22 中途半端にも程があるんですよ!
一日晴れていたのにかかわらず、夕方になると雷を伴う土砂降りの雨が降り出した。
あわてて帰る者もいれば、逆三角形の下で雨が上がるのを待つ者もいる。
ただ雨宿りするだけでなく、思い思いの時間を過ごしていた。
その中心で、ビンゴはトーノと対峙している。
ビンゴはサニを連れ出した。トーノは許さなかったのだ。
「約束と違います。三日目、ボクは協力しませんから」
(トーノが怒るのも当然だ。約束をすっぽかしたわけだから)
「いいよ、協力しなくて」
その瞬間、トーノがビンゴの胸ぐらを掴む。
サニが間に割って入った。
「二人ともやめて! 私も悪かったよ、ごめんね」
トーノが手を離すと、ビンゴは反動で後ろによろける。
「どうして佐仁川さんが謝るんですか? 謝るのはビンゴくんです」
トーノとサニは集合するユキヒやコタローと違って、ビンゴがどうして夏コミに参加したのか理由を知る。
ビンゴはトーノに協力する代わりに、仲間、準備、作戦を揃えられた。
もちろん『レコーズメイガス』を手に入れるためだ。
ビンゴは服の裾を掴んでは離し、トーノに何も言い返せなかった。
トーノは矛先をサニに向ける。
「この人は答えを出してないのに、どうして佐仁川さんが面倒をみるんですか?」
「面倒をみてるわけじゃないよ」
「そうは見えないですよね」
トーノがコタローやユキヒを一瞥した。
二人はトーノに反論できなかった。
ふたたびトーノはサニを見て、アイコンタクトを送り、ビンゴに向き直る。
「ちゃんと答えを出すんです。これ以上、佐仁川さんを苦しめないでください」
(苦しめる?)
サニを見ると、視線がぶつかる。
サニの顔が朱くなった。あわててうつむくと、それ以降は目を合わせようとしない。
(なんだよそれ……。まるで恋する乙女みたいな)
サニがトーノの腕を掴んで、小声で話しかける。
「私が悪いから。ビンゴを責めないで」
トーノが「困りましたね……」とつぶやいて、ため息を吐く。
「そもそもですね、佐仁川さん。間に入ってきてる時点で、面倒を見てるってことなんですよ」
サニは言いよどんで、そのまま口をつぐんだ。
ビンゴは首を傾げる。
「何でも白黒付けなくちゃダメなのか?」
「ビンゴくんは中途半端にも程があるんですよ!」
トーノが激高する。
「甘いんです。協力しなくていい、なんて言うのはおかしい! 仲間を考えたことがあるんですか?」
ユキヒは背中を押してくれた。
コタローは冬コミの時から何かと助けてくれる。
ビンゴはユキヒとコタローに視線を送ったが、二人とも首を横に振った。
「なんでだよ。俺は好きに正直でいるって約束を果たしただけじゃないか……」
トーノが舌打ちをする。
「ほらこれです。話しても無駄ですね」
トーノはビンゴ以外の全員と順番に目を合わせた。
「明日から、彼抜きで、参加しましょう」
ビンゴはとっさにトーノの肩を掴む。
「さすがにそれは、イミフなんだが……」
ビンゴの手を払うと、トーノが振り返った。
「協力しなくていいって言ったじゃないですか」
「そ、それは……」
(俺は何を間違えたんだ? トーノとの約束を無視したこと? サニを連れ去ったこと? トーノの仲間になったこと? そうか、俺はトーノの仲間になったから、俺の仲間や準備や作戦はもう手元に残ってなかったのか?)
「じゃあ、ごめん」
ぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、……って。どっちなんですか。脱オタを勧めたのに冬コミに来てたし、修学旅行ではマーヤさんと上手く行ってたのに、その晩に佐仁川さんとお風呂に入ってたそうじゃないですか。意味が分かりません。この夏コミだって、佐仁川さんを連れ出して……、何より佐仁川さんの気持ちを考えたこと、あ」
サニが涙をこらえていた。
トーノはまくし立てるのをやめて、
「ごっ、ごめんなさい。言い過ぎました……」
とサニに全力で謝る。
サニは「大丈夫」とトーノの肩を軽く叩いた。
ビンゴは頭を抱える。
トーノはコタローとユキヒに撤収を言いつけた。
「二日目は自由参加。今日は解散」
コタローがビンゴに声をかける。
「トーノはトーノなりに考えてる、と思うし、ビンゴにも何か考えがあるんだよね……?」
(そう。意味がわからないのはトーノだって同じだ。トーノは俺の脱オタに協力してくれたんじゃなかったのか?)
コタローが去ると、ユキヒがビンゴに耳打ちする。
「誰も間違ってないと私は思うけどな。まあ。何かあったら力になるから」
飄々とした様子にビンゴは少しだけ肩の力が抜けた。
「佐仁川さん、一緒に帰りましょう?」
サニは一向に帰る気配を見せない。
トーノは短くため息をついた。
「そういうことですか。三日目のサーチケ、渡さなくてもいいですね?」
「ごめんね、トーノ」
トーノは「別にいいですよ」と言い残してその場を去った。
ビンゴは立ち尽くすのをやめて、手荷物を抱える。
雷は止んでいたが、雨は一向に降り続いたままだ。
歩き始めると、後ろをサニがついてくる。
思った以上に強い雨で、エスカレーターのある方へ走ると、びり、と音がして、ビンゴの袋が破れた。
中にある本の重みに耐えきれなかったのだろう。
サニが荷物を持ってくれる。
「いいよ、自分で持つ」
ビンゴは奪うように同人誌を取って紙袋に詰めた。
駅に着くまで、何度も荷物が滑り落ちる。
その度にサニは拾ってくれたが、ビンゴは一度も感謝を口にしなかった。
二人が家の玄関に着くまでずっと、会話がなかった。
 




