31 青春ラブコメを送れる方法はありますか?
光田駅の駅前は盆ということもあっていつもより人通りが少なかった。
とは言っても電車が到着してすぐは降りてきた人々の集団が行く。
集団に揉まれながら、ビンゴは駅前に到着した。
キョロキョロとサニを探すが、まったく見つからない。
人の集まりと人の集まりに隙間ができて、サニがいるのが見えた。
「おはよう、サニ」
サニが驚いた顔をして、まじまじとビンゴの全身を吟味する。
清潔な白いワイシャツの袖を軽くまくって、下はジーンズのラフな格好だ。
「レザーのブレスに、足首出してデッキシューズ……」
サニが目をつけたのは小物類だった。
「な、なんだよ」
「いつの間にかオシャレになりつつあるよね」
そうは言いつつも、解せぬ……、という顔をした。
ビンゴは腑に落ちない気分でサニの装いを眺める。
「サニだってなんか気合いれてるじゃん」
ショートパンツスタイルがサニにはぴったりハマっていた。
ナチュラルなメイクだし、トートバッグもブランド物だ。
「女の子が気合を入れる理由は一つだけだよ?」
かわいく小首をかしげて、試すようにビンゴと目を合わせた。
案の定、ビンゴは目を逸して頬を朱くする。
(ぜったい俺のこと好きでしょ……)
「にっ、似合ってる、と思う」
尻すぼみになりながら、つたない褒め言葉を述べた。
嬉しそうにステップして、サニは堂々とない胸を張る。
「ありがと。でもね、気合を入れる理由は他の女の子にナメられないためだよ」
「そ、そうなのか……」
「やらしーこと考えてた?」
ニシシと笑った。
「かっ考えてないよ! ほらもう電車乗らなきゃ!」
寿司を握る手の形をさせて、自分の手首をペチペチと叩く。
時間がないことを示すジェスチャーだ。
二人は改札を抜けて、電車に乗り込んだ。
一時間ほどで目的地に到着する。
「秋葉原?」
サニが信じられないといった様子で尋ねる。
「オタクを卒業したんじゃなかったの?」
ビンゴは駅前広場に躍り出て、真っ青な空を仰いで両手を広げた。
「卒業したよ! だからこんなに身軽なんだ」
今日はリュックを持ってきていない。
尻ポケットに突っ込んだ財布以外に持ち物がなかった。
「俺は今、次のステージを見つけるの」
「じゃあ……」
サニが駆け寄って、満面の笑みを浮かべるビンゴの傍らに立った。
「うん。俺はここで次のステージを探すことにした!」
マーヤに出会うまでのビンゴは三次元女をすっぱいぶどうだと思い続けた。
どうせ残念美少女だ。ラノベでよくみる付き合うには難ありの女たち。
現実の女はもっとひどいに違いない、と。
手に入れないで片思いするだけが幸せだと決めつけていた。
サニのおかげで踏ん切りがついて、そんな自分を変えるためのオタクの頂点だ。
オタクの道は一つの山場に到達した。
頂の景色は何物にも代えがたい美しいものだった。
満足感と多幸感、達成感、それらを味わったら後は好きにしていい。
更に高い山を目指すのも良いだろうし、新しい山を登ることも自由なのだ。
ビンゴには高校入学の頃から密かに思い描いていた夢があった。
実は半分は叶いつつある夢ではあるけれど。
頬をかきながら、傍らのサニにおずおずと話を切り出す。
「夢というかやってみたいことがあったんですが……」
「なに? 改まっちゃって」
サニの方は向かず、遠くを見ながら言いにくそうに口を開く。
「こんな俺でも青春ラブコメを送れる方法はありますか?」
具体的にはラノベみたいな感じのやつ。
サニがいじけた子供みたいに頬をふくらませた。
「青春でラブまでは叶ってると思うんだけど?」
(それって、やっぱり……?)
