僥倖
23
女々しいとは思いながらも、涼真は一度夏帆のアパートに手紙を出した。
元気にしているか、いつでも顔を見せに来い、という趣旨の内容で大したことは書けなかった。
本当に大切なことは顔を見て話したかった。それが無理だとしても願わずにはいられなかった。
夏帆からも2度、当たり障りのない手紙が来た。それは彼女が生きている証であり、自分にとって貴重なものだった。
夏帆の手紙の中に可愛らしい御守りが入っていた。それをいつまでも変わらずに財布に忍ばせていることに、自分の未練がましさを感じてはいるものの、手放すことはできなかった。
そうこうしているうちに涼真は院を卒業し、会社員として医療品機器の設計開発に携わっていた。
忙しい毎日が続いてはいたが、会社設立日で休めることになり自分のことに時間を使っていたのだがーー。
「嘘だろ…」
声にならない声が出た。
目の前の光景はあまりに現実離れしていた。
目を爛々と輝かせ、顔中から汗をダラダラと流した、誰が見ても正気でない男が小柄な老婦人にナイフを突きつけ、郵便局に駆け込んできた。
涼真は咄嗟に男の視線を辿る。
郵便局の外側には警察と思しき人が2人いた。しかし男の強硬に驚愕し、中に入るのを躊躇っている様に見えた。
「ここに一歩でも入ってみろぉ!!!こいつを消してやる!!!!!!」
小さな郵便局に不釣り合いなけたたましい叫び声を上げると、腕の中の老婦人は一層顔を青くする。
涼真は男に刺激を与えない様に、目線だけで局内を見回す。老婦人と男を除くと、ここにいるのは僅か9人。
誰もが状況をのみこめていず、ただ呆然と静止していた。
涼真もその中の1人だったが、パニックになるどころかやたらと頭が冴えるのを感じていた。
ふいに過去の記憶が蘇った。
東京で震度6弱の地震が起こったとき、高層ビル内にいたため、遊園地のアトラクションかと思うほど建物が揺れた。
顔を真っ青にして近くの人に縋る人、大きい声を出し泣き出す人、オロオロして右往左往する人、十人十色の反応だが、涼真はそんな中自分でも笑えるくらい冷静だった。
何が自分をそうさせるかは分からないが、そういう性分なのだ。この揺れが何秒で収まるのだろうかと腕時計をちらっと見た後、窓近くにいる人を落下物が少ない廊下へ誘導した。
自分にとっての危機体験を思い出しながら、これが最大の危機かもな、と現在に意識を戻す。
とにかく今は捕らえられている老婦人の心身が心配だ。
そんなことを考えてる間にも、男はブツブツと早口で独り言を言っている。
既に外には警官がいるため、警察にこの事件をどうやって知らせるかと考える必要はなくなった。あとは相手をいかに刺激しないかだが、興奮した男がどういう行動をとるかは皆目検討もつかない。
男の意識が郵便局員に移った。
「何とかして出よう、出よう。ど、どこからどうやって逃げれば良い。う、裏口はどこだ??!教えないと殺すぞっっ!」
呂律が回らない男がナイフを振り回し、それに呼応して悲鳴が上がり場内が騒然となった。
一瞬郵便局強盗かと思ったが、男が金を出せと要求する素振りはない。
単純に逃げてくれるならば、はいどうぞ、と言いたいところだが、男の腕の中で震えている老婦人のことを考えるとそうもいかない気持ちになる。
男に問いかけられた局員の女性は震えながらも男を事務室内に入れるようにした。
相手の気を逆立てないようにする、という暗黙の了解が場を支配していた。
誰もが人形のように固まっていた。
男が消えてくれることを待ちわびながら。
男の姿が見えなくなり、ホッとしたのも束の間、耳をつんざくような雄叫びが聞こえた。
あからさまに先ほどより興奮した男は周りの物を蹴散らしながら、こちらに戻ってくるではないか。
「ふざけんなっっっ!!!サツが後ろにもいるじゃんかよぉ〜〜〜!ーーお前らのせいか??!お前らのせいだな?!!!」
青ざめた大人たちが身を縮まらせたとき、子供の泣き声が聞こえた。目を向けると、母親に寄り添っていた5歳ほどの年齢の男の子が、震えながらお漏らしをしてしまっていた。
「うっっせんだよ!ガキが!!!汚ねえなぁ〜ありえねぇよ!!!」と男の激昂が子どもに向けられた。
母親は男の子の口を塞ぎ、抱き抱え、床に頭をつかんばかりに謝っている。
涼真は思わず母子の前に立つ。
