りではある。「もう少しで何か掴めるかも」で自分や他の誰かを危険に晒すなんて、愚かにも程がある。けれど、改善方法が確立されていない【死の恐怖】を打ち消すには、度を過ぎた愚か者にでもなる必要があるかもしれない。

 かもしれない。だろう。この世界……いや元々の口癖かもしれない。……思ってる側からこれか。


「帰るにしても危険なのは同じだよ。だったら、一緒にいた方がいい」


「そうそう。ここまで来たら、目の届く所に居た方が安全だよ」


 黙り込む俺に代わってアクトとシオンが抗議してくれた。情けない。


「それに、レイホが先に進もうとしてるんだ。なら、おれはその背中を押すよ。邪魔な奴は斬り倒す」


 文句を言うならコデマリにまで斬り掛かりそうな勢いだな。流石にそんな事はしないと思うけど。


「な、なによ。アタシだって、べつに帰ってほしくて言ったわけじゃないわよ」


 身の危険を感じたのだろう。たじろぎながら俺の後ろに隠れようとする。


「ん、じゃ、行くよ。この地形なら、オーガが出るのはこの先だから」


 言うや否や、慣れた足取りで丘を歩いて行ってしまう。


「むー、チビのくせにー……」


「コデマリ、ありがとな」


「な、なによ、突然⁉︎」


 今の今まで俺の後ろに隠れていたのに、今度は飛び上がって離れる。


「お礼を言う場面だと思ったから」


「あ、ちょっと! そこは素直に言わなくていいの!」


「そうなのか?」


「そうよ! もー、惚けた奴ね! ほら、帰る気がないなら行くわよ!」


 怒りを表現したいのか、大股で力強く歩いていくコデマリを……早歩きするまでもなく追い抜かした。


「こら! 黙って追い抜かすな!」


「二人ともー! 早くー!」


 後ろからは叱られ、前からは急かされる。どうすりゃいいんだ?

 久しぶりの冒険。調子は悪く、命を落とす危険はあるというのに、俺は……言葉にし難い、けれど悪くはない、妙な気分を覚えた。




 丘陵地帯を抜けた先は、なんと人工的な建物の内部に繋がっていた。一抱えの石が積み重ね、並べられたこの場所は城。もしくは砦のように見えた。オーガはこのエリアに出没するようだ。

 シオンが言うに、最下階から始まり、最上階まで登ると次のエリアに進むそうだ。

 およそ十メートル四方の部屋だが、石柱が多く、視界も動きも制限される。アクトは大太刀から太刀に持ち替えている。


 一階は何事もなく通り過ぎ、二階に上がろうとした瞬間だった。


「ガアッ!」


 先頭のアクトへ、体長二メートルを越す人型で、額には二本の角を生やし、赤黒い肌をした魔物--オーガがトゲ付きの棍棒を振り下ろした。狭い階段では躱すことも出来ず、太刀での防御を余儀なくされ、上段から押し込まれる棍棒は容易く弾き返す事はできない。


「そのまま!」


 コデマリが木製のワンドを突き出すと、先端から淡い緑色の魔弾が二発、発射された。


「ガ、ガッ!」


 【マジックショット】を両肩に受けたオーガは、僅かだが棍棒を握っていた力を逃され、太刀によって弾かれる。


「ふっ!」


 階段を跳び上がり、オーガへ袈裟斬りを見舞う。人が相手ならば致命傷で間違いないが、オーガは自らの負傷も顧みず棘付き棍棒を薙いだ。深く踏み込んだ所為で飛び退いても回避は間に合わない。なのでアクトは限界まで身を屈め、攻撃を頭上でやり過ごし、斬り上げで止めを刺そうとしたが、横から別のオーガが走り込んで来ていた。


「マナよ、我が下に集いて走れ。ウインド・バレット!」


 走り込んで来たオーガに淡い緑の魔弾が直撃し、アクトへの妨害を阻止。その隙に手負いのオーガを斬り倒しす。


「一、二、三体! アクト、あんまりアタシから離れないでよ! シオンはそいつを護衛しておいて!」


 状況を素早く確認したコデマリは指示を出すが、アクトは聞く耳持たずに手近なオーガへ肉薄していた。

 オーガの討伐推奨等級は銅等級星三。アクトの等級は銅等級星二であるが、能力値は銅等級星五並である。一対一ならば苦もなく倒せる相手であるが、オーガはそれぞれの隙を補うように攻撃して来るので中々攻勢に出れない。


「あっ……もう! そんなに動いたら援護できないでしょ」


「いらない」


「は? いらないって、何言ってんの!?」


「コデマリがレイホ守って、あたいが行こうか?」


「二人ともレイホに付いてていいよ。敵は……」


 回避に専念していたアクトであったが、不意に受けの姿勢を取った。


「バカッ!」


 ワンドを向け【マジックショット】を放つが、それが着弾するよりも早く、オーガの振るった棘付き棍棒がアクトを殴り飛ばさんとする。

ドッ!

 二階全体の空気が震えたが、それはアクトが殴られたわけではない。【インパルス】アクトの手先から発せられた衝撃波が棘付き棍棒を弾き返したからだ。


「ガァッ!」


 すぐさま別のオーガが攻撃を仕掛けるが、崩された流れには明確な隙が生まれており、その隙を突くスキルをアクトは持っていた。

 【ディスグレイス】により、たった今攻撃を仕掛けて来たオーガの背後に回り込み、胸を刺し貫き、太刀を返して切り払った。

 血を噴出しながらもアクトを睨み付けるオーガの頭に、【ファイア・バレット】が直撃する。


「ガッ!? ガァァァ!」


 アクトは燃える頭で藻掻くオーガを意に介せず、不満げな視線をコデマリに向けた。


「なに一人でやってんのよ!」


「もっと速く」


 アクトの呟きはコデマリに向けてのものではない。一撃で敵を葬れなかった未熟な自分を叱責し、より戦いに没頭する為のものだ。


「あいつ、今日どうしたのよ!?」


 パーティとして共に戦ってまだ日が浅く、アクトが元々突出しがちであったことを踏まえても、今回の戦い方は異常に見えた。


「もっと鋭く」


 攻撃を躱しながら柱と【ディスグレイス】を使ってオーガの背後に回り込むと同時に跳び上がった。


「ガッ……!」


 オーガの頭部を太刀で刺し貫いて柱に縫い付けると、オーガの体を足場にして更に跳び上がる。


「ぅっ!」


 三体目のオーガへ、身を翻しながら背中の鞘から大太刀を抜刀しようとしたが、上手く抜けずに攻撃の機会を逃した。


「ガァッ!!」


 仲間をやられた怒りの籠った棘付き棍棒がアクトに振るわれる。コデマリが【マジックショット】を二発撃っていたが、オーガの体を僅かに揺らしただけで、棘付き棍棒はアクトの全身を捉えて叩き落した。

 コデマリが、シオンが、仲間の名前を叫ぼうとした瞬間、一階から凄まじい破砕音が轟き、粉塵が立ち込めた。




次回投稿予定は1月10日予定です。

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