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[Teleporter]  作者: SoLa
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[第四話]


 舞への説教に授業時間の半分近くを費やすという驚異の記録を作り上げた教師は、顔を真っ赤にしながらも何食わぬ表情で授業を続け、本日は終了となった。

 着替えて帰宅である。

 案の定取り囲まれそうになったところを舞に救出され、さくっと寮棟へ。混乱を避けるため、早めに夕食にする。寮の食堂は帰宅部の学園生から部活動に励む学園生までを考慮し、下校時刻から夜の10時まで開いているらしい。

 早めの夕食を終えた俺は、舞と食堂で別れた。男子寮と女子寮は別々のフロアにある為だ。食堂やエントランスホールといったフリーエリアは共用だが、女子の生活拠点である寮は連絡通路を挟んだ別棟にある。別れるときにちらりと見たが、どうやらパスワード式の厳重な扉で仕切られているようだ。

 お年頃の男子と女子だし当たり前だが。

 つまり。

「……寮に戻ってしまえば護衛の必要はなさそうだな」

 というか、できない。

 まあ、あくまで自分の部屋を見た上での判断だが、この青藍魔法学園では学生寮の窓や壁にも厳重な対抗魔法を掛けている。鍵の閉め忘れでもしない限り建物の中は安全ということだ。

「まあ、そういった身の回りの施錠は本人に任せるとして……」

 腹も満ちて心地良い睡魔も漂ってきているが、生憎と俺の本分はここからだ。

「陽が落ちたら見回りでも行ってみるかね。学園内の地理も目で確認しておきたいしな」

 出る時は、学生寮のロビー、出入り口からの出入りは止めた方がいいだろうな。門限が何時かも知らないし、入る時には学生証がいる。つまり記録に残るということだ。転校生が夜な夜な学園内を徘徊しているなんて目は付けられたくない。



 身体強化魔法を両足に掛けた上で、俺は自室の窓から下の庭先へと飛び降りた。

「脱出成功、っと」

 日は暮れており、辺りは静まり返っている。部活に入っている学園生たちも、ちゃんと寮へと帰宅しているようだ。それでも用心に越したことはない。念のために、人の気配に気を付けながら行動を開始することにした。

 夏の大型連休、日本で言うところの夏休みなるものは既に過ぎており、青藍魔法学園が2学期に突入して少しした頃の転入扱いとなった俺。まだまだ残暑が残り、夜とはいえ歩き回れば汗ばむくらいの生温かい風を浴びながら、先ほど舞と歩いた並木道を逆向きに歩く。聞こえるのは虫の鳴き声と互いを擦り合う草木の音のみ。活気を失った学校の寂しさを感じる。

 それにしても。

 渡されていた校内マップと外見から、入る前から分かっていたことなのだが。

「でけぇ……」

 青藍魔法学園は、学び舎である本館・別館を中心として十字に道が分かれている。下に正門、上に教会、右に学生寮、左に部室棟。グラウンドや体育館等のスポーツ施設も左だ。但し、午後の授業で使用した魔法実習ドームだけは学生寮と同じく右側にある。

 問題を挙げるとすれば、離れていること。一つひとつの施設が遠すぎるのだ。

「おっと、ここは本館や寮に掛けられているやつよりも数段上だな」

 守衛室に見つからないよう木陰に隠れて正門の様子を伺う。

 夜になると起動するのだろうか、そこには想像以上の障壁が展開されていた。守衛とは名ばかりだ。この障壁があれば大概のものは防げるだろう。逆にこれが壊されるほどの大魔法を使われれば、中にいる人間が気付く。おそらく守衛の主な仕事は、学園の守護というよりも学園内に入ろうとする人物の見定めにあるのだろう。

「ここは問題なし、っと。それじゃあ、本館の方へ行ってみるか」

 無駄にでかい噴水を迂回しつつ、青藍のほぼ中心地点にある本館へと足を向けた。



 夜とて昼間と変わりなく、本館を包む対魔法用のセキュリティは作動し続けていた。これなら建物の中までは見回る必要は無い。そう考えた俺は、早々に次へと移動することにした。

 マップを見ながら歩き出す。

「ここは何から何まで全部でかいな……」

 校舎の左サイドより伸びる道を進み、運動系の施設が立ち並ぶエリアへと入る。まず目に入るのは部室棟。当然のようにここにも対抗魔法用のセキュリティが作動していた。

「部活動にこんなでかい建物を用意するとは……。いったいいくつ部活があるんだか。ん? なるほど」

 入り口に近寄ったところで、大きさの理由を一つ知った。

 入り口横には各部活動の部室の分布図が貼ってある。どうやら運動系の施設のみかと思っていたら、文化部の部室もこの建物の中に集約されているらしい。部活を一纏めにした建物というわけだ。ここの入り口も寮と同じく学生証を通すタイプらしい。

