第百四話:話さないからって話せないわけじゃない
投稿遅れ申し訳ございません。
「レイホが仲間にするって言うなら、チビでも仲間だと思うよ」
「チビって言うな! あんただって小さいでしょ!」
「じゃあ、ドチビ」
「むかっ!」
アクトとコデマリが出会ってから二時間足らず。食事中でもお構いなしの言い争いは、もう微笑ましく思えてきた。
「あたいは仲間が増えるのは良いと思うけどね。何か悪さしようってなら別だけど」
シオンが加入賛成派なのは少し誤算だったけど、これまでの境遇を考えたら、大勢でいるのが楽しいのかもしれない。
「ほらほら、観念してアタシを仲間にしなさい。それとも何? いつ雨が降るかも分からない季節に、こんな幼気な少女に野宿させる気?」
目くじらを立てていたと思ったら瞬時に涙目へ早変わり。押し売りだけじゃ無理だと分かって、泣き落としも加えてくるようになったから本当に面倒くさい。
子供はパーティに加えないと断ってみたら、アクトと同じ十六歳と返されたので反論を防がれた。ただ、その十六歳というのも、アクトから年齢を聞き出してから答えて来たので、真偽はかなり怪しい。見た目だけなら十二歳前後くらいにしか思えない。
「レイホは何か気になること、仲間にしたくない理由があるの?」
「いい加減に教えなさいよー!」
女性陣に問われ、ちらりと隣りを見るが、アクトはこれ幸いと料理をかっ食らっている。
「……コデマリは大魔法使いになると言っていたけど、具体的にどんな魔法使いになるつもりなんだ? 俺のパーティに入って、何を目指すつもりなんだ?」
明確な目標を持たないのなら、意識高いふりをして断れる。最悪、仲間にしたとしても、具体的な目標があるなら終わりも見えてくるだろうし、いつまでもだらだら付き纏われるよりかは精神的に楽になる。
「どんなって……みんなから凄いって褒め称えられるような……周りから頼りにされる魔法使いよ」
おっ、これは好感触だ。
「みんな、周りっていうのはどれくらいの規模の話なんだ? パーティ内か? それとも町内? 世界規模か?」
こんな風に問い詰められたら嫌だよなぁ。俺だったら、問い詰められるような向上心はマタンゴの養分にでもするけど。
「な、なんだっていいじゃない! 魔法使いの価値は評価する人数じゃ決まらないのよ! 誰かの一人の為に全力を尽くしたって、世界の為に全力を尽くしたって、どっちも立派なことに変わりはないはずよ!」
語気を荒げ、立ち上がると同時に、昂った感情を籠もらせた両手をテーブルに叩きつけた。
賑やかだった店内が静まり返り、俺たちのテーブルは全ての視線の的になった。
うっ……これは下手なことを言ったら世論を的に回してしまう。だけど、会話の流れとしては今度は俺が、コデマリの言葉に対して何かしらの反応を示さなくてはいけない。自分が嫌だと感じる問い詰めを他人に向けた報いが、こんなに早く回ってくるとは……!
「じゃあ、レイホを上に押し上げようよ」
静寂を破ったのは、意外にもアクトだった。食事の手を止め、人差し指だけを立てた右手を掲げている。
「上にって?」
「等級? ユニオンランク? よく分かんないけど、とりあえず一番上」
何てこと言ってんだこいつは? 俺が英雄かユニオンランク星五になるまで付き纏うつもりなのか? 冗談が過ぎる。
「おいおい、今時珍しい英雄志望の青二才がいるぜ」
「でもあの三人、魔界帰りでしょ?」
「あのちっさいの、仲間になりたがってんだよな」
「ユニオンランクって言ってたし、もしかして仲間募集中なのか?」
数分前の賑わいとは異なるざわつきが店内に広がる。
馬鹿にしてくるのはいいけど、変な誤解はしてくれるなよ⁉︎ 仲間なんて募集してないし、ユニオンなんて結成するつもりはない。
「ふっ、ふふふ……いいじゃない、上等よ。あんたのこと気に食わないと思っていたけど、中々面白いこと言うじゃない。ええ、どうせ目指すならてっぺん目指してやろうじゃないの!」
「おい……」
静寂は切り抜けられたけど、余計面倒なことになった。
誤解が真実になってしまう前にどうにか口を挟もうとするが……もう遅かったようだ。
「あんたもはっきり言いなさいよ! 上を目指す為に、本当に向上心のある者しか仲間にするつもりはないって。やってやるわよ! ええ、やってやるわよ! アタシに任せなさい!」
ふんぞり返った旨をやけっぱち気味に叩いて見せるコデマリに、周囲にいた盛り上がりたいだけの冒険者は盛大な拍手を送った。その様子を見て、俺は片手で頭を抱えた。
「ドチビ、なんで急にやる気だしたの?」
お前が焚きつけたからだろ……いかん、両手でないと抱えきれなくなった。
「にゃっはは……まぁ、仲間が増えて悪いことはないじゃん」
とうとう抱えきれなくなった頭は、机と友達になった。
夕飯を終えた後、家に帰る女性陣と別れ、アクトと共に下流区の広場へとやって来た。洗い場や浴場なども併設しているので灯りも多く、人の往来は盛んではないが長く途切れない程度にはあった。
シオンやコデマリを先に帰したのは、話の内容を聞かれたくないというわけではなく、単に俺がアクトと二人で話してみたかったからだ。
広場の隅にあった、設置されたのか放置されたのか分からない、横倒しの丸太に腰を下ろす。
「なんの話?」
いきなりか。べつにもったいつける必要もないけれど……苦手なんだよな。アクトの、この真っ直ぐに見据えてくる視線。
「アクトのことを知ろうと思って。どうしてお前はそんなに俺を担ごうとするんだ? ラミアから助けたことへの礼なら、もう十分過ぎるくらい働いてくれたぞ」
「それだけじゃないよ。レイホはおれに、魔法に関することにしか価値のないおれに価値を与えてくれた」
価値を与える? そんな大層なこと、いつしたんだ?
