第百三話:大魔法使いの卵
「あら、仲間が増えるのは良いことじゃない」
エリンさんにコデマリの件を説明し、返ってきた回答がこれだった。
「え、でも、俺は……」
「なーに? 冒険者を続けるなら仲間が増えるのは当然。コデマリの能力値はかなり特殊だけど、魔法使いとして見ればかなり優秀よ」
確かに、俺も能力値は見させてもらったが、魔力や知力といった値はシオンよりも随分高く、技力と精神力も高い、代わりに体力や筋力といった前衛に必要な能力値が極端に低い。
魔法適性が火、風、光の三属性持ちな上に【マジックショット】と呼ばれる特級の魔法まで習得している。
【マジックショット】は、魔法でありながら詠唱を必要とせず、【移動詠唱】のアビリティがなくとも動きながら発動出来る攻撃魔法だ。ただし、威力や射程は初級の攻撃魔法であるバレットよりも性能が低い。エリンさん曰く、攻撃魔法として見れば弱いが、攻撃を補助する攻撃魔法として有効なんだそうだ。
「そうよそうよ! 未来の大魔法使いが仲間になるって言ってるのに、何が不満なのよ!」
何って言われても、パーティメンバーを増やしたくないだけなんだよな。厄介ごとが増えるのは勘弁してほしい。
「エリンさん、最近活躍してるパーティを紹介してやってくれませんか?」
「ちょっと、無視しないでよ! ギルドで理由を説明するって言ってたでしょ!」
「活躍してるパーティはいくつかあるけど……魔界の王に会って来るような活躍、他からは聞かないわねぇ」
大げさに肩を竦められる。なんか、エリンさん機嫌悪くないか? 俺が冒険者を続けているから? 有力な加入希望者を断ろうとしているから?
「エリンさんは、コデマリさんが俺たちのパーティに加わるべきだと思っていますか?」
「ええ。元冒険者としても、冒険者をサポートするギルドの職員としても、断る理由はないと思っているわ」
「ほら! いい加減に観念なさい!」
……状況は悪くなる一方だな。
「優秀なら、尚更加入してほしくないですね。魔界の王に会ったと言っても、もう過去の話。直ぐに別のパーティかユニオンか、俺たち以上の成果を出しますよ」
一度の成功から急上昇していく存在もあれば、所謂一発屋で終わる存在だってある。二つを分ける要因があるとすれば、地力と向上心だ。
地力があれば、活躍して名が売れる為に必要なのは、運と巡り合わせだ。本当に才能がある者や、小さい頃から英才教育でも受けない限り、大抵の人間の能力は横這いになる。才能や家柄に恵まれた者たちの手で拾い切れなかった栄光を、平凡な人間が手に入れる為には運的要素が不可欠だ。そして、手に入れた栄光を持ち続ける為に地力が必要となる。
俺たちは偶然、運良く、一時の栄光を手に入れたに過ぎない。まだまだ成長途中で、未熟者な俺たちは、手にした栄光の輝きすら知らず、早々に手放すことになるだろう。
もし、地力のない者でも栄光の輝きを浴び続けたのならば、それは並々ならぬ向上心から来る、弛まぬ努力の成果だろう。逆に、一時の快楽に溺れ、現場に胡座をかくようでは、そう遠くない未来に一度の成功にしがみ付く落ちぶれ者が出来上がる。
結果が人を変えるのか、人が結果を変えるのか、どっちだっていい。俺たち……いや、俺のように向上心の乏しい人間は、前もこれからも変わりはしないだろう。
「だから、アタシが入ればそんな事になるわけないでしょ! パーティとしての格も、個人の評価もうなぎ上りよ!」
「そこまで言うなら、自分でパーティを作った方が良いのでは?」
「それは駄目なの!」
なんで?
