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14 中二病は名前だけにしてくださいよ

「もうホールはいいから! 裏回って!」

「は、はい! すいません……」

 ビンゴは怒鳴られ、亀のように体を縮めた。

 怒鳴った相手がその場を去ると、ビンゴは指を組んで祈りを捧げる。

(お母様、俺に紹介したこのバイトは簡単と言っていましたね……。どうして嘘を吐くんでしょうか? 何かの試練なのでしょうか?)

 ビンゴがいたのは結婚式場である。

 壇上では新郎新婦がおり、今は大学の同級生たちによるマンドリンの演奏が行われていた。

 薄暗い中に馴染むように、ビンゴの格好は黒を基調としたフォーマルな格好だ。

 前髪はサニにもらったヘアピンで留められて、少し長かった後ろの髪は一つに縛って短いポニーテールになっている。

 祈り終えたビンゴは通用口から厨房の脇を通って、ダンボール箱がたくさん積み重なったスペースをとぼとぼと歩いた。

 短く溜息を吐くと、ケケケと笑い声が聞こえてくる。

 その方を向くとビンゴとさほど背丈が変わらず、フォーマルな格好をしたお姉さんがいた。

 ライトブラウンのセミロングヘアはゆるいくせ毛だ。

 毛先をくるくる弄んでいる。

「やぁ、バイト少年。サボり……、いや、怒られてお役御免ってところかにゃ?」

 おどけた言い方をする。口にはタバコみたいにココアシガレットをくわえていた。

「う。まあ、そうですけど。ユキヒ先輩こそサボりじゃないですか」

 常時ジト目の低血圧系お姉さんは、ビンゴがバイトする式場の先輩アルバイターだ。

「わたしはいいんだよ。一服休憩だし」

 くわえたシガレットを指で挟んでスパスパする。

「中二病は名前だけにしてくださいよ、乖々崎如火先輩」

「名前のことを言うんじゃないよ」

 小さな紺色の箱をビンゴの頭に投げる。額にヒットした。

「いて」

 ユキヒは乖々崎如火という珍妙な名前をいじられると決まって機嫌を損ねる。

 額をさすりながらサボータージュに同伴する。

 ダンボール箱の陰にはアンティーク調の椅子が二つあった。

 一つはユキヒが座り、もう片方にはビンゴが腰掛ける。

 かすかに聞こえるクラシック音楽に耳を傾ければ、ちょっと優雅な午後のサロンといった具合だ。

 おあつらえ向きにココアシガレットもある。

「もうバイト始めて二週間は経ったろ?」

 ユキヒが天井のシミを見つめながら問うた。あるいは、その向こうの空を仰いでいるのかもしれない。

 やや距離を置いた態度で接してくるため、初めて出会ったのが二週間前とは思えないほど話せるようになった。

 人見知りなのにここまで打ち解けられたのは三つも年上という立場もあるかもしれないが、やっぱりどこか飄々とした雰囲気が一番の理由である。

 ユキヒはシガレットを片手に持って、煙なんて出ないのに、ぷはー、と息を吐いた。

「なのにさぁ、怒られてばっかじゃん。つらくね?」

 ビンゴは「まあ」と置いて、面接の時にも話したことを伝える。

「体力と軍資金が必要なんですよ」

「ほーん。戦場にでも行くのかい?」

 大して興味がなさそうだが、いいところを突いてくる。

 十六歳の誕生日は人生の岐路だったと言っていい。

 一歩を踏み出せたのだ。

 妹のフリをしていたとはいえ、本音を人前で言った経験が大きかった。

 その日の夜、久しぶりに母親と妹と一緒に夕飯を食べた時にバイトをしたいと打ち明けた。

 仲間はまだ集まっていないが、夏コミまでの半年の間に充分な体力と軍資金を手に入れなければならない。

 そこで紹介されたのが母の経営する会社が管理する結婚式場だった。

 思った以上に力仕事だし、時給はかなり良い方だ。

 条件として長い前髪を禁止された以外は不満はなかった。

 日曜日の今日はお昼から披露宴である。

 披露宴もほとんど終わりに近づいて、フロアスタッフのビンゴは空いた皿を運んでいた。

 この時、食べかけのオードブルをこっそり持ち帰ろうとする人がいたので、原則として持ち帰るのは禁止している旨を伝えたところ、そのゲストは不愉快だと怒鳴り散らし始めた。

