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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第百二話:押しかけ少女

 家を借りてからというものの、俺の時間は実に平穏なものだった。常に危険と隣り合わせとなる魔窟へ出向いていないのだから、一先ずは魔物に襲われる心配が無い。けれど、俺の中で平穏を脅かす存在はいくつかあった。

 魔界の再調査。ユニオンへの加入。幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローの存在。これらはもう俺個人でどうする事もできない事象なので、毎日毎日いつ訪れるかと不安になるが、数日もするとその不安にも慣れてきた。なるようにしかならない、という諦めにも近いものであったが、自分の中で心の準備は出来ているつもりだ。


 不安と言えば、アビリティ【死の恐怖】の影響で見る悪夢や、戦闘時の体の震えについては好転する兆しが見えない。毎晩グールに食われる映像とリアルな感触が無限ループするし、試しに町の外でゴブリンと戦おうとしたが、武器は握れない。

 悪夢の方は抱いた恐怖を上回る激情を湧き起こす事で対抗できると知ってから、寝れはしないがのたうち回る事はなくなった。


 平穏は変化に乏しいと言い換える事もできる。これまで情報収集を頼んできた人たちに聞いても、兵士たちに聞いても全く手がかりが掴めずにいた。

 家具作りもひと段落した頃、思い切って上流区へ足を踏み入れた事がある。右も左も分からない状況でうろうろしていたら、不審者と見なされて兵士に拘束された。その時は冒険者ギルドに所属していた事が幸いし、エリンさんが身元引受人のような形で助けてくれた。


 時間や金に余裕ができたので、念願のスキルだとか魔法を覚えるべきなのかもしれないが、覚えたところで、という後ろ向きな思考に引っ張られてしまい、どうにも気乗りしなかった。

 そんな訳で、家事を済ませた俺の日課は昼寝に素振りや筋トレの基礎的なトレーニングや、冒険者ギルドの資料室で先人の知恵を取り入れることになっていた。……意外とやることあったな。


「あ、いたいた! おーい、レイホ!」


 今日の家事がひと段落したので、家の近くの空き地で翔剣とつるぎの素振りをしていたところ、どこかで聞いた事があるような……ないような声が飛んできた。


「ちょっとラウル! 勝手に走らないで!」


 ああ、思い出した。あの賑やかなパーティ……なんて言ったかは分からないが、メンバーの顔と名前は思い出した。


「ぅおぃっす! 久しぶり! 元気そうで何よりだぜーっと、それよりも聞いたぜ!? 魔窟に行ってきたんだってな! すっげーな! 流石、英雄であるオレが見込んだ男だぜ! どうだ? 今からでも同じパーティでやっていかないか?」


 上げた青の短髪を揺らしながら、煩いぐらい活発な顔で捲し立てて来る言葉の嵐に鼓膜が乱暴に震えた。

 煩いぐらい、じゃなくて煩いな……何の用だ? 勧誘ならお断りだぞ。


「ラウル! 勝手に走らないでって言ったのが聞こえない!?」


 追って来た、薄紫色の髪を後ろで上げている、気の強そうな女はノーラだったか。

 なんだろう。最近一人の時間が増えたから、ノーラの声も煩く感じるな。


「へっ! オレの足は言葉なんかじゃ止めらんねぇぜ! それに、このオレの! 英雄の足跡を辿れば、逸れることは万が一にもないっ! 見ろ! この地面から溢れ出る神々しい光を!」


 ここ数日は雨が降らず、晴れ間も見えた為、地面は乾いているので足跡は残らない。にも関わらず、ラウルは自分の立っていた地面を両手を変な形で差し示しながら「コォォォッ」などと自前の効果音を出している。


「見えるわけないでしょ! ドバカ!」


 一蹴。言葉通り、ラウルの示していた地面を抉るような蹴り。


「ぬわぁにぃ!? 英雄の足跡が見えないノーラの方が残念な頭してんだろぉ!」


「あんたの足跡が一々見えたら、それこそここの終わりよ! 教会にある聖水に頭を浸したって治りやしないわ!」


 教会……そういや、上流区でそれっぽいの見たな。


「二人とも、言い争いは止めようって、何回言えば……あ、レイホさん、お久しぶりです。すみません、いきなり騒がしてしまって」


 横幅のある体躯に、クセのある暗い茶髪の、穏やかそうな男はパオだったな。ただ、パオは愛称で……本名はなんだったっけ?


