01
舗装されていない道を歩き、土手に差し掛かり橋の近くを通った時、橋の下から視線を感じた。
何かがいた? しかし、そこを見ても何もいない。気になった僕は土手を下り、視線を感じた方へと向かう。
「これ……は……?」
そこには古びた祠が鎮座していた。聞いた事がある……昔からこの川には神様がいて、この村の守り神になっていると。
恐らくこの祠は、その神様を祀っているものだろう。僕は何の気なしにその祠に手を合わせ、祠に付いた苔などを取り除いた。
「まぁ、まだ時間もあるし」
さして綺麗好きという訳ではないが、気になる部分を持っていたハンカチで綺麗に磨いた。
「あ……!」
その時突然、突風が吹き荒れた。その衝撃で持っていたハンカチが飛ばされ、川に落ち流されてしまった。
「大事なハンカチが……」
小さい頃から愛用していた思い入れのあるハンカチだったのにと気落ちしながら、仕方なしに土手の上へと上がろうとした時――――
また視線を感じ、川向うの土手を見やると、そこには一人の女性が佇んでいた。
すると、再び突風が吹き荒れ思わず目を瞑る。次に目を開けた時には、人影などなくまるで端から誰もいなかったようにしんとしていた。
『気のせい……か?』
そう自分を納得させ、土手を上がり通学を再開した。
僕の通う学校は中高一貫校で、山の中腹を切り開き作られたものである。つい最近になり新校舎が建てられ、その裏手に木造の旧校舎がある。
新しく建てられたと言うだけあり、わざわざ隣町から来る生徒も大勢いる。僕と妹と母は、僕の卒業に合わせてこの村に越してきたのだが、入試に間に合わずどうしようかと悩んでいた時、たまたま母が高校生の時に担任だった先生が現在校長をしているのと、後輩が先生をしているという事で、特例として僕の入試を認めてくれた。
こうして僕と妹は、晴れて学校生活を送れている。
学校までの道のりである山道に差し掛かる頃には、登校してくる生徒がまばらに現れ始めていた。
山道は綺麗に舗装され、アスファルトで固められており、安全に登れるようになっている。とは言え、なかなかの坂道で長く少しでも道を外れると、生い茂る木々達で覆われている。
狸や鹿が現れるなんてざらにある……唯一の救いは、熊の目撃例が無い事か。
まだ春だと言うのに、額に汗を滲ませながらせかせかと山道を上がっていると、不意に背中に衝撃が走った。
「おっはよー望! 朝から精が出ますなー!」
背中を擦りながら振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた小麦肌の少女がいた。
「痛た……おはよう、薫ちゃん。出てるのは精じゃなくて汗だけどね」
「誰が上手い事を言えと」
背中をバシバシ叩かれる。本気で叩いてるよこの子……。
「あと、薫"ちゃん"って呼ぶなって何度言ったら分かるのさ」
「でも、僕にとっては今も昔も薫ちゃんは薫ちゃんだよ」
柊 薫子……薫ちゃんとは、僕達が引っ越す前に住んでいた所からの友達で、所謂幼馴染みと言うやつだ。でも、小学校に上がる前に親の急な転勤で薫ちゃんは引っ越してしまった。
でもまさか、こんなところで再会するとは夢にも思わなかった。薫ちゃんは元々病弱で、遊ぶと言っても家の中でお絵描きやおままごとばかりだったと言うのに、再会して驚き……まるで別人のようになっていた。
今では、病弱だった頃とは大違いで元気いっぱい……部活の助っ人をやったりもしているらしい。よく元気に走り回っている。
「むー……ボクは昔とは違うんだよ? それを一番よく知ってるのは望でしょ?」
ぷくーっと頬を膨らませる薫ちゃん。
「そうだけど、僕の中では薫ちゃんは薫ちゃんのままだよ」
そう言うと、薫ちゃんは諦めたように肩を落とし、やれやれと両手を広げる。
「わかったよ……今更変えられても気持ち悪いだけだしね」
苦笑を浮かべて、僕と肩を並べて歩き始める薫ちゃん。そして、山道を上り切りようやく学校へと着いた。
「相変わらず汗一つかかないね薫ちゃんは」
「そりゃあ、場数が違うからね」
自慢げに胸を張る薫ちゃんは、チャームポイントのポニーテールを揺らしながらそそくさと校舎に入っていった。後を追うように額の汗を拭いながら僕も校舎へと向かった。