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[Teleporter]  作者: SoLa
7/13

[第六話]


 駆けつけた時には、まだ戦闘は開始されていなかった。

 理由は知らないが、可憐は魔法服を身に纏っており、既にMCを起動している。周囲には二十人程度の黒いローブを被った男たち。それぞれが片腕に手を添えているところから見て、全員が魔法使いであり、そこにはMCが隠されているとみていい。

「そこをお退きなさい。邪魔をするのならば、痛い目を見ますよ」

 普段の彼女からは考えられぬ程の冷たい声色で、その言葉は発せられた。しかし、震えている。普通に学生をやっていればこんな事態に遭うこともないだろうし、当然だろう。

「ははっ。そう言われて退くくらいなら、最初からこんなことはしねぇよ」

「お嬢ちゃん。いくら君に魔法の心得があるからって、この人数に勝てると思っているのかい?」

 その言葉に、可憐の顔がしかめられる。

 どうやら自らの実力と現状から、結果は想像できたらしい。思ったよりパニックに陥っていないようで安心した。

 それじゃあまずは――。

「聖夜、先手を打たせてもらうわよ!!」

「は? ちょ、おい!?」

 止める暇も無く、舞は無詠唱で瞬時に三つの魔法球を発現させた。それは目にも留まらぬスピードで可憐の脇をすり抜け、侵入者三人へとそれぞれ着弾する。

「ちぃっ!?」

 舌打ちする。

 作戦も何もあったもんじゃない。

 身体強化魔法を発現させて地面を蹴る。可憐の一番近くにいた侵入者との距離を一気に詰めて蹴り飛ばした。

「がっ!?」

「あ、貴方っ!?」

 可憐の表情が驚きの一色に染まる。

「舞、加減を忘れるな!! 殺すんじゃないぞ!!」

「分かってるわよ!!」

 そう言っているうちに、新たに発現された魔法球によって、更に二人ほど宙を舞っていた。

 ……本当に分かっているのだろうか。

 この侵入者共、どうやって学園に侵入してきたのか知らないが、実力は下の下だ。舞程度の実力でも一捻りだろう。

「あ、貴方たち……どうして」

 急に現れた俺たちに対して、どう声をかけていいのか分からないのだろう。可憐は目を白黒させて俺を見つめている。

「よう。まさかこんな時間にこんな所で会うとは思わなかったな」

「え? ええ……。え?」

 うまく頭が回っていないようだ。

「てめぇ、何者だ!?」

「あん?」

 俺が答えるより先に、男が火の魔法を放ってくる。

「へぇ。無詠唱の割にはなかなかの威力だな。だが、その程度じゃ牽制球にもなりゃしねーよ」

 片腕を振るった。それだけ。それだけで火の魔法球が粉々に霧散した。

「なっ!? なんだとっ!?」

 発現した男の顔に驚愕の色が浮かぶ。身体強化魔法によって魔力を宿した片腕は、それ自体に魔法への対抗力も付く。

 男の放った魔力よりも、俺の片腕に宿していた魔力の方が大きかった。攻撃特化と称される火属性を付加された魔法球よりも、俺が無詠唱で展開していた身体強化の方が、強かった。ただ、それだけ。この結果はそれを雄弁に物語っていた。

