第1298話 奴らの存在があったのか。的なお話
ここまで手も足も出ないといっそ清々しいな。
あっはっはっはっはー。
……はぁ。
いや、全然清々しくないや。
勝てないのは分かってたけど、でもここまで手も足も出ないのはやっぱり悔しさもあるんだよ。
せめて一発くらいは入れられたら良かったんだけど、そんなことすら出来なかったからねぇ。
「次はユキノちゃんが相手してくれる?」
「いえ、私はご覧の通りこの格好ですから。」
「大丈夫。着替えはちゃんと用意しているから。」
「ですが……はぁ。分かりました。準備して来ます。」
無言の圧力に屈したか。
その後着替えて来たユキノだが、ユキノもユキノで手も足も出ずにあっさりとやられていた。
あー……。
ユキノも弱くはないんだけどねぇ、相手が強すぎるよ。
「うん。昔よりも強くなってるわね。」
「触れることすら出来ませんでしたけどね。」
攻撃を喰らった時に触れたけどね……というボケは要らないな。
「それじゃあ次はまたレントさん、相手をお願いします。」
「ぅあ……はい。」
今変な声出た。
「それじゃあ次は私から行きますね。」
「ちょっ、まっ!」
またやられた。
そんなこんなでただひたすらに俺とユキノが蹴散らされる時間が過ぎて行って、ようやくと言っていいのかは分からないが、おやつの時間はとっくに過ぎてそろそろ帰る事を意識する時間になったところで解放された。
疲れた……。
「レントさんはどうも間合いの管理が苦手なようですね。素手に限らず戦闘において重要なのは自身の間合いをしっかり把握する事です。レントさんは素手の経験が少ないので仕方ないかもしれませんが、自分の拳がどこまで届くのか、蹴りはどの高さまで上がるのか、それをしっかりと理解する事で自然とそれにあった間合いを保てるようになると思います。後は体の柔軟性も気になりますね。少し硬いです。」
「これでも、昔よりはずっと柔らかくなったんですけどね……。」
「それでもまだまだです。柔軟性が上がればそれだけ関節の可動域が増えて攻撃できる範囲も広がります。このように……真上まで蹴る事だって出来るようになりますから。」
すっご。
大開脚しての真上への蹴り上げとか、俺がやったら速攻で股関節が永眠する。
「型に関してはそこまで気にする必要はないですかね。型というのは体を効率よく動かす為に必要なものですが、全ての人に合っているわけではありません。重要なのは自身にあった体の動かし方、力の運用です。身体を壊さず、しっかりと力を伝えられる動かし方を身につけていきましょう。今後も素手での訓練がしたいというのならいつでも訪ねて来てください。お教えすることも出来ますし、相手を務めることも出来ます。私がいない時は斬葉に相手をして貰ってください。ロクショウ、それではレントさん達をお送りして差し上げて。」
「かしこまりました。」
へとへとの状態で馬車に乗って宿へと向かう。
「あー、しんど……どんだけ強いんだよキリカさんは。」
「まあ、リュウガミネというのは元よりそういう家だからな。あの家は帝様の側で護衛をする事を生業としている。女性当主なのも、いついかなる時でも側に居られるようにというものだしな。もっとも、長いこと平和な時代が続いたからか、いつも側に……という事はなくなったが、それでも帝様が公の場に姿を表す時は常に側に控えている。」
「そうなのか……。ん? ちょい待ち。それならなんでキリハさんはミコと会ったことなんてほとんどないって言ってたんだ?」
「それは単純に当主を継げてないからだな。当主になれば自然とその役目も継ぐから会う機会も増えるだろうよ。継げば、の話だがな。」
「継げば、ねぇ。午前の時に言っていたキリハだからってのはどういう意味なのかユキノは知ってるのか? 名を捨てるとかなんとかとも言ってたよな?」
「キリハというのは次期当主が名乗る事の出来る名なのだ。種は芽吹き、やがて葉をつけ、そして綺麗な華を咲かせる。故に、キリハなのだ。華の1つ前の状態だから。同様に当主もまたキリカの名を代々受け継いでいる。」
あー、そういう事。
つまりアレだ。
初代辺りが俺の同類なんだわ、これ。
葉だけならともかく、華と書いてカと読むのはこの世界にはないからな。
佐野総一郎だけじゃなくてここにも奴らの存在があったのか。
ちなみに、以前悩んだと言ったのは龍牙峰に関する話を模擬戦の際に語るのか、それとも馬車の中でユキノと2人きりで話すのかというもの。
ユキノと2人きりというのは捨て難いが、かといって龍牙峰が強いというのを見せないのも惜しいと悩み、結果両方を取ることにしました。




