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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第十話:もしも未来が見えたなら

「おや、兄さん、また来たね。いらっしゃい」


 預かり屋店主のカイルさんが情報紙を受付の横に置いて俺を迎え入れてくれた。俺よりもいくらか年上に見えるが、人懐っこい笑みをするので歳の差はあまり感じない。

 受付の奥にある巨大な倉庫で預かった物を管理しており、受付は物品の受け渡しが行われるだけなので、店内は非常に飾り気がない。出入り口の両脇に観賞用の植物が植木鉢に植えてあるのと、受付の頭上にある時計、あとは壁の方に料金の目安表が貼られているくらいしか物はない。


「またこれをお願いします」


 広い受付台の上に衣類を置く。


「はいよ。四ゼースもらうよ」


 革袋の硬貨入れから小銅貨を四枚出して手渡してから壁に貼られた料金表を見る。


『長期利用券。小型・軽量品、ひと月、三百ゼース』


 預けるか引き出すかする度に四ゼース支払うならば、ああいった長期利用券を買った方が良いのだろう。この世界のひと月が日数換算で四十五日だから、四ゼースでも毎日預けて引き出して、としていると単純計算で三百六十ゼース。長期利用券を持っていれば六十ゼースも安く利用できる。


「お! 長期にするかい?」


 貼り紙に視線を向けていることに気付いたカイルさんが気を利かせて聞いてくれる。暫く宿無し生活が続くので、預かり屋は頻繁に利用する。出来る事なら長期利用券を買いたいが、先立つ物がなければどうしようもない。


「いえ。まだ自分には早いです」


「そうかい。じゃあ、気が向いたらいつでも声をかけてくれ」


 カイルさんの明るい声を耳に残しながら預かり屋を出る。次の目的地は薬屋だ。銭貨通りにも薬屋は何軒かあるだろうけど、最初に決めていた薬屋に行くことにする。どこの薬屋が評判の良いところなのか、ギルドにでも寄って聞けば良かったな。


 冒険者も一般人も含めて人通りの多い銭貨通りを歩いていると、やはり服装が奇妙なのだろう、短い間隔で視線が向けられる。

 服買いたい。金が欲しい。

 現実世界ではあまり持っていなかった欲がここに来て湧き出て来る。一人暮らしをして働き始めてからは特に金の心配もなく、というか使う時間も趣味もそんなに無かったので溜まっていく一方だった。お洒落に目覚めていたわけでもないので服も気が向いた時に一着か二着買うだけだった。

 俺ってつまらない人生を送ろうとしていたんじゃないか? こっちの世界は多分、暫くは退屈しない。寧ろ生きて行くので精一杯だから大変な毎日を送ることになる。そう考えれば今の貧困生活も悪くないのかな……いやいや、貧困はマズい。せめて借金を返済して、宿か貸家で生活できるくらい安定して稼げるところまでいかないと、辛い生活が続くだけだ。


 異世界まで来てまさかこんな所帯じみたことを考えるとは思ってなかった。どこに行っても人間として生きるわけだから、先ずは生活基盤を作っていかないといけないってことか。


 明るくない考え事をして歩いていると、うっかり薬屋を通り過ぎそうになる。

 『薬屋アヘッド』

 黒い木造の、少し古そうな建物の脇に出ている看板にはそう書かれていた。ここだ。

 ドアを開けて中に入ると、青臭いような、少し甘いような何とも言えない臭いが鼻孔を刺激した。鼻を手で押さえるような悪臭ではないが、薬屋という感じの独特な臭いだ。

 室内は両壁には薬草なのか観賞用なのか不明だが、蔓が這っていて、中央には透明なガラス張りの商品棚が設置されていて、薬の見本が並べられていた。

 店の奥には天幕の付いた受付があり、今は天幕が開けられていて店員と思われる人物が座っている。座っているのだが……。


 魔女?

 第一印象ではその言葉が何よりも先に出て来た。全身を暗い紫の衣に包んでおり、鍔の広いとんがり帽子を目深に被っている。口元は肌に密着する形のマスクで覆っているので、表情は全く分からない。


「いらっしゃいませ」


 細く、高い声が聞こえる。室内には俺と魔女しかいないので、彼女が発した声で間違いないだろう。いつまでも入口で突っ立っているわけにはいかないので、横目で店内を観察しながら受付の前まで歩く。


「薬草の買い取りをお願いしたいのですが」


「承知しました。買い取りを希望する薬草を見せてくださいますか?」


 見た目の怪しさとは違い、至ってまともな対応に安心しながら、籠からサルブハーブを六株とパラリーフを十枚取り出して受付台に並べた。


「こちらでしたら、一つ一ゼース、合計十六ゼースで買い取ることが可能ですが、いかがいたしますか?」


 とんがり帽子を揺らす事無く告げられた声に、俺は微かな驚きを覚えた。ギルドの依頼を熟すより全然稼げるじゃないか。サルブハーブは二株で一ゼースだったし、パラリーフは三枚弱で一ゼースくらいだった。


