表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒魔術学校学戦生活  作者: オニオンスープナイト
4/52

新世界

 風。それが一番始めに感じたものだった。風といっても、突風。生きている龍の様に吹き荒れる風が、肌を切り裂いていく。

 

「起きろ!お前には寝てる暇はねーぞ!」


 聞きなれた声で目を開ける。目に入ったのは、しなびた緑。ところどころハゲて見える岩肌。


 上体を起こして、周りの環境に目をやる。


 驚愕。唖然。そんな言葉で片付けられたら、どれほど良かっただろうか。感情が傷つくのを恐れて、殻にこもる。初めてだった。何も感じないのは。


 断崖絶壁。そびえ立つ岩の上。下が見えない。白く淡い雲。眼下に広がる世界は、白一色だった。


「まぁ、驚かない様にしとけ。これでも序の口だからな。二週間が経ったら、お前もこの岩なんてチワワに見えてくるだろうよ。」


 イマイチ何を言われているのかわからないが、何よりも、今この状況を教えて欲しい。


「そ、それより…ここ…どこだよ!」


「ん?ここか。この岩を降りたら、教えてやるよ。ってか、いずれわかるから。」


 もったいぶっているのか、全然教えてくれる感じがしない。


 うちの家の近くじゃないことは当たり前だ。こんな摩天楼みたいな岩、見たことがない。日本でもなさそうだ。それより、どうやってここに来たかを疑うべきなのだろう。そこまで考えが回っていない程だったのだ。


「降りる!?降りるてなんだよ!!こ…こ…こんな…こんな高いところから、どうやって降りろって言うんだよ!!」


「ハァ?んなもん、自分で考えろ!」


 突き放す様な言葉に、絶望に陥る。


「一日。今日1日が制限時間だ。天井の日が落ち、月が上るまで。それ以上はゆっくりしてられねぇぞ。」


 グリモは、そのまま開いた自身を閉じた。


 自体が理解できず、もう一度眼下の世界を覗き込む。


 あいも変わらない白一色。そり立つ岩肌に沿って登りくる強風。


 寒気ではなく、純粋な身震い。体は小刻みに震え、鳥肌がどころか、体の毛の一本一本を全て感じられるほどになっていた。


 崖まであと一歩のところから先に進めない。進めないでは語弊がある。進もうとする力より、後退する力の方が強くなっている。足は前に出たくても、心が体を下げる。


 岩の上には何もない。ロープになりそうなツタ。パラシュート。飛行機。ありとあらゆる降りるための手段を想像するも、そんなものがあるわけもなく、ましてやあったところで使い方のかもわからない。想像したところで、出てくるわけもないのに、想像力だけが頭を駆け巡った。


 想像は非常に楽だった。考えるだけで時間は過ぎ、考えているそぶりもできる。実際、この絶壁を手で降りようなんて思う奴は、根っからのアホか、命知らずのバカだけだ。そう考えて、なんの行動も起こそうとしない自分を正当化し続けることに、何時間も無駄にした。


 始めは明るかった空も次第に暗くなり、高さのせいか、急激な寒さに体力も思考も奪われて行く。


 恐怖の鳥肌は寒さにも反応を示し、体力の低下を危惧した体は、思考の幅を狭めて行く。もう何も考えられない。考えている余裕がない。何かを考えてていたら、その前に倒れてしまいそうだ。