 真正面から放たれた一撃。避けようと思えば簡単に避けれた。しかし、そこは敢えてしなかった。

 理由は簡単。

「ふ、ふざけんっ、がっ!?」

 信じ難い状況下に耐え切れなくなったのか。堪らず殴りかかってきた男は、舞の魔法球によって吹き飛ばされた。

 絶対的有利の立場から一転すると、人の心情は思いの外脆くなる。


 ――――だからこそ、そこが付け入る隙になる。


「なにこれくらいで動揺してんだよ。お前の魔法より、俺の魔法の方が強かった。ただそれだけだろうが」

 にやり、と。周囲にいる相手を威圧してみせる。

「あんたら、自分たちがどこに侵入してきてるのか分かってるか? 魔法学園だぞ。そりゃ魔法使うさ」

 指を鳴らしながら、続ける。

「それとも簡単に勝てると思ってたか? 相手はただの学園生だから、小手先だけで潰せる奴らばかりと? 馬鹿言ってんじゃねーよ。そんなわけないだろう」

 ごくり、と。誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

「お前ら程度に負けるほど、ここの学園生は弱くないぞ」

 たぶん。

「そうね、詠唱するまでもないわ」

 後ろから舞に襲い掛かろうとした侵入者は、舞から振り向いてすらもらえぬうちに魔法球によって叩き潰された。

「……中条さん?」

 ここまで大々的にやってしまえば、もはや護衛の件など隠す必要もないだろう。

「下がっていてくれるか。あまり近寄られるとうまく戦えないんだ」

「で、でもっ!! 貴方は攻撃魔法も防御魔法も使えないって!!」

「おいおい、それを大声で言うのか。敵に囲まれたこの状態で」

「っ!?」

 可憐は急いで口を手で覆う素振りを見せたが、もう遅い。

「へ、へへっ……。なるほどなぁ。攻撃魔法が使えない、か」

 その事実は、絶望の淵に囚われていた侵入者たちを見事救い出したようだ。一変して、再び殺伐とした雰囲気を纏い始める。

「だから、お前の情報なんて無かったわけだ……。防御魔法すら使えないなら、まずはお前から――」

 その男のセリフはそこで途切れた。

「話は簡単だ。そう思ったのか?」

 ぐるんと眼球が回り、白目を剥いて男が倒れる。無防備な顎に一撃を決められ、意識を保つことがてきなかったらしい。

 その光景を見て、再び侵入者たちの間にざわめきが走った。

「攻撃魔法が使えなかろうが、防御魔法が使えなかろうが。関係ないだろ?」

 本当は呪文詠唱ができないってだけだけどな。詳しく教えてやる必要もない。俺はここぞとばかりにドスの効いた声色で次の言葉を放った。


「俺にはそんなもの無くても、お前らを皆殺しにできるんだからよ」


「ひっ!?」

 その言葉に耐えきれなくなったのだろう。襲撃者の一人が突然、背を向けて逃げ出した。……いや、逃げ出そうとした、か。

 だが、当然逃げ切れるはずもない。

 俺たちに背を向けた瞬間に、舞の魔法がその背中を打ち抜いていた。鬼過ぎる。

「う、うぁぁぁぁぁ!!」

 侵入者たちは、形振り構わずに散り散りとなって逃げていく。まさか全員が本当に逃げ出すとは。

「……面倒くせぇなぁ」

 思わず愚痴が零れる。

「待って下さい!!」

 慌てて魔法球を量産し始めた舞の援護をしようと指を鳴らしたところで、制止の声が掛かった。振り返って見ると、可憐が驚愕だか混乱だかわけの分からない顔をしていた。

「何をしようとしているのです!?」

「何って……残党狩り」

 うん。表現としては悪くないだろう。

「ざ、残党って……。相手にはもう戦意は無いのですよ!?」

 軽口を叩いたつもりが、思わぬ言葉のアッパーを喰らってしまった。

「おいおい。戦意も何もお前を狙っていた輩なんだぞ」

 誘拐未遂の現行犯を見逃せと?

「そ、それでも……もうその気は無いではありませんか!!」

「その気って……。お前なぁ……」

 ゆらり、と。

 可憐の後ろでうごめく影。

 俺が動くよりも、その男が目的を達成する方が早かった。

「捕えたぞ!!」

「きゃっ!?」

 各々が任務を放り出し逃亡を図っていた中で、一人だけは未練がましくこの場に残っていたようだ。可憐を羽交い絞めにした男が、勝ったという顔でこちらを睨んでくる。

「……捕まったな。その気は無いんじゃなかったのか?」

「くぅ!!」

 俺の言葉に、可憐は悔しげに表情を歪める。

「お前ら!! 逃げてんじゃねぇよ!! 構えろ!!」

 人質を取ったことで再び立場が逆転したと思ったか、逃げ出していた侵入者たちは全員足を止めてこちらに振り返った。舞も現状に気付いたらしく、魔法球を発現する動作を止めてこちらを睨みつけてくる。