「お久しぶりです。突然どうしたんですか?」


 三人目にしてようやく話のできる人物が現れたので事情を聞こうとすると、聞き覚えのない少女特有の高い声がパオの後ろから飛んできた。


「あんたが魔界帰りのレイホね! アタシの名はコデマリ。歴史的大魔法使いになる予定よ!」


 ……また変な奴が現れたもんだ。

 俺は半眼でパオに目配せしてから、小さな歴史的大魔法使いに視線を合わせた。


 少女から抱いた第一印象は……小さい。背が。俺と三十センチは差があるんじゃないか? いくつの子なのか分からないけど、間違いなく初対面だ。


 少女の容姿を改めて見ると、薄い桃色の髪は青緑色の大きなリボンに縛られてツーサイドアップにされており、長さは腰の辺りまで伸びている。

 釣りがちな目からは銀色の瞳が真っ直ぐに俺を見据えており、気が強い、とは少し違った……反抗期の子供に対して抱くような扱いにくさを感じる。反抗期の子供を扱ったことないけど。

 服装はリボンよりも薄い青緑色と白のエプロンドレス状の物で、靴は服に合わせたドレスシューズ。


 上流区の屋敷にでも住んでる娘か? 俺のこと魔界帰りなんて呼んでたし、面倒な依頼とか勘弁だぞ。


「はじめまして。レイホです」


 人違いです。と言ったところで、回りの連中に咎められるのがオチだ。


「なんか無愛想ね。けど気にしないわ。ここじゃなんだし、あんたん家に邪魔するわね」


 なんだこの子供?

 コデマリだったかの後ろで成り行きを見守っていた、性格を表したかのような深緑色の内巻き髪の少女——イデアに思わず視線を向けた。


「あっ、あの……こんにちは」


 目線をあちこちに泳がせた後、深々とお辞儀される。

 挨拶を求めたわけじゃないんだが……。


「こんにちは」


 折角の挨拶を無視する理由はない。と、挨拶したところで、イデアの隣りに見慣れない……少年? 少女? が立っている事に気付く。


「あ、レイホさん。そちらの子はローランと言います。最近ラウルが連れて来たんですが、魔法の才能は中々のものなんですよ」


 俺の視線に気付いて説明してくれるのはパオだ。このパーティの気遣いのステータスのほとんどはこの男に集約されている。


「ロ、ローランです。はじめまして……」


 コデマリと同じくらいの背で、声も高め。暗い灰色の髪は分けなければ顔を隠せそうだ。紺色の瞳はつぶらであるが、どこか怯えた節がある。

 青色のクロークを纏い、木製のロッドを手にしているところから、魔法使いなのは予想が付いたけど、才能があるんだな。


「レイホです。はじめまして」


 親しみやすく、なんて器用な真似は出来ないが、心持ち柔らかくて挨拶してみる。すると、さっきのイデアを見習ったのか、ローランも深々とお辞儀をして見せた。


「挨拶は済んだ? なら家に案内してちょうだい」


 相変わらず高飛車な感じだが、挨拶が終わるのを待つくらいの余裕はあるようなので安心した。


「それじゃあ案内も済みましたし、僕らはこれで……」


「あれ? もう行くの? お茶の一杯でも飲んで行けばいいのに」


 この小娘は一体誰の家に行くつもりなんだ?


「お、じゃあ折角だから邪魔するぜ!」


 言い争っていたと思ったら急に話に混ざってくるんだもんな。もしかしたら、聴覚と脳の処理能力が優れているのかもしれない。

 そんなどうでもいいことを考えつつ、望んでもいない来客を自宅へと案内した。


 素人大工で家具を用意したと言っても、数は三人分しかない。来客のことを考えなかったのは俺の性格故だとしても、六人は流石に多い。家に帰る前に雑貨屋へ寄ってコップを買い足す羽目になった。

 ラウルたちは冒険に出なくていいのか?


