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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第九十七話:乾杯

 ネルソンさんへの報告を済ませた頃、アクトだけでなく俺やシオンも空腹を感じたので、食事に出ることにした。

 味は感じないのに、腹はちゃんと減るんだな……。


「ねぇ、二人は何か食べたい物ある?」


 ジャンク屋を出た所でシオンに聞かれ、俺とアクトは顔を見合わせた。


「べつに」

「ないよ」


 適当な店を見つけて、その店の中で選ぼうとか考えていた。シオンがわざわざ聞いてきたということは、何か目当ての食事でもあるのだろうか。

 俺の頭の上の疑問符に気付いたシオンは口角を上げた。


「じゃあさ、酒場にでも行こうよ! 二人とも……あれ? アクトって成人してたっけ?」


「してるよ」


「にゃはは! ごめんごめん、そんなにむってしないでよ! せっかく魔界から帰って来たんだし、お祝いしようよ!」


 酒場か。酒にはそんなに興味ないから行ったことないけど、シオンが飲みたいなら付き合うか。


「俺はべつに構わないけど、アクトは大丈夫なのか?」


「ん、飯が食えればどこだっていいよ」


 予想通りの回答、ありがとうございます。


「じゃあ、しゅっぱーつ! あ、あたい、この町のことよく知らないから、道案内よろしくー!」


 意気揚々と足を踏み出したかと思えば、たった一歩で引き返し、俺の後ろに回り込んで来た。

 土地勘がないのは昨日来たばっかりだから当然だとして、酒場なんて賑やかな場所、シオンは大丈夫なのだろうか? 酔っ払いに変なことを言われる可能性は十分に考えられる。

 軽く背中を押してくるシオンを横目で見る。日が落ちて灯りも少ない場所でフードを被っていられると、近くにいても顔色がよく見えない。けれど、シオンだって俺が懸念していることくらい考えているだろうし、俺が気遣ったところで「大丈夫」と言われるのは目に見えている。


 道案内を頼まれたが、俺もクロッスの酒場事情には疎い。言ってしまえば無知に近い。

 変な所に入って縄張りを侵害しても面倒なことになるので、店の雰囲気を知っているイートンさんの店にやって来た。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


「三人ですけど、入れますか?」


「三名様ですね……あちらの席にどうぞ!」


 温かな灯りと、明るい接客、そして雑多に賑わう店内。いつの間にか空は雲に覆われていたが、テラス席にも人は入っており、厚い雲を晴らさんと高らかに笑っている。

 賑やかさに惑わされたが、席にはまだ空席がちらほら見受けられる。時刻は日後二時になろうとしているところなので、夜はまだそこまで深くはない。これからもっと客が増えてくるかもしれない。と思ったところで、聞き覚えのある……いや、一度聞いたら忘れたくても忘れられない声が三つ。俺の耳に転がり込んで来た。


「今日はぁ、人の入ぃりぃが。わぁりぃなぁ」


まっちん中も、日っが暮れた途端とったんひっと通りが減ったしな!」


「やっぱしあれだべ。みんな幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローがおっがねんだ」


「かぁぁぁ……! そぉんな幽霊みてぇなもぉんにびびって、冒険者がつぅとまるかってんだぁ!」


「んなら、ダルが倒しちまえばいいべよ」


「いぃや、いぃや。オレは物理担当だからよぉ。ホップ、おめぇがやっちまぇやぁ!」


「なっんでこっちに回ってくんだっ! 幽霊がこっわいなら、教会きょっかいにでも逃げ込んだらいい!」


「ははは! ダルが教会に行ったら、逆に除霊されちまうべさ!」


「おぉう!? チーホー、言ってぇくれんなぁ!」


 あの三人はいつも通りだな。と妙な安心感を覚えつつ注文を決める。


「……何が何やらって感じだな」


 数多く並んでいる酒のメニューを見ても見覚えのある名前は……エールとかラガーにワインくらいか。

 結構色んな種類があるんだな。ハニーって付いているのはハチミツが混ぜてあるんだろうし、ピーチュは桃みたいな果物だったか。


「悩んでるなら、あたいと同じのにする? シトロンエールっていうの、酸味はあるけどすっきりしてて飲みやすいよ」


「じゃあ、それで」


「アクト、食べ物ばっか見てないでお酒も選びなよ」


「同じのでいいよ」


 興味深そうに料理のメニューを見ているアクトは、容姿も相まって、とてもじゃないが成人しているように見えない。けれど、本人が成人していると言うなら成人なのだ。


 飲み物はシオン、食べ物はアクト、注文を完全に人任せにしてしまったし、話題でも振るか。


「シオンは酒好きなのか?」


 なんの捻りもない質問。捻ればいいってもんでもないけど、これからどこまで広げられるかな......。


「好きって言えるほど飲んでいるわけじゃないけどね。まぁ嫌いじゃないのは間違いないよ」


 大量に飲むことが好きと言える条件ではないと思うけどな。


「さっきのシトロン、だったか? あれは果物の名前?」


「そうそう。薄いオレンジ色で小ぶりなの」


 両手の指を重ねて輪を作って見せてくれる。大きさは……蜜柑くらいか。酸味があってすっきりすると言っていたし、柑橘系の果物と考えておけばよいだろうか。


「アクトは食べたことあるか?」


「あるよ。皮ごと食べられるから、楽でいい」


 厨房の方から視線を動かさないな、こいつ。

 今頃イートンさんが、あの筋肉隆々の腕を振るって料理しているのだろうが、厨房には他に店員はいるか? 空きがあるとはいえ、これだけ賑わっていると一人じゃ回らないよな。