「あ?なんだ、お前…文句あんのか?」
男の目は血走って相変わらずギラギラしている。
「いえ……あの、大丈夫ですか?すごい汗ですよ。自分、買ったばかりの水を持ってるんで良かったらどうぞ」
出来るだけ平静を装い、男に話しかける。
こんな男に正論を言っても逆上させるだけだ。男の意識を子ども以外に持っていきたかった。
男は一瞬戸惑いを見せたのものの、こちらが驚くほど乱暴に、涼真の手からペットボトルをひったくった。
水が男の喉を通る音だけが不自然に響いた。
凄い勢いでペットボトルが空になり、床に転がった。
静寂が周りを満たしたとき、機械的な音がそれを破った。
静まり返った局内に電話の音が鳴り響く。
男は忌々しそうにそちらを眺めた。
局員の男性が電話の目の前で石のように固まっている。
「お前、出ろ!」
思いがけず男から局員の男性に指示があった。
予想に反した言葉に手を震わせ、上擦った声で男性が受話器を取った。
「は、はい。こちら日野郵便局です」
局員の男は一瞬息を呑み、相手の話を聞いている。その瞳には明らかな怯えが見える。
男に向かって瞳を合わせずに話しかける。
「け、警察の方からです。あなたと話がしたいと言っています…」
苛立った様子の男はその場を動かずに言い放った。
「おかしなことをして見ろ!皆殺しにしてやる!!!」
その叫び声は受話器の先の相手にも届いたようだ。
「……わ、悪いようにはしない…ただ、あなたとお話がしたいと…あなたの要求を聞きたいと言っております」
「サツが全員あの世にいかないと、俺はここから出ない!!!逮捕されるときは殺してやる!!!」と怒り狂ったように叫ぶ。
全く理性的でないその様子に涼真はゴクリと唾をのむ。
男は狭い局内をウロウロウロウロと落ち着かない。老婦人はもはや気力もなく、引きずられながらの移動を余儀なくされていた。
「こ、この状況をお伝えしてもよろしいでしょうか……」
蚊の鳴くような声で受話器を握りしめた男性が話しかけるが、男の気迫に負け、「すみません!お伝えすることはできません!!!」と言って電話を切ってしまった。
「何なんだょ、何だっていうんだょ。お前ら、みんなスパイか?銃を隠し持ってたりするんじゃないだろうな!!!」
男がナイフで床を示す。
「ここに1箇所に集まれ!!!少しでも変な動きしたやつはやるぞ!」
男の言うことはいよいよ怪しくなってきた。
啜り哭く声が横で聞こえる。
とにかくここはこの場をやり過ごすしか選択肢はなさそうだ。
「バッグはおいてこい、何も持ってくるんじゃねーぞ。何か隠してたら刺してやるからな」
男の言う通り1箇所に集まるが、狭い局内で更に息詰まる思いがした。
「……」今にも倒れそうな老婦人を見て、思わず声が漏れた。
「あの…すみません。発言してもよろしいでしょうか」
男の貫くような視線がまた涼真を捉えた。
「なんだ、お前は何を言ってるんだ。勝手に喋っていいなんて言ってない。ふざけてるのかっ?!」
そんな視線を受け止めて、出来るだけ相手に誠実に聞こえるように話した。
「はい、ですからあなたが許可してくれれば私は話します。嫌なら気にしないで下さい、もう話しませんから」
「はぁ?一体何を言ってるんだ」
男は物凄い勢いで涼真に飛び付き、ナイフを向けた。
ここで涼真は口を噤んだ。
男が畳み掛けるように叫ぶ。
「一体何なんだ!!!」
涼真の顔に男の唾が飛んだ。
それを合図としたように涼真は口を開く。
「この郵便局にこの人数は多すぎるとは思いませんか?…いざという時、この人数がここにいたら逃げるのの邪魔になります。ですから提案です。聞いていただかなくても結構ですが」
落ち着け、考えろ。
そんな声が自分の内部から湧き上がってきた。
あくまでも相手がこの状況を選んでる、と思わせなければいけない。
「俺は逃げられる逃げられるんだ。お前達を盾にして、逃げられるんだ」
「はい。ですから、盾はこんなには必要ないのでは、と言っております。これでは却ってあなたは逃げられなくなってしまう。
例えば警察が前方から来ても、これじゃあ後方に逃げるのは難しくないですか?明らかに人が邪魔です」
男は相変わらずブツブツ言っているが、話を聞いてるらしいことはその様子から分かる。
「不必要な者は捨てるのです。お年寄りや子供は体力もなく、それどころか却ってあなたの気分を害します。先ほどのように。