「貴方、どこに目を付けてるのよ」

「いや、すまん。油断した」

 可憐との会話で脱力したせいで気が緩んでいたのだろう。おまけに可憐の身体で死角になっていたせいで反応に遅れたのだ。良い位置取りをされたものだ。

「俺を無視するんじゃねぇよ!! いいか、餓鬼。少しでも魔法を使う素振りを見せれば、この女は殺す」

「ひっ!?」

 可憐の首を片腕で絞めながら、男はナイフを取り出した。

「ナイフって……。お前、魔法使いだろうが」

「詠唱するよりも手っ取り早く結果が出せるだろ?」

「ああ。それは確かに」

 刺せば終わりだからな。それ。

「お前たちは危険だ。ここで死んでもらうことにしよう」

 男の言葉と同時に、周囲を包囲していた男たちがMCに手を添えたのを視界の端に捉える。

 ……蜂の巣になれってか。冗談じゃない。

「お逃げ下さい!!」

「あ?」

 この距離なら、直ぐに仕留められる。忠告を無視して殴り飛ばそうとしたところで、可憐が叫んだ。

「貴方がたの身体強化魔法なら逃げられるはずです!! 私のことは構わず早く!!」

「何好き勝手なこと言ってんだ!! 黙れ女!!」

「うっ」

 男が、ナイフの柄で可憐の頬を殴った。羽交い絞めにしている状態で、振りかぶりもせずに与えた一撃。そう威力は無いだろう。それでも温室育ちのお嬢様じゃ耐えられないかもしれない。

「……こ、これは、私の過失です。……私なら、平気ですから」

「……へぇ」

 驚いた。この場面で、そのセリフが吐けるか。白い肌に赤い鮮血が映える。おそらく口の中を切ったのだろう。それでも気丈に振舞おうとするその根性は見上げたものだ。

「喋んなって言ってん――」

「勇気あるな、お前」

「え?」

 可憐が驚きの声を上げたのと、羽交い絞めにしていた男が崩れ落ちたのはほぼ同時。無理な体勢から、突如支えを失った可憐がよろけそうになったところを、できる限り優しく肩を抱くことで支えてやる。

「あ、貴方……、いったい……」

「話は後にしようか」

「え? あ」

 周囲の侵入者たちは、既に各々の詠唱を始めている。どうやら、ここまできたらやってしまえという無茶な境地に達したらしい。

「わ、私の後ろに下がってください!!」

 可憐が自らのMCに手を伸ばそうとしたところを、俺が抑えた。どうしてという表情を向けてくる。

「可憐。お前が凄腕の魔法使いだってのは知ってるが、平気だ。下がっててくれ。俺と舞を信じてくれないか?」

 我ながら、無茶な話だと思う。俺は、ついこの間転校してきた男子生徒。呪文詠唱すらできず、魔法実習でも醜態を晒したばかりの人間だ。

 一瞬、何を言われたのか分からなかったのだろう。しかし、そのきょとんとした表情は直ぐに押しこめ、可憐は力いっぱい頷いてきた。

「はいっ」

 にっこりと笑ってくれた。こんな状況で笑う度胸があるのか。

「行くぞ、舞」

「はいはい。ミスはしっかり挽回して頂戴ね」

「分かってるよ」

 こんな状態でも、笑い合える。それほどまでに侵入者と俺たちのレベルの差は開いていた。

 舞が詠唱を始める。俺は身体強化魔法を纏った足で地面を蹴る。

 一方的な蹂躙が始まった。



「……手ごたえの無い奴らだ」

 汚れた魔法服を手で払いながら、吐き捨てるようにそう呟く。

 この学園のセキュリティをどう破ったのかは知らないが、これだけの人数だ。ほぼ完全に隔離されたこの空間にこれだけの侵入を可能にしたという事実から少しはやる奴らだと思ったんだが、とんだ買いかぶりだったようだ。

