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女子大生の視点 3

 よし、ではさっそく調理開始。

 まずは日本人の心、ご飯から準備していくわよ。


 お米と水をボウルに入れて研ぐ。

 一回目はサッと。

 二回目からは優しく20回ほどまぜては水を捨てるのを繰り返す。

 研ぎ終わったらしばらく放置して、お米に水を浸透させる。

 今の気温なら、40分くらいでいいわね。

 もちろん炊飯ジャーなんて便利なものがないから、鍋炊き。

 だからこそ、水を浸透させる工程は外せない。


 さて、待ってる間にお肉の仕込み。

 ふふふ、ついにあれを使う時が来たようね


 私は、リュックの中から、一本の細長いボトルを取り出した。

 中には、黒い液体がなみなみと入っている。

 そう、お醤油である。


(よかったー! フランスの日本人街でこれ買っといてよかったー! 日本の味が恋しくてつい衝動買いしちゃったけど、あの時の私を褒め殺したいくらいだわ!)


 今みたいな状況になるなんて全く想像できなかったにもかかわらず、衝動買いの結果、異世界でも日本の味が楽しめるなんて、嬉しすぎて仕方ない。

 このお醤油は、大事に大事に使おう。 


 私は包丁を取り出すと、地鶏のもも肉の筋を切り、それからぶつ切りにしていく。

 切った鶏肉をボウルに入れ、生姜・にんにく・お酒・そして醤油を投入。

 これで下味はOK。


 そして、数種類のスパイスを味見しながら使えそうなものを選定し、片栗粉と小麦粉と一緒にまぜて、置いておく。


 そう、私が作らんとしているのは、唐揚げである!


 唐揚げが嫌いな10代男子なんてこの世に存在しようか。

 世界を隔てようと次元を隔てようと、それは永久に変わらぬ真理。

 これさえ作れば間違いない。


 ちなみに、生姜もにんにくもスパイスも、商店街で頂いたものだ。


 しかし、生姜やにんにくはともかく、香辛料まで簡単に手に入るとは意外だ。

 ジャポニカ米があるくらいだから、もしかするとこの世界では国際貿易が割とうまくいってるのかもしれない。

 魔術の力で地球の歴史よりも航路開拓が簡単だとすれば、ありえる話だ。

 あとは戦争の状況によっても貿易環境が変化するから、ちょっと気になるところね。


 と、また気が散ってしまった。


 鶏肉に下味をしみこませてる間にサラダを作っておこう。 

 ぜひ和風にしたいけれど、さすがに海苔も豆腐もない。

 どうするかなー。

 

(あ!そういえばあれを頂いてたかも!)


 私は、頂いた調味料類をガサガサと探した。

 あった。

 白ゴマだ。

 

 リュックに入っていた綺麗なビニール袋に白ゴマを入れ、

 キッチンにあったパン生地用の棒を使ってすりつぶす。

 

 で、レタス中心に葉物野菜を小さめに切って塩もみし、

 白ゴマ・塩・酢・醤油・オリーブオイルを加えてかき混ぜたら、

 レタスのゴマ風あっさりサラダの完成!


 ごま油の代用でゴマを急遽使ったけど、結構いけてるでしょ。

 よし、一口味見と…………うん、おいしい! 

 ゴマの風味と塩加減が最高ね。

 おつまみにもなりそう。


 一品できたところで、次は唐揚げを揚げよう。

 と思ったけど、この家のコンロは魔術で火を起こすタイプらしい。

 これもアーティファクトというやつだろうか。

 使い方がわからない。


「アキトーーー!

 どうやったら火を使えるのーーー?」 


 私の声を聞きつけ、バタバタと自分の部屋からアキトが出てきた。


「うわっ、なんかいろいろ本格的だね!」


 アキトはキッチン全体に広がる食材を見て驚いている。

 自分も昨日は本格的に料理作ってたでしょうに。


「まぁ楽しみにしてなさいよ。

 それより、火の起こし方がわからないんだけど」


「えっと、それはここのスイッチを、ほいっと」


 アキトが指先でスイッチを軽く押すと、

 コンロ状のアーティファクトから、火が出てきた。


「指先にマナを収束させた状態で触れれば火がつくよ。

 これは体魔術の基礎中の基礎、"タップ"って呼ばれてる技だね。

 あらゆる法魔術の起動に使われてる」


「ふーむ……

 やっぱり魔術って何回見ても不思議ね……

 私にもできるかな?」

 

「試しにやってみたらいいと思うよ?」


「それもそうね」


 えーと、指先にマナを収束…

 あれ? マナってそもそも何?

 気合いみたいなものかしら……

 よくわからないけど集中集中……

 指先に気合いを入れて、てやっ


 私は右手の人差し指で軽くスイッチを押した。


 ぼわっ


 超極太の火柱がコンロから天井近くまで噴き上がった。

 なにこれ?


「わーーーー!! 危ない!! 火事になる!!」


 アキトが大慌てでスイッチを押すと、火が消えた。


「はぁはぁ、焦ったぁぁ……

 ごめん、言い忘れてたけど、指先に集めるマナの量で火力調整するんだ」


「ちょっと! そういうことは早めに言いなさいよ!」


「ごめん、まさか一回で着火できるとは思ってもなかったから……」


(いくら"タップ"が基本的な技だからって、

 初めてやってできるようなものじゃないぞ……

 しかもあの炎の量……

 一体どうなってるんだ、この人の体魔術センスは……

 もしかして、"筋力強化(フィジカロイド)"をかけた時に、

 マナ操作の感覚を無意識のうちに掴んでいたのか?)


