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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第百七話:他人の心配

 女剣士はアクトの意識を絶ち、シオンを【スリーピネス】の魔法で眠らせた後、二人を壁際へと運び、【ヒーリング・ファイア】で傷を癒す。


「流石は舞踏戦華ガイヤルド、まだまだ現役でやれんじゃねぇか」


 手の空いたタイミングを見計らい、顔に一文字の傷痕を付けた壮年の男が闇の中から現れた。


「勘を取り戻すだけの時間はいただきましたし、それに……」


 女剣士がサレットを取ると、栗毛色の髪が露わになった。肩の下まで伸びた髪は、サレットの中に収まるよう後頭部で纏め上げられていた。口元を覆っていたマスクを下げ、作った笑顔を男に向けて言葉を繋ぐ。


消えぬ落陽の夢想モーメント・トロイメライの仕事を、無理言って任せてもらいましたから、これぐらいは当然です」


「へっ! ギルドの職員になって、随分と謙虚になっちまったもんだ。気味が悪いぜ」


 男は自身の屈強な体を抱いて身震いして見せた。


「あたしは元々謙虚ですよ? 冒険者やってた時の方が仮の姿です」


 白々しい物言いに男は鼻で笑って返すと、壁際で寝ている二人へ視線を向けた。


「しっかし、想像以上に期待外れだったな。ちっこいのは突っ込むだけで、ダークエルフの方は何がしたいのかよく分からん。能力値はそんなに悪くないだろうに……」


「連携して戦う状況に恵まれてこなかった……というのは言い訳ですね。二人とも、仲間が窮地に立たされた場面になっても、使える筈の魔法を使おうとしませんでしたし」


「魔界が個人の力だけで切り抜けられるほど、優しい所だとは思わねぇが……あのひ弱そうな兄ちゃんが、実はとんでもなく優秀だって可能性は……」


「ないですね」


 全てを言う前に否定され、男は思わず苦笑した。


「能力値以上の成果を出す時もありますが、基本的にはゴブリンやオークを倒すのがやっとなくらいです。でも、それはいいんですよ。弱い時期は誰にだってあります。問題なのは妙にやる気がないところです。パーティ間で交流や共闘もしませんし、パーティ名だって、昨日新しく入ってきた娘に決めてもらってましたし……べつにそれが絶対に悪いとは言いませんよ。ただですね……」


 早口で不満を漏らされ、男は「ギルドの職員になっても、心配性なのは変わらねぇのか」と心の中で呟いた。


「わかった、わかった。この二人の事も、ひ弱そうな兄ちゃんの事も、よーくわかった」


「あら、あたしったら……失礼しました。それで、この子たちは魔界調査の件、連れて行くんですか?」


「荷物は少ないに越した事はない」


 男の回答に、女剣士は眉を潜めて考えた。荷物になるならば連れて行かないのか、それとも荷物にならないよう訓練するのか。


「魔界行きについちゃ、首都っつーか、魔法学校と少し揉めててな……直ぐに動き出す訳じゃねぇ。まぁ、ゆっくり様子見て考えるさ」


 そう言って、男は頭を乱暴に掻きながら修練場から立ち去った。


「ちゃんと、仲間の面倒は見なさいよね。レイホ」


 肩を寄せ合うようにして眠る二人を一瞥した後、松明の灯りと共に女剣士も姿を消した。


——————






 最近、アクトとシオンの様子がおかしい。イライラしている……は違うな。機嫌が悪い……似たような意味だな。べつに怒っているわけじゃなさそうだし、元気がない……んー、ちょっと違う。表情に影がある……か?

 

 二人が冒険者ギルドで呼び出しを受けた日、結局俺とコデマリは自宅に戻るまで二人と出会う事は出来なかった。

 冒険者の依頼報告ラッシュの後、ようやく二人が話した職員の人と話ができ、修練場に呼び出された事を知って向かった時には、もう入口は閉められていた。

 入れ違いになったのだと判断し、家に帰ったところで、魂が抜けたようにしている二人を発見した。

 俺たちの姿を見ると魂は戻ったようだったけど、気にならない筈がない。修練場で何があったかも覚えてないのか、教えたくないのか、言葉の出が悪い。


 冒険に付いて行けない俺の代わりに、コデマリへ二人の様子を見るように伝えた。

 報告として、最近加入したばかりなので普段の様子については判断できないが、冒険に関しては支障が無いと聞いた。


 う〜ん……謎だ。気になる。……とはいえ、二人だって他人に知られたくないことの一つや二つや三つ四つあるだろうし……でも同じタイミングで? 