今あなたが手をかけている婦人も、体力の限界でしょう。そうなれば、あなたは担いででも逃げなければならない。もしくは最悪ショックで死なれたりしたら、人質の意味を成しません」
「そんなことは無駄でしょう」
周りの目が痛い。敢えて気にしない素振りで話を続ける。
「それに、人質は少なくなった方が目が行き届きます。あなたがスパイを疑ってるとしたら、尚更手元には大勢置かない方が良い」
相手の幻想を敢えて逆手に取れないかと、一か八かの賭けだった。
肝を冷やすような時間が続いた。
が、男は急に老婦人をすごい勢いで床に振り払った。
反射的に身体が動き、涼真は婦人が床に身体をぶつけるのを防いだ。
「そうまで言うならお前がこのポジションだ!逃げるときはせいぜい俺の盾になれよ?」
その台詞を吐き捨てたと同時に、男は跪いていた涼真のお腹に思い切り蹴りを入れた。
「…っ」
苦痛に顔を歪めるも、涼真はこの程度で済んだことに安心していた。
男は涼真の思うがままになった。
これで女子供を逃すことができるだろうか。
胸の振動が煩わしかった。
24
少し離れた場所は報道関係者と野次馬でごった返し、騒々しいことこの上ない。
女性リポーターの鼻に付く甲高い声が聞こえてきた。
「現場からです。本日午後2時ごろ薬物所持の疑いで職務質問を受けていた男が逃走し、日野市の郵便局に立てこもるという事件が起きました。男は逃走する際に、近くを歩いていた女性にナイフを突きつけ、郵便局内に逃げたという目撃情報があり、局内にいる人たちの安否の確認が急がれます。
現在、警察による…」
現場の目の前には警察官があちこちに配備され、中の様子を伺っているところだった。
「どうなってんだよ…」
警視庁の村島の唖然としたような声が響く。
「さっきは交渉する余地すらないって言ってたよな?なんで人質がぞろぞろ出て来てんだ。あれで全員か?」
「いえ、防犯カメラの映像によると、今の時間郵便局にいるのは郵便局員も含め11名のはずです。まだ6名しか出てきておりません」
部下の小山内がすかさず答える。
「とにかく、話を聞くぞ。警察署に行って悠長に聞いてる時間はねぇ!とりあえずバンの中へ全員集めろ」
「はいっ」
小山内の隣にいた警察官も即座に人質に向かって駆け出した。
村島はその後を追うようにして大型のバンタイプの警察車両に向かって行く。
それとほぼ同時刻にリポーターの女に紙が渡される。
「……今、新たな情報が入りました!人質となっていた子供も含めた男女6名が無事に出てきて、警察に保護されたということです!!繰り返します、人質と…」
一層騒がしくなる場を横目に渋い顔をした村島は呟いた。
「助かってくれよ…」
25
「すみません、こんなことをして…」
囁くような声で涼真は年輩の郵便局員に頭を下げた。
男から命令され、残った人達の手足を布製の粘着テープでぐるぐる巻きにするのは、苦痛以外の何ものでもなかった。
男がナイフを自分の背中に突きつけているのを感じ、エアコンが効いてる局内だというのに冷や汗が出た。
最後に涼真の番になり、男が震える手で乱暴に涼真の手足をキツく縛った。男の状態は来た時よりも悪くなっている気がする。
目の焦点が合っていない。
結局男は4人の人質を残して、あとは逃すことを選択した。残ったのは局内のことを熟知した総務主任の男と若手女性局員の女、そして60代前半くらいの男性と涼真の4人だ。
他の者は無事に外へ抜け出せ、今頃警察に保護されているだろう。
彼らを脱出させたことで事態が好転するよう願う。
自分だったらとうに自首しているだろう。
それをしない男の気持ちは理解し難かった。
もちろん、理解できる相手ならこんなことは起こさないのだろうが…。
苛だたしそうに忙しなく動く男が、一体何を待っているのか何を望んでるのか全く分からないだけに怖い。
ここに篭れば助かるとでも思っているとしたら、よっぽどめでたい頭としか言いようがない。
自暴自棄になって皆殺しという状況だけは何としても避けたい。それ以外なら男の言うことは何でも聞く気負いだった。
突然この場には不釣り合いな陽気な音楽が鳴り響いた。
男はこちらにナイフを向けたまま携帯のディスプレイを一瞥すると、通話に応じた。
