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19 これが噂のサークルチケット

 夏、大ホール、数々の薄い本! 同人誌即売会!

「ご結婚おめでとうございます!」

 これはビンゴが提案した同人誌即売会風の結婚式会場だ。夏といっても七月だし、大ホールは式場での話だし、薄い本に見立てて盛り付けた料理がテーブルに並んでいるだけだ。

 一風変わった式を数々の漫画家やアニメ関係者が集まって楽しんでいる。ビンゴにとっては仕事を放り出して話したい人たちばかりだ。新郎が漫画家で新婦がアニメ関係のプロデューサーだからだ。

 しかも、ビンゴを含めた式場スタッフはアニメキャラクターのコスプレをする状況だ。中にはコスプレをして式に出席したゲストもいる。

「あら、お嬢さん。とてもかわいらしいお嬢さんだ」

 コートを羽織った伯爵がビンゴのスカートの裾をチラッとめくった。

「ちょっ、やめてくださいよ! それにそのキャラはそんなこと言いません!」

 ひそひそ声で叫びながら、スカートを両手で押さえた。

 ビンゴの格好は大人気のアイドルアニメの衣装だ。

「俺はコスプレは反対だったんですからね!」

「待て、しかして希望せよ……」

 黒いハットを直しながら、低い声で演技っぽく言った。

「キャラ通りかもしれませんけど、コスプレを提案したのはユキヒ先輩です」

 企画が開始する直前にコスプレが追加された。

 誰も指摘しないまま話が進んで今に至る。

「まあまあ、この格好の方が正直に話せるんじゃないかい?」

「いや、アレは千影モードの話で、女の子の格好をしてたわけじゃないんですよ」

 学校で妹になりすました話を間違った形で受け取られた。

 同時にユキヒの意図がすぐに分かった。

「でもまあ、正直に話したいことがあります」

 ビンゴは通用口の壁に寄りかかった。

「後悔しないでって背中を押してくれたこと、ありがとうございます。きっかけは偶然だったけど、サニとちゃんと話せました。そしてもう一つ」

「うん?」

 ユキヒは会場の楽しそうな雰囲気に向けた視線をこちらへ寄越す。

 スカートの裾をぎゅっと握った。

「俺はコミケに参加します。仲間になってくれませんか?」

 驚いたように体を震わせて、

「仲間か……」

 いつもの余裕そうな表情を浮かべて振り返る。

「いいよ。なろう、仲間に」


 結婚式が成功し、ビンゴはいつもより多い給料を手に入れた。

 翌朝、学校の下駄箱に着いても達成感は冷めない。

(ユキヒ先輩を誘って『仲間』を得た。バイトが終わって軍資金を得た。欲しいものは決まっている。つまり『準備』は完了だ! 次は『作戦』をどうするかだが……)

 下駄箱を開けると一枚の手紙が出てくる。

 放課後、校舎脇の自転車小屋の奥へ来て欲しいと書いてあった。

 学校では告白スポットとして有名である。

(おいおいマジかよ、今日は髪を上げてない。普段の俺だぜ?)

 ドキドキしながら封筒の裏を確かめると、差出人は遠野とあった。

 ビンゴは思うところがあるように頭を抱えて一日を過ごし、放課後になる。

(一応、来る前に周辺を確かめた。伏兵もいないようだし、リンチを受けることもなさそうだ)

 ビンゴは完全に別の想定をした。

 到着したビンゴにトーノが話しかける。

「こんなところに呼び出してごめんなさい。どうしても伝えなきゃいけない話があって……」

 妙に改まっている。気弱な女の子が恋の相談をしそうな感じだ。

「おう、どこからでも受けて立つぜ」

 ぐっと腰を落として身構える。

「ボクと一緒にコミケに出ませんか?」

「……え?」

 肩透かしを食ったビンゴは前のめりに転びそうになった。

「もちろんビンゴくんの協力もします。だから、ボクを手伝って欲しいんです」

「て、手伝うって?」

 トーノは指を唇に当ててしばらく考え、

「ファンネルです。ボクの代わりに買い物をお願いします」

 少し恥ずかしそうにしながら言った。

(ファンネルって、ガンダムのアレか?)