 ずっと考えていたことだが、グリモに助けを求めることはどうだろうか。発想としては正解なのだろうが、

「自分で考えろ」

 の一言が邪魔をする。


 太陽は消え去り、それを追う様に上る月。微かな暖かさも消え、極寒の夜が訪れる。


 寒い…


 寒いと言う文字だけが、頭の中を泳ぎまわる。この寒さの中で、何かを考える方が無理だ。そう感じる自分がいたのかいなかったのかもわからない。


 火…


 それは、急な出来事だった。どこで繋がったのかはわからない。寒いと思っていたからなのか。それとも、ただあの日を思いだしていたのか。


 頭の中に、あの時見た火柱が浮かび上がる。


 火… 炎… 火柱…


『火』の一文字が、まるで連想ゲームの様に広がって行く。


 そして、たどり着いた。


「魔法」


 縮こまった体を奮い立たせ、無造作に捨て置かれた本へと歩み寄る。


「どうした?ギブアップか?」


 体を起こし、スルリと嫌味を吐く一冊の本。


「降りるぞ!ここから!」


 なんで、自分からこんな強気な言葉が出たのかわからない。だが、自信はあった。


「ど、どうした。気持ち悪いぞ。」


 別に、頭が冴えているわけではない。むしろ、頭の中はカチコチに氷付いてる。だからこそ、無神経な行動が取れた。


 グリモを掴み取り、右手で背を力強く握る。


「お…お…おい!気でも狂ったか?」


「こんなご主人様を選んだお前の運の尽きよ!」


 下手をしたら死ぬかもしれない。他の人が見ればバカだと思うだろう。


 そうさ。俺はバカだ!


「行くぞ!グリモ!」


 思い切って、断崖絶壁から飛び降りる。


「死ぬ気か!バカか!」


「俺、やっぱバカだわ!『燃えろ』で燃えるんだ。なら、『飛べ』で飛ぶだろ!」


「そんな安直な考えで、この崖から飛んだのか!」


「何秒後に地面につくかはわかんねーが、お前も壊れたくなかったら力を貸せ!」


 これが正解である確率は、俺の頭の中では1%もない。でも、これ以外思いつかなかった。だったら、この答えは俺の中での100%だ。


「強く念じろよ!」


 グリモが一言添える。


「終始、正解かどうかは言ってくれないんだな。」


 空気抵抗がヒドイ。まぁ、こんなところから飛び降りたことはないからな。死んだら死んだか。


 頭の中ではそう考えているのに、全然死ぬ気がしない。むしろ、本当に飛べる気がする。


 頭の中を

「飛べ」

 の一色で塗りつぶす。他の雑念を捨て、この一言に集中する。


 飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ………


 体はピクリともしない。


 飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ………


 まだ、何も起きない。


 薄眼を開ける。体は雲を通り越し、目の中に緑と茶色が入り込んでくる。


 飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ………


 まだ体がついてこない。


 緑の色が、より鮮明に映り込む。もう距離はない。


「意志の力だ。強い意志の力を持て。」


 あと、300メートルぐらいだろうか。重力の加速で、あと10秒もないだろう。次で決まる。


 拳に力を入れ、全神経を次の一言にかける。顔面に刺さる様に当たる風を、はねのけん一喝。


 今だ!


「飛べェェェェ!!!!!!!!」


 体が何かに引き上げられる。グワリと持ち上がり、空気抵抗がなくなる。


 まさかと思い目を開けると、俺の体は地面になかった。


「飛んでる!」


「バカ!意識を乱すな!」


 俺を支えていた力が消える。


「ヤベッ!」


 ドン!


 目の前が真っ暗になった。






 俺は死んだのだろうか。


 遠い意識の中、ただそれを感じていた。1分ぐらいかな。でも、それぐらいの長さ空中を落ちていたんだ。それで、頭を打って………体は血の海に放り出されたと思うのが普通だろう。


「バーカ!死んでねぇよ!」


 エ!?




 重いまぶたを開ける。


 目の中に入り込む光。眩しさを感じて、また目を閉じた。


「寝てんじゃねぇ!」


「イテッ!何にすんだ…ッて…あれ?」


 目の前には何度も見た本。下を向くと、見慣れた手、足、体。


 生きている。俺は、生きている。


「乱雑な方法だったが、悪くなかったぜ!あんな発想、そうそう思い付くもんじゃねーよ。第一関門突破だな!」


 それを聞いて、急に気が抜けた。生きていることが、ここまで嬉しいと感じたことはない。


「ごめん、ちょっと…ギブ…」


 意識の底に沈みゆく体。


 これ以上ない程疲れた1日だった。これからは、それが毎日続くのか… 正直、前途無謀だな…


 寝る間も惜しんでやると言っていたグリモも、今の俺を止めようとはしなかった。


 鍛錬に使える時間は、あと13日。この短い時間で、全てが決まる。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