 アキトがぼそぼそと呟きながら、不思議そうな目でこちらを見ている。

 まぁ、今は置いておこう。

 

 今度は指先に少しだけ気合いを入れてスイッチを押すと、

 強火ぐらいの火力で炎が噴き出した。

 なかなか調整が難しい。


 何度か試行錯誤して、いい感じに火力を調節できるようになった。


 菜種油を鍋に注ぎ、加熱していく。

 そこに、下味をつけた鶏肉を、特製の唐揚げ粉にまぶし、油の中に投入。

 ジュージューと気持ちのいい音がする。

 

 2分程揚げたら、一度取り出して5分冷ます。

 で、今度は火力を強めて二度揚げ。

 これで、外はカリッと、中はジューシーな仕上がりになるはず。

 最後に油を切って、完成っと。


 ……やばい。美味しそう……

 ちょっと味見が必要ね。ぱくり。


「ん〜〜〜〜!!!超美味しい!!!」  


 やはり、唐揚げは正義ね。

 "可愛い"よりも、"猫耳"よりも、唐揚げの方が正義だと私は思う。


 で、次に新鮮な魚を捌いてお刺身状にしたら、

 いよいよご飯を炊いていきましょう。


 私は鍋をコンロにかける。

 

(はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅうふいたら火をひいて、赤子泣いても蓋とるな)

 

 炊飯ジャーが一般的じゃない海外でも、散々ご飯を炊いてきた私は慣れている。

 炊き上がったご飯の蓋をあけると、白い湯気がもわっと立ち上がった。


 たまらない。

 故郷の香りだ。

 私の心を柔らかくしてくれる。

 生まれ育った家を思い出す……


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 母は、私が幼い頃から厳しかった。

 家事・習字・礼儀・道徳・勉強……

 あらゆる分野において私を厳しく躾けた。


 それに、私に武の手ほどきをしたのも母だった。

 椎野家は、古くは朝廷に仕えた武家をルーツに持つ、由緒正しい一族だ。

 始祖が女性であったことから、日本では珍しく女系継承を旨とし、

 先祖代々、いつの時代も強く優秀な種を求めていた。

 

 そんな椎野家に、最高の種として婿入りしたのが父だった。

 父は、軍人だった。

 在野に生まれながら、頭脳・肉体・戦闘能力・高潔な精神、何事においても父に勝てるものはいなかったと聞いている。


 だが父は、母とは対照的に、とにかく優しかった。

 私がテストで満点を取るたびに、習い事で優秀な成績を収めるたびに、美味しい料理を作るたびに、我が事のように喜んでくれた。

 

 そんな父の笑顔が見たくて、私は一生懸命努力した。

 母の厳しい指導にも耐えられた。

 私は父が大好きだった。

 

 あの頃の私の世界は、同年代の他の女の子たちとは少し違っていたかもしれない。

 でも、私は心の底から幸せだった。



 ……しかし、私の平和な世界は唐突に崩壊した。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「おーい! 七海ー! ななみさーん!」


 背中越しにアキトから声をかけられ、私はふっと我に返った。


「どうしたの?

 ご飯の蓋開けた途端、急に止まっちゃって……

 大丈夫?

 まだ戦闘の疲れが抜けてないのかな?」


「い、いえ。

 なんでもないわ。

 美味しそうなご飯見てたら、ちょっと故郷が懐かしくなっただけ」


「そっか……

 七海の故郷、ここから遠いんだよね。

 なんとか帰る方法探さないとね」


「ええ。

 食事の時にでも、いろいろ聞かせてくれるとありがたいわ。

 この世界のこととか、ね」


「うん、もちろん。

 僕が知ってることで七海の手助けができるなら、喜んで話すよ」


「ありがとう。

 じゃあ、手早く食事の準備を終わらせるわ。

 ちょっと集中してぱぱっとやっちゃうから、テーブルがある部屋で待っててもらえる?」


「わかった。

 ゆっくりでいいから、あまり無理しないでね」


 アキトはそう言うと、リビングの方に歩いて行った。

 この少年は、きっと優しい。 

 魔術やモンスターが当たり前のように存在するこの世界では、

 彼の性格は優しさに偏りすぎているのではないか。

 それが、彼をこの世界で生きにくくしているのかもしれない。


 私はそんなぼんやりとした感想を頭に描きながら、

 残りの料理を手早く完成させた。


 レタスのごま風サラダ。

 唐揚げ。

 そして、新鮮な魚をご飯の上に山盛りによそった、海鮮丼。


 どれも、父の大好物だったものだ。


(いくつになっても、中高生みたいなものばっかり食べるんだから!

 もっと味覚の方も成長して欲しいわ!)


 母にそんな小言を投げられる父の姿を思い出す。


 あの優しい少年は、父と同じように、この味を気に入ってくれるだろうか?


 期待と少しの不安を胸に、私は料理をリビングへと運んだ。

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