[第七話]
※
昨日の学園探索で確認していたことだが、ここの体育館は学生証による認証式ではなく、普通の南京錠が使われている。魔法実習ドームとは別に建っていることから、こちらは体育の授業で使用するような一般的な建物。普通の学校が使っているような施錠で問題無いと思ったのだろう。
「その考え方が、今回の侵入者籠城に付け込まれたわけだ」
体育館、その扉の前に立つ。南京錠は見事に破壊されていた。気配を探ってみれば中には複数人いることが分かる。まあ、何人いようと関係ないけどな。
「遅ぇなぁ、あいつら……」
……お?
「あ?」
こちらが手を掛ける前に、扉は勝手に開かれた。
中から出て来た1人の男によって。
思わず見つめ合う。
「て、てめぇいった――びぶべっ!?」
「出迎えご苦労。通してくれたまえよ」
こっそり侵入しようかとも思ったが、もうダメだな。
いきなり怒声をあげかけた男の顔面を殴り飛ばし、中へ。
身体強化魔法を纏った拳で殴ったため、男は面白いくらいに吹っ飛び、出入り口から離れたところで転がっていた。
「お、おい!! お前どうしたんだ!?」
「しっかりしろ!!」
中で待機していた男のうち数人が、いきなり吹き飛ばされてきた男の下へと駆け寄る。皆の視線は、完全にのびている男へと向かっていた。
……その中で。
「お前がやったのか、こいつを」
1人だけが、たった今体育館へと足を踏み入れた俺に意識を向けていた。
「ああ。いきなり目の前に現れるもんで、ついな」
「ついじゃねぇだろ!!」
「ふざけてんのか!?」
俺の答えに、ようやくこちらに視線を向けた男たちから怒声が上がる。
「お前ら、落ち着け。話が聞けねーだろ」
「俺に聞きたいことでもあるのか?」
騒いでいた男たちが収まるのを見計らって聞いてみる。何が聞きたいかなんて分かってるけどな。
「ああ。俺たちはここで、とある人間を待ってるんだが」
「待ち人は来ない」
向こうのセリフをぶった切り、簡潔に告げてやる。
「そして……」
MCを起動する。特有の機械音が耳に届いたところで、再度口を開いた。
「お前らも、ここで終わる」
「なめん――が……」
群がる集団のうち、一番最初に吠えた男の顎を打ち抜く。男の怒声は急激に弱々しくなり、そのまま言い切ることなく崩れ落ちた。
「なっ!?」
「お前っ!? いつの間に!!」
「やめとけ」
両サイドで驚愕する男たちに話しかける。
「お前ら程度の実力じゃ、俺には勝てねーよ」
その一言で血が昇ったのか、近くにいた2人の男が魔法を使うことも無く殴りかかってきた。当然、身体強化魔法を纏っている俺の方が動きは速いし威力も強い。相手の拳が届く前に鳩尾を蹴り飛ばし、2人とも戦闘不能にしておく。
「魔法使いに対して魔法無しの素手で殴りかかるなんて、どれだけ素人だ」
「喰らえぇっ!!」
放たれた魔法球を、身体強化魔法を纏った拳で打ち砕く。
「なっ!?」
「戦闘中に気を抜いたら、その時点で負けだ」
「がはっ!?」
男の懐に素早く移動し、腹に一撃をくれてやる。何の抵抗もなく倒れた。
……さて。
「その餓鬼を殺せ!!」
最初に俺へと目を付けた男が周りの仲間に命令する。どうやら、あの男がここでのリーダーらしい。
初めにあの男を無力化し、周りの奴らに降参を促す手もあるがそれは無しだ。師匠は、殲滅したがってるようだからな。
「精々楽しませてくれ」
ざっと30人くらいか。望むところだ。
「はぁっ!!」
俺と同じ身体強化魔法を纏った男が殴りかかってきた。顔面を狙うその拳を右腕でいなす。そのまま無防備な顎に足を振り上げた。
「ぐおっ!?」
「切り刻まれろ!!」
「あん?」
目の前の男が気を失い仰向けに倒れたところで、正面から風の付加が掛かった魔法が数発放たれた。が、発現から射出までが遅すぎる。余裕を持った動きで回避すると、俺の後ろにいた数人がその魔法に巻き込まれた。
「き、貴様ぁぁ!! ぐはっ!?」
「何怒ってんだよ。お前の魔法がやったんだろうが」
怒り狂う男の首を薙ぎ、意識を刈り取る。