 それだけ確認して、今度はグラウンドの方へと足を向ける。

「……広い」

 体育でマラソンとか言われたら面倒臭そうだ、なんてくだらないことを考えながらグラウンドを横切る。グラウンドの先には、体育館が立っていた。ここもセキリュティは完璧。やたらとごつい南京錠が備え付けられていた。

「さて……。回ってないのはあと一か所か。最後は本館の向こう側だな」

 時間はまだある。のんびり歩いて行くことにしよう。そう考え、本館裏から延びる緩やかな階段をゆっくりと上り始めた。



 円状で真っ白な踊り場に辿り着く。

 ここにも、正門付近にあったものよりは二回りほど小さいが噴水が設置されていた。こちらの噴水は裸の女性が何やら壺のようなものを抱え、そこから水が流れているものだ。明らかに何かの宗教関連のものであろう。

「……ここまで来ると、学園の敷地内だということを忘れてしまいそうだな」

 神秘的な空間とでも言えばいいのか。別に信者ではないが、何となく心が清められているような感じがする。

「お? まだ先があるのか……」

 教会の前まで歩いてきて気付く。教会の横にはさらに上へと続く階段があった。しかし、ここまで登ってきた階段とは違い白いブロックによって綺麗に舗装されたものではない。どちらかと言えば山登りとかそういった類のハイキングコースとかにありそうな雰囲気だ。

「……校内マップには表記されていなかったと思うが」

 確認してみると、やっぱり地図はここで途切れていた。

「……考えても仕方が無い、か。後で行ってみるとしよう」

 ひとまずこっち。目の前の教会の扉へと近寄る。

「扉も凄く立派だな」

 これ一つ見てみても何というか威厳がある。そして、ここには学生証を通す場所がない。来る者は拒まずということだろうか。何となくだがそんな気がした。

 今まで回ってきた施設は外から見るだけだったが、この扉にだけは自然と手が伸びる。

「学生証がいらないなら、記録に残ることもないしな」

 誰に言っているのか分からないような言い訳まがいを口にして、扉に手をかけた。

「どうせ、鍵は閉まっているはず……」

 そう言いながら押してみる。古めかしい音を立てながら、その扉は俺の予想に反してすんなりと開いた。

「何だ、一晩中開放してるのか……?」

 開いたことに驚きながら中に入ることにする。開いているということは、入っても構わないということだろう。そう勝手に結論付けた俺は堂々と中へと足を踏み入れた。

「おぉ……」

 テレビや映画でこういった建物は何度も見たことがある。それとほぼ内装は変わらない。しかし、その映像からは感じられないであろう神聖な空気を肌で感じた。

 出入り口から一直線に伸びる通路。左右には、おそらく信者の人たちが使うであろう木製の椅子が並んでいる。天蓋にはガラスで彩られた絵が覆っており、月明かりを教会内へともたらしていた。

 一直線に伸びる通路の先には祭壇があり、そこには。

「……まさか、誰かいるとは」

 祭壇には一人の女の子がいた。後ろ姿なので想像しかできないが、場所から考えるに手を胸の前で組み祈りでも捧げているのだろう。扉を開けた時、それなりの音がしたと思ったんだけどな……。女の子は一向にこちらに気付く素振りを見せず、黙々と祈りを捧げている。

 祈り自体を否定する気はないが、こんな夜更けに一人で出歩くのはどうなんだろうとは思う。強固なセキュリティにより、ある程度の安全が保障されているとはいえ、推奨できる行為じゃないのは間違いない。

「……まあ、俺には関係無いか」

 初対面、それも転入してきたばかりである俺から「夜は危ないよ」とか言われたら、あの女の子の方が迷惑だろう。むしろ「お前の方が危なそう」とか言われかねない。そんなところまで考えが至り、無意識のうちにぶるりと体を震わせたところで、ようやくお祈りが終わったのか女の子は祭壇の手前から立ち上がった。そのままUターン。

 つまり俺が突っ立っている出入り口へと向かって歩き出した。

 とぼとぼと。

 ……あまり元気が無さそうに見える。月明かりでのみ光を得ているこの空間で、相手の表情を見分けるのは難しいが、少なくともポジティブな顔には見えない。顔を俯かせ何か思いつめたような雰囲気を携えながら歩いてくる姿を見ると、あまり良い状態とは言えなさそうだった。こんな時間に祈りに来てるのだから気持ちが明るいはずもない、か? 毎日の恒例の祈りとかなら話は別だろうけど。

