青年
金色の髪に青い目。西洋人を思わせるような、そんな見た目。美少年...というと何か違うが、整った顔立ちをしている。向こうは俺に気付いていないのだろうか。手元の本に見入っているようにしか見えない。
声をかけるべきなんだろうか。いや、でも相手の邪魔をするわけにもいかないだろう。何より初対面だ。体裁を自ら悪くする必要もない。
なんとなく気まずいような雰囲気をはねのけ、そのまま前を通り過ぎようとする。まぁ、あまりいい対応ではないのは十も承知だが。
<*** ****** **>
「え...」
何かが聞こえた。そう、何か。音、声。いや、言葉。三節で区切られている...ような響き。
振り返る前に、背中に熱を感じた。背を焼き上げるような熱さ。
全身の毛が逆立ち、一瞬の出来事に肌の毛一本一本がその危険性に反応していた。
(何かが…来る!)
危険を感じた人間は、とっさに通常時以上のパフォーマンスをしめす。オレの体は熱源の視認、解析、そして回避をその0.1秒という間に行おうとしていた。
右斜め後ろを振り向く。視覚情報を右目だけに絞り、体は熱源からの距離を少しでも広げるために、前に大きく飛び上がる。
右目に写るは、赤…オレンジの球体。例えるなら…太陽。小さな太陽。
その様子に驚いている暇はない。そのまま太陽の進行方向を直感的に計算。直撃回避のために、進入角度に平行になるように背中を曲げて……
「アッツー‼︎ あっつ‼」
「ま、当たりますよね」
「当たりますよね...じゃねーよ!殺す気か!」
青年はそのままやってきて、オレの背中をマジマジと見始めた。
「服は焼けてない。服の下は...やけどなし。その他外傷も見られず...っと。肌は少し赤くなっているが、炎球によるものかは要検証。」
ちらちらと見ては、持っていた本に何かを書き込んでいる。
「はい。じゃあ、私の質問に答えてください。」
「あ...はい...」
「まず、この数秒の間に何かを感じましたか?」
「なんか...あの...赤い球?みたいなものが飛んできて、背中にあたって...」
「じゃなくて、痛いとか熱いとかそういうやつは?」
「あぁ...熱かったですねぇ。」
ん?なんでオレは素直に答えてるんだ?たぶん...攻撃されたはず。しかも今質問攻めにしてるやつに。
「はい...わかりました...」
また、何かを書き込んでいる。一体、何をしてるんだ?(だいたいはわかるけど)
「では、質問をつづけ...」
「ちょっと待てよ!」
金髪の少年はゆっくりと顔をこちらに向けた。
「なんですか?データは新鮮さが命。続けますよ。」
「えっ...あ...はい...」
言い返せなかった。というより、かき消された。こういうタイプは、何を言ってもどうせ聞かないんだ。
「では、身体スキャンをしま...」
「しません!」
その声と共に、奥から今度は女が出てきた。見た感じ青年より年は上。もしかしたら、オレよりも上かもしれない。茶髪で黒い目の女性。上とはいっても、せいぜい二歳か三歳程度だろう。
「これ以上、お客さんを困らせないの!スーちゃんのそういうところ、ダメだよ!」
「はいはい。ファミルトン先輩は自分の研究があったでしょう。こんなところで何してるんですか。」
「せっかく新しい子が来たんだから、顔ぐらい見に来たっていいじゃん。あと、ファミ姉って呼んでよ!」
「あなたは、まったくいくつなんですか。幼稚な方ですね。」
助かった。よくわからないが、あの女性が来たことで、どうやらこれ以上いじくられることはなさそうだ。なんか、これ以上やられると人体解剖と化されそうで...
そんなこんなを考えていると、上階からシグとグリモがワイワイと騒ぎながら降りてきた。
「お前ら、そんなとこで何やってんだ。あ...て、もう顔合わせてんのね。そいつは好都合。自己紹介の時間も省けたってもんだろ。」
「まだ自己紹介してませんよ、教授。」
「では、私から。スペード=トランプ。17歳。よろしくお願いします。」
だからこの青年はスーちゃんって呼ばれてたのか。スーちゃん...スーちゃんか。
頭の中でスーちゃんと思い出すたびに、なんだか笑いが込み上げてくる。
「コラ!人前ではもっと愛想よくしなさいって、言ってるでしょ!スーちゃんはホントにぶっきらぼうなんだから。あ、私はパプテマム・ファミルトン。クロ・マギノ学園の二年生。22歳。たぶん私の方が年上でしょ?だから、私の事はファミ姉って呼んでね。ここ、シグ教授の研究所で研究生してまーす!よろしくね!」
うん、オレの苦手なタイプだ。
「おい!オマエも早く挨拶しろ!テメェの口は何のためについてんだ!」
グリモの叱咤に背中を蹴飛ばされながら、オレは口を開いた。
「初めまして...です。えっと、オレの名前は......名前は......」
口が開いたまま閉じない。のどに詰まった言葉は、自ら出ることを拒んでいる。腹の中の言葉に自ら手を入れて引き出そうとするも、姿を隠して出てこようとしない。ただ、代わりに別の言葉が出てきた。
「オレの名前は...クロ」