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6 告白するんじゃないの?

(恋!)

 ビンゴは口をパクパクさせて驚く。


「恋なのか!」

 思ったことがそのままに出てきた。

 サニは神妙な面持ちで、「ええ、恋ですね」と答える。


「そうかぁ……、恋かぁ……」

 ビンゴはベッドに倒れるように寝そべる。


「ど、どうしよう。天井の模様がどれもハートマークに見えてきた」

「保健室の先生、呼ぼうか?」

「ごめんそれは大丈夫」

 早口で答える。手を胸に当てると、早鐘を打っているのがよく感じ取れた。


(な、なんだ? 胸が暖かいこの感じ。まどろみにも似た快感……)

 はっ、として飛び起きた。


「恋ってすごいぞ」

「へぇ」

 さも興味ありません、という感じの声だ。しかし、口元はニヨニヨとゆるんでいる。


「バカバカしいくらいに気持ちがいい」

 真剣な口調で言った。嘘偽りのない本音だ。


 サニは思わず吹き出しかけて口を手で押さえるが、どうしても笑い声が漏れる。しかも、ビンゴの顔を見る度に吹き出した。片手で口を押さえ、もう片方は笑いすぎて痛む脇腹を押さえる。

 さすがに笑いすぎだ、とビンゴがむっとした。


「なにがおかしいか!」

「ぷっ、なにもかもだよ……!」

 その時、カーテンが、シャッ、と勢いよく開く。


「静かに! 寝ないんだったら、早く戻りなさい。昼休みももうすぐ終わりますよ! いいですか?」


 二人が、はい、と返事をすると、カーテンが勢いよく閉じた。ワンテンポ遅れでサニは笑いが立ち込めてくる。ビンゴもつられて笑ってしまい、結局また怒られた。


「笑いすぎたのは謝るよ。ごめんね。でも、反応がまるで初めて恋をしたみたいだったから」

「そうだよ。初めてだよ」


 乱暴に答え、ベッドから足を下ろす。足で上靴を探したが見つからない。

「二次元二次元言ってるオタクが普通の恋をしたんだもんね? 初めてでもおかしくないよ」

 サニがくすくすと笑って、上靴をビンゴの履きやすい位置に持ってくる。


「普通の恋って何なんだろ?」

 上靴を履きながらぽつりとつぶやいた。

 サニは大きな発見をしたみたいに目を輝かせて、ビンゴをまじまじと見る。

「恋に普通なんてないよ。ビンゴは大人になったんだねぇ!」

 サニはどこか嬉しそうだった。


「なんだよそれ。あと、あっち向いてて。シャツ仕舞うから」

 ビンゴがはみ出したシャツをズボンに仕舞い込んでいる間、サニはまだ体温の残る布団を片付けながらしみじみとつぶやく。

「今年一年分は笑った気がする」


「あと一週間で今年も終わりだけどな」

 カーテン越しに突っ込みを入れた。年末鉄板のネタだった。

 今日は十二月二十三日だ。来年まで一週間と十二時間くらい。


「そうだねぇ。あれ? 恋をしたとして、そのあとどうするの?」

 ベルトをカチャカチャと締める音が鳴り止む。

 不自然な静けさにサニが小首をかしげた。


「サニ、普通は恋をしたらどうするんだ?」

「告白するんじゃないの?」

 カーテンが開く。サニがその方を見ると、焦った様子のビンゴがいた。


「し、失恋した……」

 今にも砂になりそうな立ち姿だ。

「急にどうしたの?」

「だ、だって」


 ビンゴはサニに不安を打ち明けた。普段は行かない秋葉原の、特殊な深夜イベントの時に出会った、名前も知らない女の子なんて、常識的に考えて特定は不可能だ。サニが、まあまあ、となだめすかしてきたため、思わず「東京は千三〇〇万人いるんだぞ……!」とビンゴ自身も意味の分からない怒鳴り方をした。ちなみに、ビンゴと同い年くらいの女子の人口は東京都で二十五万人ほどである。