「あれ?」
遠くに手を振る長い黒髪の少女がいた。
「はぁ、はぁ。ごめんなさい! また道に迷っちゃって……」
マーヤが息を切らしながら二人に頭を下げた。
付き添いで来ていた糸目の子も一緒になって謝る。
「マ、マーヤさん」
紺色のカーディガンを羽織り、清純な白いワンピースという装いだ。
汗が滲んで肌色が透けて見える姿に思わず見惚れる。
「いっ!?」
サニがビンゴの手を万力のように握りしめた。
「千秋さん? どうかされました?」
「なっ、なんでもないよ? そ、そうだ、今日は」
跡が白く残る手のひらを背中に隠して、ビンゴは話題を切り替えた。
サニが次の言葉に耳を傾けている。
「コミケ四日目です!」
マーヤがビンゴの言葉を引き継いだ。
サニだけが「え?」と困惑する。
「コミケ四日目とは、ここ秋葉原で行われる委託販売で買い逃しを求めることを言うんです」
マーヤの説明を受けて、じろりとビンゴを流し見た。
「昨日までと変わらないねぇ」
バツが悪そうにビンゴがうつむいた。
(たしかにやってることは同じだけど……。違うんだ)
「まあ、そういうわけで、俺がリア充になるのはもっと先になるかな。でも、それまで協力してくれるんだよな?」
サニはまんざらでもなさそうに微笑んだ。
「もちろん、ビンゴを世界一のリア充にしてあげる」
マーヤは「なんのお話でしょう?」と、付き添いの女子に聞く。
糸目の奥でキラリと瞳が光って、マーヤの背中を軽く押した。
ビンゴがそれに気がついて、振り向いたら視線がぶつかる。
マーヤがたじろいで、うつむき加減になった。
(すごく美人だけど、やっぱり変わった人だよなぁ。っていかんいかん。あんまり黙ってるとサニの強烈な援護を食らってしまう)
ビンゴは咳払いをして、彼女たちの注目を集めた。
「さあ、売り切れる前に行こう!」
宣言すると、他の三人が頷いた。
先導して電気街へ向かう。
街は夏休みを利用して遊びに来た子供、外国人で溢れかえっていた。
女の子を三人連れて歩いている先頭が男だと誰も思わないだろう。
そうして四人の姿は行き交う人々に馴染んでいった。
これにて本編が完結しました。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
作品についてご感想・ご意見などあれば何なりとお申し付けください。
メッセージ、感想への返信は日曜日に行います。
あとがき
ライトノベルと一般文芸の違いは作者と読者の距離感だと言う人がおります。ライトノベルは例外を除いてほとんどの巻末にあとがきが載っています。なるほど、たしかにあとがきがあると作者との距離感が近いように思いますね。
はじめましての方はじめまして、そうでない方お久しぶりです。絵都瀬とらです。以前から小説は書いていますが、ほとんど人に見せません。感想が怖いからです。小説を発表している人たちを心から尊敬します。傷つく覚悟ができるって、簡単にはできないことなのですよ。今回はWEBでの発表をがんばってみました。
本作をこうして発表できるのは私ひとりの力ではございません。小説家になろうを運営するヒナプロジェクト様、ロゴ・装丁を作っていただいたしののめ様、イラスト・挿絵作っていただいた海庭様、友人のルミネルテ氏、TwitterでRTしてくれた皆さんのおかげです。
以前は同人ノベルゲームのシナリオを書いていました。ノベルゲームと比べてWEB小説は読者のレスポンスが早いです。完結まで読んだ方からいただく感想ばかりでしたので、読んでいる最中の方から寄せられる感想は新鮮でした。俄然やる気が湧いてきます。もちろんこのあとがきを読んでから書かれた感想も大歓迎です。
最後に、この小説を書くきっかけとなったお話について触れます。2020年会場問題です。2020年、東京オリンピックが開催されることになりましたが、東京ビッグサイトをオリンピックの総合報道センターとして使う案が出ています。2019年4月から2020年11月までの20ヶ月、展示会場として使えなくなります。本作で扱っているコミケ、もといコミックマーケットも東京ビッグサイトで開催できません。由々しき事態です。私は署名とTwitterでの呼びかけくらいしかできません。それでも居ても立っても居られなくて書き上げたのが本作です。と言っても東京ビッグサイトにもコミックマーケットにも許可は取っていません。私が勝手にやっていることです。どちらも読者様に好意的に受け取っていただけるように書いているつもりですが……。
本作が何かに貢献できるのであれば私は協力を惜しみません。本作を読んだ読者様で、2020年会場問題にまだ署名をしていない方はぜひ署名をしてください。できれば呼びかけもしてください。とは言っても、政治的な話なので呼びかけがしづらいと思う人もいるでしょう。堅苦しいのや面倒くさい人たちに絡まれるのが分かるから、政治について述べるのは嫌なんですよね、わかります。そういう方はこの小説を宣伝してください。ご安心を、あくまでエンターテイメント小説です。
ではでは次回作でお会いしましょう。
東京の片隅にて 2017年4月23日
etc.




