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13 君のホントの気持ちを聞いてみたい

「なになに? うつ主のツイスタじゃん。え? 夏コミ出るの?」

「らしいよ。じゃ、オレはちょっとみんなに伝えてくるから」

 ツイスタは短文だけを共有できるソーシャル・ネットワーキング・サービスだ。

 おどろおどろしい『レコーズメイガス』の表紙が描かれたアイコンは作者のうつ主のもので、投稿した内容は夏コミに申し込む旨と、次で最後の同人誌になるということだった。また、冬コミはインフルエンザで参加できなかったことを詫びていた。

 すかさず自分のスマートフォンを取り出し、うつ主の投稿にリプライを送る。

《良かったです!》

 ものの数秒でいいねが付く。

 普段なら短くても会話をしてくれるのだが、今日に限って変だった。

 改めて考えてみると、これから同人活動をやめるという人に対して『良かったです』とは勘違いされてもおかしくない。

 あわててビンゴは訂正するための追記を送ろうと文を書き始めた。

(この良かったってのは、俺にとって良かったってだけだ。オタクの頂点を目指すために、欲しい同人誌を手に入れる目標があった。しかし、冬コミで俺はその目標を達成できなかった。夏コミにうつ主が『レコーズメイガス』の最新刊、そして最終巻を出すというのであれば、手に入れる他ないであろう!)

 という熱い想いを伝えるためには百四十字では足りなかった。三回に分けて返信を送った。すこし迷惑だったかもしれない。

《私の作品でオタクの頂点になれるか分かりませんが、次の作品は最高傑作になるようがんばります!》

 意外にも好意的な返信で、ビンゴは小さくガッツポーズをする。

 それから思い出したようにハッとした。

「そうだ。俺は仲間を集めなきゃならない」

(しかし……、そんなこと俺にできるのか?)

 教室はすでにたくさんのグループができていた。

 ほとんどがまともに話したことがない。

 あまつさえ今日は前髪を上げて別人という設定だ。

 自分から話しかけに行くのはかなり難しい。

 ビンゴはじっとクラスメイトの動きを観察し始めた。

 次第に見えてきたのは、二人組や三人組は別の二人組や三人組と合体するが、人数が五人になるため規定の六人には一人足りない問題がある点だ。

 一人であればそうしたところに落ち着くのも悪くない。今はコタローと二人組だ。コタローと仲の良い運動部の集まりはコタローを抜いて三人いて、そこに二人を入れると五人。やっぱり一人足りなくなる。

 つまり、グループを作るなら、二人組同士が組んだ四人のところが狙い目だ。

 あるいは競争が激化しているところならば、あぶれた者同士でグループが結成できるだろう。

 教室で一大勢力の組を見やる。それはサニを中心とした人だかりだ。サニ、トーノ、花髑髏、ダズル迷彩の四人と一緒の班になろうとして、クラス上位の男子三人組が揉めていた。

(あぶれ者を集めればグループが作れるかもしれないな……)

 いつの間にかビンゴの周りには、根暗や無個性が集まっていた。会話をするでもなく仲間を集めるでもなく、身を寄せて小さくなる。

 話しかけられるのを待っていても埒が明かない。そんな折、コタローとは所属の違う運動部の男子がはしゃぎながらビンゴに話しかける。坊主頭とトサカヘッドだ。

「ね? 千影さんってさ、いっそこのまま一緒に修学旅行の班になったりできない?」

「ばっ、お前ー、他校の生徒ってすぐバレるだろ」

 坊主頭をトサカヘッドが殴る。

「いってぇ。だよなぁ。あっ! 髪で顔隠せばバレないかもよ!?」

「たしかに! 俺、あいつの顔見たことないもんな」

 二人とも仲が良い様子だった。ビンゴが答えに困っていてもお構いなしに続ける。

「もうチームできてんだ。あと一人が足りなくてさ」

「こんなとこにいないでさ、俺らのところに行こうぜ?」

 ぐい、とビンゴの腕を引く。非力なビンゴはいともたやすく一歩を踏み出してしまい、それは彼らにとって同意と受け取られた。

「ま、待って。一緒の班になるって決めたわけじゃっ……」

「一緒の班なんていないじゃん。まさかここにいる奴らとか?」

 坊主頭が周囲の無個性たちをあごで指す。隣でトサカヘッドが吹き出した。

「教室に居場所がないから吹き溜まっているだけの奴らだぜ? やめときなよ。それに俺らとならぜったい楽しーから、ね?」

 腰に手を回され、ビンゴは小さく悲鳴を上げる。

(気持ち悪い触り方するんじゃねえ! 顔を見せるといつもこう。それに周りの連中は助けてくれやない)

