[第三話]
※
昼休みが終わり、午後の授業。
今日の5・6時限目は、二限続けて魔法実習の時間だった。
「へぇ……。結構良い造りになってるな」
魔法服に着替えた2年A組の面々は、魔法実習ドームに集合していた。
MCが術者の魔法発動を補佐する武器であるのに対して、魔法服は術者の身を守る防護服となる。魔法服には複雑な魔法が編み込まれており、術者の魔力に応じて効力を発揮する。この編み方にも個人個人に合うものがあり、当然のことながら自分に合っているものを着ていた方が効力を発揮しやすい。よって、この学園の生徒も例外なく、オーダーメイドの魔法服を所持しているようだった。
師匠が「この学園へ編入するためだけに仕立て上げた」という黒を基調とした魔法服。それを身に纏った俺の姿を見て、クラスメイトの一人は感心したと言わんばかりに頷いた。
「聖夜って名前によく合ってる魔法服だね。真っ黒な魔法服に映える真っ白な髪」
「ぴったりの名前を付けて貰ったってことだな」
そのクラスメイト間の会話には、流石に苦笑せざるを得なかった。俺は魔法が使えたから捨てられた。そんな親の心情は余所に魔法服と名前が合っている、とは。残念ながら名付け親に対する皮肉にしか聞こえない。まあ、もうあんな親への感情なんてとうに廃れちゃったけどさ。
「それでは、魔法実習の授業を開始します」
担当の教師を囲い円状にクラスメイトが散らばったところで、教師は口を開いた。
「前回までは、魔法球に属性を付加させる授業でした。もちろん、まだできていない人も大丈夫ですよ。1年では魔法球の安定的な発現を。2年では属性の付加を。3年では応用を。2年の終わりまでに自らの得意属性を見つけ、発現できるようにしていきましょう」
教師の説明を纏めるとこういうことになる。
属性付加という技法。
それは読んで字の如く、魔法に属性を付加するということだ。無属性魔法(何の属性も持たぬ魔法の総称)よりも難度の高い技だが、それ故に付加された属性に準ずる独自の強さを発揮する。一般的に、付与できると言われている属性は7つ。『火』『水』『雷』『土』『風』『光』『闇』である。他にもいくつか確認されてはいるが、それは魔法使いの中でもある特別な血族たちでしか扱えておらず、そのメカニズムは不明である。よって、ここでは先に挙げた上記7つについての説明だけに留めたい。
下記に記すのが各々の特徴、そして強弱についてである。
『火』(『風』に強いが、『水』に弱い)。
攻撃系の魔法に特化する。回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力、捕縛に適さない。
『水』(『火』に強いが、『土』に弱い)。
回復系の魔法を得意とする。操作、移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『土』(『水』に強いが、『雷』に弱い)。
防御系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『雷』(『土』に強いが、『風』に弱い)。
操作系の魔法を得意とする。また、攻撃、移動にも優れる。防御、視覚、回帰、重力に適さない。
『風』(『雷』に強いが、『火』に弱い)。
移動系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。回復、回帰に適さない。
『光』(『闇』に弱い。『闇』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)。
視覚系・回帰系の魔法を得意とする。闇との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)。
『闇』(『光』に弱い。『光』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)。
重力系・捕縛系の魔法を得意とする。光との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)。
もちろん、適さないと謳われてはいるものの、絶対に扱えないというわけではない。例えば火属性で回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力が絶対に使えないとは言い切れない。但し、それはその属性の限りなく極みまで上り詰めた者でなければ実用はできないだろう。特に『火』の「特化」とは、そういう意味合いも込めて使用されている。全ての属性には、それぞれの長所・欠点があるというわけだ。
……なるほど。剛さんが不安になるのも無理はないかもしれない。
つまり、3年になるまでは満足に魔法など使えないということ。
舞や噂の姫百合可憐はちゃんと魔法は使えるだろう。他にもいくらかはいるかもしれないが、それでもクラス全体からすればほんの一握り。そして、その程度の人数しか魔法は扱えないということ。この教師の言い分からするとそういうことになる。
……日本の魔法教育カリキュラムがここまで遅れているとは。全然知らなかったな。
「――と、いうわけで。今日は少し魔法を使った実践を行ってみましょうか」
そんなことを考えている間にも、教師の話は進んでいた。
「但し、せっかく属性付加という魔法を勉強したのです。できれば、それを実践で再現できる生徒が望ましいですね。まだ属性付加が使えないという生徒たちに、どう属性付加が魔法として利用されるのかを魅せてほしいものです」
教師が難度を上げてきた。
「では、挙手制にしましょうか。立候補者はいますか?」
教師がそう述べてぐるりと見渡す。さて、お手並み拝見とばかりに傍観を決め込もうとしていたところで、
「……聖夜。前に出なさい」
「は?」
まさかの名指しをされた。舞は動揺するクラスメイトは気にも留めず、悠々とバトルフィールドへと足を進める。そのまま何の躊躇いも無く光に包まれたフィールドへと踏み入った。
「何をしているの? 早くしなさい」
「お、おい……中条」
呼ばれてるぞ、と隣のクラスメイトから小突かれる。
「先生。最初の模擬実践は、私と中条聖夜で行います。よろしいですか?」
「え、ええ。構いませんよ」
勝手に試合を取り付けていた。あいつの我が儘は2年という月日では治らなかったらしい。
まあ、それでこそ舞だと考えるべきか。
「……しょうがないな」
ここまでされて「嫌です」なんて言えるはずがない。周囲からの視線を伺うに、転校生の実力は皆が気にしているところのようだ。
さて、どうするか。
問題は、自分の実力をどこまで出して戦うかだ。あの魔法は見世物にするわけにはいかない。師匠から『バレないことが大前提。使うならこっそりと』とも言われている。
まあ、そうなると取れる手段も限られてくるのだが。
バトルフィールドへと足を踏み入れ、舞と対峙する。教師を中心として輪になっていたクラスメイトたちは、バトルフィールドから少し離れたところで、思い思いの観戦場所を作っていた。
「聖夜」
「何だ?」
「本気で来なさい」
……何だって?
