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9 もう列形成は始まっている

 十二月三十日の夜八時、有明は地獄のような寒さだった。

 ビンゴはかじかむ手をさすりながら改札を出てくる人を観察する。

 一人の大男が改札を狭そうに通ってビンゴの前まで歩いてきた。

 装いは蛍光色の防寒着で、首と名のつく部位は密閉され、これから登山でも始めそうだった。

 対するビンゴは今日もまるっと黒一色。今日は目隠れモードだ。

「遅いぞ。もう列形成は始まっている」

「いやぁ、どうしても戦利品は整理しておきたくて」

 頭をポリポリと掻きながらコタローが言い訳した。

「そんなに几帳面なら時間も守って欲しいんだが?」

 返す言葉もないようだった。

 駅前にはまばらに人が歩いていて、ほとんどが同じ方向へ向かう。二人は彼らの後ろを付いていって、海の見える公園に出ると足を止めた。

 目前に行列ができていたからだ。ビンゴとよく似た黒い服装がほとんどで、九割九分が男だった。公園を埋める黒い影となってうごめく。

 ビンゴが気圧されながら口を開く。

「確認だけど、親には泊まるって連絡してある?」

「一応。まあ、今から帰っても問題ないけど……、どうする?」

 コタローは後ろを振り向いて、すでに自分たちの後ろに並んでいる人がいるのに気付いた。ビンゴが答えを渋っている間にも落ち物パズルみたいに人が行列を埋めていく。

「え、なに? コタローは帰りたかったりするの?」

「丸投げか……、いやいいけど。うーん。ビンゴだけでも並んだら? オレは正直帰ってもいいかなって感じ」

 とうとう本音を出したな、と咎めるような目で見る。全力で首を横に振られた。

「お前がいないと俺が補導される可能性があるんだ、付き合え」

「だよね。アキバの時もそうだったもん」

 コタローは背中のリュックから畳んだアルミシートを取り出し、タイル張りの床に敷いてその上に座る。四つ角をつまんで体をすっぽり覆った。

 光に反射する巨大なふろしきから、にゅっと顔が出たり引っ込んだりする様は周りのオタクからもキモがられた。

 そのキモさとは裏腹に中は快適らしく、コタローは頭を引っ込めたまま出てこなくなった。ビンゴはちょっぴりうらやましかった。

「おいおい寝るなよ。整理券が配られるまで起きてなきゃ」

 銀色のもぞもぞした風呂敷包みを揺する。妙に生暖かい。少し強めに押してみた。

「あっ」

 コタローの間抜けな声が聞こえた。

「ど、どうした?」

 自分が何かやったかも、と思ったが、ビンゴがあわてて結び目を解く様子から杞憂のようだ。しかも、内側からだと開けづらいらしい。ビンゴも急いで解くのを手伝う。

「ごめんトイレ行ってくる」

「先にいけよ!」

 効率が悪い奴だった。

 そう言い残してコタローが行列から離脱。トイレは薄暗い公衆便所があるだけだが、なんとなく使いたくない雰囲気である。ビンゴはできるだけ水分は取らないようにしようと決めた。

 コタローはトイレの列に並んでいるらしく、ビンゴは一人きりになってしまった。コタローが残したアルミシートに座ってみると、じんわりと尻の方から暖かさが伝わってくる。

 もし体全体を覆えたら、と思うと、足元にはそうできるように設計されたアルミシートがあった。もはや包まれる以外に選択肢はない。

「えっと、四隅を、こうか? あ、こうか。お……? おお……」

 コレを考えたのは神か。ビンゴは感銘を受けた。そんな矢先、列が前の方から移動していることに気づく。

「えっマジ」

 あわてて風呂敷包みを解こうとするが、内側からだと結び目が見えなくてうまく解けない。

 なんとか一つ解けたので、急いで立ち上がった時、もう片方の結び目が肩に引っかかっており、アルミシートは勢い良く千切れてしまった。

「うお、うわ」

 動揺しつつもコタローの荷物を抱える。けっこうな重量によろめきながら列の圧縮に協力する。通路寄りの端になった。

 コタローの座るスペースまで人に埋められてしまったが、幸いにも通路寄りなのでなんとかなるかもしれない。ビンゴはビリビリに破れたシートを見ながら、なんとかなるかもしれない、という考えを一時取りやめることにした。

 周りに並んでいる人の話に耳を傾けると、どうやら事前に徹夜を申告した人たちがぞろぞろとやってきたらしい。

 後から来たのに先に並ぶ状況に参加者たちは文句を垂れる。ビンゴのような飛び入り参加の集団は思った以上に多いようだ。

 ビンゴはシートと荷物を抱えて、人の流れに身を任せる。公園の外側に新しく列を形成するらしく、我先にと人が群がった。ビンゴもその中へ飛び込もうとしたが、重量オーバーとも言える荷物のせいでうまくいかない。