「二人とも、言い合いしたいなら他所でやってちょうだい。他の冒険者の受け付けもしないといけないの」
「すみません」
「ほら、ならさっさと登録するわよ!」
そんな流れには乗らない。そそくさと受け付けのカウンターから撤退する。
「あ、待ちなさい! まだあたしを加入させたくない理由を聞いてないわよ!」
そんなもん面倒だからに決まってるし、こんな理由で納得する筈がないことも決まっている。という訳で逃げる。
「チッ……。またガキか。しかも女」
冒険者ギルドを出ようとしたところで嫌な奴と出くわした。俺はミツハルの事を無視して走り去ろうとしたが、伸ばされた手に胸倉を掴まれた。
「気に入らねぇんだよ。弱ぇ奴に守られて平然としてるてめぇはよ!」
勝手に群れて来てるだけだ。それに、俺はお前に気に入られたいとは思わない。
「……」
「っだよ、その面はっ!」
何の用で来たのかは知らないけど、今日はアルヴィンは別行動か。どうしたもんか……周りの冒険者は面白がって煽り立ててくるし、コデマリは……体格の良い冒険者の壁を突破するのに四苦八苦している。俺の腕力じゃ振り払えないし、一発殴られてやるか。
「べつに」
右頬に感情の籠もった鈍い衝撃が叩き付けられ、冒険者ギルドから叩き出される。予め歯を食いしばっていたけど、痛いものは痛い。頬をさすりながら起き上がり、コデマリの姿が見えない内に逃げ……居た。肩を怒らせ、握った拳は震えている。
「なに抵抗もしないで、なんでいいようにやられてんのよ!」
煩いな。掴まれた時点で敵わないし、これが一番手っ取り早いんだよ。
「呆れたのなら、パーティに入るのをやめ……」
「嫌よ」
殴られるよりこっちの方が厄介だな。
「ほっぺ痛む?」
「ん、多少は」
「ふふん。癒して欲しかったら、アタシをパーティに加えなさい!」
なんだその子供っぽい脅しは……子供か。
「さよなら」
「あっ! ちょっと、冗談よ! 癒してあげるから、無視しないで!」
癒さなくていいから、もう構わないでくれ。
回復魔法をかけてもらっても、魔力のない俺には効果無いし。
回復魔法が効かない俺に驚くコデマリを連れて、行く当てもなく街をぶらぶら歩いていた……というか、事あるごとにパーティに入れろと言ってくる奴を連れて家に帰りたくはなかったので、どうしようか彷徨っていた。
「コデマリさん」
何十回目かのパーティ加入を断った後、流れを変えようと俺から話しかけた。
「コデマリで良いわよ。あと、アタシが見目麗しいからって敬語も要らないわよ」
見てくれの良さは否定しないけど、自分で見目麗しいって言うか? 早速話しかけたことを後悔しそうになったけど、ここで黙ったら「こんなアタシと口を利けるのよ。パーティに入れなさい」と言われてしまう。
「それなら……。家族や友人は冒険者になることを反対しなかったのか?」
「ん~、反対はされてないわね。笑われたけど」
笑われた? 魔法使いとしての才能はエリンさんも認めるくらいだったのに?
「あー、思い出したらイライラしてきたわね。あんた、なんてことしてくれんのよ!」
知らん。
「大魔法使いになるなら、冒険者じゃなくてもいいんじゃないか? 魔法屋とか高名な魔法使いに弟子入りとか」
魔法は使うだけじゃなく、新しく生み出すことでも才華を示すことができる。
そういえば、俺もそろそろ魔法を使えるようにしないとかな。
「い、色々と事情があるのよ。それに、経験を積みながら名前も売れる冒険者が一番手っ取り早いのよ」
事情ねぇ。面倒ごとを抱えているなら尚更お断りだぞ。
「アタシのことばっかじゃなくて、あんたの事を聞かせなさいよ! そんなにアタシが気に入らないわけ!?」
声がでかい。通行人が何事かと見てくるだろ。
「気に入る気に入らないの話じゃなくて、パーティメンバーは間に合ってるだけだ」
「嘘! たった三人で間に合うわけないでしょ」
「魔界から帰って来たのは俺たち三人だ」
行きと帰りでメンバー交代があったけど、そんな細かい事はどうだっていい。
「うっ、なによ……アタシじゃ力不足だって言いたいわけ!? アタシなんかじゃ大した成長が見込めないって言いたいの!?」
突然卑屈になったな。本当になんなんだ、こいつ? 感情が昂って涙目になってるし、これ以上騒がれたらお節介が口出しして来そうだし……仕方ないな。
「冒険に出かけている二人の意見も聞きたいから、今日一日待ってくれ」
結論の先延ばし作戦。俺の予想じゃ、アクトもシオンも「レイホが決めればいいよ」みたいなことを言うだろうから、結局俺が断りきらないといけないんだろうな……。
「分かったわ。ただし、今日一日、アタシはあんたと一緒に行動するわよ」
「勝手にしてくれ」
「あ、だけど一つ教えてほしいことがあるわ」
「なに?」
「この町の薬屋はどこにあるの? できれば種類が豊富なところがいいわ」
薬屋? なんか持病でもあるのか? ……どうでもいいか。
他の薬屋の品揃えがどうなのか知らないけど、タバサさんのところは結構色々置いてるから問題ないだろう。
俺は爆発物を抱えた気分でアヘッドに向けて歩を進めた。
次回投稿予定は12月25日0時です。
参考までに。
コデマリの能力値。
体力:100
魔力:125
技力:125
筋力:10
敏捷:40
技巧:20
器用:15
知力:50
精神力:125
アビリティ
属性耐性・火、属性耐性・風、属性耐性・光、魔法保持