 地面に伏す男たち。

 一番近くで伸びていた男の胸倉を掴んで引き寄せる。

「おい、起きろ」

 返事は無い。完全に気を失っているようだ。

 くそ、一人くらい残しておくべきだったな。聞きたいことも聞けやしない。

 手を離すと、男は重力に従ってそのまま地面へと崩れ落ちた。

 ……仕方が無い。後は魔法警察に引き渡してから、じっくりと聞き出すとするか。

「想像以上に呆気なかったわね」

 俺と同じ感想を抱いていた舞が言う。それに頷き、剛さんに連絡を取ろうと携帯電話を取り出したところで、可憐が駆け寄ってきた。

「な、中条さんっ!!」

「おう。顔は大丈夫か? 可憐」

「え、ええ。私は平気です。それより、貴方……いったいどうして」

「それはこっちのセリフだ。お前、こんな夜中に魔法服着こんで何してたんだ?」

 咲夜の夜の徘徊を注意していた人間がやるべきことじゃあないだろう。そう思い、非難の色も織り交ぜて質問してみる。

「あっ!? そ、そうですっ!!」

 しかし、俺の言葉に何か思い出したのか、急に可憐が狼狽し始めた。

「お、お願いしますっ!! 中条さん、助けてくださいっ!!」

「は? お、おいちょっと落ち着け」

 いきなり距離を詰めてきた可憐の肩を掴み、引き剥がす。

「あ、す、すみませんっ」

「いいから。で、何の話なんだ?」

「さ、咲夜が……」

 可憐からその言葉が漏れる前に、嫌な予感がした。

「咲夜が、誘拐されてしまったのですっ!!」



「……なるほどね」

 可憐からの説明を受け、舞が神妙な顔で頷く。

 どうやら可憐は、咲夜を連れ去ったという何者かの連絡を受け、指定された体育館へと向かう最中だったらしい。

 可憐には、相手が可憐を呼び出そうとしている以上、可憐自身がその場にいくまでは咲夜に手出しはされないだろうと説明し、何とかパニック状態から回復してもらっていた。

「女の子相手にこんな人数を送ってくるなんて……。挙句に誘拐? ホント最低ね」

「まあ、善人は誘拐なんてしないだろうな」

「うっさい。姫百合可憐。貴方、顔の怪我は平気なの?」

「……は、はい。私は……。そう強く殴られたわけでもないですし」

 それに今は妹の方が気がかりだと、その表情が告げている。

「……そう。強いのね」

 それっきり関心を無くしたようで、舞は可憐から視線を外した。

「それで、どうする気?」

「どうもこうも。色々と不安材料はあるが、乗り込む他ないな」

 可憐の話では、今は体育館を根城に立て籠もっているようだ。可憐に咲夜誘拐の情報を伝えたのは、安全圏である寮から引っ張り出すだけでなく、ここで襲わせた第一波が失敗してもきちんと自らの足で自分たちの領域まで来て欲しかったからだろう。

「いいじゃない。シンプルで好きよ? そういうの」

 舞がにやりと笑う。

「いや、お前と可憐は寮に帰れ」

「なっ!? 何でよ!!」

「狙われているのは姫百合姉妹だけじゃないからだ」

 俺の言葉に舞が眉を吊り上げる。

「どういうこと?」

「俺が剛さんから与えられた情報は、『魔力が高い学生が狙われている』ということだけ。分かるか? 今回の誘拐騒動だって、対象を姫百合可憐に限定した誘拐犯ではない可能性があるってことだ」

 つまりは、相手はお前でも良いんだよ、と言外に伝えてやる。

「……聖夜。貴方、自分が言っていることをもう一度自分に言ってごらんなさい。『魔力が高い学生』なら、貴方も十分素質はあるのよ」

 しかし、引導を渡せるはずだったこの言葉が思わぬ墓穴を掘った。

 至近距離で睨み合う。

 お互いに譲れないことは百も承知。どうしたものかと考えていたところで、思わぬ横やりが入る。

「……中条さん。さっきから、貴方はいったい何をお話になっているのですか? 花園さんも。この件について、何かご存じなんですか?」

 会話についていけない可憐からしてみれば、この疑問はもっともであると思う。舞が「どうすんのよ」という視線を投げかけてくる。どうするも何も、可憐の前で堂々と魔法戦闘をやらかした以上、もう隠すつもりも無かった。

「魔力が高い学生を狙った誘拐犯がいるって情報は、前々から受け取っていた。情報源はそこにいる舞の父親、花園剛さん」

 俺の言葉の中から、舞の父親の名が出てくるとは思わなかったのだろう。可憐は目を見開いた。

「花園さんのお父様が……? あ、貴方いったい……」

「聖夜は私の護衛なの。転校生ってことにしてこの学園へ入ってもらったのよ。あ、年は誤魔化してないわよ? 私たちと同い年。……だよね?」

「そこは断言してくれよ」

 苦笑してしまう。だからこその適任者って話だったんだからさ。

「そ、そうだったのですか」

 可憐は半信半疑に頷いている。そりゃあ自分の隣の席に転入してきたクラスメイトが「護衛の仕事をしてます」って急に言い出しても信憑性は無いよな。ただ、力説して信じてもらう必要も無い。話す事は話した。後は好きに理解すればいいだろう。