 こちらに気付いた様子はないが、このままではどちらにせよ鉢合わせることになる。隠れる理由も特に無いし、せっかくだからアクションを掛けてみるか。

「こんばんは。随分と熱心に祈りを捧げていたようだな」

「……? ひっ!?」

 教会内に自分以外の誰かがいるとは思っていなかったのだろう。俺の声には直ぐに反応したが、それを認識するのには多少の時間を要したようだ。焦点の合わぬ目線で俺を捉え、一秒ほど固まった後、驚いたように小さな悲鳴を上げた。

「すまん、驚かせるつもりじゃなかったんだが」

 ひっ、て……。そこまで驚かれるとは思ってなかっただけに、ちょっとばかりショックを受けつつ、少し優しめの声で話しかけてやる。

「あ、え……えと。こ、こんばん、は?」

 それで平静を取り戻せたのか律儀にも挨拶をしてきた。

「ああ、こんばんは、だな。夜もかなり更けているが……、こんな時間まで随分と熱心だな」

「え? あ、いえ……そういうわけではないのですが」

 俺の言葉に控えめに首を振ってくる。どうやら信仰者というわけではなさそうだ。

「あ……。もしかしてお待ちになりましたか? も、申し訳ございません。直ぐに出て行きますのでっ」

 突然あわあわしたと思ったら、こんなことを言ってきた。

 なるほど。傍から見れば順番待ちしてたようにも見えるわけか。

「いや、必要ないよ」

 とりあえず、そういった目的でここに来たわけではないということを伝えておく。その言葉に女の子の焦った表情が消えた。

「そうなんですか? 良かったです。私、結構ここにいてしまったみたいなので」

 文字通りほっと胸を撫で下ろしている。

「それでは、こちらへはどうして?」

 首を傾げながら聞いてきた。その疑問は当然か。

「今日、二年に新しく転校生が入ってきたのは知ってる?」

「はい、存じておりますが」

 やはり噂の転校生は只者ではない。学年は違っても話題性は変わらずのようだ。

「それ、俺なんだ。今日はバタバタしてて学園うまく回れなくてさ。それで今いろいろと見て回ってたわけ」

「ああ、貴方があの……。お姉さまが話しておりました。お席が隣になった、と」

「情報が早いな」

 ん? お姉さま? 席が隣?

「はい。お昼休みにはもう知ってましたから」

 少し得意そうに言う。……まさか、この子は。

「あ、……えと」

「聖夜だ。中条聖夜」

 名前を聞こうとしたのであろうことは、雰囲気で分かった。あまり自分から聞ける性格ではなさそうだったので、こちらから答えておく。

「中条様ですね」

「様は止めてくれ。流石に恥ずかしい」

「では……中条せんぱいで」

「ああ、そうしてくれ」

 で? と顔で促しておく。

「あ……。え、えと……」

 言葉に窮してしまった。自己紹介の流れかと思ったのだが、なぜか目の前の女の子は、悲しそうな顔をして目を逸らしてしまう。

「あの……、私、その……。姫百合咲夜(ひめゆりさくや)って言います」

 ……やっぱり。この子、姫百合可憐の妹か。

 薄暗いせいで気づかなかったが、言われてみればよく似た顔立ちをしていた。

「姫百合、咲夜……ね。いい名前じゃないか」

 そう言ってやると、目の前の少女は驚いたという顔をして俺を見つめてくる。

 ……無難な返しをしたはず。地雷だったのか?

「け、敬語で……しゃべらないのですね」

「……は? だって君、俺より年下だろ?」

 何だ、敬語を使えっていう遠回しな命令か? そりゃあ姫百合って名前は相当な力を持っているだろうけども。

「話して欲しいってんならそうするけど」

「あ!! いえ、しなくて結構ですっ!!」

「うおっ!?」

 急に前のめりに叫ばれて思わず一歩後退する。

「あ!? その、ご、ごめんなさいっ」

 我に返ったのか、姫百合咲夜は顔を真っ赤にさせながら一歩引いた。何とも言えぬ微妙な空気が俺たちを包む。

「あー、えー。じゃ、じゃあとりあえずこの喋り方でいいんだな?」

「は、はい……。お願いします」

 顔を真っ赤にさせたまま、かくかくと頷いた。

「えーと」

 さて、じゃあこの子のことは何て呼べばいいんだ? 首を傾げようとしたところで、姫百合咲夜はその空気を察したのかおずおずと進言してきた。

「あの……苗字ではお姉さまと被ってしまいますし……。その、咲夜、と」

「いいのか?」

「はい」

「じゃ、咲夜で」

「は、はいっ。よろしくお願いしますっ!!」

 咲夜は嬉しそうにがばっと頭を下げた。


 夜も更けているし一人で帰るのは危ない等という言い訳をし、咲夜と一緒に教会を出た。……なんとなくナンパの決まり文句のような気もしたが、仕方が無い。咲夜自身が嬉しそうに承諾したので良しとする。

