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29 痛いよね、オタクって集まると

 新宿へ向かう電車で運良く座れたビンゴは『レコーズメイガス』を開く。

「今読むの?」

 隣に座ったサニがちょっと引き気味に尋ねた。

「え、あ、うん……」

 読むために買った。当然だろう。

 『レコーズメイガス』はオリジナル作品として刊行される。

 シリーズ刊行を始めてこれが七番目の本で、最新刊で最終巻だ。

 出るたびにページ数が増えて、今では二百ページを超える。

 一話完結のマンガ形式で、投獄された魔女の物語が語られていく。

「あれ、このシチュって」

 一コマに目を留めた。

「なに?」

 サニが覗き込んでくると、シャンプーの香りがした。

 ビンゴはあわてて本を閉じる。

「も、もうすぐ駅に到着だよ」

「そうだね」

 返事をしてショルダーバッグからパスモを取り出す。

「ほっ」

(こんなの見せられるかよ)

 今さっき閉じた『レコーズメイガス』を開いて、問題のページを確かめる。

 夕焼けのシーンで主人公が魔女に対して「かわいい」とつぶやくと、魔女の頬に朱が差して「馬鹿……」と返すコマだ。

(俺がこいつを異性だって自覚した時なんだから)

 思い返すだけでビンゴは耳が赤くなった。

 駅に着いてホームに降りると同時にサニのスマホが鳴る。

 サニが画面を見る間、誰よりも荷物の多いコタローとキャリーケースを持ったユキヒが遅れてホームに降りてきた。

 四人がそろうと、サニに誘導されて改札を出る。

「佐仁川さん! ボクはここです!」

 出口のすぐ脇でトーノが元気よく手を振った。

「わかったわかった。今いくよ」

 やれやれといった感じでサニが返事したが、案の定トーノの方から駆け寄った。

 五人の間に軽い緊張感が走る。

「ビンゴくん、その様子だと無事に目的を達成したようですね! おめでとうございます!」

 コタローやユキヒの意に反してトーノは明るかった。

 どうして? という表情に返答する。

「これで佐仁川さんはビンゴくんに付き合う必要がなくなりましたからね」

 サニの隣に詰め寄って肩をくっつける。

「暑いって」

 迷惑そうに指摘されてぴょんと離れた。

(前より遠慮がなくなってるじゃねえか)

 ビンゴの目標は『レコーズメイガス』を手に入れることだ。

 達成した今、サニがビンゴを協力しなくても良くなった。

「それってどういうこと?」

 コタローがキョトンとした顔でトーノに尋ねた。

「聞いてないんですか?」

 コタローは首肯する。

 ユキヒも同様に頷いた。

 トーノが口を開く寸前、ビンゴが手で遮る。

「おっ俺から話すから!」

 自分から語らなければならない義務がある。

 順を追って自分がオタクをやめるために、即売会に参加したと説明する。

「オタクをやめるには『レコーズメイガス』を手に入れるしかないって思って」

 というところまで話した時、コタローがぶわっと涙を浮かべてビンゴに擦り寄った。

「オレたち仲間じゃないかぁ!」

 デカい図体をしているのでタックルされたような衝撃があった。

「ぐぇ……。いてぇよ離せ。まだ話の途中だ」

 引き剥がして、最後まで話を進めると、コタローは納得して涙した。

「もしお前がリアルに身を落としてもオレはお前を忘れない……」

 コタローはやめようようと思ってもオタクをやめれない人種だ。

 困り顔でビンゴがなだめると、傍らにいたユキヒが一つ質問する。

「バイトはやめるのかい?」

 ビンゴは少し考えて、かいつまんで答える。

「やめたいんですけどね。大学受験がありますから。まあ、親次第、です。結婚式場のオーナーが俺の母様なんですよ」

 ビンゴの母はウェディングマーケットで快進撃する経営者である。

 即売会を模した式が挙げたことが口コミで広がり、売上をぐんと伸ばした。

「はは、それはやめにくいだろうねぇ」

 どこか他人事のようにうそぶいた。

(そういえば、今日はお決まりのココアシガレットを咥えていないんだな)