 ビンゴは前髪をいじり、顔が見えるように前髪を耳にかけた。

「それにさ、俺ってこんな見た目。しかもオタク、なんだよね」

 どう見ても女の子の顔だ。ぱっちり二重で黒々とした瞳、化粧一つしていないのに朱が差した頬、美を描く頬の輪郭がクラスの女子より可愛らしい。凛々しさではサニ、美人さではトーノ、可愛らしさではビンゴが一位だろう。


「いいじゃん、かわいいよ?」

 素朴な声を漏らし、ビンゴがげんなりする。

「俺は可愛くなくていい。格好良くなりたいの!」


 サニが苦笑いすると、保健室にまた生徒が一人やってきた。

「あっ佐仁川さんこんなところで何してるんですかぁ!」

 保健室だと言うのに大きな声で話しかけたのは、トーノと呼ばれた背の高い女子生徒だ。


「もしかして具合でも悪いんですか!? た、たいへん!」

 あからさまにあたふたする。

「だ、大丈夫だから。静かにしよう?」

 毎度こうして苦労するのはサニだ。


「では、なぜなんです?」

 サニとビンゴを見比べて、当たり障りのないような聞き方をした。

 質問にサニは首を横に振る。

「ううん、お見舞い」


 話の間に挟まれたビンゴは半笑いの棒立ちで、どちらの言葉にも相槌を打った。トーノはビンゴに興味深そうな眼差しを向ける。ビンゴは見られれば見られるほど、何の意味もない相槌を打った。

「えっと……、この方はお知り合いですか?」


(俺はそんなに影が薄い存在だったのか……)

 穏やかな高校生活だと思っていたが、こうも忘れられているとそれはそれで傷つく。


 サニがくつくつと笑った。

「前髪を上げたままだよ」

「えっ」

 いつもその顔を隠していた髪は耳に掛けられたいた。あわてて元に戻す。


「ちょっ、この人、今朝の人じゃないですか!?」

 素っ頓狂な声を漏らしてビンゴを指差す。

 薄笑いを浮かべて手を上げたら、ハッとした顔をして手を打った。


「実は女の子だったんですか!?」

「俺は男だよ!」

 信じられないらしく、じっとり舐めるように四肢を観察する。


「さ、佐仁川さん、本当ですか?」

 コクコクと返事すると、トーノは驚きつつも事実を受け入れる。

「では普通にお見舞いでしたか。佐仁川さんって責任感があるんですね!」


 尊敬の眼差しをサニに送る。

(おいおい、それってまるで俺がお荷物みたいじゃねーか)

「ありがと」


 当事者なのに会話にまるで入れなかった。前髪をいじって下を向くと、サニが隣に立って背中をポンと押す。

「ちゃんとお礼言いな? 保健室に運んでくれたのトーノなんだ」


 軽く押されただけだが、変に力の入った棒立ちだったので半歩ぶん前に出た。顔を上げると、清涼感のある笑みを返してくる。ビンゴより背が高いとは言え、同い年の女の子に保健室まで運ばれたと思うと恥ずかしさで紅潮した。


「ボク、けっこう力持ちなんですよっ」

 フォローのつもりだったのだろう。気を使われたことに却って傷ついた。

「う、すいませんっした……」


 自分の靴が見えるほど、深々とお辞儀した。トーノの上靴が視界に入り、肩をポンと叩かれる。

「謝らなくていいです。気を失うのは別に君のせいじゃないですし、ビンゴくんはミジンコレベルで軽かったですから!」


「俺そんなに軽くないよ!」

 過剰なフォローでビンゴのプライドはズタボロだ。

「いいのいいの、謝らせておけば。寝不足で失神したんだよ」


 笑いの種にされた。顔をしかめてサニからそっぽを向く。保健室の先生がうるさそうにビンゴたちを見た。

「あ、いいこと思いついた」

 振り向くとサニがルンルン気分で二人を交互に見る。トーノの手を取った。


「トーノ、明日は暇?」

「はい暇です!」

 即答だった。


「じゃあビンゴを男にしてあげて?」

「えっ」

 すかさずトーノを見る。トーノは恥ずかしそうに顔を伏せた。


「街に出ればいろいろあると思うし」

「いろいろですか……」

 トーノの顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「た、たしかに顔は好みですけど……。ボクは佐仁川さん一筋ですから!!」

