27 想像力の時代
トーノのサークルは島と呼ばれるブロックの最端にあった。
島をテーブルに例えて、お誕生日席と呼んだりするスペースだ。
ブロックで混雑が予想されるのでここに配置されるという。
この島は完全に男性向けの同人誌で、かつオリジナル作品のポスターが並ぶ。
一次創作の中でもニッチなジャンルだからか、カルト的な人気を持つサークルが多い。ちょっとした人だかりも見られた。
トーノの前にもなかなかエグい内容の同人誌が平積みされる。
「……何しにきたんですか?」
机越しにトーノが低い声で尋ねた。
(気圧されることない)
服の裾をぎゅっと握る。
「『レコーズメイガス』の新刊が誤搬入されてるらしい。それを探している」
鼻で笑う。
「ないですよ。ボクはあなたの顔を見たくない。帰ってください」
トーノの隣にいた気の弱そうな女性は小さく縮こまる。
ビンゴも背を丸めたが、握った手に力は残っていた。
「ちゃ、ちゃんと、確認しれくれるまで帰れない」
声も体も震えたながら、トーノの目をしっかり見据える。
「なぜですか? ボクはないと言ってるんです」
シャツを握った手を離し、両方の拳の力を抜いた。
「それがないと俺は自分の一途さを証明できないんだ」
チョーカーを撫でる。
(サニから呪いをかけられた。呪ったサニも呪われた。俺にかけられた呪いを解けば、サニも呪いから解放される。俺は俺の信じる男になって、サニの呪いを解く)
ビンゴは頬が熱くなってきたのを感じて、深呼吸をする。
「俺はサニが好きだ」
トーノが勢い良くガタッと立ち上がる。パイプ椅子が倒れた。
「今さら! あなたが好きなのはマーヤさんですよね!?」
「うん、好きだよ。二人の女の子を好きになった。好きに正直でいたらそうなった」
ビンゴは正直な気持ちを打ち明けた。
「おかしいです。矛盾してる!」
トーノはビンゴを指差して声を荒げた。
それを受けても首を振る。
「矛盾してないよ。二人の女の子を好きになったから、何かで一途さを証明しないと、きっとどちらかを好きで居続けることが辛くなる。告白なんてできない。一途さを証明するために、俺は俺をオタクにした『レコーズメイガス』の最終巻を絶対に手に入れなきゃダメなんだ」
二人の女の子を好きになる自体、一途でない証明になる。
その証明を覆せないが、ビンゴが趣味の領域で一途だと証明できれば、必ずしもビンゴが一途でいられない人間であるとは言えない。
「俺は俺が何かを、誰かをずっと好きでいられることを示す。それなしではどちらかと付き合ったとしても、相手に不安を感じさせてしまうし、俺自身が俺を信用できない」
自分で自分を定義する。アイデンティティを獲得するに等しい。
「そんなの中途半端の言い訳です……。半端の半端を極めてます……」
トーノは震えながら言葉をひねり出した。
「半端を極める、か。半端さから抜け出す行為を脱オタと言うなら、その半端さに傾倒して極めた時をオタクを卒業すると言えるんじゃないかな」
いつの間にか力関係が逆転していた。
「オタクを卒業したって、またオタクの道が待っているだけですよ!」
トーノは自分の経験から断定した。
ビンゴは即答する。
「そうしたら、またその道の果てまで行くだけだよ」
オタクは欲を満たさずにはいられない生き物だ。
「そんなことできるんですか?」
ビンゴはしばらく考える。
「アフリカで生まれた人類は知らない世界を広げて、地球は人間でいっぱいになったわけだし、今は宇宙に行こうとしてる」
トーノは顎で続きを促した。
「俺たちが生きてる今って、ちょうどその間の時期だ。昔の人が地球が平面だと想像したみたいに、俺たちは宇宙を想像してる。見知らぬ世界を心に描いているから、アニメやマンガ、ゲームがこんなに人気なんだ。十七世紀で終わった大航海時代とこれから始まる宇宙開拓時代の間、想像力の時代でオタクは最前線にいる。時代が俺を後押ししてる」
トーノはビンゴの飛躍する発想に、思わず頷いてしまった。思い出したように首を振って、質問を重ねる。
「なら、いつから佐仁川さんを好きになったんですか?」
「いやぁ、前からぼんやりと好きだったよ」
頭をかきながら恥ずかしそうにする。
「決定打はトーノがサニを売り子として独り占めにした、から」
トーノが無言で何かの断言を待つ。
「トーノってサニが好きでしょ?」
「なな、なにを言ってるんですか?」
急に慌てだすのは今更すぎて滑稽だった。
「いいよ、隠さなくて。トーノと付き合ってるサニを想像したら、急に惜しくなった」
ビンゴは頬を掻く。体が火照ってかゆくなるのだ。
これに関しては納得したふうに頷く。
「……ボクは佐仁川さんが幸せならそれでいいんです。ビンゴくんが誰を好きになろうが勝手ですが、そのせいで佐仁川さんが幸せになれないのは許しません」
サニを疑って傷つけた結婚式場での後、トーノが怒ったのはサニの幸せを願うからこそ。
「じゃあ、俺の脱オタに力を貸してくれたのは?」
「佐仁川さんのためです。と言っても、ボクも見た通りオタク側の人間ですから、何か力になれればとも思いました」
ビンゴは申し訳なさそうに下を向いた。
「いや、正直なにか裏があるんじゃないかと思ってたよ」
「まあ……、あながち間違ってません。ビンゴくんをダシに佐仁川さんをコミケの売り子に呼びましたし、仲間を横取りするようなことをしましたから」
ビンゴがはじめに違和感を覚えたきっかけだ。
コスプレ広場でユキヒと話して、何事もうまく転がりすぎだと気がついた。
自分が先頭に立っていない感じが、却って何が好きかを省みるきっかけを与えた。
「それはいいよ。俺がトーノの誘いを断れば良かっただけだ」
トーノがため息をつく。
「ビンゴくんは純粋な好意を持っている誠実な男です」
ビンゴは耳を疑った。
「いま、俺のことを男って」
「認めてますよ、ビンゴくんは男です。だからといって佐仁川さんを譲ってあげようなんて気はさらさらないですが」
そう言って机の下にあったダンボール箱を通路側に差し出す。
「確認にしてみてください。残念ながら、ビンゴくんの捜し物はここにはないです」
たしかにダンボール箱の宛名には『レコーズメイガス』の名は一つもない。
その時、ビンゴのスマホが鳴った。それを取る。画面にはコタローの四文字。
「コタロー? どうした?」
《あったよ! やっぱりダミーサークルだった。ビンゴはこれを作者に送って!》
一方的に電話が切られ、写真が一枚送られてきた。
『レコーズメイガス』の宛名が書いてあった。
「あれ……?」
宛名にビンゴは見覚えのある名前を見つける。
「どうしました? ビンゴくん?」
「あっ、ああ。見つかったって」
トーノは嬉しそうに笑みを浮かべる。
ビンゴは写真を保存して、うつ主のツイスタに個別チャットを用いて送信した。