相手はどうやら男にとってごく親しい相手であるようだ。
「俺は何も悪くないんだ、助けてくれよ〜」と携帯に向かって懇願している。
すると男の表情は俄かに赤らみ、うんうん頷いた後、なぜか窓口のところまで飛び、机を踏みつけて事務室の奥へと消えた。
会話を聞かれたくなかったのだろうか。
ナイフから解放されほっとするが、足まで固定されていて立つこともままならない。
男がいないのをいいことに、なんとか動けないかもぞもぞしてみる。
今突入してくれれば俺たちの命は助かるな、なんて呑気なことを思いながら、涼真が外に目を向けるとーー
今まさに自動ドアの音を立て、武装した集団が雪崩のように入り込んできた。
日本の警察は突入まで時間がかかると批判されているため、涼真はあともう少し待たないと動きはないと思っていた。
それだけに気分が高揚するのを感じた。
ーーそれからはあっという間だった。
音に気付いた男が慌てて戻ろうとするも、人質は既に出口付近で守られており、男は一瞬で武装した隊に囲まれ、銃口を向けられていた。
その時のなんとも言えない、間が抜けた表情には「お疲れ様」と言いそうになる程だった。
26
男にかかってきた電話はやはり警察が仕組んだものらしい。男の恋人を使って別の場所に男を誘導したおかげで、涼真たちは無事、警察に保護された。
涼真は家族に電話するように署内で促され、親に電話した後、夕貴にも電話した。
父親はあれだけのニュースにも関わらずテレビをつけなかったようで、涼真からの電話を訝しがった。
「俺だよ」涼真は疲れた様子で話す。
「…うちには俺と言う名前の人はおりません」
生真面目な父の声に緊張もほぐれ笑えてくる。
「涼真だってば、親父、テレビ見てないのかよ?」
「テレビに出るような有名人は知りません。失礼します」
「待っーー」
切りやがった。姉貴といい親父といいどうしてこうも気が早いのか…。
九死に一生を得た息子の気持ちも知らずに。
…まぁ、オレオレ詐偽にあうよりは良いか、と気を取り直して今度は夕貴にかける。
父とは真逆の反応が返ってきた。
「おっ!ゆーめーじん!!どうよ?気分は?」
「…心配してくれてありがとう。俺は元気だよ」
夕貴の言葉を敢えて無視して噛み合わないことを述べる。
「西島さんみたいに回し蹴りとかしちゃえば良かったのに。どーせ何もできなかったんでしょ?」
あれはドラマの中の話だろ…という心の声が聞こえる。
「姉貴、覚えてる?小さい頃俺、姉貴にガムテープでぐるぐる巻きにされたこと」
「そんなことあったかなぁ〜〜?」
とぼけた夕貴の声が聞こえた。
「あの時編み出した、ガムテープを破る方法、隙をみてたんだけど試せなくて残念だぜ」
悔しまぎれに言ってみる、が半ば嘘ではない。
必要ならば手を自由にして危機から脱しようと考えてはいたのだ。
ーー本当にできていたかどうかは別として。
「こーゆう万一の時のことも考えて、涼真を鍛えていたあたしは偉すぎる。良い姉を持つと幸せね〜」
「はい、そーですねー」棒読みになった。
「あんた、頑張ったから良いニュースを教えてやろうと思ったけど、やっぱいいわ」
どうせろくなニュースではないだろう。
しかし父や姉と話したことで日常の感覚が戻ってきた気がする。
「また今度教えてくれ。じゃあな」と切る。
27
散々な1日だったな…。
事件が解決したというのに事情聴取ですぐには帰れなかった。
お腹が空いていたのでコンビニで夜食を買う。財布を広げたところ夏帆の御守りが自己主張しているように感じた。
「ほら、守ってあげたでしょう?」
そんなメルヘンチックな想像に自分で驚き、涼真は笑いを噛み殺した。
重い足取りで家路を行く。
線路脇の道から逸れ、薄暗い路地に出てアパートにある階段を上がるとーー
ドアの前にしゃがんでいた女性がすごい勢いで立ち上がった。
それはーーー
夏帆だった。
あまりに予期していなかった出来事に頭がついていかない。けれど夏帆の方もまん丸に見開いた目をこちらに向けたまま、息をのんでいた。
3年越しの夏帆はちっとも変わっていない。
瞬時に涼真の想いが過去に遡り、心が震えるのを感じた。
ずっと会いたかった夏帆にはもう2度と会えないだろうと諦めていたのにーー。
言葉がかけられない涼真に夏帆は慌てたように言う。
「…っ、あ、私、夏です!!覚えてるかな??