「ん?」

 じゃあ、舞たちを寮棟へ送るかと思った時だった。地に伏した男のうち、一人の胸元から電子音。携帯電話の呼び出し音だ。このタイミング。おそらく可憐誘拐の件についての問い合わせだろう。

 息を呑んだまま動かない可憐と俺のアクション待ちの舞を尻目に、俺はその男から携帯電話を抜き取って二つ折りのそれを開いてみた。そこに表示された文字に違和感を覚える。

 舞たちのもとへ戻り、無言で携帯電話の画面を見せた。

「……公衆、電話?」

 可憐が表示された文字を律儀に読み上げる。舞はそれを見て俺と同じ考えに至ったのだろう。にやりと笑って見せた。その反応を確認し、俺は躊躇いなく通話ボタンを押す。

「ちょっ……」

「黙ってて」

 俺の行動に驚いた声をあげる可憐を舞が制する。俺は二人を無視しつつ、携帯電話の音量を最大にして口を開いた。

「待たせたな」

「っ!?」

 普通に話し始める俺に対して、可憐がさらに驚愕の表情を作る。舞は無言で口の端を更に吊り上げた。

『随分と掛かっているみたいですが、どうなりました? 普通に通話できるということは、返り討ちに遭ったわけでもないみたいですが』

 携帯電話という媒体から発せられる声色。その為断定はできないが、おそらく三十代から四十代前半の男の声だ。

「ああ、学園の見回りの目を盗んで移動するのに時間が掛かってな。だが、ちゃんと目的は達成したよ。妹の名前を出した途端、大人しくなりやがった。声を聞かせようか?」

『ふふ……。お願いします』

 俺は可憐ではなく舞の方へと携帯電話を向けた。その意図を瞬時に理解した舞が、声を張り上げる。

「卑劣な真似を!! 貴方たち、こんなことをしてただで済むと思っているのですかっ!!」

『ふはは。元気なお嬢様ですね』

 通話先の男から呑気な声が漏れる。

 まあ、電話越しの相手の声を聞き分けるなんて、知り合いでもない限り無理だよな。ちらりと俺を見てきた舞に先を促すよう頷いた。

「さ、咲夜は無事なのですか!? ちゃんとそこにいるんでしょうね!?」

『もちろんですよ、姫百合可憐。君が大人しく来てくれれば、危害を加えないと約束しましょう』

「くっ!!」

 迫真の演技だ。隣で事の成り行きを見守っている本物の可憐は、口一つ開かず俺たちの行動に固まっている。

 さて、聞きたい情報はもう聞けた。「まだ続ける?」という視線を向けてくる舞を手で制し、俺は再び携帯電話に口を近付けた。

「それじゃあ、体育館に連れてくぞ」

『ええ、お願いします。見回りに見つかるなんて、恥ずかしいマネしないで下さいね?』

「もちろんだ」

 そう言って通話を切った。

「あ、あ、貴方たち……いったい何……を……」

 声を震わせながら、可憐が口を開く。しかし、俺や舞が弁明するよりも先に可憐は踵を返して走り出した。

「待てっ!! 行くな!!」

 俺の制止に、可憐が信じられないという表情をする。

「どうしてですっ!? 早く行かないと、咲夜が危ないのですっ!!」

「いいから落ち着け!!」

 改めて駆け出そうとする可憐の腕を掴んで呼び止めた。

「まずは、連絡だ。携帯にかけろ」

 極力、冷静にそう告げる。

「な、何をっ!! もし今の男が傍にいたらどうするのですっ!!」

「近くに咲夜がいるって言ってる奴が、公衆電話なんて使えるわけないだろ!! この学園で公衆電話があるのはどこだ!? 寮のフリースペースと教員室前だけじゃねーか!!」