「どういう意味だ? 悪いけど、覚えがない」
「【高速詠唱】を持っているおれに、好きに戦えって言った時。選ぶ自由なんてなかったおれに、レイホは自由を与えてくれた。魔法を使わないおれとでも、一緒に戦ってくれた」
俺みたいな弱者が【高速詠唱】なんて貴重なアビリティを持つアクトを連れて、他の冒険者からやっかみを掛けられたら嫌だから好きに戦えと言っただけなんだが。知らないところで重い意味を持つのやめてくれよ。
「……アクトは首都の魔法使いの家の人間なんだよな? どうして魔法を使いたがらないんだ? 価値がどうとかっても言っていたし」
俺自身、聞かれるのがこの上なく嫌だから、家のことを聞くの抵抗があるけど、聞かないとアクトのことが理解できそうにないんだよな。
「話したくないなら話さなくていいけど」
「べつに大丈夫。おれの家、バックル家は首都の中でもちょっと名のある魔法使いの家系なんだ。本当にちょっとだけ。魔法使いに詳しい人なら知ってるかなって程度。それなのに、父親は変な欲? 誇り? ばっかり高くて、優秀な素質を持った子孫を残すために結構無茶したらしいんだ。おれ、誰の腹から産まれたか未だに知らないし」
なんだか段々話が重くなっていくな……。
「おれは生まれつき【高速詠唱】を持ってたから少し期待されてて、おれは何も知らないからさ、言われた通り魔法を覚えたよ。けど……いつだったかな。戦い方の勉強だって連れて行かれた武闘大会で、あいつに出会った」
「あいつ?」
「存在自体が印象的過ぎて名前覚えてないんだけどね。五、六人のパーティ単位で参加するのが基本の武闘大会で、あいつは一人、長い刀を一振りだけ持って出場していた。そして、大観衆の前で勝利して見せた」
なんだその馬鹿げた奴は? でも、生まれながらにして決められた世界しか見てこなかった人間を変えるには、考えられない程の馬鹿が必要なのかもしれない。
「あいつが一勝した時点で父親が激怒しちゃったから、その後どうなったかは分からないけど、おれも強い奴ってのを目指してみたくなったんだ。この時はまだ魔法使いとして、って意味なんだけど……ごめん。話すのあんまり慣れてないから、長くなってる」
「気にするな。好きに話せばいいよ」
話すのは嫌いだけど、話を聞くのはそんなに嫌いじゃない。
「ん。それから……魔法学校に入学して勉強してたんだけど、ある日からどうも様子がおかしくなった」
「様子が?」
でかい組織特有の陰謀でもあったのか?
「言葉じゃうまく言えないけど。回復魔法覚えてた奴が突然攻撃魔法を覚えるようになったり、逆もあったり。ただ、共通して言えるのは、誰もが魔法習得に対して貪欲になったってこと。あと、学校側が禁断魔法を解禁しようとしてるって話も聞いた」
うわっ。絶対厄介なことになってるだろ。俺が着いた町がクロッスで良かった。……良かったか? こっちも最近物騒だし、それなりに面倒な日々を送って来たような……。
「禁断魔法について噂を流した生徒は退学になって、おれも噂を知ってるってだけで退学になった。それで父親は毎日怒り狂ってさ……いよいよ殺されるかと思って家の倉に逃げ込んだ時、こいつを見つけて、あいつのことを思い出したんだ。……あれ、レイホは何を聞きたかったんだっけ?」
魔法を使いたがらない理由なんだけど……なんとなく分かったよ。べつに魔法を嫌いになったわけじゃなくて、純粋に自分の力……魔法も身に付けた力だから自分の力なんだけど、それを置いておいて、いつか見た破天荒な剣士のようになりたいんだな。……いや、魔法が唯一アクトと父親を繋げていたもので、それが原因で殺されるような思いもしたから、あまり良い印象は持っていないか。
「話してくれてありがとう」
「ん。他には何か聞きたいことある?」
聞きたいことは無いが、知っておいてほしいことはある。
「アクトが強くなるのは構わないけど、俺はべつに強くなりたいわけでも、偉くなりたいわけでもないからな」
誰かを立てる為の踏み台になるのはべつに構わないけど、それで何かの拍子に面倒事に巻き込まれるのは勘弁だ。
「…………」
あれ? てっきり「ん」とか「わかった」って反応してくれると思ったんだけど、横目でこっちを見て来るだけで何も言わないな。
「結構話して疲れたろ。今日はもう帰って休もう」
「ん」
丸太から立ち上がる俺の後を、アクトは静かに付いて来た。
次回投稿予定は12月30日0時です。
 




