第1322話 本当に、名残惜しいよ。的なお話
「それで、いつまでこの宿に居るつもりなんだ?」
「ん? どういう意味だい?」
「ほら、折角認めてもらってホムラで働けるようになっただろ?」
「うん。そうだね。」
「ならもうホムラの家でお世話になっててもいいんじゃないかって思ったんだよ。むしろ、もうとっくに宿を引き払ってホムラの屋敷に居ると思ってたし。」
「僕としてはそれでも良かったんだけどね。当主様は忙しいみたいでね。それでどうせしばらく慌ただしい日々を過ごす事になるからせめてヒノモトにいる間はのんびりと過ごせって言われたんだよ。それで当主様達がホムラに帰る日まではこうしてのんびりと過ごしてるってわけ。」
「ふーん。なら、アザミとデートでもしたら?」
「なっ!? い、いきなり何言い出すんだよ!?」
「いきなりも何もないだろう。折角のんびり過ごす時間があるんだ。ならその時間を有意義に使ったらどうだって話だろ。慌ただしくなるんだろ? ならその前にデートの1つくらいしておけって。」
「それは……そうかもしれないけど……。というか、それを言うならレントの方はどうなのさ!? 奥さん達が居るのにこんな可愛い人と出掛けるのはどういう事なんだよ!」
「だからさっきも言ったろ。ただの道案内だよ。それにこいつとはそういうのじゃないから。」
相手神様だからね。
恐れ多いって奴だな。
多分。
「とはいえ、そっか。それならこれでしばらくお別れって事になるんだな。」
「そうだね……僕はこのままヤマトに住む事になるだろうし、もうそう簡単に会えないんだね。」
「そうだな。次会うとしたら、半年か一年か、まあそれくらい先だろうな。」
「は? え、半年? 一年? なんで?」
「え、なんでって、そりゃ俺はヤマトの料理が好きだからな。多分そんくらいもすれば我慢出来なくなってまた食べに来ると思うし。」
「なにそれ。結構すぐじゃないか。」
「ま、そんなわけで次に会うのはよっぽどの事が無い限り一年くらいになる。それまで元気でな。」
「あ、うん。そっちもね。」
「その時までにはキスの1つくらい済ませておけよ。」
「な、もう、何言ってるんだよ!」
「ははは! じゃあな。」
「うん。またね。」
アルフレッドに別れの挨拶をして、宿を出る。
「残りはヒサギさんだけか。」
なんとなしに口にしたが、そうか、後1人か。
そう思うと途端に寂しく感じる。
もうすぐ終わるんだと実感して寂しく感じるこの感覚は、まるで遠足終わりのようだ。
そうぼんやりと考えながら空を眺めていたら不意に声をかけられた。
「あれ? 風見?」
「ん? 蒼井か? どうしたんだこんな所で。」
「どうしたも何も、明日の準備。そっちはどう? 全部回れた?」
「後1箇所だけだ。」
「そう。それはそれとして、その人って確か……」
キョロキョロと周囲を確認するような素振りをした後、耳打ちして来る。
まあ、顔とかは特に変えてないし分かる人には分かるか。
「火神子さんだよね?」
「そうだよ。」
「なんでそんな人と一緒にいるのよ!?」
「いや、迷子になった俺を見かねて道案内してくれてる。」
「……何やってるのよ。」
「だから、迷子になったから案内してもらってるんだよ。」
「そういう事じゃないわよ!」
「耳元で叫ばないでくれ。」
「あ、ごめん……それで、なんで迷子になんかなってんのよ。」
「見切り発車だったからなぁ。それに大名家とかは馬車に乗って移動していたから大まかな方向しか分からなくてさ。」
「そんなの、貸馬車を借りるなりすれば良かったじゃない。」
「その手があったか!」
「その手があったかじゃないわよ、このアホ。頭の出来は悪くないのに、どうしてこう時々アホやらかすのよ……。」
「お前には言われたくないわ。」
「話は済んだかの?」
「あ、すまん。もう大丈夫だ。」
「それなら良い。ではゆくぞ。」
「そんなわけで、じゃあな。」
「夕飯までには帰ってきなよ。」
「分かってる。」
後1箇所。
何かで、時間の悪い所は必ず過ぎる事だって聞いた事あるけど、まさにその通りだな。
本当に、名残惜しいよ。




