28 最後尾札は……、あっ、列の途中ですか
ビンゴが『レコーズメイガス』のスペースに戻ると、コタローがダンボールを運んでいる最中だった。
「ビンゴ!」
心配そうな顔をしたサニが急いで駆け寄った。
勢い余ってビンゴに衝突する。
「わぷっ、ごめっ」
ビンゴはしっかりサニを受け止めた。
「話、つけてきたよ」
「そっか、じゃあ……、ううん。いいや」
一人で納得して首を横に振った。
トーノがビンゴにあれだけ怒った理由をサニはよく知っている。
トーノがサニを好きで、ビンゴがマーヤを好きで、成り立っていた。
ところが、サニとビンゴの間には呪いという関係があって、トーノからすれば二人の奇妙な距離に危機感を覚えるのは必然だ。
サニとビンゴが二人で温泉に入ったと聞けば、サニとビンゴが結ばれたと思っても仕方がない。
あまつさえビンゴはマーヤを好きであり続けた。
実態は違うが、トーノがビンゴにとって障壁になったのはそうした経緯があった。
まだ課題がまだ残っている。
サニとマーヤのどちらかを選ぶ約束をトーノとした。
ビンゴはサニをまじまじと眺める。
日本人にありがちな幼い見た目。アシンメトリーなショートカットや目元、スレンダーな体つきはどこか少年的だ。
(胸なし、尻なし。女の子っぽくない。男物の服に着替えれば、少年にすら見える)
無意識に唇に視線を向ける。
「キス、したいの?」
ビンゴの頬が一瞬で朱に染まった。
あわてて退いて、爆発しそうな心臓を胸の上から強く押さえつける。
「バババ、バカ! なに言ってるんだよ!」
「してもいいのに」
「えっ!?」
きっとすべてを悟ってそうな目でビンゴを見ている。
おちょくられたんだと気づいて、ビンゴは悔しそうにそっぽを向いた。
(いや、でも、したいのは本当)
ちらりと一瞥すると、ニコと笑って手を振ってくる。
「そういうこと言ってると、ほ、ほんとにしちゃうんだからな……?」
少し驚いたように目を丸くして、口を手のひらで隠した。
「私はいいけど、いいの?」
逸した視線の先はコタローやユキヒたちが作業をするスペースだ。
二人の不穏な空気に感づいて、遠巻きにこちらを眺める。
こんな時に接吻など恥の上塗りにほかならない。
サニがニシシと笑みを浮かべる。
「じょっ、冗談だよ! ここではしないし!」
ビンゴが全力で否定したら、サニは思惑に反して頬を朱に染めた。
どうしてか分からないまま、ビンゴはスペースの方へ行く。
(というか! 今の俺がするべきことは新刊の入手だよ!)
案の定、ビンゴが到着した頃には列形成が済んでおり、これから配布が始まる『レコーズメイガス』を今か今かと待ち望む男たちがいた。
スペースに一番近い集団の最後尾に札を持った男がいる。
男に近づいて、札に手を伸ばした。
「最後尾札は……、あっ、列の途中ですか」
手を引っ込めて、列の続きを探すと、札を持った男に声をかけられる。
「あなたの並ぶ場所はあっちです!」
ビンゴが向かおうとした先とは正反対を指で示した。
スペース内でユキヒが手を振った。
「何をしてるんだい、ビンゴくん? 君はこっちだよ!」
(こっち? こっちってもうそれって、え?)
ビンゴがスペースに歩き出すと、作業する手を止めてコタローが拍手した。
待機列の男たちも拍手をして、先頭へ行くビンゴを祝福する。
事態を飲み込めないビンゴは、「ありがとう!」の声を聞き、やっと理解した。
(これみんな、俺と同じ『レコーズメイガス』のファンかよ……!)
目頭が熱くなってきて、涙をこらえながら行列の最前に着いた。
サークルスペースの目の前で、机を一つ挟んで売り子が立っている。
「マーヤさん……?」
初恋の黒髪乙女その人だ。
「また会場で迷ってしまいました……。ごめんなさい、お手数おかけして」
てへ、と自分の頭に拳をコツンと当てる。
隣にいた糸目の女性が、「アンタのファンやろ、ちゃんと謝りぃ」と無理やり頭を下げさせた。
「アンタのファンって……」
頭を上げて、ぶ厚めな新刊を顔の横に掲げる。
「ええ、わたくしが『レコーズメイガス』の作者、うつ主です」
中二病全開の世界観で、ツイスタでも鬱々とした呟きばかりのうつ主が、うら若き黒髪ロングの清楚系お嬢様だと誰が想像できるだろうか。
ビンゴは驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。
マーヤは新刊とビンゴを見比べる。
「わたくしもびっくりです。ツイスタで、オタクの頂点を目指して頑張っていると知って、それからその様子をいつも拝見していました」
はじめて髪を上げて高校へ行った日、うつ主に吐露した。
マーヤは持っていたそれをビンゴの前に差し出す。
「お約束したように最終巻は最高傑作になるよう、がんばりました」
「これが新刊、『レコーズメイガス』の最終巻……」
感慨深い本をうっとりと眺め、財布を取り出した。
「お金はいいです。これはお礼ですから、受け取ってください」
「お礼? いや、ダメだ。俺だけが受け取るなんてできない」
財布を強く握りしめ、恐縮するマーヤに話を続ける。
「昨日お話した好きな気持ちだけじゃ続かないって話。これを見ても、そうかな?」
少し身体をどかし、後ろの行列で待機する男たちを見えるようにした。
全員ではないにしろ、うつ主の新刊を探してくれた。
そして全員が『レコーズメイガス』のファンであることは違いない。
「そうですね……。わたくしは少し、おごっていたのかもしれません……」
反省するようにうつむいた。
シュンと落ち込んでいる姿が忍びなくて、ビンゴは財布から千円札を取り出して長机の上に置く。
顔を上げたマーヤが最初に見たのは、ビンゴの清々しい笑顔だった。
「だからお礼なんて要らない。これで充分」
新刊を両手でしかと受け取る。
本を離したマーヤは祈りを捧げるように指を組んで、立ち去るビンゴの背中に熱い視線を注いでいた。
そうして『レコーズメイガス』に行列が押し寄せ、人気サークルの日常的な風景に塗り替えられていく。