「さっき女子更衣室で聞いた会話もそう。貴方、相当気の毒に思われてるわね」
あぁ、昼休み屋上で話していた件か。
あの場でしっかりと説得しておけばよかったかな。
「……お前、会話してるのか?」
「立ち聞きしてるだけよ」
「会話しろよ。だから友達できねぇんだよ」
「ほっときなさい」
俺の忠告を舞は一言で綺麗に払った。
「あんな評価、納得いかないわ。そうでしょ?」
「……一生徒として言うならばそうだが。……今の立場として言えば、罪悪感はあるが他は特になにも」
「嘘っ!!」
舞が突然叫ぶ。他の会話は聞かれてなかっただろうが、流石にこれは誰の耳にも届いたようだ。何事だとざわめき始める。
「……大丈夫ですか?」
教師が審判役としてバトルフィールドに入ってきた。
「はい、平気です」
舞は教師に目を向けることなくそれだけ告げ、俺を睨んできた。
「私は認めないわ。貴方のあんな評価、蹴散らしてやる」
「蹴散らす、って。……もっとお上品な言葉を使えよ」
ふんっ、と鼻息荒く舞が踵を返した。
後は魔法で語れということらしい。俺もそれに倣いスタート位置へと歩を進める。
……分かってる。
不器用だけどこれは舞の優しさだ。我が儘なのもそうだが、その優しさも昔のまま。少し安心したし嬉しかった。
「バトルフィールドは、フィールド外部に影響を及ぼさぬよう障壁が展開されているだけではありません。内部には緩衝魔法が働いています。改めて説明するまでもないとは思いますが……。強力な魔法を身体に受けたとしても、ある程度は緩衝魔法が自動的に発動し、身を守ってくれます。が、あくまである程度は、です。痛いものはやはり痛い。無理だと感じたら、直ぐに棄権すること。いいですね?」
上半身を、半分以上俺に向けての説明だった。
当たり前か。俺が呪文詠唱できないことは既に周知の事実。相手はエリートどころの話ではない名家のお嬢様。結果は正直見るまでも明らかということ。
これが、舞の言っていた周囲からの俺に対する評価。
だからこそ。
「オーケー」
教師ではなく、舞へ。
自分への返答だと思ったのか軽く眉を吊り上げた教師を無視し、視線を舞へと合わせる。
「えっ?」
「構わないぜ、って言ってんだよ」
舞が目を丸くした。
剛さんは俺を信じて舞の護衛を託してくれた。あの人が持つ権力を行使すれば、俺よりも適任な人間をいくらでも用意できたにも拘わらず、だ。
ならば、俺にはそれに応える義務がある。
俺は呪文詠唱ができない欠陥品だ。
それでも。
――――俺がいかに有用な存在かを教えてやる。
「ではお互い、構えて」
構えて、とは、MCを起動してという意。
特有の機械音と共に俺と舞のMCにスイッチが入る。
先ほど俺がした返答の意味が理解できたのだろう。完全に臨戦態勢となった舞の、鋭い眼光が俺を射抜く。
この学園の平均レベルが不明である上、いきなり全力でやって引かれるのもまずいし、舞に合わせて徐々にギアを上げていけばいいだろう。
「始め!!」
教師の手が試合開始宣言と共に振り下ろされる。
その瞬間には、もう。
舞は俺の眼前まで迫っていた。
人間離れした機動力。
当然、これは舞の魔法によるものだ。
身体強化魔法。
その名の通り身体を強化する魔法。身体の一部に魔力を循環させ、スピードやパワーを向上させる技術。決して簡単にできる魔法ではない。
これ、既に平均レベル超えてない? 応戦して平気か?