「わたしはやめようと思うんだ。ビンゴくんを見てたら自分の夢を叶えたくなった」

「え?」

 得意のジョーク……、ではないようだった。

 ユキヒはキャスケット帽を深めに被り直す。

「火が着いたのさ。君のおかげだからね」

 服飾デザインの専門学校を出て一時期は働いたが、上司と同僚の喧嘩の板挟みになって会社をやめて結婚式場でバイトを始めたらしい。

 夢はファッションデザイナーになることだ。

 ユキヒの突然の告白で押し黙るビンゴと違い、サニがユキヒを応援した。

 トーノが便乗して、ほとんど面識がないはずなのにあっという間に打ち解ける。

 なんだか今度はトーノが打ち明ける番のような空気になった。

「あ、ボクは今の自分に満足してるので」

 さらっとヘイトを稼いだ。

 ユキヒがニコニコとした表情を貼り付けて返事する。

「同人ゴロはやめた方がいいかもねぇ?」

 同人ゴロツキの略だ。トーノはアンソロで稼いでいた。

「さっ、作品愛ですよ! 佐仁川さん、乖々崎さんがいじめますー!」

「ぐっ。ここで苗字呼びするか、やるなこいつ……」

 ビンゴはユキヒのつぶやきに心の中でいいねをポチった。

 サニがくつくつと笑う。

「どうしたんですか? 佐仁川さん」

 トーノがサニの前に出てくる。

「痛いよね、オタクって集まると」

 誰も反論できないで押し黙った中、トーノだけ「ボクはオタクじゃないです!」と早々に裏切った。

 あるいは凍りかけた空気をもとに戻してくれたのかもしれない。

「それじゃ、カラオケに行きますよ。打ち上げです」

 さらりと話題を変えてトーノが先導する。

 大通りに面した有名チェーン店だ。

「へぇ、アニメとコラボ中なんだ」

 ビンゴが見ていないスポーツマンガのアニメだ。

(トーノのチョイスにしては気が利いている)

「じゃ、皆さんはドリンクをかぶらないように選んでください」

 コラボドリンクのメニュー表を四人に見せた。

「そういう魂胆かよ!」

「これを一人で飲むとお腹いっぱいになりますからね」

 どうやらキャラクターをイメージしたドリンクに付いてくるコースター目当てでこのカラオケ店を選んだらしい。

 サニは一緒に選べるオードブルやちょっとした料理を吟味していた。

(リア充チーム、ちょっと自由すぎるだろ……)

 後ろにいたコタローとユキヒを見て、安堵するように肩の力を抜いた。

「ビンゴ少年、それって失礼なため息じゃないのかい?」

「そっそんなことないですよ」

 ユキヒはやっぱりエスパーだ。

「……あれ?」

 自動ドアが開いて、新しい客が入ってくる。

 四人組に見覚えがあった。

「もーアンタは。はぐれないように手ぇ繋いだのに」

「わたくしもう子供じゃないんですよ!」

 ぷんぷんと手を離して店内に向かってきた少女と視線がぶつかる。

「あ」

「まっ」

 ビンゴが間抜けな声を漏らした一方、マーヤは口を手で隠して今まで見たことないほど驚きの表情をした。

 こうも偶然が続くと運命を感じてしまうのが人の性だが、どうやらこのカラオケ店限定でコラボしているアニメがあって、それを目的に来ただけのようである。

 マーヤを除いた女オタクの三人は急に即興コントをはじめたり、友人のことを相方と呼んだり男オタクのビンゴから見ても痛々しい感じだった。

 逆に言えば男女混合グループのビンゴたちの方が珍しいのである。

 二組とも用意周到に部屋を予約したので、同じ部屋でカラオケに興じるのは無理そうだった。

(それでももっと話したいのは本当なんだよな……)