「言っとくけど、俺はそういうの経験が浅いぞ」

「構いません。指示はボクが出します。ボクの仲間になれば、『作戦』を手に入れられるんです。どうです?」

 ビンゴは思案する。

(悪くない話だ。仲間になるというのが引っかかるけど……)

「一応、買い物するのはいいよ。でもコタローのが向いてるんじゃない?」

 うー、うー、と悩みを漏らすように呻いて、ビンゴにスマートフォンの画面を見せた。

「ボクの欲しいのはこういう奴なんです……」

 画面には女の子と女の子がキスをするイラストがある。

「女子がこういうの買うのって恥ずかしいじゃないですか……」

「えっ。恥ずかしいって思うことあるんだ」

(花髑髏に聞いたけど、トーノってサニが好きなんだろ? そう考えたら、あの奇行の数々は分からなくもない)

 トーノは頭から湯気を立ち上らせた。

「どっ、どういうことですかぁっ!」

 ちょっぴり涙目。

「ごめんごめん。意外にかわいいところもあるんだなぁって」

「かわっ? ボ、ボクはかわいくなんてないですっ! で、どうなんですか! 仲間になるのですならないのです?」

 ビンゴはサニを真似してニヨニヨ顔で、「いいですよー? 買ってあげましょーう?」と返事する。

「ありがとうございます。でもなんかムカつきますね。あとで教室でぼっちにします」

「やめて!? そういうのほんとキツイから!」

(あっ)

 ビンゴは思わず仲間になると承諾していたことに気がついた。

 トーノは平常心を取り戻し、いつものトーンで口を開く。

「コタローくんは仲間にしてるんです。あちらにはあちらのものをお願いしてます」

 しれっとそういうトーノは黒い笑みを浮かべていた。

(ハメられたような気がする……)


 次の休日、ビンゴはユキヒに事情を説明した。

「何をこだわってるんだい?」

 駅前の回転するオブジェの前で、トーノから仲間に誘われて承諾したと報告した。

「こだわってるってわけじゃないんですけど、なんか腑に落ちないっていうか」

(裏があるかもしれない)

 悩むビンゴの背中をユキヒがトンと軽くたたく。

「せっかくお友達が誘ってくれたのだから、乗ってあげるのも友達の務めさ」

 優しく諭すように言葉を選んでくれる。

「分かりました……。今日は二人で作戦会議の予定でしたけど、トーノの方に混ざりましょう」

 集合場所は駅前の喫茶店だ。

 和風の内装で、抹茶を売りにするお店らしい。

 入口の近くでコタローが待っていた。

 スッと手を上げ、手短に挨拶を済ませる。

 続いて、コタローは初対面のユキヒと挨拶した。

 喫茶店の中に入ると、トーノが奥のテーブルで手を振る。

 席まで移動したら、同席するサニと目があった。

「なんでいるの?」

(サニを誘う意味が分からない)

「なんでって、ビンゴを手伝うためじゃん」

 トーノを一瞥する。

 ビンゴの視線などお構いなしに、

「あなたがユキヒさん?」

 トーノはユキヒと挨拶した。これで全員が知り合いになった。

 全員の飲み物が卓に運ばれるまでお互いの趣味の話を広げる。

 ユキヒが服飾関係の学校を卒業したという話を通じて、トーノとサニが盛り上がっていた。ビンゴはコタローからうつ主が修羅場ってると情報を知り、数日前から更新されないツイスタのログを黙々と漁る。

 全員分の飲み物が届いて、トーノが改まって咳払いする。

「今日は集まってくれてありがとうございます。本日は一ヶ月後に控えたコミケの作戦会議をしたいと思います」

 心なしか背筋がピンとする。

 ユキヒだけがだらりとしていて、「委員長みたいだね」とニヤついた。

「今年のコミケはお盆の頭に三日間の開催です。三日すべてでファンネル参加するのは体力的につらい。そこで少しでも体力を温存できるように……」

 トーノが肩掛けバッグから細長い紙をテーブルに置いた。

「サークルチケットです。一日目と三日目、それぞれ二枚ずつあります」

 ビンゴはごくりと喉が鳴った。

(これが噂のサークルチケット……、あれ?)