 無個性なクラスメイトたちは無反応を決め込んでいた。いや、最初から反応なんてしないのかもしれない。どこかゾンビのようでもあった。

「ちーかげさん?」

 トーノがとっておきの営業スマイルを引っさげて、ビンゴを奪うように抱きしめた。さすがの男二人も手を離す。

「本当にかわいいですねー! まあ、佐仁川さんには及びませんけど」

 身長差のせいで小ぶりな胸に顔を埋めたビンゴは、ぷはっと顔を上げる。えらく美人な顔が目の前にあった。思わず息を呑む。

 両手から解放された時には男二人は逃げ去った。ほっと安堵を漏らすと、トーノがやれやれと肩をすくめる。

「ビンゴくん、君は自分の見た目に無自覚なんですか?」

(無自覚なわけあるか。俺がどれだけ苦労していると思ってるんだ)

 トーノは長い溜め息をついた。

「気をつけてくださいよ。まあ、ボクは関係ないですけど」

 机の合間を縫って元いた場所に向かう。その背中を目だけで追っていたら、先でサニがおいでおいでをしていた。どうやらトーノではなく、ビンゴに向けたものらしい。ビンゴはしぶしぶサニの元へ馳せ参じた。

「ビンゴはグループ決まったの?」

 サニがビンゴを「ビンゴ」と呼んだことで、周囲のクラスメイトたちがざわつき始める。

「へ?」

(おいサニ! 俺は妹って設定なんだよ、完全に忘れてるだろ!)

 当の本人は悪びれる様子もなく、平然としていた。

 むしろそれが良かったのかもしれない。最初は誤解していたクラスメイトたちも、そういえば兄妹なんだから同じ苗字か、と各々が納得した。

 同時にサニは続けて、

「もし良かったら同じ班になろうよ」

 ふたたび周囲を驚かせる発言をした。

 ジロリとたくさんの視線がビンゴへ送られる。問い詰めるような目、疑うような目、期待するような目。カラフルな視線を浴びて、ビンゴはじわじわと冷や汗をかくしかなかった。

 すべての視線がビンゴに集まる中、ビンゴはサニが幸せそうにニヤついているのをしっかりと見た。

(こいつここでイエスと言えないの分かってて!)

「もー、佐仁川さん! 彼女は他校の生徒ですよ?」

 誰よりも早く通常運転に戻ったトーノがフォローする。

「そうだよ。俺、いや、わたしはここにいていい人じゃない……」

 尻すぼみに声が小さくなった。

「そっか残念。でも、君のホントの気持ちを聞いてみたい」

 ビンゴは思案する。

 良いことを言っても悪いことを言っても戯言として済まされるだろう。

 ビンゴは千影で、ホントの姿を知るのはサニとトーノとコタローだけだ。

(なるほど。嘘の姿なら、むしろ本音で話せるのか)

 まるでネットのようだと納得しながら、ビンゴはサニをしかと捉えた。

「わたしはサニと一緒に修学旅行に行きたい。サニだけじゃなくて、ここにいるみんなと友達になれたら……、嬉しい」

 顔が火照ったのでうつむいた。

 最後の言葉は恥ずかしすぎたかもしれない。

 いや、完全に恥をかいた。一生の不覚である。

 しかし、周囲はビンゴを蔑ろにしたり馬鹿にしたりしなかった。

 それどころかその逆。歓迎や賞賛の声で満たされる。

 友達になりたいと挙手する者がいた。

 先ほどまでギクシャクしていた男子三人組は顔を見合わせてお互いに謝った。

 ビンゴは胸に手を当てる。嫌じゃない高鳴りがしていた。

(正直な気持ちを口に出すのは恥ずかしいけれど、それに見合ったご褒美があるのかもしれないな)

 サニがにこりと微笑む。

 最初からお見通しと言わんばかりで、ちょっとだけ気に食わなかった。

「うんうん。それじゃ、君のお兄さんを班に入れよう。当日はこっそり入れ替わってもいいかもね」

 傍らのトーノに目配せする。トーノはしばらく考えて、困ったように笑った。サニが「トーノちゃん大好きだよ~?」と肩を寄せ合うので、トーノはヒャワワワと理性を失いかけていた。

 コタローの視線に気がついてビンゴはハッとする。

「それとコタローくん。ボディガードよろしくね」

 そういう手配も抜かりない。まるで千里眼か予知能力でも持っているかのようだ。

 コタローは「任せろ」と短く返事する。

 コタローをボディガードに、と言われちゃ誰も文句を言えなかった。ビンゴにしてみれば、コタローにはボディガードの実績もあるほどだ。

 そうして黒板のマスが埋まっていく。

 昼下がりの柔らかな日差しの温度が教室を包み込んでいた。

 各々が解散して、帰路へ発つ。

(帰り道だけど、ここがスタートラインなんだ)

 ビンゴは意気揚々と学校を出た。

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