 噴水の近くまで来た辺りで一度振り返る。

 そこには教会の横から延びる、廃れた階段があった。先ほど後から行こうと保留にしていた場所だ。今はもうそれより大事な要件ができたし、あの先はまた今度でいいか。

「どうかされたんですか?」

 横からひょっこり顔を出し、咲夜が俺の見ていた方へと目を向ける。

「ん? いや、あの階段の先には何があるんだろうなって」

 別に隠すことでもないので素直にそう告げる。むしろ、咲夜が知っていることを期待した返しだった。

「ああ、あの先には生徒会館があるそうですよ」

 ……ちゃんと答えてくれたのにも拘わらず、いくつか聞きたいことができた。

「生徒会館? 室じゃなくて?」

「はい。この学園の生徒会は校内の一室に構えているのではなく、一軒分まるまる使っているそうなのです」

「それはまた凄い集団だな」

 ……主に金銭面で。

「はい、私なんかが戦ったらたぶん直ぐにやられちゃうと思います」

「……ほう」

 館を丸ごと牛耳る生徒会っていうから、ただの金持ちの集まりかと想像したのだが勘違いだったようだ。……いや、咲夜のこの性格からすると相手を立てまくっているという線も捨てきれないよな。

「で、その『あるそうです』っていうのはどういうことだ? 行ったことないのか」

「はい。その館を拝見したことはありません」

「あの廃れたハイキングコースみたいな階段に、人除けの結界でも張られてるのか?」

「ぷっ……ふふふ。す、すみません」

 思わず漏らした笑い声を抑えながら、咲夜が謝ってくる。別にウケを狙ったつもりはなかったんだが。気にするなと手振りで伝え、先を促す。

「張られてはないと思います。ただ行ったことがないだけで」

 確かに、山頂にある館なんて何か用事でもなければ足も向かないか。

「何と言いますか……近寄りがたいじゃないですか」

 ああ、そっちの理由か。

「生徒会の方々は皆、独特の雰囲気を纏われておりますし。私なんかが話せるはずもなくて……」

「その独特な雰囲気っていうのは分からないが、咲夜もお姉さんも魔法凄いんだろ? 勧誘とかなかったのか?」

「まさか」

 咲夜はぶんぶんと首を振る。

「……私たち姉妹にこうやって話しかけてくれる方なんて、いませんでしたから」

「は?」

「い、いいえ! 何でもありません!! さあ、行きましょう!!」

 話はこれで終わりとばかりに、咲夜は俺の手を引いて歩き出した。


 そのまま会話することなく寮へと戻って来てしまった。それも随分と早歩きで。

「平気か?」

「は、はい……。はー……はー」

 そう答えつつも、咲夜は肩で息をしている。俺の足が速くてついてくるのが大変だったからこうなったわけではない。咲夜が俺を先導しひたすらに早歩きをし続けたからだ。

「だ、大丈夫……です」

 ふーっと息を吐き俺に向き直る。

「す、すみません。いきなり掴んで……歩き出したりして」

「いや、もともとここへ帰ってくる予定だったんだし、俺は構わないが」

「そ、そうですか……それならって……あっ!!」

「何だ? その嫌な感じの『あ』っていうのは」

「い、いえ……その……」

 咲夜がちらりと寮の正面玄関の方へと目を向ける。視線の先を追ってみて納得した。時計を見れば、既に二十三時を回っていた。寮の門限時間は知らないが、間違いなく過ぎているであろうことだけは断言できる。