 今朝も三人を見送った後、家事を済ませて時間が出来たので、冒険者ギルドの二階の資料室に勉強をしに来たのだが、どうにも手が付かない。めぼしい資料を持って来た後、数ページも読まないうちに二人の事を考えてしまう。

 今日は雨が強めに降っているから、無理せず休めと言ったけど、二人して「大丈夫」の一点張りだったしなぁ。


「あの」


 考え事に没頭していたら、背後から少年に声を掛けられた。


「はい?」


「あ、あんたはこの前の!」


 振り返ると、先日冒険者ギルドの前で出会った少年が立っていた。確か、名前はエイレスだったか。


「なにか?」


「その資料、使わないなら貸してほしいんスけど……」


「あ、はい。すみません」


 指された資料は、閉じられたまま机に置かれているものだった。


「……負けねぇッス」


 なにを?

 資料を受け取ったエイレスは、俺に背中を向けて座り、勉強し始めた。

 エイレスの事はよくわからんが、読まないなら資料を返しておくか。


 集中できないのに資料を読んでも意味がない。勉強を諦めた俺は一階に降り、エリンさんが立っている受付へと向かった。


「あら、レイホ。勉強はもう終わり?」


「ええ、集中できそうになかったので。それより、どこかのユニオンから、アクトやシオンに勧誘の話って来ていませんか?」


「いえ。そういった話は聞かないわね」


 予想はしていたが、無いか。ただの勧誘だったら隠す必要は無いから、俺に聞かれた時に話してくれるだろう。


「エリンさんから見て、あいつらの様子はどうですか?」


「んー、特にいつもと変わり無さそうだけど……ここ数日は、少し難度高めの依頼を受けているようね。どうしたの? 心配事?」


「そんなところです」


 心配って言葉は嫌いだが、わざわざ主張する必要もない。……そうだ。心配なんてされたところで、自分のことは自分でどうにかするしかない。アクトもシオンも何かあったのは確かだけど、自分で解決しようとしているんだ。俺がこそこそ調べ回る必要なんてない。

 不自然に話題を変え、幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローの事やプリムラの情報を聞いてみたが、相変わらず空振りだった。俺たちが町に帰って来てから、幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローの動きが無くなったと聞いたけど、何の関わりもないのでただの偶然だ。


 冒険者ギルドでやる事も無くなったので、どうしたものかと外に出る。家事だ勉強だとやっているけど、今の状態って仕事もせずに毎日ぷらぷらしてるニートみたいなもんなんだよなぁ。ホームレス脱却したらニートって、ろくでなしにも程がある。


「あ! お兄さん!」


「げっ……」


 適当に通りを歩いていると、水色の長髪をサイドテールにし、エルフ特有の尖った耳を見せる女性——セラフィーナ服飾屋の店主、セフィーに出会ってしまった。


「お久しぶりじゃないですかー! あれ以降お店に来てくれないんですもの。例のアレ、出来てますよ!」


 傘や地面を打つ雨音に負けず、弾んだ声音で話しかけてくる。

 暇だとは思ったけど、このエルフはお呼びじゃない……。例のアレってなんだっけ?


「今お暇ですか? お暇ですよね? お暇じゃなくても連れて行きますけどね!」


 こちらの意思など関係無しに、勝手に自分の傘を閉じて俺の傘の中に入って来た。


「さぁさ! 私のお店はあっちですよー!」


 腕を掴んで歩き出すセフィーを振り解き、雨の中に放り出す気力は、既に彼女に吸い取られていた。


「今日はあの犬の女の子は一緒じゃないんですね」


「故郷に帰りました」


「なんと! それはもったいないです! 折角、黒髪同士でお似合いでしたのに!」


 返答は最小限にしよう。勝手に話は展開していくし、全部に対応してたら体力と精神力がいくつあっても足りない。


「むぅぅ……あの一回で衣服の良さを伝え切れたとは思えませんし、こうなったら私が出向くまで! お兄さん、彼女の故郷はどこです!?」


「魔界です」


「魔界……?」


 流石に予想外だったのだろう。セフィーの口を止める事が出来てささやかな勝利を感じたが、彼女の口はにんまりと曲がっていた。


「なるほど、彼女の服装は魔界流だったというわけですね! 素材は何を? 触った感じは一般的な布地と変わりなかった感じですが……」


 目を輝かせながら独り言を呟き始めた。

 ちょっとした悪戯心で歩く速度を早めてみたけど、ブツブツ言いながらしっかり付いて来た。器用なエルフだ。


「あ! 着きました、着きました! お兄さん、ここですよー!」


 そんな大声出さなくても聞こえるって。

 小さく息を吐いて覚悟を決めると、扉を開けて待つセフィーの下へと足を向けた。



次回投稿予定は1月6日0時です。

1月は更新頻度が少なくなる予定です。

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