第942話 良いのがあるといいんだけどな。的なお話
「実はね、犬人族には昔からある習わしがあるの。あくまでも犬人族同士だけの話なんだけど、プロポーズをする時にお互いの名前が彫られたペアの首輪を送るんだって。それは、私の全てはこの人の物っていう証で、プロポーズを受けた人はOKなら自分の名前が彫られた首輪をプロポーズしてくれた人に付けてあげるんだよ。」
こそりと、アデルが耳打ちをして教えてくれる。
凄くありがたいんだけど……。
でも、この体勢はちょっとキツイです。
中腰だから。
一応鍛えているから余裕ではあるんだけど、どこか身体を痛めそうな姿勢だからあまり長くこの格好はしていたくないかな。
「今は昔と違って他種族とも関わりを持つようになって、人族の指輪っていうのが一般的にはなってるんだけど、それでも昔から犬人族で受け継がれてきているんだよ。それに、中には好きな人の種族の文化なんかも調べて首輪を贈る事もあるみたいだしね。」
あー、なるほど。
つまり、そういうのを一瞬想像して反応したと。
それは申し訳ないことをした。
でも、流石にそれは無いと普通気付くよね?
いくらなんでも、こんな露店の安物でプロポーズをするわけがないって。
もっとちゃんとした良いものを用意するよ。
しかし、良いことを聞いた。
そうか、犬人族ではプロポーズの際に首輪を贈るのか……。
でもただの首輪ってのも奴隷みたいでどうかと思うし、俺はチョーカーとかネックレスとかそういう着けてても恥ずかしくない物を用意しよう。
きっとそうしよう。
忘れていなければそうしよう。
「ところで、なんでアデルはそんなこと知ってたの?」
2人だけの内緒話なのでこっそりとアデル呼び。
それが嬉しかったのか、笑顔になるアデル。
あー、かわいいなぁ。
「その……実は200年くらい前に、もしも恋人が出来たらって思ったことがあって、その時に色々な種族の結婚観とか習わしとか調べた事があって、それで……。」
「その時にもしも犬人族に告白されたらって妄想して、調べたと。」
「うっ……そ、その通り、です。……ひょっとして、怒ってる?」
「全然。200年も前の話だし、何よりアデルの恋人は俺が最初で最後だから気にしてないよ。」
「あう……最初で最後……。」
うん、まあ、自分でもちょっとアレなセリフかなって思わなくもない。
もしも誰かに聞かれてたらそこら辺を転げ回りたくなくらいには恥ずかしいセリフだ。
でも、こういうのはちゃんも口に出す方がいい。
そうに決まってる。
実際、きゅうしょにあたった 効果はばつぐんだ! 状態のようで、アデルは顔を真っ赤にしてるし。
顔は真っ赤だけど、そこに喜色もちゃんと入ってる。
「おーい、そろそろ行くよー。」
「分かった。それじゃアデル、移動するみたいだし、俺達も行こうか。」
「う、うん……。」
まだちょっとアデルの顔が赤いが、みんなの移動に合わせて付いていく。
あ!
そういえば、アデルからの説明を聞いていたからアイリスさんにアクセサリーを勧めるのを忘れていた。
しまったなぁ……こんな事ならリナさんと一緒に勧めておくべきだった。
どうする?
今から戻って買ってくるか?
いや、でもそれでとアイリスさんを贔屓にしているみたいじゃないか?
リナさんは自分でお金を払ったのに、アイリスさんは俺が買ってあげるのはどうかと思う。
はぁ……。
仕方ない。
こういうのは一期一会だ。
今回は縁が無かったって事だろう。
アイリスさんのはまた別の露店で探そう。
良いのがあるといいんだけどな。