 自分を神様だと勘違いする手合ほど厄介なものはない。

 世の中には恥知らずな人がいるんだと観察していたら、上司が飛んでやってきてすぐさま謝罪ってその場を丸く収めた。

 あとはビンゴが裏で怒られる流れである。

 理不尽だ。

「最初から上手くなんていかないさ」

 達観したように呟いて、パキッと音を立ててシガレットを食べ始める。外へ繋がる通用口に手を振った。

 困り顔のサニがいる。

 サニはユキヒに軽く会釈した。サニがビンゴの髪留めを見て嬉しそうに微笑むと、ユキヒが感心したようにビンゴを見やる。

「やっぱりさぁ、キミたち実は恋人でしょ?」

「「違います」」

 息ピッタリにユキヒを見た。

「ほーら! 付き合ってるよこれ」

 ユキヒはあきらめて椅子に寄り掛かる。

 ユキヒがこうして疑うのも無理のない話だ。

 サニはビンゴがバイトを始めてから、すでに三度も差し入れを渡しに来た。

 ビンゴはサニが今日きた理由は何か聞こうと顔を向けた。

 察したサニは手提げ袋から包みを取り出し、それをビンゴにそっけなく差し出す。

「これお弁当ね。おばさまに頼まれて作ってみたんだ」

「母様が?」

 おばさまというのはビンゴの母のことだろう。何よりサニのお手製だという。

 ビンゴはほんの少し期待しつつ、同時に警戒もした。

 それを受け取ると、手の甲が膝の上まで落ちる。

「重っ……」

 受け取った包みに視線を落とした。

 包みはミルキーな茶、黄、ピンクというガーリーな配色だ。

 包みを開けると、レンガブロックみたいな弁当箱が二本も入っていた。

 一つ目の弁当箱には一面の米。

 ひたすら米だし、心なしか粒が圧縮されて白い面のようだ。

 二つ目の弁当箱には……、米。白米である。

 やっぱり圧縮されて、ほとんど餅みたいだ。

 苦笑いしながらサニを見た。

 サニが照れ笑いを浮かべる。

「どうかな?」

 返答に窮していると、横からユキヒが顔を出した。

「もしかしてだけどさぁ、これって米ゲル?」

 驚いたようにサニがユキヒを見た。

 観念したように頷いて、ビンゴへ食べるよう促した。

 ビンゴは箸入れから取り出した箸の先で、白い物体を突いてみる。

「あ、なんかゴムみたい」

 強く刺してみると、中に何か入っているようだ。

 しかも、パッと見では分かりにくかったが、一口サイズの塊が隙間なく敷き詰められていることがわかった。

 その一欠片を箸で刺したまま口に運ぶ。

 シャリッ。

「すげえ、中にたくあんが入ってる」

 サニの作った斜め上の弁当は見た目こそインパクト大だが、味は非常に美味であった。

 もくもくと食べると、ビンゴは日頃の進歩の無さを思い出して、どんどんネガティブなサイクルを始めてしまう。

 うつむき加減で愚痴とか弱音とかを吐露するビンゴをサニは逐一頷いた。

 だんだん困ったように頷くサニを見て、ユキヒは「ふふーん」と鼻で笑った。

 サニの横に移動して、ひそひそ話をする。

 ビンゴがそれに気が付いた。

「二人で何話してるんですか?」

 人の話を聞いてない、というニュアンス込みの言い方だ。

 サニが決意を新たにしたような顔をしてビンゴに近づいた。

「え? な、に?」

 そしてそのまま抱きしめたのだ。

 ふわりとやわらかい感触。

 ビンゴは抱き返すことも出来ず、両手を宙ぶらりんにした。

 パッと離れる。

「元気でた?」

「げっ、げんき?」

 いきなりすぎて元気が出たかどうか分からない。

「わかった」

 また抱きしめようとするので、ビンゴは顔を真っ赤にしながらサニの肩を掴んだ。

「ちょっ、待って。わかったってなに? なんでこんなことするの?」

「いや、男は共感より解決だって、ユキヒさんが」

 隣でユキヒがニヤニヤしている。サニと違ったタイプのいたずら好きだ。

「人は抱きしめ合うと、精神の三分の一を回復するらしいよぉ?」

 ホントか嘘かわかりにくいことをいう。

「弱気になったらいつでも抱きしめてあげるね。だから、ほら」

 サニが大きく手を広げて、飛び込んでこいと言わんばかりだ。

「う……、うわああああ! 俺は心に決めた人がいるの!! うわあああああ!」

 顔を真っ赤にしたまま、ビンゴは絶叫しながら通用口を駆け抜けて外へ出た。

 冬の外気に触れて、頭から白い湯気が立ち上る。

(なんでサニのことを意識してんだよ! 俺には黒髪乙女がいるだろうが!!)

 頬を両手で挟むように強くはたいた。

 それでもビンゴの赤い顔は治りそうになかった。

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