ニュ、ニュースを見て、涼真くんが事件に巻き込まれたって知って…居ても立ってもいられなくなって…」
それを聞いた涼真は、目の眩むような思いがした。
はやる鼓動が耳に煩い。
「…現場に行って見たんだけど、人が多すぎて、全然分からなくって…。ニュースでは、解決したって言ってても、涼真くんの顔を見ないと不安で…」
考えるより先に身体が動いた。
過去に手加減していたことが嘘のように、涼真はキツく夏帆を抱きしめた。
ビクッとした夏帆だが、退く様子はない。
息苦しさを感じるほど夏帆が恋しかった。
なんて言ったら良いのか分からず、夏帆をただ抱きしめる。
少しの間があき、躊躇いながらもおずおずとした夏帆の腕が自分の腰に回った。
それはまるで奇跡のようで、ますます言葉を失う。
「…いなくなっちゃ、やだょ…」
初めて夏帆が心から自分に甘える声だった。
心が動き、ようやく言葉が出た。
「俺はどこにも行かないよ」
深い溜息と「…無事で良かった…」と言う声が涼真の胸の中から聞こえた。
夏帆は涙声だ。
「本当はずっと……会いたかった」
華奢な手が涼真のシャツをギュウっと握る。
「俺、言っただろ?いつでも顔見せに来いって…」
「大ちゃんのことがあったから、冷静になれなくて……涼真くんのこともどう考えたら良いか分からなかったの…。
それに…また頼るだけの自分には戻りたくなかった。しっかりしなくちゃと思った。
…やっと前を向いて自分の足で歩けるようになったの…これだけのことにこんなに時間がかかっちゃった」
夏帆が顔を上げると、2人の視線が絡み合った。
「会いに来るには時間が経ち過ぎていて…涼真くんは私のことなんて忘れてるからと自分の気持ちから逃げてた」
夏帆の瞳は真剣で揺るぎない。
「でも、今日のことで分かったの…。
今更だけど……私は涼真くんのことが好き。ほんと…今更だけど」
照れて顔を下に向けた夏帆を涼真は信じられない思いで見つめる。
これ以上ないくらい近くにいるのに、もっと距離を縮めたくなる。
「今更じゃ、ない。」
えっと顔を上げる夏帆に口付ける。
周りは静かで虫の音も聞こえない。
言葉を紡ごうと顔を離すと、わずかな明かりに照らされた夏帆の頰が紅く染まるのが見られた。
「俺の方がずっと好きだ。3年前も、そして今も。」
予想外だったのだろうか、驚いた表情の夏帆に笑えてくる。
可愛くて愛おしくて目が離せない。
夏帆のおでこにキスをして、頰にキスをする。
触れるたびに夏帆が小さく身体を震わす。
夏帆は先ほどとは違う吐息をもらし、潤んだ瞳で恥ずかしそうに涼真を見つめた。
「一緒にいよう?」
涼真の声は思いがけず緊張したものになった。
その途端、夏帆がふにゃっと笑い、幸せそうにうんっと頷く。
あぁーー出逢ったときに見た、花が咲き誇るような笑顔だ。
心地よい秋風が2人を包むように通り過ぎていった。
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
今回初めて小説を書きました。そのため分からないことだらけで、読んでくださった方々に不快な思いをさせていないかと不安です。
もしよろしければ、この作品に関して忌憚のないご意見をいただけたら、嬉しく思います。
またこうした形で皆様と関わり合えますように!