第6話 魔術のある世界
驚いた。
さっきまで全く言葉が通じなかった彼女が、急に流暢なエスパニア語を話し出すなんて。
「……すごい。どうやって一瞬でエスパニア語を? それに僕の名前まで……」
「そんなことは些細な問題よ。それよりも、さっきの。一体どうやったの?」
「えっと、それは、説明しようとすると長くなるけど大丈夫かな?」
「ダメ。要点を、簡潔に教えて」
彼女の凛とした語り口には、一切反論ができないような気がした。
まぁもともとそんな度胸もないんだけど。
「……簡単に言うと、魔術を使ったんだよ」
「……魔術?」
「そう。僕の腕輪には、魔術の式句…魔術的意味を持った図、みたいなものだね。
これが組み込まれている。
そうした道具全般はアーティファクトと呼ばれているんだけど、これを使ったんだよ」
彼女は興味深そうに僕の腕輪を眺めている。
「この腕輪は”メティスの図書館”。
僕のオリジナルの式句を組み込んである。
次元干渉術と空間生成術、あとは検索と自動貸し出しの親切機能つき」
そう、僕らの生活は魔術によって支えられている。
自然界に溢れるマナをコントロールして、現象を変化させる。
魔術は主に二つの技術体系に分かれている。
一つは、紙や金属などの媒体に記された式句を基点として、周囲にあるマナを取り込んで発生させる”法魔術”。
生活用の水や火を生み出すシンプルなものから、複数の式句を組み込んだ軍事転用可能な高度なものまで、その種類は様々だ。
メティスの図書館は後者に該当する。
これらが技術として確立され始めたのは、30年ほど前から。
この新しい技術をめぐって、各国でアーティファクトの開発競争が繰り広げられている、というのが現在だ。
もう一つは人間自身でマナを収束させてコントロールする”体魔術”。
こちらは法魔術と違い、武道などに古くから伝わっている。
達人と呼ばれる人間は、その収束させたマナで金属を切り裂いたり、硬質化させた生身の肉体で剣や弓を防いだりすることも可能だ。
最も、僕にはそんな芸当はできないが、、、
ちなみに、法魔術の起動には、”タップ”と呼ばれる最も基礎的な体魔術が使われる。
指の先にマナを集めて触れるだけの非常に簡単なもので、ほとんどの人が6、7歳になる頃にはマスターしている。
「……私は随分とファンタジーな世界に迷い込んだようね……」
彼女は独り言のようにそう呟いた。
特に返答を求めるようなものでなかったので、説明を続ける。
「このメティスの図書館には、僕が手に入れたり写本したり編纂した書籍が100万冊くらい登録されてる。
ちなみに、あなたの傷と服を治したのは、”物理的再構成”という魔術。
指定した対象をある時点の状態に再構成することができる。
だから決して治療という名目にかこつけて服を脱がせたとかそういうんじゃないというかなんといいますか……」
あれ? 彼女が訝しそうにこちらを見ている。
はっ。しまった。
取り繕おうとして余計なことを口走ってしまった。
魔術に興味を寄せていれば忘れてくれてたかもしれないのに……
「……あ! 名前! あなたの名前を教えてもらえないかな!?」
空気を変えるように、僕はそう切り出した。
「失礼。そういえばまだ名乗っていなかったわね。
私は椎野七海。国連軍特殊作戦部門所属、特務曹長よ」