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黒魔術学校学戦生活  作者: オニオンスープナイト
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到来

 あれから5日が経った。男はあれ以降、一度も来ていない。迎えをよこすとも言っていたが、その迎えとやらも来ていない。


 あの日から、色々考えた。最初の頃は、信じられないという疑惑と、期待が混同していた。自分の知らない世界と触れ合うことができる。その喜びが強かった。しかし、日が経つとともに、そんな考えも消えていく。2日、3日と経つにつれ、<あの男が言ったことは本当だったのか。嘘じゃないのか。実は、あの男との出会いは、俺自身が作った幻想だったのではないか>と思い始めた。疑念は頭の中でとぐろを巻き、学校に行くことはおろか、食事をとることすら忘れていた。


 朝起きて、頭にこびりついた疑念と意味のない問答を繰り返す日々。5日目にもなると、疑念はあきらめへと変わり、全て嘘だったと思う方が強くなっていた。


「やめよう、考え続けるのは。あれは夢だったんだ。自分が作り出した妄想だったんだ。ほら。他の人には火柱なんて見えていなかったじゃないか。全て妄想だった。ありもしない幻想だ。この世に、魔法なんてものはない。ありえない。目に見えているものだけが現実。見えてないものは嘘。そうだ。そうだ…」


 声に出してみると、想像以上に納得できた。それ以上に辛い気持ちになったから、もう口にはしないことにした。


 明日からは学校に行こう。そして、いつも通りの日常に戻ろう。時間はかかるだろうが、いずれ忘れられる。


 腹の虫が音をあげた。考え事だけで腹いっぱいだったが、落ち着けば腹は減る。


 そうだ。これが現実。日常。本当。


 考える前に、足が玄関の方へ向き、扉を抜け出す。最短のコンビニまで10秒。適当におにぎりとお茶を手に取り、ガラガラのレジに運び込む。ピピッと音を立て、バーコードを通ったものと引き換えに金を出す。袋を手に下げ、安心の我が家へと向かう。その時間、約2分。


 玄関をまた通り、袋を投げ捨てておにぎりを貪り食う。喉に詰まりそうになって、お茶で流し込む。


 あの日以来、初めて生きた心地がした。食べ物が喉を通る感触。液体をグビグビと流す心地。これが現実。なぜか嬉しくなった。


 腹が満たされると、体を床に投げ出した。


 生きている。生きているんだ。


 ただ、そのことが嬉しかった。そう思うだけで、心に翼が生えたような気がした。


 ふと、横を見る。乱雑に置かれた大学の資料に紛れて、一冊の見覚えのない本が目に止まった。


 こんなものあっただろうか。


 その本を手に取る。見たことのない象形文字。いや、見たことはある。確か…あれは…


 思い出せない。ここ最近見たもののはずだ。でも、思い出せない。


「はぁ。ダメだねぇ。この程度の言語も読めねーのかよ。こいつぁ、どうしようもねぇや。」


「え!?」


 思わず本を投げ飛ばしてしまった。


 喋った。本が喋ったのだ。


「イテェな〜、オイ!もっと大事にあつかえよな!」


「な…な、なんで!なんで、本が喋ってんだよ!!!」


「そんなにヘンか!?あーあ…なんでこいつのお守り役になったかなぁ。男だし。素人だし。ついてねぇ!」


 本がベラベラと喋っている。驚きのあまり、体が固まって動かない。


「おい!そろそろシャキッとしろ!そんなんじゃ、入学後、驚きの連続で爆発するぞ!」


「え、爆発!?」


 爆発って…


「だめだコリャ。お前、入学すらできねぇな。これだから純人はよぉ。」


「純人?純人ってなんだよ?」


「お前たち、無力な人間のことだよ!魔法使い様方の努力も知らずに、のうのうと生きてるアホどもの事さ!」


 まだ、本が喋っているという現状に体がついてこない。夢なのか。はたまた現実なのか。さっきまで、あの男との出会いを夢だと思っていた俺は、この事実も夢なのではないかと思っていた。


「シャッキとしろ!」


 本がひとりでに飛んでくる。


「イテッ!」


 本の体当たりを食らって、俺は床に倒された。そして気づく。これは、夢じゃない。


 体当たりの感触が顔に残る。そして、この痛み。平手打ちを食らったような痛み。これは、まぎれもない現実だ。


「おい… お前は、本物なのか?」


「喋る本が、そんなに珍しいかよ!」


 力強い声。間違いなく、人が発する声に近い。これは、現実なのかもしれない。


「そろそろ現実を理解しやがれ!入学したいんだろ?クロ・マギノに。」


 その一言で目が覚めた。


 そうだった。俺はクロ・マギノ学園に入りたい。正義のヒーローになりたい。


「ま、無理だろうけどな!」


 衝撃の返答に驚いた。入れないとはどういう事か。


「な…なな…なんでだよ。お前、俺の入学のために来たんだろ?それが…なんで無理なんだよ!」


 予想外のことに、俺の声は震えていた。


「ンなもん、当たり前だろ!だってお前、純人じゃん!魔法使いじゃねぇじゃん!魔法使えんの?」


「純人だと何がいけねぇんだよ!」


「お前…なーんにもしらねぇのな。いいか、クロ・マギノ学園は、それこそ名門の魔法学校だ。しかも、唯一、黒魔術を教える許可を得た学校。一級魔法の多い、黒魔法を取り扱う学園となれば、受験するやつらも一級ばかり。毎年、応募は5万といて、合格者はたったの1000人。その1000の中に、純人のお前が入る余地なんて、ミジンコ1匹分もねぇーよ!」


 嘘だろ… そんな…


 確かに、クロ・マギノ学園に入る明確な理由はなかった。でも、学園に入ることで何かが変わる気がした。それに期待していた。なのに、そんなことを聞かされたらどうしようもないじゃないか。どうしろって言うんだ。魔法を使える人達五万人の中に、魔法も使えない俺が入る余地なんてない。100人ぐらいならまだどうにかなったかもしれない。でも、五万人。それに、50倍。そんなの…無理じゃないか!