 コタローがチケットから目を離さないまま、

「こ、これをいったいどこで!?」

 抑揚をつけた声でトーノに問うた。

「アンソロでサークル参加してるんです」

「しかも一日目は壁じゃないかぁ」

 打ちのめされたようにその場に突っ伏する。

 壁だと判断できたのは配置場所が「あ」で始まるからだ。

「西館だからすごいことではないよ」

 ビンゴは二人の話についていけなかった。

 見かねて、隣に座ったユキヒがそっと耳打ちしてくれる。

「ファンネルは買い物代行のこと。アンソロというのは複数の人を集めて本にしたもの。壁はホールの壁際に配置されると見込まれるほどファンの多いサークルのこと。西館は西ホールのことで、東ホールとくらべると買いに来る人が少ないんだ」

 対角に座ったサニがビンゴをチラチラと見る。

(こいつらの話は俺もついていけないからな……。助けを求めても無駄だぜ)

 トーノが手を勢い良くパン、とさせて、全員の視線を集めた。

「そこで、このサーチケはボクと佐仁川さんで使います」

「「えっ」」

 ビンゴとコタローが声を合わせた。

「だってそうじゃないですか。佐仁川さんはコミケ初参加ですよ!」

(じゃあ呼ぶなよ。とは言いづらいんだよなぁ。本人の前だし……)

「それにボクは主催者ですし」

 フフンとない胸を張る。カールした前髪がぴょんこと揺れた。

「思わせぶりなことやめてよぉ!」

 コタローが悔しそうに叫んだ。

(そうだそうだ! 言ってやれ!)

「あれ? いいんですか? あの灼熱地獄を常に荷物を抱えて歩き回るんですよ? ただし、それはサークルスペースという荷物を置ける場所がない人の話です」

 フフフンと板のような胸を張った。前髪も意気揚々と揺れる。

 コタローとビンゴは冬コミのことを思い出した。

(荷物を見ている間に俺はカツアゲされかけた……)

「トーノさんマジ神だわ」

 コタローがてのひらをくるりと入れ替えた。実に欲望に忠実な男である。

「では、次は皆さんが欲しい本のリストの話をしましょう」

 トーノはスマートフォンで事前に登録したグループチャットを開く。

 ビンゴ、コタロー、ユキヒ、サニのスマホが同時に鳴った。

「スペース名、サークル名、作品名、値段、欲しい人、個数でまとめました。間違いがないか確認して、ファンネルの担当を決めましょう」

 色分けされたスプレッドシートが画面に表示される。

 上半身だけ乗り出して、ビンゴに告げ口する。

「それとビンゴくん、えっちなのはダメです」

「えっ」

 サニとユキヒがじっとりした目でビンゴを見る。

「入れてないよ!」

 両手でバリアーを作って、無実をアピールした。

「なに、本気になってるんですか。冗談ですよ?」

 元いた席に座り直してしれっと言った。

 内心ホッとしながら、ビンゴは隣の席で息を殺すコタローを見てため息を吐く。スマホの画面をアクティブにしたら、流れるような動作でツイスタのアイコンをタッチした。孤独をつぶやき続けて身についた悲しき癖である。

 画面を見るビンゴの黒目はみるみる大きくなった。

「看守の新刊が落ちる……?」

 ビンゴが最も欲しいと願った『レコーズメイガス』の最終巻が出ない。ビンゴがコミケに参加する最大の意義を失うことを意味した。

 まだ落ちたと決まったわけではない。

(オタクの頂点を目指す、と決めた。だが、俺はこれでいいのだろうか……?)

 トーノの主導で話が進む。

 ビンゴは生返事を繰り返していると、いつの間にか話し合いが終わった。

 いよいよ不安になってきて、ビンゴは久しぶりに首を撫でる癖をした。

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