第2話 窪んだ白布
「……ん…うっ………ごはっ!」
塩水が気道を通り、喉元から盛大に飛び出していった。
うっすらと目を開けると、初夏の日差しが視界を占拠した。
どうやら、仰向けの状態でどこかに寝転んでいるようだ。
昼寝に失敗したときのように意識が朦朧としている。
右手にざらざらとした感触がある。
ほんの少し掴んで持ち上げ、顔の前に持ってきてみる。
白い……砂だ。
白い砂は風に吹かれ、サラサラと指の間をすり抜けていった。
左手には何か柔らかい感触がある。
少し湿っているようだ。
左手に少しだけ力を込めてみる。
持ち上げられそうにはない。
ただ、感触が心地良かったので、何度か掴んだり緩めたりを繰り返していると、
「ぅ……」という声が聞こえた気がした。
ゆっくりと顔を左に向けてみる。
目の前に、顔があった。
黒くて長い髪。
スッと整った鼻。
薄くも厚くもないちょうどいい唇。
目は閉じられていて、表情は若干苦しそうに見えるが、頬にはうっすら赤みがさしている。
見たこともない黒い服を纏っているが、何箇所も破れていて、覗いた柔肌からは血が出ているようだ。
胸は控えめなようだが……これは……女の……子?
「……ぁっ……ぅっ………」
女の子と思しき人が、顔だけをこちらに向け、仰向けで倒れている。
声の主はやはり彼女のようだ。
僕の左手は、その感触の心地良さに身を委ね、相変わらず掴んだり緩めたりを繰り返している。
僕は、上から下、ゆっくりと自らの左手の先に視線を移していった。
左手の先には……
……えっと、これはスカート? がめくれて、白い砂よりも真っ白な布があって、僕の左手がその上にあって、中指と薬指の先っぽに布の下の方が当たってて、そこに少しだけ細い窪みがあって、これは、えーと、えーと…………パン……ッ!!!!!
「おわぁっ!!!!!!」
朦朧としていた意識が一気に覚醒した。
「ごめんなさいごめんなさい何も見てません何も触ってません何もしてませんごめんなさいわざとじゃないんですごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
僕は飛び起きると同時に全力でバックステップ。
さらに、かがむと同時に上半身を投げ出し頭と両手を砂地にこすりつけながら何度も謝っていた。
確か、このポーズは東の方の国に伝わる五体投地と言われるもの、だった気がする。
エスパニアの習慣には無いが、なぜか本能が「そうしろ」と言っている気がした。
覚醒からここまでの動き、0.15秒。
しかし、予想に反して何のリアクションも無い。
恐る恐る目を開けてみると、そこには先ほどと変わらず黒髪黒服の女の子が横たわっていた。
「あのー……」
声をかけてみるも、やはり動きはない。
小さいけど声が出るくらいだから、息はしているみたいだ。
その後も何度か声をかけたが、全く起きる気配がない。
そこで気づいた。
周りを見渡す……ここは、セトの街の南東にある海水浴ができる砂浜だ。
ちなみに、海開きはまだなので、辺りには人っ子一人いない。
穏やかな波が白い砂浜に寄せては返しているだけだ。
「なんだ、僕は生きてるのか……あそこから飛び降りたら確実だと思ったのに、とんだマヌケだな……」
しかし、どうしよう。
目の前には身体中傷だらけで横たわるボロボロの女の子。
もしかしたら、この子が飛び降りる直前に降ってきたのか。
事情はよくわからないが、放っておいたらまずそうだ。
今晩は満月だから、ここは夕方になると満潮になってしまう。
その前に安全なところに避難させないとな……
それに……死ぬのは僕一人で十分だ。
ここからなら僕の隠れ家の方が近いし、一度手当をして、街に送り届けるか。