とはいえ、生身で勝てるはずもない。こちらも無詠唱で身体強化魔法を発現しておく。とりあえず、舞と同じ両足だけでいいか。
風切り音。
紙一重のところで後頭部目掛けて突き出された右足を、首を逸らすことで躱す。もともと一撃で仕留められるとは考えていなかったのだろう。突き出された右足はそのままで、左足での追撃の膝打ちが来る。全身を横に流すことでそれを回避した。その流れで、宙で態勢を整えようとしている舞の首根っこを掴み、床へと叩きつける。
もちろん、手加減をして。
「動きが直線的だな」
「うっ、――はぁぁぁぁ!!」
両手を軸に、両足をコマのようにして回転させた舞から距離をとる。足に身体強化魔法を纏っているおかげで、一歩あればかなりの距離が開くことになる。俺が離れたのを見計らって舞が回転する勢いを落とした。それを確認し、一気に距離を詰める。当然、同じく一歩で詰めることができる。舞が両足を床につける前にその足を蹴り飛ばした。
「うわっ!?」
舞が派手に転倒する。
「それに隙だらけだ。この程度の実力で俺に本気を出して欲しかったのか?」
「っ、このぉ!!」
舞が発現している身体強化魔法の箇所が変わった。
今度は両腕だ。
接近戦ってわけだな。望むところだ。
「少し遊んでやるよ。かかってこい」
「舐めないでよねっ!!」
こちらも合わせて両腕へと魔法を移動させる。直後に飛んでくる拳をいなし、弾き、受け止める。数度数回拳を交えたところで、舞が後方へと跳躍し距離を空けた。
「ルー・ルーブラ・ライカ・ラインマック――」
MCに手を掲げ、魔力を練り始める。
あれは舞の『始動キー』だ。
……呪文詠唱。
何を放ってくるかね。
魔法が発現するまでは傍観することにした。
身体強化魔法を再び足に纏うことで機動力を底上げして介入し、詠唱を中断させることは容易だ。ただ、今の舞がどれだけの魔法を操れるのか、興味がある。
魔法はすぐに完成した。
「『火の球』!!」
舞がそのキーを唱え切るのとほぼ同時。
天にかざした手元から、膨大な魔力を纏った魔法球が発現する。
付与された属性は、火。
「攻撃特化の属性か」
加えて舞の一族の十八番属性でもある。
どれほどの威力が出ているか試しに喰らってみる、という案は破棄で。緩衝魔法が発動しているフィールドとはいえ、あれは結構痛いだろう。
「……ん?」
フィールドの外で観戦しているクラスメイトから、動揺の声が上がっている。何かあったのかと不思議に思ったが直ぐに理由は分かった。学生の立場から見れば、この魔法はレベルが高いのか。そりゃそうだ。属性付加の練習をしよう、と教師が言っていた程度の実力なのだ。例え、舞が発現している『火の球』が属性付加における基本的な魔法球の1つであったとしても、十分に驚くべき実力なのだろう。
向こうで師匠と仕事こなしている間に、高レベルの魔法は見慣れていたから気付かなかった。
あれ?
そうなると、属性付加されていないとはいえ、この身体強化魔法ってやっぱりまずかったんじゃないのか?
しかも、舞も俺も無詠唱で発現……。
「余所見なんていい度胸じゃない!!」
その声と同時に舞は手を振り下ろした。それに倣い、火属性を纏った魔法球が向かって来る。
「真正面から撃って当たるわけないだろう」
身体強化魔法を腕から足へと移動させ、打ち出された『火の球』を横目で捉えながら、舞の元へと迂回するような形で回り込む。
「甘いわね」
その動きは読んでいた、と言わんばかりの表情で舞は言う。
そして。
「へぇ……」
思わず、感嘆のため息を漏らしてしまった。
舞の背後には、10を超える魔法球の群れ。
それも、全てが攻撃特化の火属性を付加されている。
無詠唱。
囮の一発でわざわざ必要の無い詠唱をして見せたのは、このための布石か。
刹那。
舞と視線が交差する。
間違いなく、お互いに笑みを浮かべていた。
最後の一歩を詰めようとしていた足にストップをかける。
これは今展開している身体強化魔法だけじゃ捌き切れない、か?
そう考え、意識的に一段階ギアを上げようとしたところで、別の介入があった。
「そこまでですっっっっ!!!!」
審判役だった教師の咆哮と共に、バトルフィールドに込められていた魔力が作用した。幾重にも魔法障壁が展開され、火の雨から俺の身体を守り切る。
ありゃ。
俺では対処できないと判断されてしまったか。
……そりゃそうだよな。『火の球』一発で驚くようなレベルなんだ。俺の身体が一瞬のうちにして消し炭になる様でも幻視したんだろう。
見当違いもいいところだが。
舞も同意見なのだろう。怒り狂いながら「過剰攻撃だ!!」と叱りつける教師を相手に、唇を尖らせている。そんな目で俺を見るんじゃない。俺は助けないぞ。
あれ。
そういえば、観戦していたクラスメイト達の反応が無いな。
そう思って周囲を見渡してみれば、皆が唖然としてこちらを眺めていた。
やっぱりやりすぎだったか。
そもそも、魔法使いとして名を上げた名家の令嬢である舞を基準に考えた時点で間違っている。
今更ながら、そんなことに気付いてしまった。
ま、まぁ、これで俺の存在が誘拐犯への抑止力になればそれで良いよね。
舞が襲われない環境を作る、っていうのも大事なわけだし。
うん。