 おっと、店の心配している場合じゃない。話を続けさせないと……。そう考えた時、丁度よく三つの木製のグラスを持った店員がやって来た。


「お待たせしました! シトロンエールです!」


 運ばれてきたグラスを覗き込むと……泡でどんな色してるか分からないな。


「はーい、乾杯!」


 どんな飲み物だろうかと様子見していると、シオンがグラスをぶつけて来た。


「乾杯」


「……乾杯」


 テンションの低い男共を置き去りにしてシオンが酒を煽った。

 俺も口を付けてみると、酸味と苦味で顔をしかめたと思った直後、喉や鼻を爽やかな香りが抜けて行った。


「ぷはっ! 久しぶりに飲んだけど、やっぱこれ好きだなー。二人はどう?」


「良いんじゃないか?」


「おれはあんまり……」


 ご機嫌な問いかけにも相変わらずの調子で答える。

 今日みたいな暑くも寒くもない日より、日差しの強い日だとか湿度の高い日に飲んだら、もっと良さが分かるかもしれないな。


「そっかぁ。アクト、別のにする? 無理して飲んでもつまんないでしょ」


「いや、大丈夫。飯が来たら一緒に入れる」


「ふふ~ん……」


「なに?」


「いやぁ、アクトが強がってるのってなんかいいなぁって思って」


「なにそれ?」


 朗らかに笑むシオンと眉根を寄せるアクト。相性は合わないかもしれないが、仲は心配いらなそうだな。

 二人のおしゃべりを聞き流しながら、何の気なしに周囲へ視線を向けるとダルと視線が合った。

 あっ、これ絡まれるやつか?

 少しだけ身構えてしまうが、意外や意外。ダルは手にしていたグラスを少しだけ上に掲げて見せると、仲間との話に戻った。


「レイホ、どうかした? 料理来たよ」


 アクトに袖を掴まれて視線を戻すと、テーブルの上にはいつの間にか料理で埋め尽くされていた。


「頼みすぎじゃないか?」


「おれが食べるから大丈夫だよ」


 それならいいんだが、食べ残しなんかしたらイートンさんの鉄拳が飛んで来るだろうから頼むぞ。


「明日はどうするの?」


 明日か……ギルドに行って昇級やら報酬やらの話しをして、アルヴィンにも報告しに行って……って、聞きたいのはそういうことじゃないか。


「とりあえず、冒険者を辞めるかどうかは保留にしておくよ」


 冒険者登録していてもべつに誰かに迷惑かけるわけじゃないしな。固定給が支払われるわけでもないし、戦えない俺の代わりに人員を手配する手間も無い。エリンさんにも初めの説明で、登録しておく分には特にデメリットは無いようなことを言っていた気がする。っていうのは結論を先延ばしにしたい自分に言い聞かせる言い訳だ。


「しばらく戦うのは控えたいけど、町の中でもやることはあるしな。金が入ったから、ちゃんとした部屋なり家を借りて、三人が生活できるように整える必要がある。ネルソンさんが気になる事をいくつか言っていたから調べ物もしたい」


 それらしい言い訳をする時はよく動く口だ。


「……ん。なら、いいけど……」


 うん? 言いたいことを言わないなんて、アクトにしては珍しいな。でも、なんとなく言えば良い言葉に検討は付く。


「このまま隠居するつもりはないさ。知識を得ることだって戦いだ。元々、戦闘力は二人任せなんだから、俺は別の方向から力を付けていくよ」


「……ん」


 声の抑揚も表情も変化はないように見えたが、なんとなく喜びが滲み出ているような気がした。


「住む所ってどんな所にするの? 三人一緒に住むんだよね!?」


 三杯目のシトロンエールを注文し終えたシオンが会話に混ざって来た。こっちは見なくても分かるくらい喜んでいるな。


「料金と要相談だけど、シオンは俺たちと一緒がいいのか? 場合によっては三人それぞれ部屋を借りることもあるけど」


「んー。せっかくだから一緒がいいなぁ。ひとつ屋根の下、仲間と共同生活。いいなぁ」


 酒の回りが早いのか、元々あった願望なのか定かではないが、勝手に想像を膨らませている。


「おれも一緒がいいな。一人だと色々と失くしそうだし」


 それは俺も心配だった。家賃の払い忘れとか頻発しそうだから、できるだけ俺が管理しようとは思っていた。


「分かった。三人で暮らせるような場所を探すけど、家にばかり金は掛けられないから、約束はできないぞ」


「りょーかい」


「ん、任せるよ」


 俺の希望は一人の時間を確保できる空間があることなんだが……わざわざ言う必要もないか。

 魔界からの帰還を祝して行われた俺にとって初めての酒盛りは、賑わうわけではないが、大人しくなり過ぎず、適度な会話を織り交ぜての気楽な時間となった。

 店を出た後に気付いたことだが、地上に戻って来てから初めて料理の味を楽しむことができた。



参考までに。

現在のシオンの能力値。()内は銅等級星五の推奨値。

載せるタイミングを失くしたのでここで失礼します。


体力:354(460)

魔力:108(100)

技力:51(80)

筋力:40(50)

敏捷:54(50)

技巧:29(40)

器用:48(55)

知力:47(44)

精神力:88(130)


アビリティ

 属性耐性・雷、精神虚弱性・小、襲撃者の心得、大物食い、単独行動

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