(さっきいた場所からずいぶん離れたな……。それにコタローと合流できるかも怪しい。ひとまず公園の入口付近で待機するか……)

 ビンゴはどやどやとした空気から離れ、倉庫の脇の陰に入って仕切り直しを図る。コタローを待つだけの時間は多少は冷たい風から身を守ってもいいだろう。

 ところが、寒風ではないものがやってきた。二人組の男だ。一人は二十代で体格が良くて、黒いマスクでよく顔が見えない。

 もう一人はビンゴに歳が近い。アイ・ラブ・ニューヨークと大きくプリントされたサイズオーバーのパーカーを着ている。蛍光色のキャップをツバを曲げずにかぶり、ビンゴをジロジロとねぶるように見た。

 ビンゴは破れたアルミシートや人より倍ある荷物が気になって、いつもなら無視するはずの種類の人間へ目を向ける。

 目隠れモードと言えど、前よりも髪の量が少ない。隙間から目を覗かせていたのがたやすくバレた。

 運悪く思い切り目を合わせてしまう。

 ニューヨークの方が一歩分だけビンゴににじり寄る。

「あ?」

 これは威嚇である。

 周りが黒っぽい服装で中肉中背の男ばかりなのに、ニューヨークは細マッチョといった風体だ。

(な、なんだよこいつ。場違いにも程があるだろ)

 コスプレをしに来たというわけではなさそうだ。

 むしろチンピラや不良といった類の人種だろう。

「おい、何見てンだよ」

 彼にとっては目が合ったら戦いの合図らしい。あまりこういう絡まれ方を経験していない。ビンゴはどう返答すべきか分からなかった。

 とりあえず視線は逸らしつつ、どうにかして穏便に済ませようと考える。何も思い浮かばない。

 ビンゴが対応を考えあぐねていると、もう一人のマスクの方が対峙する二人の間に割って入った。

 ニューヨークへ話しかける。

「まあ落ち着けよ。ビビってんじゃん」

 ビビっていると言われて思わずビンゴは不服そうにマスクを見る。

 その視線をニューヨークが見逃すはずがなく、

「あ? オイ。なにガンつけてんだよ」

 と先制する。振り向いたマスクとも目が合ってしまう。ビンゴはあぐらをかいて座ったままの姿勢だった。睨みつけるようになる。

 瞬間、ビンゴの顔めがけてマスクの足が飛んでくる。

「うわっ」

 ビンゴは即座に防御姿勢を取るが、のけぞってしまって体勢が崩れた。重りを失くしたダルマのようにゴロリと横になる。

 頭上から短い嘲笑が聞こえた。チンピラたちが見下した笑みを浮かべている。

 完全に優位を取られた。恐らく最初から蹴るつもりなどなかったのだろう。

 マウントを取るための牽制に、まんまと引っかかってしまった。

(ああ、そうか。これはオタク狩り……。マジで実在したのか。って、嘘だろ?)

 公園の方を見てもほとんどこちらを見ていない。ちらほらと異常事態に気づく人がいたが、すぐさま視線を外した。

(は? オイ、なに目そらしてんだよ! お前らもオタクじゃん。なんで……、無視するなよ……)

 孤立無援だと気がついたら震えが走る。体をできるだけ縮こませた。

 ニューヨークは依然として目線で圧をかけてくるし、マスクはジロジロとビンゴを観察している。

「な、なんですか……?」

「え? お前、女?」

 思わず顔に手を当てる。前髪がめくれて、怯えた表情が露わになった。

「うわっマジで女っすね! しかもガキじゃないっすか」

「オイ、聞いてんの? ダメなんじゃないの? ガキがさぁこんな時間にうろついてたら」

 肩を強く掴まれる。

(痛い……。それにお前の隣にいる奴もガキだろうが……)

 今度はビンゴの目の高さに合わせるようにしゃがんで、にこやかな顔をして手のひらを差し出した。

「はい罰金」

「えっ? っ!?」

 バチン、と手の甲で頬を叩かれる。じわりと熱くなって、続いてヒリヒリと痛んだ。口の中は鉄の味がする。

 じわじわと体の末端から感覚が薄れていった。かじかんだ指はもちろん、下半身も震える。

 大声で助けを呼ぼうにも声が出なかった。

「え? 殴られたいの?」

 ニューヨークが目の前で拳を振り上げた。

(な、殴られるっ)

 拳が向かって……こない。それどころか男がいなくなっていた。

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