長き挑戦
串に刺さった魚が、炎に当てられている。安っぽい魚。ロクに味がなさそうで、せめて塩ぐらい欲しい。
友達がいなかったわけではない。いや、そのはずだ。学校で話すだけの人は、友達なのだろうか。友達ではないと言ってしまうと、俺には小中高で友達がいなかったことになってしまう。親友がいたかとなると、なおさら難問だ。だからなのか、キャンプに行くとか、海に行くとか、そんなレジャーをしたことはない。新鮮だ。やけに不味そうな魚も、少し美味しそうに見えるのは幻覚だろうか。
なんとなく焼けた気がして、串を火からあげる。生魚は体に悪い。そう聞いたことがあるから、まずは一口かじってみる。
血の匂いはしない。生っぽく湿ってもない。まぁ、案の定不味ということは顔に出さないでおこう。
無言の空気は嫌いじゃない。一人でいる時は。日常的に、二人以上でいることが少ないから、こんな時に異様な気まずさを感じる。二人ではなく、一人と一冊だけど。
「なぁ」
気まずさを脱するために、一言を叩き出す。
「お、食い終わったか?」
「いや、これから。」
「んじゃ、早くしろ。」
会話終了。話している時間すら勿体無いと言うのだろうか。
もの寂しい口に、焼けた魚を押し込み、腹を満たす。俺が食べている間、グリモは動きもしなかった。本がひとりでに動くことが、本来おかしいのだ。慣れてしまった今からすれば、違和感も感じなくなっている。むしろ、動いていない時の方に違和感を感じる。
「食い終わったぞ。」
フワリと浮き上がる本。本に死ぬと言う概念があるとは思わないが、動き出したことに少しホッとした。
「そうか。んじゃ、行くか。」
「どこに?」
「どっかだよ。」
ついてこいと言わんばかりに、眼前をフワフワと飛ぶ本。追従するように歩く俺。
行く先ぐらい教えてくれてもいいのではないか。先の見えない展開に、今にも心折れそうなのに。飛ぶ、燃やすときて、いずれは『死ね』と言われるんじゃないか。壮大な詐欺に巻き込まれているのでは。夢なのでは。
人間の想像力の豊かさを、初めて呪った。想像を巡らせれば巡らせただけ、負の結果が見えてくる。だが、想像を止められない。マイナスの堂々巡りを繰り返す俺の頭には、たどり着いた目的地なんて見えていなかった。
「着いたぞ。ここだ。」
なんとなく目線を上げる。
静かな湖畔。周りを森林に囲まれた穏やかな風景。煙をモクモクと上げるレンガ建ての家。おとぎ話にでも出てくるかのように透き通った世界がそこにはあった。気のせいか、家の大きさが異様に小さいことだけが気がかりだった。
「どこ…なんだ…」
湖畔の周りの芝の手入れ具合。立ち上る煙。誰かが今でも住んでいる。必然的に答えが出た。
「誰か住んでるのか?」
「居なきゃ、来ねーよ」
グリモはいつもそっけない。だが、どうせ聞いても答えが出ないと知りながら質問する俺も、なかなかめんどくさい存在なのだろう。軽くあしらわれることも理解できる。
「見とけ」
ゆっくりと開く扉。
ゴンッ…
鈍い音が、おとぎ話の世界に響き渡る。
「クソ!!もう年季か?ローン払い終わってねーのに!」
家の中から聞こえる罵声。
「ジルめ!こんな不良物件つかませやがって!!ゼッテーぶっ殺す!!」
あぁ…のどかな風景が台無しじゃないか。それにしても、何にキレてるのだろうか。
「相変わらず短気だなァ!」
家の方に向かって叫ぶグリモ。
「うるせェ!待ってろ! クソ…動け!!」
ゴゴゴ…
「な、なんだ?」
地面が揺れ始める。地震。震度5もあろうかというほどの強い揺れ。うまく立って居られなくなり、尻餅をつく。
「情けねェな。これくらいならしっかり立てよ。」
立とうと思っても立てない。原因は揺れ…だけではない。驚きのあまり、全身に力が入らなかった。
ぐんぐんと持ち上がる地面。高くなる視界。何が起きているのかわからない。あっという間に周りの木々を抜き去り、雲にも届かんという高さで止まった。
「そこの湖を見てみろ。おもしれーぞ。」
驚きのせいで腰が抜け、ハイハイで近づく。