 咲夜が本当に体育館で囚われているのだとしたら、不可能。俺の言葉でその考えに直ぐに至ったのだろう。

「っ!!」

 可憐は我に返ったかのように自らの携帯電話を取り出した。素早く操作し耳に当てる。

「音量は最大にしておいてくれ」

 可憐は無言で頷きボタンを押す。携帯電話からコール音が鳴り響いた。

 ……頼む。

 平気なはずだと思いつつも、心の中で祈り込む。程なくしてコール音は途絶えた。

 代わりに。

『はぁーい。お姉さま、どうかされたんですか?』

 聞き間違いのない咲夜の声が響いた。

「よ、良かった」

「お、おい」

 がくりと可憐が膝を折り、その場にへたり込む。

『……よかったってどうかしたされたんですか? お姉さま』

「いいえ、なんでもないの。あのね」

「おい」

 安堵の表情を浮かべる可憐を小突く。

「本物なのかどうか判断したい。いくつか咲夜に質問をする。俺の言うとおりの質問をしてくれ。まず最初、今日のお昼はどうだったかと聞いてくれ」

「……さ、咲夜。今日のお昼はどうでした?」

 可憐は俺の言うとおりの質問を投げかける。

『楽しかったですよ! 中条せんぱいや花園せんぱいともお話しできて、嬉しかったです!』

 ……「中条せんぱい」「花園せんぱい」、ね。少なくとも声を偽造した別人相手ではなさそうだ。

「今はどこにいるか聞いてくれ」

「今はどこにいるのです?」

『え? お部屋ですけど』

「部屋番号は?」

「……あ、貴方の部屋番号って何番だったかしら」

『ど、どうされたんです? お姉さま。286ですけれど』

「間違いは?」

「ありません。本当です」

 俺の問いに、携帯電話の口元を抑えながら可憐が首を横に振る。

「今から行くと伝えて」

「い、今から少しだけお邪魔してもいいかしら?」

『構いませんよ。お待ちしてます』

「切ってくれ」

「では、直ぐに」

『はい』

 そう言って、可憐は携帯電話を切った。

「俺も行く」

「え? な、何を……。咲夜の部屋は女子棟にあるのですよ?」

「そうよ。貴方、何を考えるの?」

 可憐に続き、舞までもが胡散臭そうな顔で俺を見る。

「中からは行かない。外から入る。身体強化を使えばベランダまでは直行だ」

「あ、なるほど」

 ぽんと舞が手を鳴らす。しかし、可憐は納得いかなかったようだ。

「そ、そんなこと……」

「言っておく。咲夜が部屋に監禁され、無理矢理に話をさせられていた可能性はゼロじゃない」

「っ!?」

 俺の発言に可憐が言葉を失う。

「安心しろ。隠れて覗き見を続けるような真似はしない。あくまで咲夜の無事を確認するだけで、お前が窓から入る時も一歩手前に退いていよう。問題ないと判断できれば、俺は直ぐにでも退散する」

「わ、分かりました」

 可憐が頷く。「こちらです」と案内されるがまま、俺と舞は外から女子棟にある咲夜の部屋へと回ることにした。



「お、お姉さま。何でそんなところから?」

「い、いろいろとあってね……」

 窓からの突然の来訪に、咲夜の驚きの声が聞こえる。

「……問題は無かったようだな。舞、どうだ?」

「おかしな魔力の波動は見えないわ。操られてるといった心配も無さそう」

「そうか」

 舞の言葉に頷く。もうここにいる必要は無いだろう。

「舞、一つ頼まれ事をしてくれないか」

「用件によるわね」

 俺の言葉に舞がジト目で睨んでくる。おそらく、俺がこれから可憐の呼び出された場所に一人で向かうことに勘付いているのだろう。

「お前は俺の制圧が終わるまで、咲夜の部屋前で張っていてくれないか」

 まだ残党がうろうろしていて、学生寮に侵入してくる可能性もゼロではない。

「……そうやって、私も安全圏に入れておくってわけね」

 やはり、裏までしっかりと読まれていた。

「一人で平気なの? 相手は仮にも学園の障壁を突破してくる連中よ」

「仮に本命が体育館の方に潜んでいるのだとしても、あの襲撃者たち一同のレベルはお粗末なものだった。そう強いというほどのことでもないだろう。むしろ厄介な奴がいるとしたら、それはさっきの電話の相手くらいだろうよ」

「敬語使ってる割には高圧的な感じだったものね」

「ああ」

「はーっ。しょうがないわねー」

 舞が大げさにため息を吐く。

「今回だけは貴方の口車に乗ってあげるわよ」

「助かる」

「何言ってんの。助けてくれるのは貴方の方でしょうが」

 額を小突かれる。

「気を付けて」

「もちろん」

 それだけ告げて、俺は再びベランダから飛び降りた。

 向かう先は体育館だ。

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