 俺は身体強化魔法を使えば軽く自室のベランダまでは跳べるので、咲夜さえ自室に帰ってくれればまったく問題無い。

「あ、あの……じ、実は」

「女子限定の抜け道でもあるのか?」

「え? あ、いえ、そうではなく」

 俺の予想外の返しに一瞬呆気にとられたようだが、直ぐに持ち直す。

「わ、私……。こういうことよくあって……。門限前に寮は出るんですけど、門限までに戻って来ないことが。ええと……だから、その。つまりですね」

 ……皆まで言わずとも分かってしまった。

「よく、寮監督の方には怒られてて……。け、けどっ!!」

 ずいっと身を乗り出して声を上げる。

「中条せんぱいは平気だと思いますっ!! ま、まだ来たばかりで、門限なんて知らなかったですよねっ!?」

「……まあ、聞かされてはなかったけど」

 予想はしてたけどな。

「じゃあ、平気です! わ、私が事情を説明しますからっ!!」

 それだけ告げて勇み足で寮の入り口へと突き進む。

 ……って。

「待て待て待て」

 早々に謝りに行こうとする咲夜の腕を掴んで止める。

「きゃっ」

「あ、すまん」

 咲夜のその声に、条件反射のように口から謝罪が出る。あまり強く掴んだつもりはなかったんだけど。

「いえ、平気です。それで、何でしょうか?」

 咲夜は「早く行かないと、どんどん時間過ぎちゃいますよ?」という顔で、首を傾げてくる。

「……仕方がないな。こっちだ」

「中条せんぱい?」

 道を外れ、茂みを掻き分けて進み出した俺に戸惑いながらも、咲夜はちゃんとついてきた。

「……確かこの辺りだと思うんだが」

 そう呟きながら上を見上げてみる。ビンゴだった。ちょうど真上の位置に、窓が開けっ放しになってる部屋がある。……施錠云々については護衛対象者に注意してもらおうとか考えている奴のすることではない。

「咲夜」

 ちょいちょいっと手招きする。頭に「?」マークを浮かべながらも、咲夜はててっと近づいてきた。

「声出すなよ」

「え?」

 あ、このやりとりは犯罪っぽかったな。そんなアホなことを考えつつ、俺は咲夜を抱き寄せて身体強化魔法を発動させた。魔力を纏った足で地面を蹴り上げる。

「っ!? わわわわっ!?」

 咲夜の驚きの声を耳にしながら宙へと舞い上がり、4階のベランダの柵に足を掛けた。ゆっくりと咲夜の体から離れる。

「到着っと。咲夜、平気か?」

「ぽー……」

「咲夜?」

 ひらひらと手を振ってみる。

「は、はい!? 平気ですっ!!」

 過剰な反応を示した。逆に不安に駆られるが、とりあえずは反応が返ってきただけよしとする。俺はその場で靴を脱ぎ、窓に手を掛けて部屋の中へと入った。はい、侵入成功。

「……どうした、咲夜。早く入ってこいよ」

「……、え? あ、は、はいっ」

 ふと我に返ったような動作をした咲夜は、慌てて靴を脱ぎ始めた。

「……あとは共用スペースまでバレないようにしなくちゃな」

 舞が迎えに来たことで既に大騒ぎ状態なのだ。これで後輩の女の子が俺の部屋から出てきたなんて噂されてみろ。舞に炭素にされてしまうに違いない。


 周囲の気配に気を配りながら、男子棟を歩き下へ下へ。慎重に歩を進めるとはいえ、たいした距離ではない。ものの数分で共用のエントランスホールへと到着した。

「ここまでくれば、もう平気だろう」

「……はい」

 咲夜の方を見てみる。まだ顔は赤いままだ。それにさっきから反応が悪い。

「平気か?」

 頭とか打っては無いはずだが。

「あ、へ、平気です」

「そうか」

 一晩寝れば治るだろう。風邪とかでもなさそうだしな。

「じゃあな、お休み」

 ここまで来ればもう問題は無い。そう思い、咲夜に背を向けて歩き出す。

「あ、あのっ!!」

「ん?」

 呼び止められ、足を止める。見れば、咲夜は俯いたまま手をモジモジとさせていた。何度か口を開くが、直ぐに閉じる。

 ……何だ、そんな言いにくいことなのか?

 俺が怪訝そうな表情で見つめているのを感じたのだろう。咲夜は口を一度閉じると、目をぎゅっと瞑りこう言った。

「また、……会えますか?」

 その問いに、思わず苦笑する。いったい何を言われるかと思えば。

「俺たちはここでどんな別れ方をするんだ? 同じ学園のただの一年とただの二年だ。学園生活を送っていれば、またどっかで会うだろうよ」

 当たり前のように答えた俺の言葉に、咲夜がにっこりと笑う。

「はいっ!! 中条せんぱい、それではまた!!」

 そう言って、女子棟の扉の向こうへと吸い込まれていく。

「……中条せんぱい、ね」

 もう見えなくなった後姿を未だ目で追いながら、そっと呟く。あの時はあまり感じなかったが、思いの外恥ずかしいな。後輩の女の子に「せんぱい」って言われるのは。

「アホか」

 そんな下らないこと考えるのは止めて、とっとと部屋に戻るとしよう。

「ふぁあ」

 思わず出た欠伸をかみ殺す。

 あとは寝るだけだ。

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