第5話 本能と理性、謎の価値観
冷静になって考える。
この動きは、もしかすると赤ちゃん?
そうするとさっき腰あたりで手を揺らしていたのは、小さい子供、ってことでいいのかな?
で、しきりに白の書を指している、ということは……なるほど!
「わかった! ちょっと待っててね! 開け、メティスの図書館。閲覧要請、
E8721-1~10 児童絵本エスパニアの歴史10巻セット。
E8781-1~10 言語学習用児童絵本10巻セット」
少し量が多いため、今度は両手でメティスの図書館を開く。
きっとこれで間違いないはずだ。
亜空間に広がる大量の本棚が再び高速遷移を始める。
手前の貸し出し用書棚に、要請した半分の10冊が並んだところで、黒髪の女の子が高速で近づいてきて、僕の両腕の間からにょきっと顔を出した。
「うわっ! ちょっと!」
僕の両腕は図書館を開くために固定されていて、目の前の女の子をどうすることもできない。
確か、二人羽織っていったか。
緩やかで大きめの服を二人一緒に着て、後ろ側の人が前の人に熱々のオートミールを食べさせる、って曲芸師が一部の貴族の間で流行ってるとか聞いたけど……
これは限りなくそれに近い状態なのかもしれない。
彼女は「うーん」とか「ふーむ」とか呟きながら、興味深そうにメティスの図書館の中を覗いている。
均整の取れた顔を傾げる様は、女性研究者のような知性の輝きを放っている。
しかし……
「ちょっと! 危ないから下がってて!」
注意しても一向に動く気配がない。
僕に背を向けて立つ彼女からほのかにいい匂いが漂ってくる。
こんないい匂い、初めてだ。
どうしよう。胸の動悸が止まらない。
というか、さっきは服を着せ変えたと疑われて殴られ、少しエッチなこと考えただけで殴られ、そうかと思いきやこの距離感。
そもそも、その極端に短いスカートは一体どうなってるんだ。
王都の最前衛ファッションでもこんなの見た事がない。
女性が足を出すのはあまりよくない風潮だったはずだが……
彼女は一体どういう価値観の国で育ったんだ? 皆目見当もつかない。
少なくともエスパニアとは全く違うのだろう。
そして治まれ僕の動悸……
僕は、冷静を保つために、とりとめのない思考を次から次へと展開した。
ーーーただ、欲望を抑圧しようとする理性的な脳とは裏腹に、僕の邪な本能は、彼女を育んだ社会的背景・国家・家族・環境すべてに対し、諸手を挙げて感謝していたのだった。
ようやく20冊の絵本が貸し出し用書棚に揃った。
僕はそれを取り出すと1冊を彼女に渡し、残りをテーブルの上に置いた。
たった数秒の出来事だったはずなのに、やけに長く感じた。
彼女は僕が渡した絵本の外装をしげしげと眺めるや否や、ザザザザザザザザ! と、とんでもないスピードでページをめくり始めた。
本当に読んでいるのだろうか? と僕が訝しがっているうちに、1冊目をめくり終えた。
そのまま2冊目、3冊目とテーブルに置いた絵本を片っ端からめくっていく。
2分もしないうちに、すべての絵本をめくり終えた。
最後の絵本をパタンと閉じると、彼女は口を開いた。
「……で、アキト・リブロ。あなたは一体何者なの?」