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10 この意味、分かります?

(あれ? あの大男は……)

「コタロー!?」

 コタローがマスク男を片手で担ぎ上げた。

 一方、ニューヨークは一目散に逃げ出す。

「おい! なに勝手にバックレてん――」

 マスク男が宙を舞う。放物線を描いてニューヨークに墜落した。カエルが潰れたような声を出して、二人は我先にと公園を退散した。

「ひぇぇ、人を投げ飛ばしたのは初めてだよ。大怪我しなくて良かったぁ……」

 冷や汗を服の袖で拭いて、ビンゴの方を向く。

 ビンゴが涙を滲ませた。

 コタローはまじまじとビンゴを観察する。

「な、なんだよ……」

 さっとビンゴに駆け寄る。

 ビクッ、と身を縮めてしまった。

「アルミシート破れてるじゃん!」

 ビンゴの横でコタローは、おお、おお、と呻いた。

(何ビビってんだよ。こいつは俺を助けてくれた相手なのに)

「ごめん……」

「ふっ、アルミシートのことは気にするな」

「そっちじゃない!」

 くさいセリフとともに格好つけるのがコタローの癖だった。

「も、もし俺が女だったら完全に落ちてたんだぞ……?」

 改めて言葉にすると恥ずかしくなってしまった。

「アルミシート破ったの許したくらいで落ちるとかなにそれチョロイン」

「だからそっちじゃねぇよ!」

 ビンゴの突っ込みに「つまりどっち?」と本気で悩んでいた。ビンゴはコタローを放っておいて荷物を抱えて行列の最後尾を目指す。コタローも荷物をひょいと持ち上げてビンゴの後ろをついていった。


 翌日の昼過ぎ、ビンゴとコタローは有明にいた。東館のホール間スペースでビンゴは肩で息をしながら、隣で戦利品を整理しているコタローに話しかける。

「悪いな、なんか……」

 言葉にするのはためらわれたが、ビンゴはコタローに感謝していた。

「あら珍しい。ビンゴが気弱になるなんて」

 おどけた風に言う。

「お前だって欲しい本もっとあるだろ? それなのに具合の悪い俺に付き合ってくれるなんてさ」

「いいってことよ」

 いつものように芝居がかっている。

(俺は出来すぎた知り合いを持ってしまったな。友達というには釣り合わないくらいに)

 はぁ、と溜息を吐く。

「やっぱり、『レコーズメイガス』買えなかったのは堪える?」

「いや、そうじゃないけど。でも、うん、買えなかったな……。深夜から並んだのに午前中には完売とか、そんなに人気だったとは思わなかったし。作者さんとも話したかったけど、完全におつかれさま状態で話しかけられる雰囲気じゃなかったし。そもそも誰が作者かも分からなかったなぁ」

 思い出せば出すほど負け惜しみが口をついて出る。

「後悔しまくりじゃん、ってアレ?」

 コタローが何かに気付いて指をさす。四、五人の集団で歩く人たちの中心に、スラリと背の高い女がいた。

 コタローの仕草に気付いて、彼女は周りに一声掛けてからビンゴたちの元へやってくる。ビンゴは彼女がトーノだとはっきりと分かった。しかも、あまり機嫌がよくなさそうだった。

「ビンゴくんじゃないですか。ここで何をしてるんですか?」

 気さくに話しかけつつも、言葉尻に棘があった。

「何って同人誌を買いに来たんだけど」

 尻すぼみになりながら答えた。

「へぇ、欲しい本は買えました?」

 機嫌はどんどん悪くなる。

「えーっと……、正直あんまり……。そ、そんなことより、なんでここに?」

 たまらず話題を変えた。

「君と同じ理由です。でも、ビンゴくん。君は脱オタするんじゃなかったんですか?」

 トーノがいちばん訊きたかったことはこれらしい。今までの言葉でいちばん強く言い放った。

 気圧されて返答できないと、続けて詰問される。

「おかしいですよね? 佐仁川さんが言ってました。ビンゴは中途半端な自分を変えるって」

 きっとビンゴの知らないところで連絡を取っていたのだろう。サニがトーノに伝えた内容はきっと間違っていないが、ビンゴがどのようにして自分の中途半端さを変えていくかについてまでは説明が及んでいなかったようだ。

(そうだよ。中途半端な自分を変えるために俺はここに来たんだ。でも、ちっとも変わった気がしない)

 間に挟まれたコタローがいづらそうに巨体を縮こませた。

「中途半端な自分を変えるために、『レコーズメイガス』を買いに来たんだ」

「それは買えたんですか?」

 返答に窮する。買えなかった理由はいくつでも挙げられる。徹夜の待機に失敗して、カツアゲに巻き込まれて夜も眠れずにほとんど早朝待機列と同じタイミングで入場した結果、体力の限界でほとんどガレリアで休憩する羽目になった、と。言っても無駄だろうと想像できた。

 トーノはビンゴの様子から察して、何やらぶつぶつひとりごちた後、ビンゴに忠告した。

「ボクは欲しい本を手に入れました。それも何十冊も。でも、その何倍もの数の同人誌をサークルスペースで頒布しました。なぜできるか分かりますか? 僕一人の力じゃ無理です。仲間がいます。そう、欲しい本を手に入れるには、一人や二人で参加するのは無意味。チームで参加することが重要です。この意味が、分かります?」

 トーノの後ろで待機している人たちは買い物をするための仲間らしい。

 いまいちピンとこないビンゴに、トーノは仲間たちを指さしながら説明を加える。

 買う場所ごとに分担し、出来る限り効率よく目当てのものを購入していく。これから購入品の分配をするらしい。買い物のリスト、経路を描いた地図も見せてくれた。

(綿密な準備の上、作戦を立てて当日は任務遂行に徹する……。臨機応変に対応できる仲間たちを集める……。このイベントは戦場に例えられるけど、イベント開催日より前から戦いは始まっているのか)

 圧倒的な力量の差に言葉が出ない。

 甘くみていた。

 ビンゴは今更になって気が付いたのだ。

「中途半端な奴じゃ、何をやってもダメなんですよ」

 刃のような言葉がビンゴを突き刺す。

 考えないようにしていたことだ。

 本当の目的地から意図的に目をそらして、ここがゴールだと騙し騙しやってきた。それを全否定された。

 ビンゴは血の気が引いて、今にも吐き出しそうだった。トーノが何か言っていたが、もうほとんど耳に入ってこない。

 背中をコタローにがさすった。

「医務室、行く?」

 コタローの優しさに触れる度、トーノの誠実さを知る度に、サニの顔がチラついた。

 あの日の宣言が嘘になってしまった。

 自分で自分の首を締めているような死にきれなさがビンゴの心を縛り付ける。

「……うるさい」

 さする手を払う。目をつむり、深呼吸を繰り返した。

(孤独。劣等感。疎外感。いつから俺はこんな風になったんだ? いつまで俺はこのままなんだ?)

 脳内にもうひとりの自分が話しかけてくる。

「あぁー、うるさい!」

 周りの視線も気が付かないくらいに、ビンゴは頭がおかしくなってきた。

 そうして初めての即売会への参加が終わり、大晦日にして最悪の一日となったのだった。

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