湖の中には水がある。水だけがあった。当たり前のことだと思うだろう。でも、水しかない。底がない。水を通して、眼下の地面が見える。それも、はるか遠くに。
「おもしれーだろ。これが、こいつのすごさだ。」
家の扉の前の地面がパッカリと割れ、そこから背の高い人が出てきた。
「もう、このまんまでいいよなぁ。ダルいし。政府に怒られてももういいだろ。」
ブツブツと呟く男は、そのままこちらに向かってくる。近づいてくるほど、より高く見える。190はあるんじゃないか。
「久しぶりだな、シグ。まだ成長期なのかよ。」
「うるせェ、グリモ!てめぇはちっちぇまんまだな!」
「俺が成長してどうするよ。それよか…ほれ。連れてきたぞ。」
「ん?」
シグと呼ばれた男が目を下ろす。子羊のように縮こまった俺。
「あ…どうも…」
まるでチリを見るかのような、目つき。鋭く、冷たい。
「ふーん。っで、モノは?」
「そうだった。ほらよ。」
グリモの光るページから表れた…大量の…歌舞伎揚。一つ二つ三つとどんどん流れ出る。流れる水のように出てくる歌舞伎揚の袋。結局何袋出たのかわからない。とにかく、沢山。
「いやぁ…こんなに持ってきてくれたのは予想外だった。ありがとう。こんだけあれば、あとお二人は受け持ってやれるレベルだよ!」
「んじゃ、その二人分をこいつに入れてくれ。」
「なんだ?そんなにこいつにご執心なのか?なんかあんのか?」
「いや。特に何もない。でもうまくいけば、おもしれーことになんだろ。」
「そいつは間違いねぇ」
何を二人で話しているのかわからない。多分、俺のことなのだろう…多分… 次はこの男の元で何かするのだろうか。残り11日。その残りを、この男の元で費やすのか。
グリモがこっちを向く
「オイ、こっからはシグのところに居候するぞ。ざっと10日。残りのタイムリミットがそんなもんだったよな。その時間の全てをここで過ごしてもらう。もちろん、ここにいる男、シグがお前の魔法講師だ。よかったな。こいつは現役のクロ・マギノ学園講師だ。」
「非常勤のな!」
釘をさすように飛び込んでくる一声。鋭い声に、威圧的な目。それがこちらを向く。
「お前だな。うちの学校に入学したいのは。見た感じ、純人か。」
手を持ち上げたり、身体中をベタベタ触ったり、ジロジロと見回したり、気持ち悪いぐらいに見てくる。
「魔力の素質はなし。身長は平均の少し下。体重は至って健康。体格は平均。筋力も平均の。足の筋力だけ、平均を越しているな。当たり前だが、魔力を伝えにくい体質。総合評価D。入学できる可能性…3%もあればいいとこだろ。」
「3パーセント!?」
3%しかないのか。そこまで少ないなんて…
グリモはそれを聞いて、ウンウンと頷いている(ような気がする)。
「なんだ?驚いてるのか?どちらかというと、驚きたいのはこっちの方なんだが。」
「そうだぜ。純人で3%もあれば高い方だ。一般的な受験者は、合格率1%もないんだからな。一人一人に平均的に受かる率は、単純計算で2%。だが、1000人中、半数以上は受かるして受かったような存在。要するに天才ってこと。そして、残りの半数の席を49500人で取り合うっていう縮図だ。これで、1%。さらに、毎年会場まで行かなければわからない、試験内容。色々考慮しての1%以下よ。」
そう言われると、想像以上の高評価を受けている気がして嬉しい。
「まぁ、ここまで底上げしてるのはグリモなんだけどな。」
やっぱりか…
グリモとシグ。古い知り合いなのか、会話のペースがあっている。1人でも辛いのに二度辛い。いや、ダルい!
「ともかくだ。こっからの10日は、オレが面倒を見るらしい。できればやりたくねぇが、断れる状況でもなさそうだ。渋々だが…よろしくな。好きなものは、歌舞伎揚と焼酎。嫌いなことは面倒なこと。将来の夢は、不動産屋でお金持ち。シグだ。ま、キツイとだけ言っておこう。」
「よ、よろしくお願いします…」
グリモが頼む人なのだから、よっぽどなんだろう。そうだ。そうに違いない。そうであってくれ。
どうにも胡散臭そうな男の背中を見つめながら、その思いを消せないでいる俺。もう、受かる受からないの前に、明日の命が一番心配だった。