「ご不満でしたら、申し訳ありませんが、当店ではこれ以上の値段での買い取りはできかねてしまいます」


 驚いている俺のことを悩んでいると思ったのだろう。店員は心底申し訳なさそうな声を出した。


「いえ、思っていたより高かったので驚いてました。提示された金額で買い取りをお願いします」


「ありがとうございます。少々お待ちください」


 店員はそういって初めて身動きをした。カウンターの引き出しを開けて大銅貨一枚と小銅貨六枚を取ると、両手で差し出して来た。その動作に応じて両手を差し出すと、黒の薄い手袋越しで添えられた手から心地よい柔らかさを感じた。


「他にご用はありますか?」


 革袋に銅貨をしまいながら、どうするか考える。薬の一つや二つ買っておいた方が良いのかと思ったが、その前に聞いておきたいことがある。


「聞いていいのか分かりませんが、薬草の買い値というのは、どの店舗も同じようなものですか?」


「恐れ入りますが、わたくしには分かりかねます。店舗によって薬草が枯渇していれば高額で買い取ることもあるでしょうが、サルブハーブやパラリーフは栽培もしやすい薬草ですので、あまり枯渇することはありません。ですがその分、多くの薬に使用されているので、いつも一定の需要はあります」


 言われてみればその通りだ。需要が多ければ高値で買い取って貰えるし、供給が多ければ安値にしかならない。

 サルブハーブとパラリーフは駆け出しの俺でも見つけられるような薬草だし、栽培もしているってなると単品一ゼースが最高と思っていた方がいいな。


「これも店舗によってですが、薬草の在庫が十分にありますと、買い取りを断られる場合もあります。当店ではそのようなことはありませんので、よろしければ今後ともご利用いただければと思います」


 門前払いされる可能性があるなら、買い取りはこの店に固定してもいいかもしれない。普段出入りしている東南門からだと遠いけど、買い取りを断られた時にあちこち店を回るのも面倒だしな。


「他には何かご用はありますか?」


 うーん、どうしよう。薬、買っておこうかな。傷薬なら買っておいても無駄にはならないし。などと悩んでいると、店員の方から言葉を続けた。


「もし、お時間がありましたら、わたくしから幾つかお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 俺に聞きたい事なんてあるのか? あるとしたら……この格好ぐらいだよな。


「なんでしょう?」


「ありがとうございます。それでは、失礼ですが、あなたは冒険者で間違いありませんか?」


「はい。一昨日になったばかりですが」


 冒険者かどうかを聞いてくるってことは、何か依頼の話になるのだろうか。明日も知れぬ駆け出しに依頼することなんてあるのか、怪しいところではある。


「あなたは、もし近い未来を見る力があった場合、どうしますか?」


 突然話が飛んだな。未来を見る力? そんな超能力があれば……あれ? どうするんだろ。近い未来って言うから、数年、数十年先は見えないと仮定するなら、世紀の大発明を先取りして儲けるなんてできないだろ。現実に起こったことを現実として受け入れることは慣れているけど、未来に起きることを見て、自分がどうするか。……多分、何もしない。ああ、こういうことが起きるんだなって思うぐらいだ。

 もしもだ、知らない人の不幸が見えて、それを俺が助けられる位置にいたとして、助けるだろうか。いや、助けない。それは不公平だ。一人を救えば他の人も救わなければいけない。自分と、近しい者の不幸くらいなら救おうと努力する気になるかもしれないが、無数にいる知らない人を救うことはできない。できないことは初めからやるべきじゃない。

 未来予知が使えれば魔物の討伐が楽になると考えたけど、未来予知で見て、危険だと感じた行動を別の行動に変えた時点で未来に変動が生じるから、展開の早い戦闘ではあんまり意味なさそうだな。


 長く考える俺を、店員はじっと待っていてくれた。なので、俺はもう一度自分の考えを思い返しながら答える。


「未来を見ることはすると思いますが、それで何か行動することはないと思います。こういうことが起きるんだなぁと思って、それで終わりですね」


 想像力のない間抜けと思われるかもしれないが、残念ながらその通り。想像力も展開力もないつまらない人間が俺だ。

 俺の答えを聞いた店員はクスリと笑ったような気がした。顔が見えないので分からない。かと思えば、店員はとんがり帽子を取り、口元を覆っていたマスクを下げた。

 長い金髪の髪は、広場で見た少女のものとはまた違った色合いをしており、店員のほうは金というより明るい黄色と表現した方が近いかもしれない。顔の全体を覆うぐらい伸ばされた前髪は中央で分けられていて、顔立ちがはっきりと見える。やや垂れがちな目は黄色の瞳を宿しており、薄桃の唇に高めの鼻をしている顔は、相手を慈しむような穏やかな笑みを浮かべている。


「わたくしが見た通りのお方で安心しました。わたくしはタバサ・ハートフィールドと申します。お見知り置きくださいませ、レイホさん」



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