 サニが近寄って耳打ちする。

「呪い、解けてないよ」

 吐息にびくっとしてビンゴはサニから退いた。

「わかってるって。だけどさ」

(俺が男って打ち明けてないんだ)

 騙して近づくようなもので、ビンゴは躊躇した。

 マーヤの方を向いたら、マーヤがあわててうつむいた。

 つられて足元を見る。視線を戻しながら観察した。

 私服が清楚なワンピースで、マーヤにぴったりの装いだ。

 胸のふくらみが強調されるデザインで思わず注目してしまう。

 いつの間にか背後にいたサニが後ろからビンゴの両目を手で隠した。

「サ、サニ? 見えないよ!」

「見えなくていいの!」

 ビンゴはどうして急に視界を奪われたのか考える。

「何も見てないよ!」

「ほんとに?」

「ほんとのほんと」

 全力で首肯したおかげで、なんとか解放された。

 後ろを振り向こうとしたら、サニがまた耳元でささやく。

「話したいんでしょ? 行っていいんだよ」

 背中を押すわけでもなく、手放すわけでもなく、絶妙な距離感を保った応援だ。

 ビンゴは小学生以来のサニの幼馴染らしさを感じた。

「サニ、ありがとな」

 一歩を踏み出した。

 サニの手が離れて、離れた部分が寒く感じたのはクーラーのせいだけじゃないだろう。

(トーノと約束したからな。サニを悲しませるようなことしないって)

 ビンゴはマーヤに向き合い、スマホを取り出した。

「連絡先、交換しませんか?」

(これで俺が千影でないと伝わるはずだ)

 連絡先の交換が完了すると、マーヤはくすっと笑った。

「どうかした?」

「やっぱり千影お姉様のお兄様なんですね」

(ち、千影おねえさま?)

 ビンゴは耳を疑う。

「ごめんなさい。わたくし、高校で千影お姉様にお世話になっております。ですから、お兄様が殿方だと最初から知っておりました。まさか函館の修学旅行に一学年上の千影お姉様がいるわけないですからね」

 ビンゴは目を白黒させた。

「待って、千影が一学年上? じゃあ去年まで……」

「はい、中学三年生でした」

 千影の通う高校は中高一貫校だ。マーヤが千景と知り合いでもおかしくない。

「にしても世間、狭すぎるだろ」

 あまりの偶然に、函館の運命的な再会を思い出した。

「函館で俺に話しかけたのは……」

「ええ、千影お姉様がいると思ったからです。話しかけてから、函館にいないと気が付きましたけれど」

 ビンゴにとっては運命的な再会だった。

 マーヤにとっては他人の空似の確認だったのだろうか。

 信じた運命はいともたやすく打ち砕かれたことには違いなかった。

「あの時、俺が千影を演じていると知ってて合わせてくれたのはどうして……」

「そんなの同志がいるからに決まってるじゃないですか!」

 マーヤはギャルゲー『おやすみからおはようまでの99』のファンなのだ。

 この世に運命があると無邪気に信じて、三次元嫌いが恋に正当性を付けた。

(やっぱりマーヤさんは俺が到底及ばないようなガチのオタクなんだ)

 悩みが深そうな長いため息を吐く。

「お兄様!」

 そう呼ばれて息が止まる。

(たしかに千影おねえさまのお兄様は俺だけど、俺のことお兄様呼びマジかよ反則では)

「あの、今度はわたくしがお誘いしてもいいですか?」

 必死の息継ぎを遮るようにマーヤが願った。

「いいけど、なんの?」

「それは……」

 ビンゴの頬にマーヤの頬をすり合わせるような形で、マーヤがこっそり一言だけ告げた。

 くすぐったさにビンゴは小さく震えて、一言の中身に大きく震えた。

 マーヤがぴょんと離れて、いたずらっぽく笑みを浮かべる。

「約束ですよっ?」

 ビンゴはマーヤと同じくらい頬を朱に染めて大きく頷いた。

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