 ビシっと言い返した。

(何を言ってるんだサニは。それにこの顔が好みなのかよ、大丈夫かこの女)

「でも、佐仁川さんの頼みとあらば……」


 手をワキワキ動かしてビンゴににじり寄る。

 後ずさりすると、ちょうど膝裏がベッドに当たった。これ以上は下がれないのに寄ってくるものだから、ベッドに腰をかける形になる。トーノはビンゴの股下に膝を置いて、ほとんどゼロ距離で綺麗な顔を向けてきた。夏休みに食べたブルーハワイの香りがする。押し返してもビクともしない。トーノがシャツに手をかける。ビンゴは、ゴクリ、と生唾を飲んだ。


 その時、サニがあわてて二人を引き離す。

「だ、だめ……!」

 トーノがぴょんと跳んで、サニにウインクした。

「じょーだんです。でも、ボクの覚悟は本物ですよ?」


 焦ったサニの姿を見るのは初めてだった。意外と押しの強い人に弱いのかもしれない。例えばトーノみたいな。

 一方ビンゴは手玉に取られっぱなしである。と言っても、トーノに対してはこれと言った気持ちにはならなかった。ホッと胸をなでおろしつつ、トーノという女が一筋縄ではいかない存在だと考え直す。

「それで? このビンゴくんを男にする、ですか。まずはそのオタクっぽい感じをなくさないといけませんね」


「オ、オタクじゃないし」

 学校ではオタクであることは隠しているのだ。

「脱オタしないとダメです☆」

 いい返す言葉はなかった。逃げるようにそっぽを向く。あんまりはしゃぎ過ぎたのか、保健室の先生からの視線が痛かった。三人は保健室を後にする。


「では、明日は買い物に付き合ってあげます」

 廊下は暗がりで涼しかった。それと同じくらいトーノはクールな物言いをする。

「ありがと、トーノちゃんっ」


 サニが、ひしっ、とトーノの腕をつかむ。

「はわわわわっ! しゃにっ佐仁川さん――」

 抱きつかれただけでろれつが回らなくなる。せっかくのクールが台無しだ。

 サニが離れてから、呼吸を整えたトーノは急にしおらしくなっておずおずと提案する。


「こっ、今度、ボクとデートしてくれませんか?」

「ちゃんとビンゴを格好良くできたらね?」

 トーノはサニに抱きついた。サニはトーノをなだめ、二人で歩いて行く。

 ビンゴは二人の背中に手を伸ばした姿勢のまま言いよどんでいた。


(割って入るコミュ力なんて俺にはない……。少し話したからって、いい気になってた。身分の差があるんだ)

 気取られないように後ずさりするのは得意だった。数えられないように有象無象に姿をくらます。誰もビンゴを気にかけない。蔑ろにされることもない。そうして穏やかな日常を送る権利を許される。

 しかし、サニには通じない。サニがビンゴに駆け寄り、耳打ちする。


「これは初恋のビンゴへ私からの餞別だよ。トーノと仲良くしてね。笑顔がコツだよ?」

 サニが小さくガッツポーズをする横で、トーノはひたすら自信満々な様子だった。


(仲良くって言ったって……、こいつとは住む世界が違う……)

 申し訳なさそうに会釈するが、不服そうな顔はどうしても変えられなかった。

 もちろん、ビンゴに拒否権などなく、二人の取り決めは明日の予定を簡単に塗り替えた。

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[一言] 主人公が小学校の時周りから変な目を向けられたのこの女が原因なんじゃないの? 同級生から襲われてるのに見捨てた屑そのものなのに無神経に関わってくるこの佐仁川とかいうのが信じられない。幼なじみと…
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