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1 どこからどう見ても美少女ですよね!?

 大晦日、昼。

 ここは有明、ビッグサイト。

 見渡す限りの人、ひと、ヒト。



 男たちが大きな紙袋を抱えて行き交うこれは、世界最大のオタクの祭典である。

 ガレリアの片隅で、不穏な空気を漂わせて向き合う二人がいた。年の頃は二人とも十代半ばだ。



 片方は床に座って具合が悪そうにうつむき加減。パーカーとジーンズはどちらも黒系で揃えて地味なのに、首には不釣り合いなチョーカーだ。長い前髪がだらりと幕のように垂れ下がり、顔をすっかり隠している。



 もう片方はスラリと背が高くて顔の整った少女だ。髪にはゆるくパーマがかかって、前髪の一房が鼻に垂れる。少女はほとんど直角に相手を見下ろしながら口を開く。



「中途半端な奴じゃ、何をやってもダメなんですよ」



 突き放すような口調で言い放った。


 床に座った方はギクリと肩をビクつかせる。ゆっくりと女を見上げると、目にかかる前髪が小さな束になってはらはらと脇に滑った。髪の間から美しい顔が現れ、潤んだ目を女に向ける。



「ど、どこが中途半端なの……?」



 鈴を転がしたような可愛らしい声で尋ねた。

 対する女は頭を抱えた後、美しい相貌に指差しながら指摘する。



「その顔」



 コクリ、と小首を傾げると、外ハネした髪の一部が子犬の耳のように揺れる。



「その体つき」



 狭めな肩幅、華奢な手足と発展途上の胸周り、腰は同年代の男子よりも高い位置にあって、しかも安産型。



「その仕草」



 おまけに正座を崩して女の子座りだ。



「そして声」



 目の前にビシっと人差し指を指されて、「ふぇっ!?」と驚嘆がちょっぴり漏れる。



「どこからどう見ても美少女ですよねっ!?」



 少女が美少女に向かって全力で突っ込んだ。

 美少女はたいへん不服そうに頬を膨らませる。




「俺は男だよ!」




 ガレリアを通行中の男たちが、叫び声に呼応して振り向いた。ほとんどが二度見する。中には「リアル男の娘キターッ!」と奇声を上げる者、しばらく観察したのちに「こんなかわいい子が女の子のわけがない」などと意味不明なことを言う者がいた。



 美少女と呼ばれた自称男はブツブツと独り言を並べている。



「やっぱりこの顔のせいだ。欲しかった同人誌が買えないのも、好きな子に告白する勇気が出ないのも、友達がいないのも……!」



 俯くと長い前髪で顔が隠れた。隙間から覗くように自分の手を眺める。小さく白くてぷにぷにだ。子供っぽい両手を忌々しそうに睨みつける。



(俺はいつからこんなになってしまったんだ……。そう、一番最初の記憶は……)



 グシャグシャと頭を抱えて、その場にうずくまる。少女が心配して駆け寄るが、気にも掛けずにネガティブなスパイラルへと落ちていった。



 ■



「うるさいんだよもう!」



 甲高い声で叫ぶと、わらわらと子どもたちが逃げる。勢いよく扉を開けるものだから、教室を示すプレートがパタンと落ちた。プレートは四年一組と書かれている。



「チアキとサニ、女同士でおっ似合いー!」



 一人が去り際に言い捨てた。



「俺は男! あと俺のことはビンゴって呼べよ!」



 廊下を駆けていく一人に声を張り上げて訴えた。

 教室に一人残った少年は戸の窓ガラスに映った自分を眺める。指鉄砲をあごに当て、ニヤリと口角を上げて上目遣いをした。



「これでダンディなポーズ、なんだけどなぁ……」



 むしろ大人の真似ごとをする幼気な女の子だ。短い髪や半ズボンの出で立ちなので少年に見えなくもない。大きな目に黒々とした瞳、やわらかそうなほっぺは怒ったせいか赤みを帯びる。どちらかと言えば女の子寄りかもしれない。



 ポーズを解いて肩を落とす。溜息をつきながら黒板の前に立った。


 黒板の右隅には十月二十二日と日直の名前が白いチョークで小さく記され、中央にはいろんな色のチョークで大きな相合傘の落書きがあった。ご丁寧に三角形の頂点にはハートマーク付きだ。左にはカタカナでチアキ、右にはカタカナでサニとある。



「なんだよあいつら! お前らが最近付き合い悪いから、俺は幼馴染のサニと遊んでるだけだってのに……」



 思い返して憤慨した。頬が赤いのは怒っているからだけではない。

 十月も終わりが近づいたからか、日が落ちるのは早く、もう西日が差し始める。



 少年は黒板消しが見つからず大げさに溜息を吐いた。右手首から先を服のそでに仕舞い込んで、やっぱりやめる。今日は黒い長袖のパーカーを着ていたからだ。面倒くさそうに教卓の中を覗くと、あっけなく探しものは見つかった。


