第1229話 そもそもあいつは補欠なんだけとね。的なお話
紅白巫女が去っていって暫くするとキリハさんがやって来る。
いつも早いねぇ。
今日に限っては俺が言うことじゃないから口には出さないけど。
「おはようございます。早いですね。」
「まあ、今日はお偉いさん達が来るからさ。遅く来るよりかは早い方がいいと思ってね。」
「流石に今日に限ってはそれで文句を言う人は居ないとは思いますけどね。でもいい心がけだと思いますよ。」
「今日に限ってはって事は普段なら言う可能性があるんだ。」
「失言でした……この事は御内密にお願いします。」
「分かってるって。」
まあ、大名相手の悪口を言っていたなんて知られたら大変なことになりかねないしね。
俺は一応紅白巫女っていう切り札があるから多少は大丈夫な気がするがわざわざ面倒なことをする必要はないし、内緒にするのは賛成だ。
「それで、調子はどうですか? 緊張などはしていませんか?」
「直接大名達を前にしてみない事には何とも言えないね。」
「そうですか。私は少し緊張していますね。今日は母だけでなく、父や兄、妹達も来ますから。あまり出来が悪いのは見せられないですから。」
「ちょっと待って……。兄や妹達? え、何? 今日来るのって当主だけじゃないの?」
「そうですよ。聞いてませんでした?」
「どうだろう……ただ、大名当主だけだから100人くらいかと思ってた……。ちょっとやばいかも。」
100人くらいならまだ何とかなると思ってたけど、流石にそれ以上となるとなぁ。
小学校の学芸会や中学校の合唱コンクールなんかで似たような事はやったけど、相手は基本同じ児童や生徒達だから、それだけの数のお偉いさんとなるとどうなるのか……。
不安になって来た。
◇
キリハさんと別れた後更衣室に向かって衣装に着替える。
この衣装後半の稽古で何度か着たものの……。
「おはよう。」
「あ、ヒサギさん。おはよう。」
「随分と早いんだな。」
「まあ、たまたまね。」
3回目なのでもう説明もおざなりだ。
面倒だから。
「それにしても、この衣装は着るの面倒ですよね。手順がややこしくて。」
「そうだが、ならば着付けを頼めば良かろう。」
「あー、あの人はちょっと……なんか変なところ触って来たりしません?」
「そんな事はなかったが……レントが好みでつい触りたくなるとかそういのでは?」
「勘弁してくださいよ。」
悪い人じゃないんだけどね。
でもあのボディタッチは流石にごめん被る。
そういうのは嫁さん達で間に合ってるっての。
その後四苦八苦しつつなんとか衣装を着ていた所で最後の1人であるアルフレッドが到着したんだが……えーと、大丈夫かあれ。
なんか、めっちゃ顔色悪いんだけど。
もしかしてこいつまさか……緊張しすぎ!?
いやだって……えぇ?
今日の出番は基本俺だろ?
なのに何でこいつがこんななってんの!?
「どうしたんだ? 顔色が悪いぞ。」
「実は……昨日休みだからとちょっと出掛けたんですけどね……そこで食べたのが傷んでいたのか何なのかは分かりませんが、昨晩から腹痛が続いてて……昨日よりかはマシになったんですけどね……。」
なんというか……運の悪い奴としか言えないな。
こんな調子でこいつは大丈夫なのか?
少なくとも今日中は無理そうなんだけど……。
いざという時の補欠が真っ先にリタイアするのってどうなの?
いやまあ、話を聞く限りしょうがないとは思うけどさ。
「あー、とりあえず俺は大丈夫そうだからお前は今日はもう休め。な?」
「そうだな。それが良かろう。関係者には我々が伝えておく故、心配は無用だ。」
「そうする。2人とも……後は任せた。」
「任せろ。」
「うむ。」
まさかこんな事になろうとは。
とはいえ、補欠があんなだし緊張がどうのなんて言ってる場合じゃないな。
よし。
気合入った。
あいつの分まで今日は頑張るとするか。
まあ、そもそもあいつは補欠なんだけどね。
補欠だからといって、必ずしも安心できるというわけじゃない。
時にはこういう事もある。
アルフレッドの明日はどっちだ?