「まぁ、そう暗い顔をするな。」


 俺のことを察してか、本が声色を明るくして話し出す。


「あの人もヒデェもんだぜ!魔法を使えない奴に、一流魔法学校に入らないかなんてよ。なんか思惑があるのか、ないのか。まぁ、でもこの俺様を送ったってことは、まんざら冗談でお前を誘ったわけではなさそうだな。」


 本が、俺の前に飛んでくる。そして、パラパラとページをめくり始めた。


「幸運だったな。俺なんて、そうそうお目にかかれるもんでもなけりゃ、一人前の魔法使いでも持てねぇ代物だぞぉ。」


 めくられ続けるページは、本のちょうど真ん中でピタリと止まった。


 見開きに渡って魔法陣が描かれている。


「本当に、決意は変わんねーのか?先に言っとくが、魔法使いになったら、死ぬぞ。」


「し…死ぬってどう言うことだよ!」


 死という言葉が出て来て、体全体の鳥肌が立つ。汗が、滝のように流れ出る。心臓が地震かのように揺れる。


「生半可な決意でなるなってことだ。」


 生半可な決意。確かに、俺の思いはそんなもの。正直、今の小学生の作文でも、もっとましなことに変えろと怒られるレベルだろう。やっぱり、やめるべきなのか。


「おい、少年。」


 本がまた話し始める。今度は、鋭い声で。


「俺はこれでも長いこと生きて来たんだ。運命を変える選択は何度もして来た。そして、わかったことは一つ。迷うぐらいならやれ。とりあえず、やるしかねぇ。やって違ったら、やめればいい。でも、それはやらなきゃわからないことだろ?巡り会ったチャンスなんだから、不意にするなよ。」


 迷うぐらいならやれ…か。後悔の念は捨てたはずだ。でも、心のどこかでいつも悔やんでいた。いや、悔やんでいたのかもしれない。自分には、助けの声が聞こえても、助けることはできない。決めつけていただけなのかもしれない。もしかしたら、助けられたかもしれない。そう思いたくなかったから、後悔の気持ちを捨てていた。


 死ぬかもしれないんだぞ。


 心の叫びが聞こえる。別に、悪魔の囁きではない。心も、どうにか自分を守ろうと必死なんだ。俺の心は、ちゃんと俺のために動いていた。自分が傷つかないように、後悔の念を消すことを決断してくれていた。


 でも、後悔したくない。


 ただ、これも心の声なんだ。今までの自分から飛び立とうとする、心の声。今までの心のあり方を受け入れ、それでも前に進もうという声。


 本当に、それでいいのか?


 それでいい。


 悔いは…後悔はないんだな?


「後悔はない!!!」


「そうか。なら、ここに手を当てろ。」


 右手を魔法陣の上に重ねる。


「ちょっと痛むぞ。」


 手のひらに、針が刺さる感触がした。ジワリと流れ落ちる血。その血が魔法陣を染め上げ、白い光を放つ。


 光はどんどんと大きくなり、目の中に飛び込んで来た。眩しさのあまり、左手で目を覆う。


 すると、光はどんどんと小さくなり、次第に消えていった。


「手。離していいぞ。」


 右手を離す。手のひらから血が出ていたはずなのに、傷口はなく、傷跡もない。すると、右手の甲に何かの印が浮かび上がって来た。絵のようにも見えるし、文字のようにも見える。


「あと…いつまで俺の顔面を、地面に擦り付けさせるつもりだ!」


 いかつい声が、怒鳴りつけてくる。だが、気のせいか、声が片方から聞こえてくる。さっきは、本全体から聞こえて来たのに。


 本を閉じる。本自体はさっきと少しも変わっていない。


 すると、本の表紙から目と口が開いた。


「うわ!」


 思わず、本を投げ捨てる。


「アホか!本は大切にしろって習ったろ!!」


 どうやら、今の口から声が出ているようだ。


 恐る恐る、その本を拾いに行く。


 本を拾い上げ、もう一度表紙を見る。


 確かにある。大きな一つ目に口。だが、それしかない。


「もう、投げんなよ。次投げたら、お前の顔を挟んでやる!」


 口が動くと同時に、言葉も聞こえる。目はパチパチと瞬きを続け、こちらを見ている。


「おまえ、生きてるのか?」


 何をバカみたいなことを聞いてるのか。自分でもそう思ってしまう。でも、本が目で見、口で喋る。信じられない光景のあまり、思わず聞いてしまった。


「生きてるさ!当たり前だろ!」


 威勢良く発せられた声に、体はビクついている。


「俺は、第一級禁書にして、現存する最後の書物生命体。名前をフルネームでいうと長いから、『グリモ』って呼んでくれ。お前は、今俺と契約した。ということで、これからよろしく頼むぜ、ご主人様よぉ!」

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