 教卓の中から頭を出す時、ゴツンと卓にぶつけてしまう。



「いて。って、サニ?」



 教室後方の出入口に女の子が佇んでいた。



「ビンゴ、それなに?」



 サニと呼ばれた女の子は枯れ気味のハスキーボイスで尋ねながら、少年の近くに寄ってくる。



「あっ、こ、これはっ」



 ビンゴと呼ばれた少年はあわてて落書きを消そうとして、勢い良く黒板消しを押し付けた。パン、と音が鳴ってチョークの粉が舞う。



「うお……、え?」



 驚きのあまりのけぞったビンゴの肩をサニが支えた。



「ありが、いったたたたたたたっ!」



 サニが隣に並ぶと、二人の背丈に差があるのが分かる。サニの方が幾分か高い。

 ビンゴはサニに肩を掴まれて動けなかった。



「いやマジでヤバイ。サニお前、握力何キロあるんだよ!」


「私の握力はプチトマト一個分くらいだよ? それより説明し、ケホッ」


「んな硬いプチトマトがあるかっ! ゲホッ、ゴホッ」



 チョークの粉に襲われて、たまらず二人は教室の窓を開けた。すーはー、すーはー、と息ピッタリに深呼吸をする。


 ビンゴは呼吸を整えて、ふと横を見た。窓枠を挟んで顔を突き合わせた状態だ。


 一向に口を開かずにサニを眺めた。アシンメトリーなショートカットが風に揺れて、髪を手で押さえる仕草から思わず目をそらす。



「はい、目そらしたー。ビンゴの負けだね?」


「は? 勝負とかしてねぇし」



 そらした視線を戻すと、ニタニタ笑うサニがいた。



「してたしてた。へんな顔してたじゃん?」


「してないよ!」



 ビンゴの抗議に、なにいってんだこいつ、という表情を返す。



「下手な女子より百倍かわいい顔だよね?」


「これは元からだよ!」



 小学校に上がった頃は男女ともども分け隔てなく遊んでいたのに、四年生になった辺りから一部の男子が女子と遊ぶ男子をからかうようになった。自然と男子だけで集まるようになり、ビンゴもからかわれたくないので男子のコミュニティに所属したのだったが、遊べば遊ぶほど周囲がよそよそしい態度を取る。疎外されたビンゴは必然的に家が隣同士のサニと遊ぶようになった。


 窓から体を出すのをやめて、サニと向き合う。



「まったくもー……。だから負けるんだよ?」



 サニは近くにあった机に腰かけて、指先でくるくると髪を弄ぶ。



「いや、負けるも何も勝負してないからな?」


「はいはい。で、何の落書きだったの、アレ」



 腑に落ちないビンゴを放っておいて、髪から手を離して黒板を指す。

 ビンゴは半分くらい消した落書きを確かめた。傘の下は完全に消えている。



「なんか知らねぇけど、俺とお前の相合傘のらく……、あっ」



 ほっと胸をなでおろしたせいか、はたまた強引に尋ねられたせいか、ふいに質問の答えがこぼれていた。



「あっ、ちがっ……、えっと」



 急いで繕おうとするが、うまい言葉が見つからずにしどろもどろになる。ビンゴは要領が悪く、おまけに鈍くさかった。

 わけも分からず落書きをさらに消す。ハートの上の方へ背伸びをすると、サニの視線に気が付いた。そちらへ顔を向ける。



「ねぇ、ビンゴ。その落書き、えっと……、どう思ってるの?」



 ハスキーボイスで問いかける。夕闇の逆光で顔は陰になって見えない。



「どうって……、イヤだよ」

(友達を馬鹿にされてイヤじゃない方がおかしいだろ)



 ビンゴは黒板に向き直ってハートを消す。背後に気配を感じて振り向こうとしたら、



「こっち見たら負けだからね」



 サニが肩に手を掛けていた。ギリギリと掴むというよりは乗せる感じだ。



「勝負はもういいよ。ほら、黒板消し綺麗にするからどい……、え?」



 後ろから両手を回される。突然で対応ができなかった。甘いオレンジの香りがする。



「本当にイヤ?」


「イヤだよ」



 少しの沈黙の後、サニが寂しそうに呟く。



「……そっか」



(何か俺は間違った気がする。でも、何を間違え……!?)



 サニがビンゴの首元に口を当てた。



 カプッ!



「ひゃんっ!」



 男らしくない声を上げて、その場に腰を落とす。首に触れて指先を確かめた。水飴のようなこれは唾液だ。



「噛んだ……?」



 おそるおそる振り向くと、サニの大きな目が二つ、じっとビンゴを捉える。



「それは呪いだからね? ビンゴが男になれない呪い」



 反射的に首を押さえる。



「な、ないよ! そんなのあるわけない!」



 必死に反論した。呪いなんて世の中に存在しないと分かっていても、自分の容姿に悩むビンゴには効果抜群だった。



「呪いは誰かに話したら絶対に解けなくなるんだからね」



 サニは自分の机の上に置いたランドセルを背負って、去り際に再びビンゴに視線を向ける。



(なんとなく、これで一生お別れのような気がする)



 動揺して何も話せなかった。泣いているのか怒っているのかくらい分かれば、何か言えたのかもしれない。まったくの不明だったので言葉に困ってしまう。



 サニは教室から出ていった。

 放課後の教室に一人で残った中で、今日以上に寂しかったことはない。ビンゴは後からそんな風にこの日を覚えていた。




 翌日の小学校はビンゴにとって、最悪の人生の始まりになったから。

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