 家に戻ってから、魔法結晶という、魔力を持たずとも予め込められた魔法を行使できる石を使ってお湯を沸かし、お茶を用意した。


「あら、そんな非効率な物を使わなくても、火ならアタシが出すのに」


 コデマリはお茶を受け取ってから、人差し指を立てて先端をマッチのように灯して見せた。

 せめてお湯を沸かしてる時に言ってくれよ。


「お客人の手を煩わせるわけにはいきませんので」


 それらしい建前が思いついたので適当に垂れ流す。


「ふぅん。そういう気遣いはできるんだ」


 心にもない言葉への反応なので、これといって感じることはない。

 主賓であるコデマリに対し、テーブルを挟んだ位置に座る。ちなみに、一つだけ空くことになっていた椅子には、誰よりも早くラウルが座った。


「それで、どのようなご用件でしょうか?」


「話は簡単よ。アタシをあんたのパーティに入れなさい!」


 簡単過ぎて逆に困るな。帰ってくれ。


「パーティメンバーを募集した覚えはありませんが」


「当然ね。募集しているなんて聞いてないもの」


 面倒くさいな。


「理由をお願いします」


 直球を投げると、コデマリは待ってましたと言わんばかりに薄い胸を張った。


「アタシは歴史に名を残すような大魔法使いになるのよ! なら、偉業を成し遂げたパーティに籍を置くのが当然でしょう?」


 何が当然なのか知らないが、それならラウルのパーティの方が合っているんじゃないか? 未来の英雄に大魔法使い。お似合いだ。


「確かに、俺は魔界から帰って来ましたけど、大した情報は得ていませんし、能力値も低く、今は戦うこともできない状況です。将来に対する展望があり、大魔法使いになれるような才能を持っているのなら、名のあるパーティかユニオンへ加入するべきだと思います」


「嫌」


 珍しく多くを語ったと思いきや、一言で返されてしまった。


「嫌よ」


 二回言われた。子供特有のイヤイヤモードかと思ったが、表情は真剣そのものだ。これは何か事情がありそうだな。


「俺のパーティではないといけない理由が、何かあるんですか?」


「ここ最近の冒険者じゃ、あんたが一番成長していて、能力値以上の活躍をしているって聞いたからよ」


 ……誰だそんなこと言った奴?


「成長していると言っても、元が最弱級ですからね。そろそろ打ち止めになるかもしれませんよ? 冒険者手帳見ますか?」


 言ってから思い出す。ラウルたちと初めて会った時、パーティ加入を断わろうと冒険者手帳を見せて、逆効果となってしまったことを。


「結構よ。あんたが能力値じゃ測れない存在だってのは十分に聞いたから。それより、実際の戦いを見せて欲しいわ」


 冒険者手帳の開示が不要になったことはいいが、状況は更に悪くなった。さっき戦えないって言ったのに、聞いていないのか?


「戦えません」


「あら、どうして? さっきまで鍛練を積んでいたのに?」


 【死の恐怖】があるからなんだが、誰彼構わず言えるようなものでもないし……どう言い訳したものか。


「魔界から帰って来てから調子が悪いんです。今日も、パーティの二人が魔窟に行っている間、俺は留守番です」


「あ、そ。誰しも調子を崩す時期はあるから、問題ないわよ。それより、さっきからアタシを仲間にしたくない口ぶりなのはどういうことなのよ? アタシのような優秀な魔法使いを断る理由が、どこにあるのよ?」


 本当に面倒くさい。

 意図は無いが、なんとなく近くにいたラウルに視線を向ける。


「そういや、コデマリは冒険者なのか?」


 普段の煩い態度はどこへやらだが、助けを求められたと察して質問を投げてくれる。


「まだよ! 冒険者になって自分を成長させるために、今日この町へ来たのよ! ついでに宿も取ってないから、ここに住むつもり。案外広くて助かったわ」


 駆け出し冒険者がいきなり家に住むとは、なんという贅沢者か。っと、反応するのはそこじゃない。


「自分を成長させたいなら、尚更、俺のパーティは適していませんよ」


 なんせ俺が大した目標を持っていないからな。しかし、聞けば聞くほどコデマリはラウルのパーティと相性が良いと思うのだが……。


「ノーラさんは、彼女をパーティに加えようとは思いませんか?」


「ちょっと! アタシを売り飛ばす気!?」


 肩を怒らせて抗議してくるのは無視だ。


「パーティの人数的には問題ないけど、あたしたちの場合、後衛よりも前衛の方が欲しいのよね」


 確かにそうか。パオは運搬者トランスポーターだから非戦闘員として考えると、前衛はラウルしかおらず、後衛が三人。特別な狙いがあるわけでもないなら、仲間にするならバランスの取れる前衛だ。


「レイホみたいに、歳も等級も近い人が活躍すると、あたしたちにとっても良い刺激になるから、戦力の強化はお勧めしたいところだけど……先ずはギルドで能力値や使える魔法について確認したら?」


 ラウルと言い合いしてなければ冷静なんだよな……妙に俺を評価してくるのは気がかりだけども。

 しかし、加入させるかは置いといて、ギルドに行くのは悪くないかもしれない。エリンさんなら俺の事情を知っているし、俺が拒否する時に援護してくれるかもしれない。


「分かりました。ギルドの職員の意見も踏まえて結果を出そうと思います。それでも良いですか?」


「良くないわよ! あんたがアタシを仲間にしたくない理由を教えなさい!」


「……それはギルドで話しますよ」


 どう言ったら簡単に諦めてくれるかな……。

 俺の平穏よ、早く帰って来てくれ。



次回投稿予定は12月22日0時です。

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