「おらぁぁぁぁ!!」
「数がいれば良いってものでもないぞ」
今度は3人同時だった。全員が身体強化魔法を纏い俺へと突っ込んできたので、拳が俺に触れるギリギリのタイミングで跳躍する。突如標的を失った3人は、仲間同士で無残に打ち合った。
「ほいっと」
「ぶっ!?」
着地がてら1人の男の頭上に足を乗せ、そのまま地面へと振り下ろす。踏み抜かれた男は、そのままぴくぴくと痙攣して動かなくなった。その間にも、同士討ちで蹲る残りの2人を蹴り上げて戦闘不能にしておく。
「ん?」
体の動きが、突如鈍った。
「……これは」
「引っかかったな!! 俺の捕縛魔法はすげぇだろ!!」
瞬間、足元に魔法陣が展開される。どうやらトラップに引っかかったらしい。
「今だ!! やっちまえ!!」
今度は5人がかりで襲ってきた。
「別に凄くはないな」
捕縛魔法を身体強化魔法を纏った腕で無理やり引き千切る。
「……いい加減、集団で襲う非効率さに気付けよ」
5人のアホどもを拳で沈め、捕縛魔法を使ってきた男との距離を瞬時に詰める。
「お、お前!?」
「とっとと沈め」
顎を打ち抜いて無力化した。
「な、何なんだこいつ!!」
「とんでもなく、強ぇ!!」
俺の動きに畏怖した2人との距離を詰め、蹴り飛ばして無力化する。
残りは、……もう10は切ったな。もう少しだ。
「どけいっ!! 俺がいく!!」
群がっていた中でも、特に大柄な男が仲間を押しのけて俺の前に立つ。
「餓鬼、お前……なかなかに近接術に優れているな」
「どうも」
「だが、ここまでだ。俺は一発や二発顎に貰った程度じゃあ倒せやしねぇ!!」
「そうかい」
少しスタイルを変えることにした。纏っていた身体強化魔法に属性を付加する。
付加するのは。
「さぁ、掛かってこい!! 捻りつぶして――かはっ!?」
男のセリフを聞き終わる前に、攻撃特化・火の身体強化魔法を纏った俺の拳が男の腹を捉える。口しか動かしていなかった大柄の男は、そのまま後方へと吹っ飛び体育館の壁に打ち付けられて地面に伏した。
「言いたいことがあるなら魔法で語れよ。これは餓鬼の喧嘩じゃないんだぜ」
「やっ!? やめびぶべっ!?」
もはや打ち抜く必要もない。恐怖に慄く男との距離を詰め、火の力を纏った掌を撫でるように男の顔へと添えるだけで、その男は地面へと叩きつけられた。
やばい、これはやり過ぎたか。足元で衝撃と火傷の痛みに呻く男を尻目にそう思った。
身体強化魔法はそのままに、付加していた火属性だけを消し去る。気を取り直して、俺から一番近くにいる男を殴り飛ばした。
「はぁぁぁっ――うおわっ!?」
後ろから殴りかかってきた男の拳をガードする。そのまま一本背負いで投げ飛ばしてやった。
「おとといきやがれー」
壁へと打ち付けられ意識を失う男に、そう告げてやる。もう聞こえてないか。
そこで、俺の周囲にはもう誰もいないことに気が付いた。目を向けた先。体育館の最奥。檀上になっているところに、リーダー格の男を中心として5人の男が構えている。
「やるな」
リーダー格の男が口を歪ませる。
「姫百合家の当主は、良いボディーガードを雇っていたようだ」
惜しい。花園家だ。
「何の話だ。俺はただの学園生なんだけどな」
「動くな」
称賛を払いながら足を進めようとしたところで、制止が掛かる。
「俺の隣に立つ5人は既に魔法式を組んでいる。俺の合図一つで、それは直ぐにでもお前を捉えるだろう。この距離だ。お前が俺を捉えるよりも、こちらの攻撃の方が早い」
こちらの反応は待たず、リーダー格の男は続けて言う。
「誤魔化す必要は無い。お前のような輩がただの学園生であるはずがないだろう。護衛役としてこれほど優秀な者が学園に潜んでいたとは、こちらにとって誤算だった。今日は退くとするよ。俺たちはここの裏口から外へ出る。お前がその間そこから動かなければ、魔法は発現させないと約束しよう」
そう言いながら、リーダー格の男がゆっくりと後退しようとした瞬間だった。
「早いのは貴方たちじゃなくて私の魔法」
その声が聞こえた時には、既にリーダー格の男の周りに控える5人は背中から魔法で打ち抜かれ、宙を舞っていた。
「なっ!?」
リーダー格の男が驚愕の表情を浮かべて振り返る。
「ま、舞!?」
そこには、寮棟で待機しているはずの舞が。
「くっ!? 誰だ貴様、いや、これは好都合かっ!?」
舞を人質に、そう思ったのだろう。リーダー格の男は俺に背を向けたまま舞へと手を伸ばす。
「――俺から目を離してんじゃねーよ」
床を蹴り上げ壇上へと一歩で辿り着いた俺は、そのままリーダー格の後頭部に回し蹴りをお見舞いしてやった。
「がぁっ!?」
顔面から床へと倒れ込む。
無力化できたことは明確だった。
※
「何してるんだよ、お前」
とりあえずそこらかしこで伸びている侵入者たちを一か所に集めてから、しれっとした顔でそれを眺めていた舞に食って掛かることにした。
「可憐と咲夜の面倒を見ておいてくれるって約束だっただろうが」
「姫百合可憐って良い奴ね」
「はぁ?」
質問の答えになっていない。発言の内容も訳が分からない。気でも狂ったか。
「『私たちのことはいいですから、どうか中条さんの援護に向かってください』だってさ。私、あいつのこと見直したわ」
「……もういいや」
どうでも。
どうせ最初の戦闘は俺の意思で参加させてしまっている。今更取り繕っても依頼主である剛さんは許してくれないだろう。
なんか頭痛くなってきた。
携帯電話を開いて見れば、もうそろそろ日付が変わろうかという頃合いだった。
「つまらない奴だったな」
「それは同感」
独り言だったのだが舞は賛同してきた。
のびているリーダー格の男を見据える。
この男は、戦えばたぶんそれなりに強い奴だったと思う。それなのに最初から逃げの姿勢とは。面白くもなんともない。拍子抜けし過ぎだ。面倒くさいという言葉すら出す暇が無かった。
むしろ事後処理の方が手間だな、とか考えつつ依頼主である剛さんへ連絡を取ることにした。
公衆電話から電話してきた男含む残りの連中は、もう少しまともな奴らだといいんだが……。
※
「……成程」
目の前で剛さんが重々しく頷く。
ここは花園家・剛さんの書斎。
デスクに座すはこの部屋の主である花園剛。そのデスクの前には俺と舞が並んで立っている。今はちょうど昨晩に起こった騒ぎの報告を終えたところだった。
「ご苦労様、と素直に告げてやりたいところだったが。……まさか舞を戦闘に同伴させるとは」
頭を下げる。
いや、本当にマジですみません。これは気の迷いとかで済む話ではない。
「あ、あのねパパ。これは私が我が儘を言って――」
「いいよ、舞」
舞が取り繕おうとするのを手で制した。
「で、でもっ」
「それを含めて俺の責任だ。俺はお前の護衛、お前は俺の護衛対象なんだから」
「うむ。聖夜君は分かっているようだな」
俺の発言に、剛さんは厳かに頷いた。
「少し、護衛という任務を軽く見ていたのではないか?」
「はい。申し訳ございません」
もう一度頭を下げる。隣では、何かを言いたそうに舞がそわそわしていた。が、舞がフォローをしてくれたところで何がどうなるわけでもない。
「頭を上げてくれ、聖夜君」
それに従い、視線を剛さんへと戻す。
「まあ、初の任務であることに加え、ライセンスを取得したばかりの新人であることを考えれば、及第点ではある。舞に被害が加わったわけでも無し、特別に罰を科そうなどとは思っておらんよ」
「……ありがとうございます」
「問題は、姫百合の方なんだがな」
……ですよね。可憐は侵入者から殴られてしまっている。
「……どちらにせよ、姫百合家には報告せねばならぬ事柄ではあった。今の青藍を管理しているのは姫百合家。昨晩の騒動は、向こうの協力なくしては揉み消せんのだ」
剛さんはデスクの上にある葉巻を手に取り、……そのまま置いた。吸うのを止めたらしい。
「本当に申し訳ございません」
「いや、現段階で向こう側から苦言は頂戴していない。……むしろ、これを良い事と捉えていいかは分からんが、姫百合は随分と君に興味を抱いていたようだ」
「……は?」
興味? 俺に?
「君の頭越しに物事を進めて申し訳ないが、君の魔法使いとしてのプロファイルは、昨晩のうちに姫百合家へ送ってある。君の師匠には確認済みだが、すまない。本人には事後承諾という形になってしまった」
「い、いえ、それは別に構わないですけど」
師匠が許可を出す程度の資料なら、特に困る内容は記載されていないだろう。娘が誘拐騒動に巻き込まれているのだ。それに関わった人物についての情報を求めることは間違っていない。
「君に是非会ってみたい、と言っていたよ。姫百合美麗君が」
……“氷の女王”なる異名を持つ大魔法使いじゃねーか。
そうか、あの大魔法使いが可憐の母親なのか。目を付けられたか? そうだとすれば、とても面倒くさいことになりそうだ。
「姫百合の真意は分からないが、現段階では君は舞の護衛役だ。ひとまず、何かあるようなら花園を通してくれと伝えておいた」
「あ、ありがとうございます」
それはとても助かる。できればこれ以上の面倒事には関わりたくない。
「……ふむ。さて、それじゃあ話を元に戻そうか」
葉巻に手を伸ばしかけてやっぱりやめるという動作を再び繰り返した剛さんは、仕切り直すようにそう言った。
「昨晩の侵入者たちは、一人残らず捕え警察に管理を任せている。とはいえ、君に言われた通り公にはせず、文字通り管理してもらっているだけだ」
「ありがとうございます」
剛さんの言葉に頭を下げる。花園家の権力に感謝だな。
「一体、どうするつもりだ?」
「情報を吐かせます。まだ誘拐犯の首謀者を捕えていませんので」
俺の言葉に、剛さんは目を細めた。
「そういったことについては警察が適任かと思うが」
「いいえ。それでは時間が掛かってしまいます」
電話越しに聞いた男の声を思い出す。黒幕はまだ捕まっていないのだ。
「君ならば直ぐにできると?」
「はい」
断言する。
「……そうか。まあ、彼女の弟子である君だ。ひとまずは君に任せるとするよ」
「ありがとうございます」
礼を言い、もう一度頭を下げる。
「……さて、それとこれからの護衛についてだが」
その言葉に、舞の肩がびくりと震えたのが分かった。何に反応したのだろうか。
「この件が済み次第、護衛から外してもよろしいかと思われます。捕えている者から情報が引き出せ次第、今回の首謀者は直ぐにでも抑えますので」
舞の反応はとりあえず無視しておき、話を進める。
「学園のセキュリティの穴も見つけられたことですし。これ以上侵入を許すことはないでしょう?」
「……うむ。そうだな。その件に関しては、姫百合と再度話し合いの場をもたねばならん」
剛さんが唸るように言う。
昨日、体育館である程度の後始末をしていた時に、隠すようにして停められていた一台のトラックを発見した。どうやら侵入者たちは、これを使って学園内に潜り込んだようだ。手口は実に簡単。守衛に夜間清掃だと嘘を吐き、堂々と正門から踏み込んだらしい。
騙されたとて、守衛に非があるのも事実。学園内に入る業者は前以て学園側に通達されている。これからは、それ以外の知らされていない者は例えいかなる理由があろうと通してはならない、と守衛に言い渡されたようだ(というより、これは以前から取り決められていたことであり、正しくは再度徹底された形)。
「では、今するべき話はこんなところか」
「そうですね。それでは、私はこれで」
「ああ。聖夜君、くれぐれも危険な事は避けるんだぞ。今から君がやろうとしていることは、少々護衛という任務からは外れているように私は思う」
「ご心配ありがとうございます」
「必要なら人手は出そう。連絡をくれ」
「了解です」
「せ、聖夜……」
一礼し、踵を返したところで舞に呼び止められた。
「言っておくが、舞。これ以上お前の出番は無いからな。お前はもう学園で大人しくしておけ」
「その通りだ」
背中越しに援護射撃が入った。
「舞、お前は残れ。少々お前とは話す事がある」
「ひっ」
小さな悲鳴は聞かなかったことにした。
書斎から退出する。
扉を開けた先には、祥吾さんが待機していた。
「大変だったみたいだね」
そのセリフに軽く笑って返す。
「いやあ、大変なのはむしろこれからですよ」




